最終話
あっという間に日は暮れた。時計を見ると、いつの間にか六時を回っていた。
「咲、そろそろ片付け始めよう」
そう、声を出そうとしたのだが。
–––無理だ。無理だ無理だ無理だ。
夕焼けに染まった教室、美しいホルンの音だけが鳴り響くこの教室、キラキラと輝く咲の瞳が映す教室。あぁ、やっぱり私、咲が好きだ。好きで、好きでたまらないんだ。
ずっとこの音に浸っていたい。ずっと咲の隣で、ずっとずっと咲の描く世界を見ていたい。離れたく、ない。
「……咲。」
呼び慣れた名前を呼ぶ声が、思わず震えた。でも、今伝えなきゃ。いましか、ないんだ。そんな気がした。
「……ねえ咲、私、咲のことがすごく好きだよ。」
俯きながら、震える声で振り絞るように伝えた。言えた。
恐る恐る顔を上げて見た咲の顔が思いがけず赤いのに驚いた。これは夕日の赤、なのか。それとも……。
「え、えと、それってどういう意味なの……?」
–––あぁ。そっか、ちがう。そうじゃないんだ。
狼狽える咲を見て、私は気づいてしまったの。私は、私は咲が好き。誰よりも好き。でも、私は咲には幸せで居てほしい。私に、咲の幸せに踏み込む権利はない……。
だから私は、檻から自分を解放した。自然な私でいいの。もう、いいの。
私は微笑んで言う。
「……言えないことの一つや二つあるでしょ、誰にだって。」
咲はどうやらもっと困惑したようだった。私の言っている意味が全く掴めない、といった様子でキョロキョロと辺りを見回している。
–––これで、最後。
茜色の教室で、私は咲の花びらのような唇にキスをした。
「咲、狼狽えすぎ。落ち着いて、ほら、深呼吸!」
私の可愛い咲は、自体が飲み込めていない様子だったけれど、私がいつも通りの笑顔を浮かべているのをみて、くすりと笑った。
「もーー、聖良、どうしちゃったのよ。落ち着くのは聖良もでしょ? 急にキスするなんてさ……。何、アイスでも奢ってほしい?」
「あははっ、なにそれ、現在進行形で失恋中の女の子にかける言葉?それに落ち着いてるし! ……アイスは、ちょっと食べたいかも。」
2人で顔を見合わせて笑った。どちらからともなく「帰ろうか」、といって、私たちは帰り支度を始めた。
帰り道には、2人でそれぞれ好きなアイスを買って食べた。一口ちょーだい、というとアイスを棒ごと近づけてくれる咲に自分のアイスを差し出して、私たちは歩いた。
ねえ、聞いてほしいの。
あのね、私、孤独じゃないわ。
私の中の檻はもうないけれど、でも、もう大丈夫。私は、私をもう守らなくていいの。
……大切な人の幸せを、一番近くで見ていられるんだもの。
「貴方が幸せならば、それで」−完−
貴女が幸せならば、それで。 茉莉花 @mtrk_o0
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