バトルロイヤル



 鋭い3つの光が、晴天の空を駆け巡る。


 真っ赤な瞳をしたグレーのギガントレイスが戦闘を行き。その次に漆黒の機体、”八咫烏”が追従する。そして最後に、巨大なビームキャノンを装備した白き機体、御神楽が追いかける。

 御神楽が速度を緩め、その手に持ったライフルで先頭のグレーの機体を狙い撃つ。

 だが、グレーの機体が手をかざすと、そこから”光り輝く粒子の渦”のようなものが発生し、放たれたビームを掻き消した。


「……射撃が効かない。」

 御神楽のパイロット、神座身依子は冷静に敵ギガントレイスの性能を認識する。


「エレナ。御神楽の推力じゃ、そいつに追いつけない。なんとか動きを止めて。」


『分かってんよ! 何とかやってみる。』

 通信機越しに、八咫烏に搭乗するエレナの声が届く。



「――何だったら、ここで落とす!」


 エレナはブースターを全開にし、グレーの敵機体との距離を詰める。

 手の平に内蔵されたビームキャノンの出力を上げ、至近距離でぶっ放す。


 しかし、グレーの機体が手をかざすと、再び粒子の渦のようなものが発生し。

 ビームだけでなく、それを放った八咫烏もろとも吹き飛ばす。


「うぐッ。」

 得体の知れない攻撃を受け、衝撃を受けるエレナ。

 機体内部では、明確なダメージを示すアラートが鳴り響く。

「クソッ、あれもビームだってのかよ。」

 エレナは敵機の搭載する兵器に対し、思わず悪態をついた。





 3機のギガントレイスが、激しい空中戦を繰り広げる中。

 地上。

 所々崩壊し、火の手の上がる”東邦刑務所”の敷地内で、2機のギガントレイスが睨み合う。


 方や、漆黒の装甲に身を包む機体、”ブラックカロン”。

 方や、純白の装甲に、ビームキャノンとシールドを装備した、もう一機の”御神楽”。


 上空で、激しい応酬が繰り広げられているのとは対象的に。その2機は、互いに互いの動きを探っていた。



『……いいセンスをしている。』

 御神楽の操縦者、G-Force司令”白銀正継”は、スピーカーを通して敵に言葉を伝える。


『至近距離でビームを避ける反射神経に、研ぎ澄まされた格闘能力。油断したとはいえ、エレナくんが落とされるわけだ。』

 正継は、ブラックカロンの操縦者の実力を高く評価した。


『だが、そろそろ終わりにしよう。』

 御神楽がビームキャノンを構え、ブラックカロンに向ける。


 だが、


「――ピノ。リミッター解除。」

 操縦者がつぶやくと。


 ブラックカロンの装甲の一部が弾け飛び、剥き出しの筋繊維”SNT回路”が露出する。

 リアクターから供給される粒子量が増加し。回路が膨張するだけでなく、微かに粒子が漏れ出てくる。


 軋むような音を立てながら。ブラックカロンは、再び臨戦態勢に入った。


「絶対に、負けられない。」

 綾羽は、敵が実の父親であると”知りながら”も、明確な敵意を隠さない。



 ライオネル脱獄作戦、その”失敗が確定した”にも関わらず。

 綾羽は未だに、戦いを止めようとはしなかった。





 東邦刑務所。かつて、ギガントレイスが、単なる巨大ロボットと呼ばれていた時代。頻発するロボット犯罪者や、それに端を発するかのように現れるようになった”強化人間”、”改造人間”など。通常の刑務所では対処の難しい犯罪者を収容すべく、建設された刑務所である。その設備、セキュリティは日々最新のものへと更新され、どのような犯罪者であっても脱獄を許さない、最強の刑務所であった。

 その刑務所内に、一台の護送車がやって来る。通常の護送車とは違い、対ギガントレイス戦を意識した特殊装甲車両であった。護送車が施設内に停車すると。それを取り囲むように、ライフルを装備した施設職員達がやって来る。そのライフルの銃口は、護送車のドアへと向けられていた。


「よしたまえ、諸君。」

 彼らの上司であろう男が現れる。

「相手は一人だ。おまけに負傷もしている。暴れることもあるまい。」

 警戒心をむき出しにする職員たちとは違い、その男は至って冷静だった。

「ドアを。」

「はっ。」

 男の指示に従い。職員の一人が、護送車のドアを開ける。


 すると、中から一人の女性が降りてくる。艶のある金色の髪の毛に、端正な顔立ち。スタイルはモデルのように整っている。そして何より目立つのは、”包帯に巻かれた右腕”であり。それが要因で手錠が付けられず、彼女の体を拘束するのは腰に括り付けられた縄のみ。

 彼女は、表情の少ない顔をしたまま、男の目の前に立った。


「”ルイズ・デ・バルディン”。かつて、あのレギュラルに所属していた、国際指名手配済みのGR操縦者。」

 男は、目の前の女の名前と、素性を口に出す。

「ええ。潜伏していた”建設業者”から通報があり、確保へと至りました。」

「ふむ。5年近くも居場所知らずであったが。人生とは、何が起こるか分からないものだ。」

 冷製で事務的な口調であったが。男の言葉には、”この女を確保できた”、という明確な喜びが存在していた。

「施設内を案内しよう。これから君が過ごすことになる、地上の”楽園”だよ。」

 男は皮肉げに笑い。

 それに対しルイズは、口を開くことはなかった。




 東邦刑務所、施設内。天井が開けっ広げで、青空すら拝める通路の中を、職員らとルイズは歩いていた。

 高い役職につくであろう男と、ルイズが隣り合って歩き。その前と後ろを囲むように、職員たちが隊列を作っている。


「なかなか、開放的だろう。この刑務所も。」

 そう話す、男の言う通り。刑務所でありながらも、施設内には外の光が差し込み、通路に囲まれた中央部にはだだっ広い”広場”のようなものも存在していた。

 ルイズは黙って、男の話を聞いたふりをする。

「今は、技術の進歩が著しくてね。わたしが赴任したばかりの頃は、もっと閉鎖的で、空気の通りも悪かった。」

 男は随分長い間この刑務所に勤務しているらしく、過去の思い出話をルイズに聞かせていた。

「今や全てが機械によって制御され、施設全体がネットワークで繋がっている。誰も逃げられんよ、ここからはね。」

 男にとって、この施設は自慢の塊のようなものであり。

「君も、じきに気に入るさ。」

 ルイズは黙って、それを聞き流していた。


 そのまま通路を歩き続け。ルイズと職員たちが、”セキュリティルーム”に比較的近い場所にやって来る。

 男の長ったらしい話を受け流しながら、ルイズはその部屋の存在を視認し。

 ガリッ、と。右の奥歯に挟まっていた”超小型の発信機”を、すり潰した。




 その、同時刻。

 刑務所を一望できつつ、遠く離れた場所にあるホテル。その最上階に存在する、スイートルームのテラスにて。


「信号途絶。」

 セシリアは一台のノートPCを通じて、作戦の指示を執り行っていた。


「ヨハネ、ウルスラ。予定通り、暴れなさい。」

 その指示に従い。


『『了解です(ニャン)!』』

 二人の声が届くと。


 遠く離れた刑務所で、小さな爆発が起こった。


 その様子を、テラスから優雅に見つめながら。

 セシリアは作戦の成功を願う。




「なっ、何だ!?」

 遠くから爆発の音が聞こえ。慌ただしくなる職員たち。

 その、一瞬の隙を見逃さず。


 ルイズは一番うるさかった男に、渾身の回し蹴りを食らわせ。

 周囲の職員たちが状況判断を下す前に、ライフルを蹴り上げ。迅速に武装を無力化する。

 けれども、綾羽やヨハネとは違い、ルイズは普通の人間であり。蹴りの一発では敵を無力化出来ず、ルイズを捕らえるべく再起動する。


 ルイズは一心不乱に駆けた。後ろから放たれる銃弾をかわしながら、セキュリティルームへとめがけて。



 セキュリティルームに侵入すると。ルイズは中に居た職員を殴って無力化し、休む間もなくコンソールを弄り始める。

 事前にセシリアに教えられた通りに操作し。


「これで、どうよ!」

 最後に真っ赤なボタンを、力いっぱいに押した。


 すると、施設内に警報が鳴り響き。その原因たるセキュリティルームは、警告を示す真っ赤なランプで一杯になる。


『緊急避難装置が作動しました。緊急事態のため、”全ての電子ロック”を解除します。』

 そのアナウンスは、施設全体に鳴り響き。

 収監されている多くの受刑者たち、だけでなく。


 光の届かない部屋でうつむく、一人の男の耳にも届いた。





 多くの男達。いや、多くの受刑者達の雄叫びと騒音が、刑務所内を支配していた。

 ライフルを乱射する職員に、逃げ惑う受刑者たち。逆に、その職員たちから銃を奪い、応戦する受刑者の姿もあり。その状況は混乱を極めていく。

 東邦刑務所は、今まさに、”大脱獄”の真っ只中となっていた。


 そんな混乱のさなか、ルイズは目的の場所へ向けて走る。

 腐っても、元テロ組織の特殊部隊であり。混乱に対して一切動じること無く、施設内を進んでいく。


(……ッ、これ、本当に大丈夫なんでしょうね。)


 全ての電子ロックが解除され、今この刑務所内に自由ではない存在は一人も居ない。それが、どれだけ”ヤバい”事なのか。ルイズは走りながら、そう思わずにはいられない。

 けれども、もうすでに起こってしまったことであり。考えることなど無駄と、ルイズは走り続けた。


 事前に頭の中に入れていた情報を頼りに、ルイズは道を進み。施設内のとある一角、地下へと続く道へとたどり着く。

 立ち止まること無く進み続け。階段を下っていくルイズ。




 そして、その部屋へとやって来た。

 他の受刑者達の収監されている部屋とはまるで違い。地下室故に窓は存在せず、あれほど騒がしかった地上の騒音も、ここからでは大して聞こえない。部屋に照明はたった一つ。大した明るさではないため部屋は薄暗く、明らかに空気も悪かった。


 その、一室の中に、彼は居た。

 部屋の最奥、ルイズの入ってきた扉の正反対側に座り。雑に伸ばされた黒い髪の毛の隙間から、生気のない瞳が覗いている。その顔には深いシワが刻まれていた。


 彼こそが、”ライオネル・ヴァーニー”。

 ウルスラの敬愛する博士であり、”第3世代GR”、”レプリカント”といった世紀の発明を生み出した、天才であった。


 予想していた風貌とは幾分か違うものの。ルイズは目の前に座る男こそが、目的の最重要人物であると判断し。

 左奥歯に挟まっていた”もう一つの発信機”を破壊し、口外へ吐き捨てた。



――遠方の地で、黒き悪魔の瞳に光が灯る。



「……貴女が、ライオネル博士、でいいのよね?」

 恐る恐るといった様子で、ルイズが声をかける。彼女にとって、ライオネルは遠い昔にとっ捕まった犯罪者と同意義の存在であり、それ故に警戒心を持っていた。


 そんな彼女の心境など、知る由もなく。ライオネルは、わずかに瞳を動かすのみ。


「ちょっと、聞こえてるの? なにか返事をしなさいよ。」


「……誰だ、君は。」

 長らく使用していなかったのか。かすれきった声で、ライオネルが問いかける。


「わたしはルイズ。貴方の助手、ウルスラの仲間よ。」


「ウルスラの? そうか、生きていたのか。」

 ライオネルは、微かに嬉しそうに笑った。


「それで、何のようだ?」


「何のよう、ですって? 決まっているじゃない。貴方を連れ出しに来たのよ。」

 ルイズは当然とばかりに言い放つ。


「……そうか。」

 けれどもライオネルは、明らかに声のトーンが低くなる。


「そうか、じゃないわ。さっさと外に出るわよ。仲間がすぐにやって来るわ。」

 そう、催促するルイズであったが。



「……いや、悪いが。俺は出るつもりはない。」

 ライオネルは、その提案を拒絶した。



「は? なんですって。」

 ルイズは一瞬、その言葉の意味を理解できず。


「外に出られるのよ? 16年ぶりの外の世界なのよ?」

 ルイズには、ライオネルの意図がまるで分からなかった。


「……外の世界には何もない。俺の居場所も、存在意義も。もう、どこにもないんだ。」

 まるで、この世の全てに”絶望”したかのように。ライオネルは外の世界を拒絶する。


「ウルスラだっているのよ? 貴方、彼女が大切じゃないの?」

「無論、彼女は大切な存在だ。助手としても、一人の家族としても。」

「だったら。」

「だとしても、すでに時が経ちすぎた。」

 ライオネルの言葉には、まるで覇気が存在しなかった。



「終わっているんだよ、もう。俺がこの世界で生きる理由。罪を償う、”希望”は。」

 ライオネルは、かつて失った”大切な存在”を尊ぶ。



「……レプリカントの、知識が必要なのよ。」

 ルイズは静かに呟いた。

「どうしても、治療法が分からないらしくて。貴方なら、全部知ってるんじゃないの?」


「すまないが、期待には添えない。」

 だが、ライオネルの意思は変わること無く。

「ウルスラには、”すまない”と、伝えておいてくれ。」

 それ以上、言うことはなかった。


「……何よそれ。」

 ルイズの腕が震える。

 その拳には、明確な”怒り”がこもっていた。


「助けが必要な奴が居るのよッ。”救いが必要”な子が居んのよッ!」

 一人の少女のことを思いながら。


 激昂したルイズは、ライオネルの側へと近づき。その首を掴んだ。


「うぐっ。」

「悪いけどわたしは、ここの職員ほど優しくはないわ。」


 そのまま、やせ細ったライオネルの体を転がすと。

 首根っこを掴み、ドアへと向かって引きずっていく。

 抵抗しようとするライオネルであったが、ルイズの力には抗えず。


「黙って、来てもらうわよ。」


 そのまま、部屋の外まで連れ出そうとして。

 ドアをくぐる直前。


 物凄い勢いで、ドアが強制的に閉ざされる。


「なっ!?」

 突然のことに、驚くルイズ。



 その現象は、地下室だけの出来事ではなく。


 東邦刑務所全域で、再び全ての電子ロックが作動していた。



「……なんでよ。しばらくは回復しないって話じゃなかったの?」

 行き場のない怒りが、ルイズの中で渦巻く。


 その道は、鋼鉄の壁に阻まれていた。





 空と雲を裂き。漆黒のギガントレイス、ブラックカロンが東邦刑務所の上空へと飛来する。

 計画通りであれば、後は地上で待機しているであろうルイズとライオネル博士を回収し、拠点としているフリージア社の整備工場へとテレポートするだけ。

 だがしかし。事前の情報とは違い、刑務所内のセキュリティはすでに回復しており。解き放たれていた受刑者たちも、徐々に制圧されつつある。そして、ルイズやライオネルの姿はどこにも存在しなかった。


「どういうことなの? 話と違うじゃない。」

 操縦席の中。修理の完了したシートに座る綾羽は、地上の状況に戸惑いを見せていた。


『どうやら、何か手違いが起きているみたいね。』

 通信機越しにセシリアの声が聞こえる。

『ヨハネとウルスラに、二人の回収を指示したわ。分厚い地下室だろうと、彼女たちなら突破できるでしょう。』


「……そう。なら、それまで待つわ。」


 ブラックカロンは飛行した状態で上空で待機する。


『気をつけなさい。時間を食うってことは、その分リスクが高くなるってことだから。』

「分かってる。準備はしておくわ。」


 来たるべき時に備えて。

 綾羽は感覚を研ぎ澄ませていた。





 未だ、混乱の収まらない刑務所内。

 ウルスラとヨハネの二人は、障害となる受刑者や職員たちを蹴散らしながら、ライオネルの収監されている地下室を目指していた。

 ライフルによる射撃を受けようと。ウルスラは障壁によって全てを防ぎ、ヨハネは超人的身体能力でかわし切る。

 二人がライオネルらの元へたどり着くのは、すでに時間の問題であった。



「ふふっ。」

 だが、その二人の前に、一人の”異物”が立ちはだかる。


 ウルスラとヨハネは、その特異な直感で”感じ取り”。二人揃ってその足を止めた。


「ヨハネさん。」

「……感じるニャン、」

 二人は明確な危機感を持って、その相手と対峙する。


 その”聖女”は、この場において余りにも場違いな存在であった。

 真っ黒なトレンチコートに身を包み。灰色の髪の毛と、濁った碧眼。

 何が愉快なのか。ニッコリとした笑顔で、ウルスラとヨハネの二人を見つめている。


「流石は、”ビースト”だね。わたしの”力”に気付くだなんて。」


「何者ですか?」

 ウルスラが女に問いかける。


「わたし? わたしはただの”聖女”だよ。”放浪の聖女”。」

 彼女は、そうとしか名乗らなかった。


「それでその聖女とやらが、何のようだニャン?」

 ヨハネが問う。

 二人共、この出会いが偶然などとは思っていなかった。


「う〜ん。なんて言えば良いのかなぁ。」

 聖女は少し悩み。

「まぁ簡単に言うと、君たちの”脱獄計画”を、妨害しに来た、かな。」

 自らを、”敵”と名乗った。



「悪いですが。これ以上時間を食うわけには行きません。」

 対話を無駄と判断し。ウルスラは聖女へ向けて手をかざす。


 彼女の超能力。強烈な衝撃波が、聖女へ向けて放たれる。


 しかし、聖女が手をかざすと。

 ”同種の力”が発生し、ウルスラの衝撃波を打ち消した。


「なっ。」

 ”ありえない”。その初めての経験に、ウルスラは言葉を失う。


 その横から、ヨハネが超スピードで駆け出すと。

 敵が超能力を使う前に倒すべく、その拳を振るう。


 だが、聖女はヨハネの拳を、いともたやすくその手で受け止めた。


「ニャンと!?」

 パワーとスピードには自信のあるヨハネであったが、聖女はそれを抑えつける。


「おおー、君強いねぇ〜。かなり”ブースト”に力入れてるのに。」

 その言葉とは裏腹に、聖女の表情は涼し気であった。


 拳を引っ込め。

 ヨハネはウルスラの側へと撤退する。


「こいつ、めちゃくちゃ強いニャン。」

「はい。わたし達のような”改造人間”でも、ましてや”原種”でも無いはず。」

 正体不明の”敵”の出現に、二人は焦りを募らせる。

「急いで地下まで行かないと。」

 刻一刻と、”タイムリミット”は迫っていた。





『綾羽様。MR信号を検知しました。』


 ピノの声を聞き。綾羽は飛来する敵へと、その視線を移した。


 黒い点が、徐々にその姿を大きくしていき。


 超スピードで飛来してくる”蹴り”を、ブラックカロンは回避した。


 蹴りをかわされるも。黒い機体”八咫烏”は、即座に体勢を整え、ブラックカロンへと対峙する。


『ハッ、流石にそれは避けるよなぁ!』

 スピーカー越しに、八咫烏の操縦者であるエレナが声を上げる。


「……ッ、こんなときに。」

 軽く舌打ちしつつ。綾羽は目の前の敵に対し、臨戦態勢へと移行する。


 双方、滞空状態で睨み合い。


 あの夜の再戦とばかりに、再び衝突した。





 上空で戦いが始まった頃。

 地上では、二人の獣と一人の聖女による戦いが繰り広げられていた。


 ヨハネが凄まじい速度でラッシュを仕掛け。

 聖女はそれを涼しい顔でしのぎ切る。


 その聖女の頭上に突如”力場”が発生し、圧し潰そうと迫る。

 だが彼女が手を払うと、その力場はいともたやすく崩壊した。


 ウルスラとヨハネ。自らを”地上最強”の生物と認識していた彼女たちは、今まさにその考えを改めようとしていた。


「いやいや、大したものだね。改造手術を受けたとはいえ、まさか”ただの人間”が、ここまでの力を手にするとは。」

 涼しい顔をしたまま、聖女は二人の力を褒めつつも。

「やっぱり、ライオネルくんは危険だね。」

 決して、その場を引こうとはしていなかった。


 どうやって突破するべきか。ウルスラとヨハネは、戦う姿勢を崩さぬまま考える。


「まぁ、わたしもまだ”仕事”は残っているし。」

 しかし、聖女はこれ以上戦いを続けることに”飽き”。


「そろそろ、終わりにしようかな。」

 懐から、一枚の”御札”のようなものを取り出した。


 それに対し、警戒心を高めるウルスラ達であったが。

 聖女の微笑みの前では無意味であり。


「君たち、旅行は好きかな?」


 御札のようなものが光り輝くと。それと同時にウルスラとヨハネの足元も同様に輝き出し。

 瞬く間に、二人の存在が、その場から”消失”した。




 遥か彼方の地にて。

 光り輝くゲートのようなものが出現し、そこからウルスラとヨハネの二人が吐き出される。


「へ?」

 突然のことに驚く二人。


 けれども、目の前は一面の”海”であり。

 二人は為す術なく、海へと落とされた。


「っぷは。」

 幸いにも、ウルスラとヨハネはカナヅチではなく。しっかりと水面へと浮かび上がってくる。


「ここはどこでしょうか。」

 問いかけるウルスラ。

「わからないニャ。」

 ヨハネは力なく答える。


 あたり一面見渡しても、陸地は見当たらず。

 二人は見知らぬ海のど真ん中へと、”転移”させられていた。




 その二人が消失した後。


「さてと。」

 もはやここに用はないと。聖女は移動を開始した。


 彼女は己が目的のために歩き続け。

 ある時、立ち止まると。

 じっと地面を見つめる。


「うん。ここらへんかな。」


 その手から、”真っ黒な炎”を出現させると。

 それを地面にゆっくりと落とし。


 まるで、ロウソクを溶かすかのように。コンクリートの地面を軽々とえぐり、黒い炎が地中へと掘り進んでいく。

 人間が容易く通れるほどの穴が、地中へと続いていき。


 それを眺めていた聖女は、何かに気づいたように空を見つめた。


「……あらら。急がないとね。」


 その視線の先では、新たに2機のギガントレイスがこちらへ向けて飛んできており。

 綾羽のもとに、さらなる脅威が訪れようとしていた。




◆◇




 直撃コースで向かってくるビームを紙一重でかわし。機動力的に不可能な場合は、ビームソードで薙ぎ払う。

 かつての夜とは違い。ブラックカロンと八咫烏の戦いは、膠着状態へと陥っていた。


「ちっ。」

 綾羽は舌打ちしつつ。


 ブースターを全開にし、八咫烏へと迫る。

 だが、それに即座に反応し、八咫烏はブースターを吹かし、ブラックカロンとの距離を取る。


 それは、明確な”性能差”によるものだった。ビームソードという強力な有効打を持ちつつも、推力において遥かに劣るブラックカロンでは、八咫烏へと接近することすらままならない。

 双方、敵への有効打を決めきれず。戦況は一進一退を繰り返す。



 そんな中。2機の間を、遠方からのビーム射撃が通り過ぎる。



「何よ!?」

 それに対し、綾羽は過剰に反応する。


『西方より、更にMR反応を2つ感知。』


「なるほど。増援ってわけね。」

 綾羽は冷静な視線で、こちらへ向かって飛翔する2つの機影を睨んだ。


 敵は2機。白のボディカラーから、G-Forceの主力GRである御神楽であると判断できる。うち一機はこちらへ向けて大型のビームキャノンを構えていた。


「あっちは、この間のイカレ女。」

 キャノンを構えている機体の操縦者には、綾羽は心当たりがあった。

「もう一機の方は、スタンダードな装備ね。」

 もう一機の御神楽は、右手にビームキャノン、左手にシールドと。ゲーム内でも何度も見た、比較的ポピュラーな装備をしていた。


「さて、どうしたものかしら。」

 たった一機の敵にすら苦戦し。けれども綾羽は、この状況においても、未だに交戦の意思を捨てていなかった。



 綾羽が様子見をする中。八咫烏のもとに、2機の御神楽が合流する。


「エレナ、無事?」

「おう。前回みたいな失態は、流石に勘弁だからな。」

 御神楽の操縦者、身依子の心配に対し、エレナは問題なく返した。


「エレナくん。敵の行動はどういう感じだ?」

 もう一機の御神楽の操縦者は、サングラス越しにブラックカロンを睨みつけている。


「前と違って、飛べるようには、なってるらしいっすけど。」

 エレナはこれまでの敵の行動パターンを思い出す。

「あの機体、多分推力が”カス”っすね。オマケに、有効な武装はビームソードしか持ってねぇ。正直、3機で囲んで、キャノンで波状攻撃すれば、簡単に落とせるっすよ?」

 前回の交戦時の記憶も思い出し、エレナはそう判断した。


「なるほど。」

 今聞いたエレナの話と、”16年前”の交戦時の記憶を思い出し。御神楽に搭乗する正継は、どう対処するべきかと考える。


「敵の攻撃手段は、本当に”それだけ”なのかい?」

「それだけって。……後は、時代遅れのヒートレイくらいのはず、っすけど。」

 少なくとも、エレナが把握している敵の武装はその2つだけだった。


(……妙だな。)

 正継は、16年前との”食い違い”に、違和感を覚える。

 なにせ、目の前の”黒い悪魔”は、かつて自衛隊の”GR部隊”と、ICPOのトップチーム”スターシールド”を、たった一機で壊滅させた存在である。

 もしも記憶通りの”性能”を有しているのなら。すでに地上の刑務所が更地になっていたとしても、おかしな話ではなかった。


 けれども、考えていても仕方がないと。正継の御神楽が前に出る。

「わたしが相手をしよう。二人は距離を取り、周囲への警戒を怠るな。」


「しかし司令。3機で囲めば、倒せる相手なのでは?」

 身依子が疑問を抱く。


「いや、天ノ梅で姿を消した、あの謎の”技術”も気になる。ここはわたしが対処し、生け捕りにする。」

 それが正継の判断であり。

「了解しました。」

 その実力を疑わない身依子も、それ以上の反論はしなかった。



 綾羽のブラックカロンと、正継の御神楽が対峙する。



 忌まわしき記憶を、脳裏に思い出し。正継はサングラス越しながら、鋭い視線を敵に向ける。


『そちらの機体の操縦者パイロット、聞こえているか?』

 スピーカーを通して、正継が対話を試みる。

『わたしはG-Force司令、”白銀正継”だ。君が何者なのかは知らないが、もしも投降の意思があるというのなら、我々は受け入れるつもりだ。』

 自らの名前を出し、正継は敵への投降を迫る。


 そのメッセージに、ブラックカロンの操縦者は”少し驚き”つつも。

 けれども、”関係ない”という判断に落ち着き。無言でビームソードを展開した。


「……なるほど。それが答えか。」

 正継はサングラスを指で押さえ。

 その搭乗機は、シールドとビームキャノンを構えた。


 もはや、双方の間に対話という選択肢は無く。


 擦れ違いだらけの”親子対決”が、勃発した。





「クッソ!」

 悪態をつきながら。ルイズは目の前の鋼鉄の扉を叩いた。


 突如、セキュリティが回復し。地下室に閉じ込められたルイズは、仲間と連絡する手段を持ち合わせておらず。それ故に、外の状況も掴めていない。


「こんな事してる場合じゃないのに。」

 仲間たちはどうしているのか。自分の存在が迷惑になっているのではないか。ルイズは鋼鉄の壁一つどうにも出来ない自分の無力さ加減を呪った。


 ライオネルは側に座り込んだまま。興味をなくしたように、何もない空間をじっと見つめている。


 そんなさなか。

 突如、天井に”真っ黒な炎”が灯ると。そこに、人が通れるほどの大きな穴が出現する。


「なによ、これ。」

 その一部始終を見て、ルイズがつぶやいた。


 すると、天井に空いた穴から、見知らぬ一人の女性、”聖女”が降りてくる。ウルスラの超能力のように、見えない力で浮遊しながら。

 聖女は、驚くルイズの顔を見つめながら、ニヤリと笑い。地面へと着地した。


「そんなに驚かなくていいよ。これは、”単なる手品”だから。」

 当然のように、聖女は自身の力をごまかした。


 そんな聖女の戯言を耳にしても、ルイズには状況が一切掴めず。

 その側に座るライオネルも、聖女の到来に大した興味を示さなかった。


 二人の反応を見て、聖女は微笑み。

「ルイズくん、君を迎えに来たんだよ。早く行かないと、あの子、やられちゃうよ?」

 そう言いながら、天井に空いた穴、地上を指差した。


「戦闘? まさか、”ブラックカロン”が戦ってるの?」


 その、ルイズの発した単語に。

 ライオネルは反応した。


「……ブラックカロン、だと?」

 信じられない。という表情で、ライオネルはルイズの方を見る。

「馬鹿な。あの機体が残っているはずはない。正継が言っていた。」

 それでも確かに、目の前の女はその名を口にしていた。


「……やれやれ。」

 ライオネルの反応を見て、聖女はここまでと判断する。


「”だから”君を、外に出すわけには行かないんだよ。」


 冷たい視線で、ライオネルを見つめ。

 聖女は2人に近づくと、ルイズのみを抱きかかえる。


「ちょっと、貴女。」

「暴れないでね。」


 動揺するルイズを抱きかかえながら。またもや聖女は浮かび上がり。

 再び穴を通って、地上へと戻っていく。


 ”絶望”ではなく、困惑の表情で空を見つめる、ライオネルを置き去りにして。




 見知らぬ聖女に抱きかかえられて。ルイズは地上へと戻ってきた。

 空を見上げれば。激しい攻防を繰り広げる、ブラックカロンと御神楽の姿が目に入る。その他にも、周囲を警戒した様子で飛翔する、2つの敵機の姿も確認できる。これ以上無い、最悪の状況であった。


「……おや。どうやら、君のロボットが届いたみたいだね。」


 空を見上げると。遥か彼方から、ルイズの隠し持っていた秘蔵の機体、グレーのギガントレイスが飛翔してくる。


「セシリアが寄越したのね。」

 この状況を打破するため、遠隔操作で呼び出されたのだと判断する。

「けど、このままじゃ。」

 その、ルイズの”懸念”通り。


 上空を巡回していた身依子の御神楽が、その機体の接近に気付く。


「増援? だったら、撃ち落とす。」

 これ以上、事態を悪化させるわけにはいかないと判断し。

 身依子の御神楽が、ビームキャノンの銃口を新手の機体に向ける。


 だが、それを妨害するかのように。

 ”真っ黒な炎の塊”が、御神楽の眼前を通り過ぎる。


「なに? 攻撃?」

 得体の知れない攻撃が、自分に向けられたものであると判断し。身依子は地上へと視線を移す。


 そこには、不敵な笑みを浮かべた”聖女”が、黒く燃える右腕をかざして立っていた。


「……人間?」

 ギガントレイスではなく、この人間が攻撃を仕掛けてきたのかと。身依子は驚きを隠せない。


 その、僅かな隙を突くように。

 グレーのギガントレイスが、御神楽の側を通り過ぎ。 


 派手な着地音を響かせながら、ルイズの元へ飛来した。


 史上最悪のテロ組織、レギュラルの造り出した最後の機体。その経歴に相応しく、グレーのギガントレイスは、まるで悪人のような頭部デザインをしており。刺々しい全身の装甲も合わさり、奇しくも”悪魔の仲間”として相応しい風貌をしていた。


「……Nix《ニックス》。」


 自分の力。戦うための武器としてやって来た、目の前のギガントレイス。それに目を奪われつつも。

 ルイズは、地下に置いてきたライオネルの存在を無視できず、地下へと続く穴を見る。

 ライオネル博士の奪取。それがルイズに課せられた任務であり、何よりも優先すべき事であった。


「任務の成功が、大切なのは分かるよ。まぁ、わたしに言えたことじゃないけどさ。」

 迷いを見せるルイズに対して、聖女は彼女なりに諭す。

「何よりも優先すべきなのは、生き残ること、じゃない?」


「……うるさいわね。」

 言われなくても、ルイズには分かっていた。

「Nix、開けなさい。」

 その声に応え、グレーの機体、Nixの操縦席が開く。


 ルイズは慣れた様子で操縦席へと乗り込み。


「健闘を祈るよ。」

 操縦席が閉まる間際。聖女は声援を送った。




 起き上がる、グレーの巨人”Nix”。

 その様子を、エレナと身依子の機体が警戒する。


 だが、ルイズの瞳が見つめるのは、その2機の敵ではなく。

 激しい攻防を繰り広げる、綾羽と正継の機体だった。


 全身のスラスターを輝かせ。弾丸のように飛び立つと。

 綾羽と交戦する御神楽の隙を突き、その機体に組み付いた。


 その強靭な腕力を持って、ガッチリと敵の機体を抑えつけ。

 互いのスラスターが共に全力を出し、めちゃくちゃな軌道で宙を舞い。



 激しい衝撃とともに、地上へ落下した。



 土煙が舞い。

 それを切り裂くように、内側からビームキャノンの光が発生。

 それを、Nixが間一髪で回避する。


 御神楽の攻撃は勢いを落とさず。

 シールドを武器のように振り回しながら、同時に正確無比な射撃を連発する。


「チッ。」

 ルイズは極限まで高めた集中力で、何とか敵の攻撃を回避し。

 ”特殊兵器”の装備された右腕をかざそうとするも、それをシールドで弾かれる。


「”トライデント”を使う間もないッ。」


 目の前の機体を相手に、接近戦を挑むのは愚かだと判断し。

 ルイズは上空へと退避する。

 それを追うように、滞空していたエレナと身依子の機体が飛翔する。


 上空を駆け巡る3つの機体。

 それを眺める正継の近くに、綾羽の操るブラックカロンが着地する。


 舞台を地上に移し。その2つの機体は、再び対峙する。



『綾羽様。どうやら、ライオネル博士の回収は、”失敗”に終わった模様です。』

 操縦席の中。ピノの声が響く。

『ここはルイズ様と合流し、テレポートで撤退すべきかと。』

 ピノの人工知能は、冷静に状況を判断していた。


 けれども綾羽の瞳は、敵である目の前の御神楽から離れることはなく。


「……リミッター解除の準備をしなさい。これは命令よ。」

 ”敗北”という結果だけは、綾羽のGR操縦者としてのプライドが許さなかった。





『これは今、現実に起きている出来事です。日本最高のセキュリティを有する東邦刑務所が、正体不明のギガントレイスによる襲撃を受けています。』

 テレビのニュースキャスターが、緊迫した様子で話している。

『現在、G-Forceのギガントレイスが出撃し、対処にあたっていますが。ご覧の通り、未だに戦闘は続いています。』


 無数の輝きが、宙を舞っている。

 機体の放つ微かな粒子の残滓。

 ビームキャノンの光と、それをかき消す”粒子の渦”。


 超高速で飛翔する機体の姿を、TVカメラでは撮り切れていなかった。



「……綾羽さん。」


 犬神知沙は、自分の部屋に閉じこもり。スマートフォンから流れるニュースを、心配そうに見つめていた。

 綾羽たちからは、計画のことは何も聞かされていない。何時、どのような形で行われるのかも、知沙は知らなかった。

 けれども、今この瞬間。知沙の知っているあの少女たちが、想像も出来ないほど熾烈な戦いをしていることは、何となく分かる。


 知沙には、祈ることしか出来なかった。





 誰かが、誰かに対して祈りを捧げている頃。


 東邦刑務所の中央広場。ボロボロのその場所に立つブラックカロンは、全身のSNT回路のリミッターを解除し、取り返しのつかない戦いへとその身を投じようとしていた。

 装甲の一部が剥がれ、ギガントレイスを膂力を司るSNT回路が隆起する。過剰に供給された粒子が漏れ、異常なまでの熱を放出している。

 それは、明らかに異常な状態であり。


「……何をする気だ。」

 そう、見つめる正継であったが。



――瞬きをした直後。鋭いビームソードの切っ先が、御神楽の眼前まで迫っていた。



「うぐッ」

 咄嗟に反応するも。

 速すぎるビームソードを避けきれず、御神楽の左顔半分が抉られる。


 だが、ブラックカロンの攻撃は静止を許さず。

 人の限界を超えた速度で、圧倒的なまでの猛攻を繰り出してくる。


 先程、Nixを退けたときのように、シールドを振りかざし応戦する御神楽であったが。

 ブラックカロンの猛攻には”意味を成さず”。

 保持していた左腕ごと、シールドがバラバラに切り刻まれてしまう。


 咄嗟にブースターを全開にし、距離を取る正継。


 このままでは、”瞬殺”される。

 そう判断した正継は、迷うこと無く”サングラス”を外した。


 遮る物が無くなり。正継の両眼の”システム”が、起動する。

 すると、彼の周りの風景が僅かに”スロー”になる。


 それが、出来ることなら使いたくない、正継の切り札であり。

 圧倒的な力を持つ敵に対抗するための、諸刃の剣でもあった。


『クロックアップ』

 かつて、”プリシラの反乱”が勃発した際に、”両眼・両腕・両脚”を失った正継は、後に友人となる”天才科学者”の手によって全身をサイボーグ化されていた。このクロックアップは、その際に手に入れた能力であり。機械の瞳から得られる情報を高速で脳に伝達し、遅く感じられる世界で戦いを有利に進められるという代物であった。

 しかし今現在、その天才科学者が”収監されている”ために調整ができず、多用すれば視力にまで影響する”諸刃の剣”と化していた。



 その、圧倒的なアドバンテージを持ってして。

 ブラックカロンと御神楽は、何とか”互角”の戦いへと持ち直していた。



 リミッター解除。SNT回路を無理やり隆起させることにより、ブラックカロンの機体性能は”ようやく”現行機のそれに並ぶことが出来る。

 つまり、今この状態において、両機の性能の差は皆無に等しく。

 クロックアップという切り札を使う正継に対し、綾羽はその”ポテンシャル”のみで追従していた。


 怒涛の連撃を繰り出す、ブラックカロンのビームソードの輝きを。

 その機械の瞳で見極め、回避し。右手に持ったビームキャノンを超至近距離で発射する。


 ブラックカロンはそれに当然のように反応し。

 避ける”ついで”とばかりに、止まることの無い連撃を繰り出してくる。


(――このままでは。)

 正継は焦っていた。

 このクロックアップは脳にも強い負担の掛かる力であり、間違っても長期戦に用いるようなものではなかった。


 だが、限界が近づくのは、相手も同じであり。


『SNT回路、凄まじい勢いで”死滅”していきます。』

 ブラックカロンの操縦席内で、ピノの警告が鳴り響く。

『綾羽様、退避を!』


 そんな、制御用AIの悲鳴などお構いなしに。

 綾羽は戦闘の勢いを、より”加速”していく。


『ちょっと綾羽、貴女大丈夫なの!?』

 通信機越しに、ルイズが心配の声を上げる。


 それでも、綾羽は応じず。


「――諦めない。負けるもんですかッ!!」

 瞳が、微かに”光”を灯し始める。


 だが、そんな彼女の意志を裏切るように。



 限界を超えたブラックカロンの関節部が、砕け散り。

 発射体制を整えた御神楽のビームキャノンの銃口が、無慈悲にも向けられる。



 まさに、絶体絶命。

 けれども、綾羽の瞳は絶望に染まるどころか、更に”輝き”を増していく。


 あの夜に、”目覚めかけた力”が、再び。


 放たれるビームキャノンの光。

 それに対し、綾羽の力が”覚醒”する。



――その寸前で、ブラックカロンのテレポートが発動した。



 放たれたビームキャノンが、虚空を貫き。

 ただ地面を抉り壊すだけに終わる。


「なに?」

 その現象に、正継は目を丸くする。


「……瞬間移動、だと。」


 そんな馬鹿げたシステムが、本当に存在するのかと。

 正継は自分の目を疑った。




 その遥か上空。

 ルイズの駆けるNixは、両腕から”粒子の渦”を放出し、2機のギガントレイスの猛攻をしのいでいた。


「流石にしんどいわね。」

 たまらず、ルイズは愚痴をこぼす。


 近接特化、機動力に長けるエレナの八咫烏に。

 狙撃特化、正確無比の射撃を連発してくる身依子の御神楽。

 そのコンビネーションの高さに、流石のルイズも手を焼いていた。


 だが、しかし。


「――はぁ!?」

 突如として、Nixの目の前にブラックカロンが現れると。

 両腕で、Nixの肩を掴み。



 そのまま一緒に、その場から”転移”した。



「また消えた!? どうなってやがる。」

「……まさか、テレポート?」


 目の前で消えた交戦相手に、動揺を隠せないエレナたち。


 そんな呆気ない形で、戦闘は終りを迎えた。





「――オエェぇ。」


 フリージア社、整備工場。その秘密の一角にて。


 転移してきた直後。”猛烈な吐き気”を覚えたルイズは、死ぬ気で操縦席から飛び出すと。

 夢とか色々なものが詰まった吐瀉物を、地面へと吐き出した。


「頭は痛いし、何なのよこれ。」

 テレポートの反動。話には聞いていたものの、その威力はルイズの想像以上であった。


「確かに、戦闘には使えないわね。」

 まだ若干、よだれを垂らしながら。ルイズは冷静に判断していた。


 そんな彼女とは違い。

 綾羽は普段と変わらない様子で、操縦席から出てきて。


「……うわぁ。」

 ルイズの撒き散らした吐瀉物を見て、軽蔑の視線を送っていた。


「……言っておくと、貴女が急にテレポートを発動するのが悪いのよ? 心構えさえ出来てれば、まだ何とか耐えられたわ。」

 おそらくは耐えられなかったが、ルイズは強がった。


「わたしのせいにしないで頂戴。テレポートを勝手に起動したのは、”ピノ”の独断よ。」

 若干の恨みを込めて、綾羽がつぶやく。


 あの戦闘のさなか。綾羽が撃墜されると判断したピノは、操縦者の生命保護を第一に考え、テレポートを用いた緊急退避を決行した。


 綾羽にとっても、この結果は大いに不服であり。

 深い溜め息をつきながら、機体から降りていった。


 その様子を見ながら、ルイズはふと気づく。


「……えっ、あの子。もしかして、”ヘッドホン着けたまま”、戦ってた?」


 綾羽の耳には、いつも通りにヘッドホンが装着されており。

 ルイズは信じられないという表情を、綾羽に対して向けていた。




『――というわけで、こっちは二人共無事よ。』


「そう。了解したわ。」

 ルイズの報告を受け。

 テラスに佇むセシリアは、安堵のため息を付いた。


『ちょっと、ウルスラとヨハネはどうしたのよ。』

 通信機越しに、ルイズを押しのけた綾羽の声が聞こえてくる。


「彼女たちは無事よ。今しがた連絡があったわ。”フランス”を旅行中ですって。」

『はぁ? 何を言ってるのよ。』

 意味不明な回答に、綾羽が戸惑う。


「わたしも、正直何が何だか。”聖女”を名乗る謎の敵と交戦し、気づいたらイギリス海峡に飛ばされていたらしいわ。」

 自分でも何を言っているのか。セシリアは頭が痛くなっていた。


『わたしを地下室から無理やり連れ出したのも、多分そいつね。』

 その時の状況を、ルイズが思い返す。

『何者か理解は出来なかったけど。とりあえず、”ライオネルを地上に出したくなかった”、という事だけは分かったわ。』


 ルイズ、ウルスラ、ヨハネの3人が接触した、聖女を名乗る謎の女性。頭を巡らせるセシリアであったが、それに対する謎は深まるばかり。

 しかも、今回発生した問題はそれだけではなかった。


「セキュリティが回復するのも、完全に予想外だわ。少なくとも、こちらを上回る技術を持った存在が、”明確な悪意”を持って妨害してきた。そう考えるべきだと、わたしは思うわ。」

 こちら側の計画が完全に露呈していた。それを込みで、セシリアは敵の存在を予測する。


 しかし、今話し合っても仕方ないと、話を切り上げる。


「とりあえず、わたしはフランスに向かうわ。綾羽とルイズは、自由にして頂戴。」

 そう言うと、セシリアは通信を閉じた。




 疲れ切った表情で、彼方の空を見る。

 東邦刑務所の方はすでに事態が沈静化しつつあり、それ以上の関心は存在しなかった。


 しばらく、放心状態を続けるセシリアであったが。

 ノートPCに突如として通知が出現し、そちらに意識が向かう。


「……何かしら。」

 少々面倒くさそうに、セシリアは通知を開き。

 そこに記されていた情報に、驚愕をあらわにする。



『レプリカント計画 ライオネル・ヴァーニー』



 それは、彼女たちが求めてやまない”データ”であり。

 新たな戦いへと続く、見えない導火線でもあった。


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