鈴蘭の覇者



『クッソ。またかよ。』

 録音された、般若エレナのぼやき声が再生される。

 明かりのない、真っ暗な部屋。様々な電子機器が存在し、微かな駆動音や電気信号を発してはいるが、やはり部屋そのものは暗い。

 暗い部屋の中で。メガネを掛けた若い科学者の女が、唯一明るいディスプレイへと目を向けている。ディスプレイには、ある日の夜の映像が流れていた。眼の前を飛行する真っ黒なギガントレイス。それを目掛けて武装を展開するも、既のところで”姿を消し”、攻撃は空振りに終わってしまう。

『クッソ。またかよ。』

 映像の中で、操縦者の声が聞こえる。

 科学者の女は何かを考えるような様子で。再び映像を巻き戻す。

『クッソ。またかよ。』

 巻き戻す。

『クッソ。またかよ。』

 巻き戻す。

 巻き戻す。巻き戻す。巻き戻す。巻き戻す。巻き戻す。

 そうして、どれだけ巻き戻したか分からなくなった頃。科学者の女は、深くため息を付きながら、うなだれた。

「まったくもって、理解が出来ない。」

 コンピュータを操作して、ディスプレイに様々なグラフのようなデータを映し出す。

「空間が捻れているのは確かだとして、どうやって任意の座標に飛んでんの? 次元そのものを調整してる? そんな事が可能なの? こんなギガントレイス一機に?」

 頭を押さえ、データを睨みながら。彼女の脳内には次々と難解な疑問が湧き出てくる。

「そもそも、かつて研究されていた”次元航行技術”とは全くの別モンじゃん。噂のエクリプスの一件でオシャカになったから、当然っちゃ当然かぁ。」

 再び、ディスプレイに戦闘時の映像を映し出す。

『クッソ。またかよ。』

 攻撃が空振りに終わった時点で停止させる。

「ともあれ、パイロット連中の苦労のおかげで、最低限のデータは揃ったから。”次は”、感知できるはず。」

 ディスプレイの映像を巻き戻し。黒いギガントレイスの姿を映し出す。彼女の瞳は、その機影に釘付けになっていた。

「逃さないよ、アンノウンくん。」

 G-Forceの技術部最高責任者、三笠星梨みかさせいなは得物を見定めるかのような瞳をしていた。

 突如として、真っ暗な部屋に明かりが灯される。

 光に驚くように飛び上がり、星梨が後ろに振り向く。するとそこには、彼女の上司であるG-Force司令、白銀正継が立っていた。

「あれ、もうそんな時間でした?」

「呼び出したのは、君じゃなかったのかな?」

「すっみません、集中しちゃって。」

 悪びれた様子もなく、星梨が正継のもとへと駆け寄る。

「案内しますよ。」

 そうして二人は、研究室を後にした。


 G-Force司令本部。その真横に併設されている”三笠重工”の研究所、通称”M.I.R.A.I.ラボ”。かつて、レギュラルにも技術を狙われていた”カルア研究所”の技術者たちの受け皿にもなっているこの施設は、常に最先端の技術をG-Forceの精鋭たちに提供している。

 三笠星梨、彼女一人しか居なかった暗い研究室とは違い。ラボの中には多くの科学者や技術者が行き交い、その中を星梨と正継も歩いていく。

「そういえば、君の妹も高1だったかな? 家では話したりするのかい?」

 目的地への移動中。他愛ない会話に花を咲かせる。

「ぜーんぜんです。反抗期なのか知らないけど、じゃれついても無視されちゃうんです。おまけに学校では不良みたいに振る舞ってるらしくて、お姉ちゃんプンプンです。」

 頬を膨らませながらも。星梨の言葉からは、妹への確かな愛情が滲んでいた。

「うむ。やはり、その年頃の娘は、どの家庭でも気難しいのか。」

「あぁ、司令のお子さんも、今年高1でしたっけ。もしかして、無視されてるんですか?」

 星梨は小悪魔のように笑う。

「どう、だろうな。あの子は昔から、少々変わっていてね。一体何を考えているのか、未だに掴み切れないんだ。」

 サングラス越しながら。正継は真っ直ぐな瞳のまま、真剣に子供について悩んでいる様子。

 星梨はそれを見て、おかしくて笑ってしまう。

「司令も、家じゃ普通にお父さんなんですね。」

「あまり、接することが出来ていないがね。」

 家でも、仕事でも。彼の悩み事は尽きなかった。


 ラボ内に存在するGR格納庫へ、正継と星梨の二人が到着する。

「……これか。」

「はい。これです。」

 二人が見上げる先に、その”黒き巨人”は立っていた。

 基本的なシルエットは汎用機である御神楽のそれに近く。けれども、装甲を始めとした機体の細部がより鋭利にデザインされ、何よりもその真っ黒な機体の色に目を引かれてしまう。

「御神楽の正式なる後継機、”閻魔えんま”です。」

「黒いな。」

 白を基調とした御神楽とは打って変わり。どこか恐ろしげな黒の機体は、あの悪魔のGRとも近しく感じられる。

「今までの機体とは、明確に”違う”って事です。この機体なら、たとえ敵機がテレポートを連続して戦闘に使ってきたとしても、正面から叩き伏せることだって可能なはずです。」

 星梨は自信満々に機体について説明する。

「もちろん、優秀なパイロットが居てこそ、ですけどね。」

 挑発するような瞳で、星梨が正継の顔を見つめる。

 正継は何も言わず。不敵に微笑んだ。





「うわー」

 空いた車の窓から顔を出し。犬神知沙は青い空と白い雲、そして輝く海を見つめていた。

 海沿いを走る車。運転席に座っているのはH2-21と同型のメイドロボット。助手席には退屈そうに外を眺める白銀綾羽。後部座席には、外の風景に夢中な犬神知沙と、その隣には狭間霧子が座っていた。

 幼い子供のようにはしゃぐ知沙とは対象的に。隣の霧子は落ち着いた様子で、溜息をつく。

「アンタ、気をつけないと、首が飛んでくよ。」

「すみません。この道は以前にも通ったんですけど、前は夜だったので。」

 知沙はかつてのH2-21奪還作戦を思い出す。

「こんな綺麗な景色だったなんて、思ってもいませんでした。」

 空は明るく、海はきれい。前とは違い、知沙には景色を楽しむ余裕があった。

「何なんだろ、これ。」

 霧子は自分の今の状況を見て、なんと表現したら良いのか分からなかった。よく分からない高級車に、始めてみた本物メイドロボット。謎の多い綾羽だけではなく、人畜無害な子犬系クラスメイトも隣りに座っている。

「てか、アンタもグルだったんだね。」

「えへへ。」

 知沙が照れたように笑う。

「えへへじゃない。」

 霧子が頭を抱え、ため息を付いた。

「ねぇ、綾羽。こんなポワポワした奴も、アンタらの計画に関わってるわけ?」

「……色々とあったのよ。それにその子、案外頑固だし。」

 頑固と表現されるも、知沙本人はあまり理解していなかった。

「まぁ、別に今日は顔合わせ的な意味合いが強いから、連れてきても問題ないでしょう。」

 知沙ほどはしゃいでいるわけではないが。綾羽的にも今日はほとんど休日のような感覚であった。

「そう。なら、いいんだけど。」

 そんな霧子の不安をよそに。車は目的地へと向かっていった。


「まもなく、基地に到着します。」

 運転手のメイドロボが目的地への到着を告げる。

「基地? フリージアの工場じゃなかった?」

「その地下にあるのよ。わたし達が使ってる場所は。」

 車が工場の敷地内へと入る。

「でっか。」

「昼間に来ると、また印象が変わりますね。」

 彼女たちがやって来たのは、フリージア社における世界最大拠点とも言える工場である。そのビジュアルはもはや工場というよりも、大規模な軍事基地のようにも見える。警備の厳重さも、その印象に拍車をかけていた。

 車は地下へとつながる道を進んでいき。表向きには存在しない、秘密の分かれ道へと侵入する。

 やがて車は、巨大な格納庫のような場所へと到着した。

 それぞれ、車から降り。霧子は、目の前の光景に目を奪われる。

「ギガント、レイス。」

 格納庫には、全部で”3機”のギガントレイスが存在していた。テレビで見たそれと全く同じビジュアルに、やはり霧子は知っていても驚きを隠せない。

「黒い機体がブラックカロン。わたしの機体よ。ワープシステムを搭載した、おそらく世界で唯一の機体ね。」

 綾羽が軽く機体について説明する。

「その隣のがNix。ルイズっていう、もう一人のパイロットが操縦してるわ。両腕にハイテクな武装が積まれてるらしいけど、詳しくは知らない。」

 2つの機体の説明をし。二人の視線は、最後のもう一機へと注がれる。

 ワンオフ機という印象の強い他の2機と違い。その機体はどちらかというと一般的。もしくは、量産型といった印象を受ける。

「こいつは、わたしも知らないわね。前来たときには無かったわ。」

 3機目のギガントレイスに、疑問を持つ綾羽たち。

 すると、そんな彼女たちの存在に気づいたのか。ブラックカロンの操縦席内に居たウルスラが、ヒョイっと顔を出す。

「ねぇ、一番右の機体って何なの?」

 ウルスラの存在に気づき、綾羽が問いかける。

「ラガードという日本製のギガントレイスらしいです。10年以上前の機体ですけど、カロンが駄目だった時のためと、セシリアさんが無理して用意したようです。」

「ふぅん。」

 カロンが駄目だったときのための予備。10年以上前の機体と聞き、一瞬で綾羽の興味が薄れる。

 綾羽の様子に苦笑しながら。ウルスラは残る二人へと目を向ける。

「皆さん、今日はようこそ。知沙さんは久しぶりです。隣の方が、例のクラスメイトさんですか?」

「そうよ。狭間霧子。燃えたレプリカント関連のデータを熟知してるらしいから、頼りになるかもしれないわ。」

「どうも、よろしく。」

 見た目同い年ほどのウルスラに、霧子は少し緊張気味。

「はい。こちらこそ。わたしはもう少し作業が残っているので、また後で。」

「分かったわ。」

 そう綾羽が返事をすると。ウルスラは再びブラックカロンの操縦席内へと戻っていく。

「行きましょうか。」

 ここにもう用はないと、綾羽が歩き始める。

 それに付いていこうとする知沙であったが。未だ立ち止まった様子の霧子に気づき、足を止める。

 霧子の視線は3機のギガントレイスに釘付けになっていた。

「ギガントレイス、おっきいですよね。」

 同じものを見て、知沙がつぶやく。

「見るのは初めてですか?」

「ううん、違うよ。家の蔵に、オンボロだけど古い第1世代の機体があったから、大きいのには慣れてる。」

 それでも霧子は、目の前の機体から目が離せない。

(これが兵器として造られた、第3世代のギガントレイス。)

 その瞳は、複雑な色を帯びていた。



 綾羽達3人は基地内を進み。とある一室へと足を運ぶ。

 部屋の中はICU(集中治療室)のようになっており、ヘッドの上には横たわる女性、H2-21の姿があり。そのすぐ側には、H2-21と同じ顔をした女性、セシリアが立っていた。

「来たわね。」

「ええ。こっちが狭間霧子。レプリカントの専門知識を持ってるわ。」

 綾羽に紹介され、霧子は軽く会釈をする。

「こっちが犬神知沙。まぁ、あまり気にしないで頂戴。」

 知沙に関しては完全に顔見せ目的のため、これにて用は終わりである。

「そう。始めまして。わたしはセシリア。ここフリージアの社長よ。」

「貴女が、責任者? わたし達と、歳変わんなくない?」

「歳を取らないのよ、わたしは。ちょっと特殊な存在だから。」

「特別な存在? もしかして貴女、”ハイエンド=レプリカント”なの?」

 ハイエンド。霧子が口にしたその言葉に、セシリアの目の色が変わる。

「どうして、その名前を知っているの?」

「わたしが使ってた地下室、もう燃えちゃったんだけどさ。新世代のレプリカントを研究してたんだよね。ハイエンドとか、なんとか。」

 それらの失われた知識は、霧子の脳内に残っていた。

「まさか、あのライオネルがハイエンドの研究をしていたとはね。少し驚きね。」

「とりあえず、一度見てみる。」

 そう言うと。霧子はH2-21の近くへと足を運び。損傷を受けている頭部や、そばに置かれた資料へと目を向ける。その瞳は真剣そのもの。

「ねぇ、ちょっと集中して調べたいから、頭脳派以外は退出してくんない?」

 その霧子の言葉に、他の3人は顔を合わせ。

 特に何も言うことなく、綾羽と知沙の二人が退出していった。

 霧子とセシリア、そして未だ意識の戻らないH2-21。そんな3人の空間が生まれる。

 セシリアが霧子の側に寄ってくる。

「貴女の私見を、聞かせてもらっていいかしら。」

「そ、だね。解析のアプローチは悪くないと思う。」

 H2-21の診断書を手に取る。

「ただ、所々ノーマルに対する処置とごっちゃになってるから、そこを修正しないと。」

 手に持ったペンで診断書を修正していく。

「ここ、原因不明の信号が出てるって書いてあるけど、多分無視して大丈夫。ハイエンドの自浄作用が損傷部を避けようとして新しい通り道を作ってるだけ。それを以前と同じ状態に戻すとヤバいから、ある程度は現状を許容する形で治療するべきかな。」

「……大したものね。その歳で、これほどだなんて。」

 綾羽の紹介に半信半疑であったが。セシリアの考えはすでに変わっていた。

「別に、大したこと無いよ、わたしなんて。アイツに比べたら、ただの一般人。」

 霧子がH2-21の頬を触る。まだ生きようとしている、その温かさを感じるように。

「すっごいよね。たった一つの大切なものを守るために、どんなことだって実行して。巡り巡って、わたしをこの場所まで連れてきた。」

「そうね。ただの偶然じゃない。あの子はその異常ともいえる行動力で、ここまで戦ってきた。」

「でもアイツは、綾羽は完璧なんかじゃない。失敗することだってあるし、根っこはわたし達と何も変わらない。どんな、どれほどの才能を持っていたとしても、そのまま特別扱いして、何でも言うとおりにして良いわけじゃない。」

 だからこそ、霧子はセシリアを睨みつける。

「”大人”なら、止めなさいよ。」

 それが、霧子の一番言いたいことであった。





「おや? 二人ともどうしたんですか?」

 ブラックカロンのメンテナンスを終え。少々汗をかいたウルスラは、格納庫内で体育座りしている綾羽と知沙の姿を発見する。

「わたし達は頭脳派ではないので。」

「ぼーっとしているのよ。」

 医務室を追い出され。他にやることもなかった二人は、結局格納庫まで戻ってきていた。

「それじゃあ、わたしもご一緒していいですか?」

 そう言いながら。ウルスラも二人と一緒に地べたに座る。

 3人は特に目的もなく。ただぼーっと周囲を見つめる。何気ない、そんなこと。

「ギガントレイスの置かれた格納庫。まったくもって、女子高生が休日を過ごす場所じゃないわね。」

 ため息交じりに綾羽がつぶやく。

「新しいロボット。これでまた、戦うんですか?」

 知沙が不安を滲ませる。

「どうかしら、ね。もしもこれで、エイツーを治す手立てが付いたのであれば、もう戦う必要は無いかもしれないわね。」

「そうですね。ひょっとしたら、もう彼らに出番はないかもしれません。」

 ウルスラが3機のギガントレイスを指して言う。

「せっかく材料もかき集めたのに、意味無かったわね。」

「そうですね。放棄された施設から、あれ程の”ラピス”を見つけたというのに。」

「……ラピスって、なんですか?」

 知沙にとっては聞き慣れない単語であった。

「SNT回路という、ギガントレイスに欠かせない部位の元となる”特殊な金属”のことです。これがあることで、第3世代のギガントレイスは人間に匹敵するほどの挙動、瞬発力を発揮できるんです。」

「言うなれば、筋肉と神経の複合器官といったところね。全身が筋肉痛だと、人間もまともに動けないでしょう?」

「なるほど。わかりやすいです。」

 知沙はギガントレイスについて少し詳しくなった。

「まぁ、どうだっていいわ。別に戦争がしたいわけじゃないし。」

 綾羽はブラックカロンを見つめる。

「もう、用済みかしらね。」

 その瞳は、すでに新しい場所を見つめていた。隣に座る、知沙の顔を。

「それじゃあ本格的に、Gスポーツ部の始動ですね。」

 知沙が元気よく宣言する。

「始動も何も、まだ必要な人数すら集まってないじゃない。」

「そうでしたね。あと2人、どうしましょうか。」

「クラスメイトはほぼ全滅だし。」

「困りましたねぇ。」

 先程よりも、少しは女子高生っぽい会話に花を咲かせる。

 そんな2人を、ウルスラは温かい目で見つめている。

「青春ですね。」

 微笑ましいような。どこか羨ましいような。

 そんなウルスラの視線に綾羽が気づく。

「あら、貴女も混ざりたい? 見た目同い年くらいだから、うちに転校でもどうかしら。」

「い、いいえ。それは流石に。」

 ウルスラはキッパリと否定する。

「わたしどちらかと言うと、お二人の親世代のほうが近いので。」

 流石に、その事実を無視することは出来なかった。

「あぁ、たしかに。」

 綾羽も納得する。

「そういえば貴女、”ロリ超能力おばさん”だったわね。」

「そっ、それは言わないでください。」


 巨大兵器の前で笑い合う3人の少女(?)たち。

 医務室の方では、若き科学者たちが確かな希望を持って治療法を探る。

 その目覚めは、もうすぐ。




◆◇



 朝。

 その手に色々な思いを抱えつつも。結局は女子高生であるため、狭間霧子はいつも通りに学校へ登校していた。

 下駄箱へとやって来て。そこで偶然、クラスメイトである三笠紗那と遭遇する。

「おっはー」

「ん。おはよ。」

 不良である紗那は、クールに挨拶を返す。

「珍しいじゃん。アンタが朝から登校するなんて。」

「ま、気分とかあんだよ。」

 紗那にとって遅刻は当たり前。欠席すら余裕でする。

「ふぅん。あ、そうだ。アンタ確か帰宅部でしょ? Gスポーツ部って興味ない?」

「はぁ? なにそれ。」

「綾羽と知沙が立ち上げた部活。わたしを入れて3人しか居ないから、申請にあと2人必要なんだけど。」

 もはや仲間と言っても過言ではないため。霧子は勧誘を積極的に行っていた。

「いや、ごめん。部活はちょっと、協力無理かも。」

「そっか。まぁ、しょうがないか。」

 霧子も無理に誘おうとは思わなかった。


 それから少し経ち。

 今度は綾羽と知沙の2人が登校してくる。

「昨日は申し訳なかったです。」

「まさか歩兵とはいえ、2回も死ぬとは、ね。」

「面目ないです。」

 2人はゲームの話で盛り上がっていた。

「気にすることはないわ。初心者なんだし。いくらでも上達できるでしょ?」

「ですかね。」

 自分に才能があるとは思わない。けれども知沙は、綾羽に期待されるこの感覚は好きだった。

 談笑しながら、下駄箱で靴を入れ替える。そんなさなか、綾羽は”それ”に気づく。

「どうかしましたか?」

 不自然に動きを止めた綾羽に、知沙が尋ねる。

「……いいえ、何でも無いわ。」

 綾羽は先ほどと変わらず、いつも通りに微笑を浮かべる。

 ただ、その胸のポケットには、ハートのシールが貼られた手紙のようなものが隠されていた。

 二人して、教室へ向かう途中。

「ちょっと、お手洗いに行ってくるわ。」

「はい、わかりました。」

 そう言って、特に尿意を催したわけでもないのに、綾羽はトイレへと一人向かう。

 個室に入り、そのまま便座に座ると。綾羽は胸ポケットにしまっていた、一通の手紙を手に取り、そのハートの封を開けた。

 中身の紙を取り出し。緊張に満ちた表情で、その文章を読む。


『拝啓、白銀綾羽さんへ。

 本来ならば、面と向かって貴女にお伝えできれば良いのですが、他の皆様もいる中でお声がけすることは恥ずかしく。このような形になってしまったことをお許しください。

 実は、どうしても綾羽さんに伝えたいことがあるので、もしご迷惑でなければ放課後に校舎裏まで来てくれると嬉しいです。

 きっと2人きりなら、わたしも勇気を出して言葉で伝えられると思うので。

 待っています。』


 最後まで、その文章を読み進め。

 目を閉じた綾羽は、深くため息を付いた。困惑と言うよりは、制御できない感情が漏れ出るかのように。

 顔を真っ赤に染め上げながら。綾羽はもう一度手紙を見つめる。その手を小刻みに震わせながら。

(ここって女子校よね? えっ、でもこの手紙、そういうことでしょう?)

 綾羽の頭脳が、生まれてはじめての高速回転をし始める。

(何なの、この気持ち。わたしを好きな人が、この学校にいるってこと?)

 その衝撃に、心臓が激しく鼓動を刻む。

(名前が無い。一体誰なの? ヘッドホンを外せば、特定はできるでしょうけど。)

 けれども胸のドキドキは、そんな無粋なことを許しはしない。

(……どうしよう。)

 綾羽は、しばらく動けなかった。



「――で、あるからして。」

 多貝たがい先生の歴史の授業。非常に温厚なおじいちゃん先生の授業は、多忙な女子高生にとっての数少ない休息のひととき。驚くべきことに、およそ半数以上の生徒を夢の世界へといざなっている。

 だが、そんな眠り歌のような環境の中。白銀綾羽はしっかりと目を開き、満点の青空を見上げていた。

 この胸のときめき。果たしてあの空の先に、答えは存在しているのか。そしてラピュタはあるのか。考えずには居られない。

「はぁ。」

 ただ、ため息だけが溢れてくる。


 授業が終わり、休み時間。

「そこで、会長がわたしに言ったんです。”守りたいものがあるなら、自分がどれだけ非力でも絶対に諦めてはいけない”って。」

「おおー」

「あの会長がそんな事を?」

「……」

 仲の良い友人同士による会話。そんな中でも、綾羽はどこか上の空で、話を聞いているのかも定かではない。

 遠い目で外を眺めながら、憂いのため息を漏らすのみ。

「アイツ、今日なんか静かだよね。」

「珍しいですよね。」

 ともあれ、それほど深刻な問題ではないと思うので。知沙達は何も言わなかった。


 チャイムが鳴り。生徒たちが帰宅をし始める時間。

「綾羽さん。帰りましょうか。」

 知沙が下校に誘う。

 しかし綾羽は、席から動く様子はなく。だだ視線のみを知沙に向ける。

「ごめんなさい。実は今日このあと、どうしても外せない用事があるの。」

「そうなんですか?」

「ええ。また連絡するわね。」

 そう言って、知沙に先に帰らせて。

 人のまばらになる教室の中で。綾羽は瞳を閉じ、ほぼ平らな胸を抑える。

 もはや猶予はない。決戦の刻がやって来た。





 色素の薄い、銀色の髪の毛をなびかせながら。鈴蘭女学院1年1組、綾羽のクラスメイトである”ノエル・ヘプテンシア”は走っていた。

 特殊な校則の多いこの学校では、廊下を走っても教師に怒られることはない。それ故に、ノエルは必死に、全速力で廊下を走っていた。校舎裏で待ってくれているであろう、白銀綾羽に会うために。

(うぅ。まさか先生に呼び出されちゃうなんて、ツイてない。)

 そう。終業のチャイムが鳴り、ノエルはすぐに校舎裏に向かうつもりであった。しかし、『貴女のご家族について聞きたいことがあるの。』と、担任の菊池に呼び止められ、そこそこの時間を食ってしまった。

 ただでさえ手紙で呼び出しているのに。あまつさえ待たせてしまうなど、失態極まりない。

「綾羽さん、どうかっ。」

 待っていてください。そう切に願いながら、ノエルは走った。


 出来る限りの力を尽くして。ノエルは校舎裏に到着した。

 膝を押さえ、息を切らしながら。けれども、何とか顔を上げ。ノエルは目の前の光景に言葉を失う。

「こんっのヤロー!」

「うるせぇバカッ!」

 汚い言葉を吐きながら。殴り合う無数の女子生徒たち。

 数はおそらく10人以上。この学校にこんなに不良がいたのか、と思わずにはいられない。けれども目の前の光景は事実そのものであり、みな殴り合いの大喧嘩、大乱闘を行っていた。

「何なんですか、コレハ!?」

 まさか校舎裏が不良たちの戦場になっているとは。完全に想定外であった。

 ノエルが唖然としていると。

「もしかして、貴女かしら。わたしに手紙を送ったのは。」

 周囲の戦乱を物ともせず。目的の人物である綾羽が、ノエルのもとへとやって来る。

「あ、綾羽さん。」

 全力疾走の疲れもあり、ノエルの情緒は色々と限界であった。

「クラスメイトの、ノエル、だったかしら。」

「あっ、はい。ノエル・ヘプテンシアです。」

 まるで初対面であるかのように。ノエルは行儀よく頭を下げる。

「すみません綾羽さん。呼び出した上に、お待たせしてしまって。」

「気にしないで頂戴。わたしは、気にしていないから。」

 綾羽はいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。

 そんな様子に、ノエルの心も落ち着いてくる。

「それで、ですね。あの手紙を送った、理由なんですけど。」

 頬を赤らめながら。しっかりと顔を上げ、綾羽の目を見つめる。

 けれども、やはりどうしても。すぐ側で起こっている”大乱闘”に意識を奪われてしまう。

 怒号と騒音が、とにかくエグい。

「……ちょっと、気になるわね。」

 流石の綾羽も、その騒音は流石に耳障りであった。

「そ、そーですね。何で喧嘩してるんでしょう。」

「よくわからないわね。わたしが来たときには、もう始まっていたから。」

 二人の視線などお構いなしに。よく分からない不良生徒たちは喧嘩を続けている。

「長期戦、なんですね。」

「仕方がないわ。だって双方ともに、攻撃力が低すぎるもの。」

 これほど大喧嘩が長引く理由。不良同士の抗争といえど、ここはゆるい生徒の多い鈴蘭女学院。不良達は本気で戦っているのかもしれないが、攻撃の効果音は”バキ、ボコ”ではなく、”ポカ、ポカ”。怪我を負うかどうかも疑問である。

「あれ? でも、真ん中で戦ってる2人、片方はクラスメイトの三笠さんじゃないですか?」

「そうね。よく見たら、紗那ね。」

 不良たちの大乱闘の中心部。開けた場所で戦う2人。

 その2人だけは、次元の違う戦いをしていた。鋭い拳は空気を切り裂き、片方はそれを驚異的な反射神経で避ける。流れるような動きで足技へと移行し。何らかの格闘技の動きか、荒ぶる竜の尾のように振り下ろされる。それを交差した腕で受け止め。その衝撃で、地面が陥没する。

 片方は綾羽たちのクラスメイトである三笠紗那。対するもう片方は、見知らぬ長髪の女子生徒、水の滴るような美女であった。

「誰と誰が喧嘩してようと構わないけど。場所は選んでほしいわね。」

 綾羽は苛ついたような、鋭い視線を不良たちに向ける。

「えっと、ですね。何なら、わたし達が場所を変えれば良いんじゃ。」

「それは嫌。わたし、他人に何かを”譲る”ってことが、大嫌いなの。」

 綾羽が拳を鳴らす。

「少し、黙らせましょうか。」

 一大イベントを邪魔する不良共を、敵と認識して。綾羽が臨戦態勢に入る。

 だが、

「――そこまでです!」

 突如響き渡った、凛とした少女の声によって。綾羽はおろか、他の不良生徒たちの動きも止まる。

 皆の視線が注がれる中。不良たちとは打って変わり、規律正しい生徒の集団が校舎裏に集まってくる。その先頭には、朝の挨拶でもお馴染みの生徒会長、”濟木美遥さいきみはる”の姿が。側には綾羽のクラスメイトである松平暁美の姿もあり。

 鈴蘭女学院、生徒会の勢揃いであった。

「何のようだよ、生徒会風情が。こっちはステゴロルール使ってんだよ。邪魔すんな!」

 紗那が威嚇し。

「そうよ。いくら貴女の頼みとはいえ、この戦いを投げ出すことは不可能よ。」

 もう一人の不良少女も同様に拒絶する。

「……カエデ。どうして貴女は。」

 生徒会長は、長髪の不良少女、”銀城ぎんじょうカエデ”の名前を呼ぶ。双方の間には、一言では収まらないような、複雑な関係が存在していた。

 そんな空気の中。

「今まででしたら、そうだったでしょうね。」

 スーツ姿の女性。この学校の教師であろうか、ミドルエイジの女性が生徒会とともに現れる。

「実は、ステゴロルールにちょっとした変更を。いいえ、大幅な改定を行おうと思いまして。」

 彼女の登場は他の生徒達にとっても予想外であったようで。みな黙って彼女の言葉に耳を傾けている。

「あ、校長先生だ。」

「あれが校長!?」

 綾羽は思わず聞き返した。このよく分からない状態が、更に混沌としたものへと変貌する。

 そんな綾羽の驚きをよそに。校長の話は続く。

「対決内容は素手のみ、という制限を解除します。自分の好きな武器を使っても構いません。何なら、このような戦闘行為ではなく、もっと別のゲーム対決などで勝敗を決めても結構です。ただし必ず、対決は一対一のタイマンで行うこと。そして、これらのルールを適応する場合、これからは生徒会役員の立ち会いが必須となります。」

 綾羽にとって馴染みのない。謎のルールについての説明が行われる。

「それが、ステゴロルール改め、新しい”タイマンルール”の方針とします!」

 校長は真面目な顔のまま、そう最後まで言い切った。

 僅かな沈黙の末。

「何だよ、そりゃ。」

 紗那がつぶやく。

 それには綾羽も同感であった。

「このような大規模抗争は、流石に目に余るということです。我々生徒会が、いつまでも見過ごしていると思わないで。」

 生徒会長が言い放つ。

「美遥、貴女。」

 長髪の不良少女、カエデが動揺する。

「わたし達は非力です。しかしだからといって、学園の秩序を守るという義務が損なわれるわけではありません。」

 生徒会長、濟木美遥の決意は硬かった。

「それに、単純な話ですよ。この鈴蘭のテッペンを取りたいというのなら、貴女たちトップが死力を尽くし、タイマンで雌雄を決すれば良いのです。」

 彼女としても、この対決を”単純に止めたい”というわけではなかった。

「あっそう。あくまでも、無駄な血を流したくねぇってことね。」

 生徒会長の言葉に、紗那も一応の納得を見せる。

「わたしは構わないわよ? どんな得物を使っても良いと言うのなら。」

 カエデはそう言いながら。懐から2本の”警棒”を取り出し、それを勢いよく伸ばした。

「わたしはこれで行くわ。」

 得物の切っ先を紗那へと向ける。

「おもしれぇ。」

 対する紗那も口元に笑みを浮かべ。

 ポケットから”ヨーヨー”を取り出すと、それを高速で振り回す。

「あの2人が、武器を使って本気でやり合うなんて。」

「今日ここで、鈴蘭のテッペンが決まる……」

 ざわつく不良達。その視線は、それぞれの勢力のトップに釘付けであった。

「それでは、鈴蘭生徒会長、濟木美遥立ち会いのもと、タイマンルールの開始を宣言します。」

 生徒会長が双方の間に立ち、ルールを宣言する。

「対戦者は、繪躯死荒えくしあのヘッド、銀城カエデと。那怒礼などれのヘッド、三笠紗那の二人。」

 それぞれの得物を構え、二人の不良少女が勝負に臨む。

「双方、準備はよろしいですね。」

 生徒会長の言葉に、無言でうなずく二人。

 周囲の生徒たちも固唾を呑んで見守っている。

「では、始めっ!!」

 その号令で、二人の死合は始まった。

 約2名、部外者の理解を置き去りにして。





 それは、まさに死闘と呼べる戦いであった。

 紗那のヨーヨー捌きは神の御業と見紛うほどに鋭く。風を裂き、音を裂き、相手を打倒さんと振るわれる。

 対するカエデの警棒捌きも負けておらず。ヨーヨーの威力を的確に受け流し、なおかつ攻勢にも打って出る。

 互いの実力は拮抗し。譲れない気持ちと信念がぶつかり合う。

「ヨーヨーあれほど巧みに操るとは。さすがは一年にして、校内最強と名高い三笠紗那ね。」

 その妙技に、校長の舌も唸る。

「カエデだって、負けていませんよ。幼い頃からずっと、剣道で鍛えていましたから。」

 隣に立つ生徒会長は、銀城カエデの力を疑っていなかった。

「確か、幼馴染でしたか?」

「ええ。そう、ですけど。」

 戦いを見つめる、生徒会長の瞳は揺れていた。

「今となっては、彼女の考えていることが分かりません。昔はあんなにいい子だったのに、どうして不良なんかに。」

 どれだけ見つめても、その答えは出てこない。

 そんな彼女の思いなど届かずに。

 二人の戦いは、より激しさを増していく。

 双方を応援する不良少女たちの声援も、同様に激しく、大きくなる。

「何だか、凄いですね。」

 目の前で繰り広げられるとんでもない光景に、ノエルはそれしか言えなかった。

「まだ続きそうですし、やっぱり場所を変えませんか? 最近できたクレープ屋さんがあるんですけど。」

 ノエルは気軽に場所替えを提案する。

「貴女、本気で言っているの?」

 けれども、綾羽は疑問を呈した。

「えっ、もう少し見ていきたいんですか?」

「そんなわけないじゃない。」

 綾羽は胸を抑える。

「いい? こういう告白っていうのは、絶対に校舎裏じゃないといけないのよ。そう簡単に場所を変えられるほど、貴女の気持ちは軽いものなの?」

 綾羽は綾羽なりに、気持ちを作ってこの場に臨んでいた。

「えっと。……告白、ですか?」

 ノエルは気づく。目の前の白銀綾羽という少女が、何か”致命的”な勘違いをしていることに。

 けれども、時既に遅く。

「待っていて。終わらせてくるわ。」

 綾羽の拳は固く握られていた。


 高速で振り回されるヨーヨー。それを片手の警棒で捌きながら、着実に攻めの一手を繰り出す。

 だが、ヨーヨーの糸によって巻き付けられ、その攻撃はすんでの所で阻まれる。

 糸をほどきながら。カエデは紗那との距離を取った。

「流石に、強いわね。」

 得意の警棒を2本使っても、未だに勝負を決めかねる。

「でも、」

 カエデは、勝負を見つめる生徒会長、幼馴染でもある美遥の顔を見る。

「負けるわけにはッ」

 想いを力に変えて、攻勢に打って出る。それは紛うことなき、彼女の全力であった。

――おはようございます。

 毎朝校門前に立って、挨拶を欠かさない彼女。

――近隣住民の皆さまに、ご迷惑をかけないよう。

 学園と生徒を守るため、模範として活動し続ける彼女。

――生徒会って、頼りないよね。

――この学校じゃ仕方ないって。

 それでも、諦めずに戦い続ける彼女。

(わたしが鈴蘭のテッペンに立てば、美遥の負担だって減らせるはず。)

 ただその想いだけを胸に、カエデは今日まで戦ってきた。

(彼女が言葉と姿勢で学園を正すなら、わたしはそれ以外をフォローする。だから、)

 ヨーヨーと、その糸を、片方の警棒で絡み付ける。

「負けないッ!」

 全力の一撃を、がら空きの紗那の顎へと打ち込んだ。

「うぐッ」

 始めて、明確なダメージとなる一撃を食らい。紗那がたまらず後ずさる。

 けれども、その瞳から闘志は失われず、負けじとヨーヨーで応戦する。

 口内が切れたのか。紗那の口からわずかに血が滲んでいた。

(何やってんだろ。わたし。)

 激しい応酬の中。まるで他人事かのように、紗那は今の自分の状況を見つめていた。

 ほんの少し前。この学校に入学するまで、わたしは行儀の良いお嬢様だった。周囲の環境によって形成された出来の良い自分に満足して、面倒な習い事とかも文句一つ言わずにこなしていた。けれども、いつしか綻びは迫っていた。

 クソったれな姉や、家の面倒事に関わるのが嫌になって。反抗心から不良の真似事を始めた。

 最初は一人だった。自分が勝手に腐っていく様を見ているだけで十分だった。けどいつの間にか、周りに仲間が出来てきて。それを、新しい自分の居場所だと思えるようになってきた。

 一人きりのままだったら、また背中を向けて逃げればいいのに。

「何でだろうなッ!」

 怒りでも喜びでもない、新鮮な”衝動”に身を任せ。

(仲間がいると、いくらでも強くなれる。)

 ヨーヨーの勢いが増していき、警棒のそれを圧し始める。

 紗那も、カエデも。互いに譲れない想いは同じで。だからこそ、力は拮抗する。

 加速して。より鋭く、切れをも増していき。


 双方の全力が、衝突する。

 だが、それは互いに届くことはなく。

 スラリと伸びる華奢な腕、綾羽の手によって受け止められていた。


「乱入!?」

「誰だアイツ!」

 突如現れた綾羽の存在に、周囲の不良たちが困惑する。

 それは、渾身の一撃を受け止められた、両者にとっても同じであった。

「綾羽? お前、いったい。」

 ヨーヨーを掴まれたまま。紗那が問いかける。しかし、綾羽はその問いに答えることはなく。

 手に持ったヨーヨーを、”思いっ切り”投げ返した。

 もはやそれは、砲弾と言っても過言ではなく。直撃をモロに食らった紗那は、校舎の壁まで吹き飛ばされる。

「くっ」

 カエデはその状況を目の当たりにし。いつの間にか綾羽に掴まれていた片方の警棒を手放し、警戒心から距離を取った。

「何者かは知らないけど。いい度胸ね。」

 残った警棒を構え直し。カエデは目の前の少女を新たな敵と認識する。

 しかしそれは、綾羽にとっても同じこと。その手に握った警棒を逆手に持ち、剣に見立てて構える。

「なに? その構えは。」

 まるで、すべてを斬り裂く構えのような。そんな錯覚をカエデは感じ取る。

 綾羽は手に持った警棒を全力で振るうと。その力から警棒にヒビを入れつつ。剣の圧のような衝撃波を、カエデに向けて放った。

 その原理を、理解する間もなく。カエデは雑な防御もろとも、衝撃波に吹き飛ばされる。

「カエデ!」

 大切な幼馴染のもとへ、生徒会長が駆け寄っていく。

 他の不良少女達は、その衝撃に未だに動けずにいた。

「……彼女は。」

 校長先生すらも、綾羽の登場には驚いた様子であった。

 圧倒される不良少女たちに囲まれたまま。綾羽は不敵に笑う。

「盛り上がっていた所をごめんなさい。」

 悪びれた様子もなく謝罪を口にする。

「でもこちらとしても、どうしても譲れないものがあるのよ。」

 綾羽の瞳には曇り一つ無かった。

「人が人を思う気持ちに、優劣や差なんて存在しない。たとえ相手がどんな存在でも、好きって気持ちに嘘はあり得ないはずだから。わたしはそれに全力で応えたい。」

 周囲の人々の感情を置き去りにし、綾羽は胸の思いをさらけ出す。

「場所はここ以外にあり得ない。だから、わたし達の”告白”に不要な邪魔者は出ていって頂戴。文句があるなら、全員ぶち転がすわよ!」

 その高揚感から。綾羽は完全にハイになっていた。

「あっ、綾羽さん。」

 しかし、現実は所詮、現実であり。

「何かしら?」

「えっと、デスネ。大変言いづらいのですが。……実は告白じゃなくて、”入部”したいっていうお話なんデス。」


「え?」

 綾羽は呼吸の仕方を忘れた。


「えっとほら、Gスポーツ部の勧誘を、クラスのみんなにしてたじゃないですか? 実はとっても興味があったんですけど、みんなの手前、言うのがちょっと恥ずかしくて。」

 機能不全を起こした脳みそで、必死にノエルの言葉を理解する。

「なのでこうして、一対一で、話したいなっていう、感じでして。」

 まるで今まで生きていた世界、常識が全て偽りであったかのような。足元全てが崩れ落ちるような、そんな恐怖に似た感覚を覚える。

 けれども、どれだけの混乱状況にあったとしても、綾羽の身体そのものは非常に正直であり。

「……」

 茹で上がりそうなほど、顔を真っ赤に染めていた。

 電気信号ではなく、油圧か何かの力で無理やり脳を駆動させる。

(嘘、でしょう。もしかしてわたし、物凄く恥ずかしい?)

 理解してしまう。残酷なほどに、理解が出来てしまう。

 けれども綾羽の脳には、沸騰した感情を冷ますような仕組みは存在せず。勢いそのままに、進路変更という苦肉の策へと舵を切った。

 真っ赤な顔をそのままに、綾羽はノエルの肩を掴む。

「じゃあ、4人目ってことね!」

 上擦った声で、そう宣言した。

 もはや止まることは許されないとばかりに。綾羽は自ら吹き飛ばした紗那のもとへ向かい、無理やり引きずる。

「喧嘩で倒したんだから、貴女もカウントして良いわよね。」

「えっ? ちょま。」

 無理やり引きずられる紗那。困惑しつつも、綾羽の腕力には逆らえず。

 鼻息荒いまま。綾羽は校長先生の前へとやって来た。

「どうも、校長先生。」

 何とか息を整え。何事もなかったかのように話に入る。

「え、ええ。白銀綾羽さんですね。お元気そうで、たいへん何よりです。」

 思っていたのと、だいぶ違う元気の方向性に、校長も動揺していた。

「実はこの学園に、新しくGスポーツ部を作りたいんです。申請に必要な人数も揃えたので、ぜひとも承認をお願いします。」

 引きずった紗那を最後の一人としてカウントし。綾羽はこのまま勢いで、全てを有耶無耶にしようと考える。

「……うーん。そうきましたか。」

 しかし、校長先生の反応は著しくなかった。

「実はですね。貴女の他にも2つほど、新しい部活の申請が来ていまして。」

 何とも言えない表情で、まだほのかに赤い綾羽の顔を見る。

「あちらで伸びている銀城カエデさんは、”スポーツチャンバラ部”の申請を。貴女に引きずられている三笠紗那さんからは、”化石発掘部”の申請を受けています。」

 それが、理由。

「はぁ!? 化石発掘部? 貴女、そんな部活を作ろうとしていたの?」

「だから言ってるだろ。部活は協力できないって。」

 もっともな言い分であった。

「この2つの申請を押しのけて、貴女のGスポーツ部を新たに設立させるのは、やはり角が立ってしまいます。」

 この学校の教職員としても、色々と考慮すべきことがある。

「とはいえ、事実上この鈴蘭のトップに立った貴女に対して、わたし個人としては要望を叶えてあげたいとも思っています。」

「うん?」

 綾羽には校長の言っている言葉の意味がよく分からなかった。

「よって、折衷案として、貴女にはある条件を課しましょう。」

 校長は綾羽に4本の指を立てる。

「銀城カエデと、三笠紗那。貴女は”鈴蘭四天王”のうち、2人を打ち負かしました。」

 指を2本下ろす。

「残る四天王の2人を倒すことが出来たら、晴れてGスポーツ部の設立を認めましょう。」

 それが、校長からの条件であった。


(……この人、イカれてるんじゃ。)

 綾羽は思考を放棄した。


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