集う力



「1匹。」

 鋭いビームソードの光が、敵ギガントレイスの頭部を貫き。そのまま下へと一刀両断。いともたやすく破壊する。

 白銀の機体。綾羽の愛機『アルフォート』。極限まで軽量化を施され、両翼には増設されたブースターが備わる。そんな、高速飛行に特化された機体。

 ほんの僅かに機体をそらし、死角から放たれた敵の射撃をかわす。ゆっくりと振り返るその瞳は、次の標的を視認していた。

 ブースター全開。一瞬でトップスピードへ到達し、敵機へと迫る。白い装甲をした敵機の数は2。接近するアルフォートに対して射撃を行うも、その全てを避けられる。

「2匹。」

 左側の機体、その操縦席を的確に穿ち。そのまま敵機を軸に回転。もう一機に向けて、ビームソードを薙ぎ払う。

「3匹。」

 爆炎に紛れながら。中の操縦者は、余裕綽々と倒した敵の数を数えていた。

「さて、次はどうしようかしら。」

 レーダーに目を向け、綾羽は次の標的を見定める。

 少々離れた場所に、赤い敵の反応が無数に存在する。そこに行こうか、そう考える綾羽であったが。

 次々と、レーダー上の反応が消えていく。

 ふと、綾羽はモニター越しに、遠くの味方拠点の方向を見た。

 そこにいたのはたった一機のギガントレイス。ケーブルに繋がれた巨大なライフルを手に持ち、ビームキャノンの雨を周囲にバラ撒いていた。その射撃に連動するように、レーダー上の敵機は消えていく。

「っ、向こうはキツイわね。」

 軽く舌打ちをする綾羽。大部分の敵勢力は諦め、他の少数勢力を狙いに変える。

 ブースターを全開にし、敵機へと接近。放たれた敵のビームを紙一重でかわしながら、減速すること無く突き進む。

「5、6、7匹。」

 同じ人間を相手にしている。そう感じさせない手際の良さで、敵機を蹂躙する。

「あとは、」

 他の敵を探す綾羽であったが。


『敵の全滅を確認。当時刻を持って、拠点防衛を完了。オペレーション終了となります。』

 システムメッセージが流れ。

「冗談でしょう。」

 綾羽は、深くため息を付いた。


 そんな彼女とは対象的に。

「ふふっ。」

 味方拠点内から、敵を狙撃しまくっていたギガントレイス。その操縦者の女性は、どこか嬉しそうに微笑んだ。


『お疲れさまです ゆりあん大佐』

『使用機体=ロックキャノン』

『機体損傷率=0%』

『耐ビームコーティング残量=100%』

『エネルギー残量=95%』

『敵歩兵撃破数=39』

『敵GR撃破数=24』

『ボーナスポイント=4』

『総合評価=S』


 画面が切り替わり。他のプレイヤー達が同時に存在する、大型のロビー空間へとやって来る。このゲームのプレイヤーはその全てが特殊なスーツに身を包んでおり、ヘルメットで顔を覆うようなアバターとなっていた。

 そんな中、ピンク色のカスタムアバターを使用する女性プレイヤー”ゆりあん”は、人を待っていた。

「――やっぱり、防衛戦で貴女と組むと、取り分が激減するわね。」

 そう言いながら近づいてくるのは、真っ白なカスタムアバターを使用するプレイヤー。その色は、彼女の専用機体と同じであった。

 接近すると、プレイヤーの頭部付近に”チロル大佐”という名前が浮かび上がる。

「仕方がありません。向こうから死にに来てしまうので。」

 ゆりあんは、柔らかな口調でそう話す。

 チロル大佐は、呆れたような様子。

「とは言っても。ずっと固定位置で、ケーブルからのエネルギー供給でしょう? それで全方位をカバーされちゃ、近接屋は仕事を無くすわ。」

「ふふっ。月面だと敵の動きが鈍いので、効率よく落とせるんですよ。チロルさんも、これを機に狙撃手を始めてみては?」

「いいえ、あいにく趣味じゃないわ。結局の所、単機でハイスコアを狙うなら、エネルギー効率的にビームソード一択だもの。それに、ちまちま敵の急所を狙うのって、何だか面倒くさいし。」

「わたくしからしてみれば、近接戦のほうが面倒くさいですが。」

 チロルとゆりあん。二人のプレイスタイルはまるで正反対であった。

「この後はいかが致しましょう。レムリアの軍事基地攻略戦が、1時間後に始まるそうですが。行きますか?」

「あー、悪いわね。実はこの後リアルで用事があって、もう抜けなきゃいけないのよ。」

「そうですか。ちょっと残念です。最近、忙しそうですしね。」

「ええ。学校にも行き始めたし。前みたく、平日の昼間からゲームなんて出来ないわ。」

「ふふ。チロルさんが学校に行き始めて、わたくしも安心いたしました。」

「あら、そう?」

「ええ。学校は行ったほうがいいですよ? お友達も大勢できますし。」

「あら? 貴女にも友達とか居たのね。」

「もちろん居ましたよ。まぁ、高校を卒業してから、一度も会ってはいないですけど。」

「そんなことだろうと思ったわ。」

「ふふっ、面倒くさいので。」

 彼女たちにとっては、このゲームの世界こそ重要な存在だった。

「……じゃあ、また。」

「はい。お疲れさまでした。」

 そう、最後に挨拶をし。


 ヘッドギアを外す綾羽。少し疲れた様子で、首を回す。

「さてと。そろそろかしら。」

 時計を確認すると、綾羽は重い腰を上げた。





「な、お、る、わ、け、ないじゃない!!」

 喉が裂けるような大声。

「わたしはアンタみたいなミュータントとは違うのよ? れっきとした人間なの。一週間足らずで、粉々になった骨が元に戻るわけ無いでしょ。」

 ルイズは、怒り沸騰状態であった。

 その話し相手であるヨハネは、面倒くさそうな表情をしている。

「うるさいニャン。そんなんでG-Forceと戦えるのかニャン? 無駄死には勘弁して欲しいニャン。」

「はぁああ!? 文句なら、アンタらのリーダーに言いなさいよ。あの怪力女に。」

 部屋にやってきた人物に気づかず、口論を続ける二人。


「誰が、怪力女ですって?」

 ジト目で、ルイズを見つめる綾羽。

「げっ」

 ルイズはあからさまに嫌な顔をした。

「な、なんでも無いのよ? このバカ猫が、人類の治癒能力をバカにするものだから。人類代表として、反論をしていただけ。」

 ゆっくりと部屋の中に近づく綾羽に対し、ルイズは必死に言い訳をする。

「なるほどね。」

 綾羽にとっては、心底どうでもよかった。

「それで、人類代表さん? その腕はまだ治らないのかしら。やる気はあるの?」

「あのねぇ、やる気でどうこうなる問題じゃないのよ。わたし国籍とか無いし、まともな医療機関を頼れないんだから。」

 ルイズの身分は、非合法に満ちていた。

「なによ。ウルスラの治療がご不満なわけ?」

「いやまぁ、確かに痛みは収まったわよ? それこそ不自然なくらいに。」

 ルイズは包帯に巻かれた自身の右腕を撫でる。

「でもねぇ、骨が粉々なのよ? ちゃんとした設備じゃないと、手術もできないわ。」

 まっとうな主張をするルイズ。

 それに対し綾羽は、面倒くさそうにため息をつく。

「そういうと思って、助っ人に頼むつもりだから安心しなさい。」

「助っ人ですって?」

「ええ。」

 疑問を投げかけるルイズ。

 そんな中、綾羽は訪問者の気配を察知する。

「どうやら、時間どおりみたいね。」

 そうつぶやくと、部屋のドアが開き。


「お邪魔、するわね。」

 協力者である、セシリア・フレイ・フリージアがやって来る。

 セシリアは部屋の中の顔ぶれを見渡すと、ルイズの存在に目が留まる。

「あら、見ない顔が増えてるわね。」

「ええ。彼女はルイズ。見ての通り、新しい鉄砲玉よ。」

「はいはい、鉄砲玉でーす。」

 ルイズは反発することを諦めた。

「面白いわね。」

 ルイズの姿を見つめて、セシリアがつぶやく。

「その腕の包帯は何なのかしら。サイコガン?」

「いいえ、粉砕骨折よ。そこの高校生に殴られたの。」

「あぁ、なるほど。」

 セシリアは、綾羽の顔を見た。

「一つ、訂正するわね。そこの女は、わたしと公正なる決闘を行い、その結果、無様な姿になっただけよ。」

「そうとも言えるわね。」

 公正なる決闘という言葉に、若干引っかかるルイズであった。

「その上、彼女には真っ当な身分がないらしくて、病院での治療が受けられないのよ。」

 どこか憐れむように、ルイズのことを指す。

「医者ならウルスラが居るけど、あいにく設備が足りなくて。それで、セシリア社長なら用意ができると思って。」

 その、一連の話を聞き終わり。

 セシリアは綾羽とルイズの顔を見ると、深々とため息を付いた。

「……まったく、仕方がないわね。うちの設備を使わせてあげるわ。レプリカント用だけど、人間用の手術にも使えるはずだから。」

「ふふ、ありがとう。頼りになるわね。」

 綾羽は年相応の少女のように笑った。


「さて、これで全員揃ったわね。」

 部屋に入ってくるウルスラの姿を確認し、綾羽がつぶやく。

「あら? もう一人、女子高生がいるんじゃなかったの?」

 部屋の面子を見て、セシリアが問う。

「知沙は関わらせないわ。元々、エイチツーを取り戻すのを手伝ってもらう、それだけの話しだったし。」

 綾羽は何気ない様子で口にする。

「それに、事が事ですしね。刑務所に収監されている博士と接触。場合にもよりますが、おそらくは脱獄を行う必要があります。」

 ウルスラも知沙を関わらせないことには賛成だった。

「ふぅん。あの子、ちょっと頑固そうだったのに。よく説得できたわね。」

 感心した様子のルイズ。

「ええ。その代わり、一緒に”部活”に入るって、無茶な約束をさせられたわ。本当に面倒くさい。」

 そう吐き捨てる綾羽。

 セシリアたちから見れば、満更でもない様子に見えたが。

「まぁ、了解したわ。」

 事情を把握し。

「それでは、作戦会議と行きましょうか。」

 セシリアは本題へと話を進めた。





「色々、危ないツテを辿りはしたけど。刑務所内の詳細データを入手できたわ。」

 そう言いながらセシリアは、この場にいる他の4人の顔を見渡し。

 消去法で、ウルスラに資料を手渡した。

「これを元に、計画を立てようと思うのだけれど。その前に、一つ良いかしら。」

 セシリアには、確認したいことがあった。

「結局の所。手に入った戦力は、そこの腕の折れた女性一人、ということなの?」

 そのセシリアの質問に。

 綾羽たちはそっと顔をそらした。

「……えっと、彼女いわく。最新鋭機にも匹敵するような、高性能のギガントレイスを所有しているらしいわ。」

 綾羽は一応の戦果を報告した。

「それ、本当なの?」

 疑いの目を向けるセシリア。

「え、ええ。製造されたのは、5年以上前だけど。」

 ルイズは、自らの”所有する”機体について話し出す。

「事実上、レギュラルの製造した最後の機体よ。インチキじみた武装も搭載されてるから、正直、現行機以上だと思う。」

「ちょっと、待って。」

 動揺した様子のセシリア。

「レギュラルの、最後の機体ですって? そんな機体を、どうして貴女が持ってるの?」

「それは、わたしが元レギュラルだから、なんだけど。」

「……元レギュラル、ですって?」

 セシリアは、明らかな”怒り”を含む表情で、ルイズを見つめていた。

「……前々から思ってたけど。そもそも、レギュラルって何なのよ。」

 綾羽が思い切って質問をする。

「貴女、常識とか、あんまり知らないの?」

 セシリアが信じられないという様子で綾羽を見る。

「そうね。興味がなかったもの。」

 綾羽は臆面もなく言い放った。

 深くため息をつくセシリア。


「……レギュラルとは、人類史上最悪のテロ組織の名前よ。詳しい始まりは不明だけど、少なくとも10年以上前から活動を始めていた。」

 自身が辿った歴史と記憶を、セシリアは語る。


「驚くほどの勢いで、その力を強め。やがては世界そのものに対する脅威になったわ。その所業は酷いもの。”7つの小国”を地図から消し、アメリカやヨーロッパなんかも大きな被害を受けた。」

 当時の記憶を思い出し。セシリアは顔をしかめる。


「わたしの会社も、一度直接的な攻撃を受けたわ。」

 拳に力が込められる。


「それで、最終的にはどうなったの?」

「……5年前。G-Forceや、ICPOのスターシールド、それにGrand-X《グランドクロス》まで。世界各国の精鋭を集めた連合軍が形成され、多くの犠牲を生みながらもレギュラルは”殲滅”されたわ。」


 わずか5年。それが、”戦争”から経った年月である。


「……あっ。そういえば貴女、日本侵攻部隊の隊長だとかなんとか、言ってたわよね。」

 思い出したように綾羽がつぶやく。

「フリージア社を襲ったっていうのも、貴女なの?」

 真実を見つめる瞳が、ルイズを貫く。

 ルイズは当時の記憶を掘り返した。

「……いいえ、残念だけどそれは知らないわ。わたしは主に、”カルア研”って言うギガントレイスの開発施設を狙っていたの。よその部隊の情報なんて、わたしみたいな下っ端には入ってこなかったわ。」

 当時の嫌な記憶を思い出し、ルイズの顔が曇る。

「……貴女、隊長じゃなかったの?」

 鋭い綾羽のツッコミに。

 ルイズは顔を引きつらせた。

「えっと。記録上は、最終的に隊長のはずよ? だって、日本を攻めたレギュラルの生き残りは、わたし一人だもの。」

 頬をかきながら。ルイズは自らの略歴を白状した。

(……あぁ。)

 綾羽はルイズの期待度を低めに設定した。

 それでも依然として、セシリアの表情は厳しいまま。

「それで、貴女はその後どうしていたの? 日本のレギュラルが、G-Forceによって駆逐されたのは、わたしだって知ってるわ。」

「……そうね。」

 ルイズは、言いにくそうに顔をそらす。

「部隊が壊滅すると、わたしはGR操縦者の資格を剥奪されちゃって。それで上に文句を言いまくってたら、開発部のテストパイロットに任命されたのよ。」

 そこまでは、まだ聞ける内容だった。

「でも、まぁ。それから色々あって。」

 ルイズの顔がほのかに赤くなる。


「――気づいたら、わたしと同じ捕虜になってたニャン。」

 恥ずかしがるルイズの代わりに、ヨハネが白状した。


 顔を真っ赤にするルイズ。


「……いや、なんでよ。」

 綾羽は至極真っ当な反応をした。


 ウルスラやセシリアも。わざわざ口には出さずとも、同様の感想であった。


「ま、まぁ。大体の素性は分かりましたし。過去のことは水に流して、仲間として、やっていければ。」

 話の流れを変えようとするウルスラであったが。


「あの、”エイダ・シュタイナー”を殺したのも、レギュラルなのよ。」

 強く、それでいて切なく。セシリアはその名前を口にした。


 ウルスラやヨハネは、その言葉に顔を暗くし。

 ”エイダ・シュタイナーって誰よ”。そう思っていた約1名は、空気を読んで口を閉ざした。


 そんな綾羽の様子を見て。ウルスラはどこか困ったように微笑む。


「エイダ・シュタイナーというのは、世界的に有名な歌手です。おそらくは曲だけなら、綾羽さんも聞いたことあるんじゃないでしょうか。」


「それと同時に、エイダさんは世界初のレプリカントでもあります。ライオネル博士の手によって生み出された、初めての存在。」


「その関係は、いわゆる家族のようなものでして。わたしにとっても、憧れの”お姉さん”のような方でした。」

 ウルスラは遠い日の記憶を思いながら、瞳に涙を浮かばせる。


「エイダさんが亡くなったのは、ネットの記事を見て知りました。」

 すでにウルスラは、その事実を受け止めていた。

「それを知ってなお、仲間としてやっていけると?」

 セシリアが問いかける。

「……ヨハネさんが、頼りになると連れてきた人です。」

 ウルスラには、それが重要な理由であり。

「ここ数日一緒に居て、テロ組織で非道な行いに手を染めるような、悪い人ではないように感じました。」

 それが、ウルスラの結論であった。

 それを聞き、複雑な表情をするセシリア。納得はできるものの、どうしても認めることが出来ない。

「……貴女たちも、同意見なの?」

 揺れる瞳で、残る2人に問いかける。

「わたしはどうでもいいわ。そもそもレギュラルなんて知らないし。役に立つなら、それでいいわ。」

 それが綾羽の意見。

 残る1人、ヨハネに視線が集まる。

「……あの城から逃げ出す時、ルイズは言ってたニャン。」

 ヨハネのペースは変わらず。いつも通りのまま。

「”間違いだらけの人生。せめてこれから先は、誰かを助けるために戦いたい”って。」

 それは、忘れっぽいヨハネですら”忘れられない”、あの日の記憶。

「誰かを助けるための戦いなら、きっとルイズの力が役に立つニャン。」

「……ヨハネ、貴女。」

 思いがけないフォローに、ルイズの涙腺が緩む。


 その、言葉を聞いて。

 セシリアは自分の中で、一つの折り合いをつける。


「……貴女たちが、そこまで言うのなら。」

 セシリアは意を決した様子で、ルイズの前に立つと。

 左手を、そっと差し出した。



(まったく。人間とは、どうしてこうも愚かなのかしら。)

 手を取り合う人々の姿を見ながら。綾羽は思う。

(くだらない理由で、"無意味な争い"を起こし。わかり合うのにも一苦労。)

 大人たちの事情など、少女には分からず。

(少しはわたしを見習ってほしいわね。)

 綾羽はそうして、根本的に”人間”を見下していた。


「任せて頂戴。本物のギガントレイスの操縦となれば、"この子"にだって余裕で勝てるわ。」

 こちらを見ながら、そんな事をのたまうルイズ。


「なんですって?」


 綾羽は当然のように反応し。

 そうして、無意味な争いは始まった。




◆◇




「わたしにしか出来ないこと。そう言うから、買ってきたけど。」

 大きな袋を手にして、セシリアが白銀家に帰ってくる。

 綾羽、ウルスラ、ヨハネ、ルイズの4人は、場所を綾羽の部屋に移していた。

「これって、単なるゲーム機じゃないの?」

 呆れた様子で、セシリアは袋の中身を取り出す。

 そこには綾羽の所有するヘッドギアの絵と、バーチャルコンソールという文字が書かれた箱が入っていた。

「助かったわ。それ、結構値段するから。」

 クレジットカードの履歴を、親に見られることを警戒し。綾羽は買い物をセシリアに頼んでいた。

「それで? これがなんの役に立つのかしら。」

 子供を叱る大人のように、セシリアが問い詰める。

「さっきルイズが言っていたでしょう? 実際のギガントレイスなら、わたしなんて余裕で倒せるって。」

 綾羽は非常にご立腹だった。

「そんな”勘違い”、さっさと正してあげても良いんだけど。実際にギガントレイスを動かすのは、リスクが高すぎるものね。」

 それ故に、綾羽はこのゲーム機の購入をセシリアに頼んだ。

「これを使えば、限りなく現実と近い環境でギガントレイスの操縦が出来るわ。」

 そう言いながら。綾羽は箱を開け、中のゲーム機を取り出し、せっせとセットアップを始めていく。

「これを頭に装着しなさい。」

 ヘッドギアをルイズに手渡す。

「後は、全部説明が流れるから、それに従って頂戴。」

「わ、わかったわよ。」

 綾羽に言われるがまま、ヘッドギアを装着し。ルイズはゲームをスタートさせる。

「……TTO?」

 ヘッドギアから流れる映像を見ながら、ルイズがつぶやく。

「ええ、そうよ。ターミネートオンライン。通称TTO。架空の惑星を舞台にした戦争ゲームで、歩兵やGR操縦者になって敵と戦うの。」

 綾羽は慣れた手付きでルイズのヘッドギアにプラグを接続し、それをパソコン横のディスプレイに繋げる。するとディスプレイに、ルイズの見ているものと同じ映像が映り始める。

「現状、もっとも現実に近い挙動が出来るのが、このゲームだから。とりあえず、チュートリアルを受けて頂戴。」

 綾羽の指示に従いながら、ルイズはゲームを進めていき。

 綾羽と他の大人たちは、ディスプレイに映るルイズのゲーム画面を鑑賞していた。

「チュートリアルが、そのまま各勢力の入隊試験になっているのよ。わたしと同じ、アトラス帝国軍を選択しなさい。」

 ディスプレイに、アトラス帝国の説明文が映し出される。

「最強の勢力。初心者向けだが、3つの戦力の中では唯一、ギガントレイスに操縦者の脱出機能が備わっていない。色々と複雑なんですね。」

 説明文を見て、ウルスラがつぶやく。

「昔はこんな感じじゃなかったのよ? いつからだったかしら、何故か”他の勢力だけ”に脱出機能が搭載されて。最近じゃあ、ゲームバランスそのものが歪になってきてるのよ。」

「綾羽さんは、ずっとこのアトラス帝国なんですか?」

「そうね。死んだらリセットされる仕様だけど、わたしは一度も死んだことが無いから。ずっとアトラスでプレイしてるわ。」


 それが原因で、このゲームに少なくない影響を与えていることを、綾羽は知らなかった。


「ねぇちょっと、もう始まりそうなんだけど、普通にやって大丈夫なの?」

 チュートリアルの始まる寸前で、ルイズが声を上げる。

「ええ。A、B、Cの3つの評価が下されるけど、最初からGR操縦者をやるならAを取る必要があるわ。だからこのチュートリアルは、パーフェクトを目指しなさい。」

 それが、最低条件であった。

「じゃないと、わたしに挑む資格すらないわよ。」

 綾羽は楽しそうに笑った。




「面白いわね。やってみましょう。」

 まるで本物のギガントレイスに乗っているようだと、そう思いながら。ルイズは久方ぶりの臨戦態勢に入る。


『制限時間内に、出来るだけ多くの敵ターゲットを撃破してください。』

 場所は開けた軍事基地のような場所。ルイズの見える範囲だけでも、無数のギガントレイスの姿が確認できる。


『シミュレーション、スタート。』


 エリア全体を立体的に把握しながら、ブースター全開で飛び立つ。

 ターゲットである敵のギガントレイスは、全てハリボテ。動かない敵を、ルイズは次々に撃破していく。

 しかしこれは、プレイヤーの実力を試すシミュレーションであり。空中を飛行する敵機や、地表を駆ける敵機も現れる。


「ダミーターゲットの場所や、行動パターンは完全にランダムよ。臨機応変に対処できる実力がないと、A判定は不可能だわ。」

 綾羽が、軽く補足説明をする。


 それに返事をすることなく。ルイズはより効率を上げていく。

 一切のムダのない動きで、敵を斬り捨てていき。遠方にいる単機のテーゲットは、精密な射撃で撃ち落とす。

 ルイズの動きは、更に加速していく。成長ではなく、過去の”実力”を取り戻していくかのように。


「凄いです。」

「ええ。まさか、これ程とはね。」

 ウルスラとセシリアは、ルイズの戦闘技能に舌を巻く。正真正銘、”トップエース”と呼べるだけの実力者であると。

 ヨハネに関しては、すでにディスプレイの映像に飽き、大きな欠伸をしていた。

 綾羽は、どこかつまらなそうに眺めている。


 そんな彼女たちのリアクションなど関せず。ルイズは完全に昔の勘を取り戻し、最高効率でターゲットを撃破していく。

 一機、二機、三機。怒涛の連続撃破を果たすと。


『敵ターゲットの全滅を確認。シミュレーションを終了します。』

 アナウンスが聞こえると、ルイズの画面が切り替わる。


「あら、もう終わりなの?」

 未だ、ルイズは余力を残した様子で。

「ええ。制限時間内に、どれだけターゲットを倒せたのかで評価が決まる。もし制限時間に達する前に終わったのなら、その結果は一つよ。」

 綾羽には、すでにそれが見えていた。


 画面に結果が出される。

『パーフェクト A』


「おおー!」

 ウルスラが拍手と歓声を上げる。

 セシリアも、どこか感心したような表情をしていた。

「ふふっ、この程度でパーフェクトだなんて。案外簡単なのね、ゲームって。」

 ルイズは余裕綽々と言った様子。

「まぁ、とりあえずはオーケーね。これで貴女は、ギガントレイスを操縦できるわ。」

 綾羽には特に感情はなかった。

「シミュレーターが使えるはずだから、そこでわたしと対戦しましょう。」

 そう言うと綾羽は、自身のゲーミングチェアに座り、ヘッドギアを装着した。



「ああ、見つけたわ。」

 ゲーム内にて、綾羽は初期アバターのプレイヤー、ルイズを発見する。

「えっ、誰このヘルメット女。」

 ルイズは、綾羽の接近に動揺した様子。

「貴女もヘルメットでしょう。みんな基本的に、パイロットスーツを着ている設定なのよ。」

 そう言って綾羽が近づくと、ルイズの頭上に彼女のプレイヤーネームが表示される。

「ミス・ハリケーン少尉? 変な名前ね。」

「チロル大佐殿に言われたくないわよ。」

 互いに互いのセンスを否定し合う2人。


「それで、模擬戦はどこで出来るの?」

「向こうよ。案内するから、付いてきなさい。」

 そうして2人は、シミュレーションエリアまで向かう。



 しばらく、テクテクと歩き続け。

 どこか悩むような仕草をしながら、綾羽が足を止める。

「……ねぇ貴女。もしかして、迷っているの?」

 ルイズは呆れていた。

「仕方がないでしょう? わたし基本的に、対人戦にしか興味がないもの。シミュレーターなんて使ったことがないのよ。」

「本当に模擬戦とか出来るんでしょうね? ここまで付き合わせといて、味方同士は戦えませんなんて言ったら、さすがのわたしも怒るわよ。」

「その場合、貴女は左腕も失うことになるわ。」

「……この子、正気なの?」

 ルイズは少し怖くなった。

 そうして綾羽が悩んでいると。


「――ばあ!」


 ピンク色のプレイヤーアバターが、綾羽を驚かすように登場する。

 けれども綾羽は、微動だにしなかった。

「あぁ、ゆりあん。貴女まだプレイしてたのね。」

 平常運転の綾羽。

「さっきまで、攻略戦に参加してたんです。それで終わったら、チロルさんがログインしていましたので、来ちゃいました。」

 ゆりあんというプレイヤーは、完全にゲーム内の住人であった。

「それで、こちらの方は? おそらくは初心者さんでしょうけど、チロルさんが他の方と一緒にいるのは、大変珍しいですね。」

 初期アバターのルイズを見て、ゆりあんが尋ねる。

「あぁ、こいつはリアルでの知り合いなのよ。」

 綾羽はルイズをこいつ呼ばわりした。

「ギガントレイスの操縦に、自信があるとかほざいていたから。ちょっと模擬戦で、実力を見てあげようと思って。」

「あぁ、なるほど。」

 ゆりあんは、なんとなくの事情を察し。

「でしたら、そちらのミス・ハリケーンさんと、まずはわたくしが戦ってみる、というのはいかがでしょう?」

「貴女が戦うですって? なぜ?」

 綾羽が問いかける。

「正直、チロルさんと正面から戦っても、初めは”何が何だか分からない”と思うので。」

 ゆりあんは、ルイズの事を気にかけた上で提案していた。

「それに、外から見ていたほうが、色々と対応力とかも分かりますし。」

「なるほど。一理あるわね。」

 綾羽は納得した様子。

「ミス・ハリケーンさん。どうでしょう? まずはわたくしと対戦してみて、その後にチロルさんと戦うというのは。」

「面白そうね。わたしは構わないわよ。このゲームのプレイヤーがどの程度の実力なのか、知っておくのも悪くないから。」

「ふふ、ご安心してください。わたくしはチロルさんよりも”ずっと弱い”ですから。」


 そうして、ゆりあんの案内でシミュレーターの前まで移動し。

「そういえば、ハリケーンさん。近接と射撃、どちらがお得意でしょう?」

 操作パネルを弄くりながら、ゆりあんが問いかける。

「そうね。どちらかと言うと、近接かしら。」

「かしこまりました。」

 パネルに設定を打ち込んでいく。

「これで、準備完了です。2人同時に完了ボタンを押せば、模擬戦が開始しますので。」


 そうして、ゆりあんとルイズの指が、パネルに触れ。

 模擬戦が始まった。





「くっ。」

 紙一重で敵の斬撃をかわし、すぐさま反撃に出る。

 けれども敵の回避は速く、信じられない反応速度でかわされる。


 互いに鋼色の量産機に搭乗し。

 ルイズは、相手操縦者の実力に冷や汗を流した。


(……ちょっと、冗談でしょう?)

 顔が引きつりつつも。

 すぐに気を引き締め、再び攻撃を仕掛ける。


 牽制がてら、射撃も挟みつつ。絶え間なく接近し、ビームソードを振るう。

 けれども相手は、正確にルイズの動きを予測し。その全てを、危なげなく回避していく。


(射撃がほとんど無意味? どんな回避能力なのよ。)

 その当たらなさにしびれを切らし。ルイズはビームキャノンを放り捨てた。


 ブースターを全開にし、連撃を叩き込む。

 だが、相手はそれをかわし、なおかつルイズに反撃を繰り出してくる。


「ちっ。」

 ビームソードを振りかざし、敵の斬撃を阻むも。

 今度は相手のペースになってしまい、ルイズは回避に集中するしか無い。



「凄い、わね。」

「はい。ルイズさんだけでなく、相手の方もとてつもない実力者です。」

 セシリアとウルスラは、ディスプレイの映像に釘付けになっていた。

 ヨハネも、そのハイレベルな戦いには、黙って観戦に徹している。


 綾羽は、シミュレーターの前で、二人の戦いをじっと見つめていた。

「ゆりあんと、近接戦で互角、ねぇ。」

 驚くわけでも、落胆するわけでもなく。

 ”そこそこ”という判断を、綾羽は下していた。



 二人の操縦者は、互いに譲らない戦いを繰り広げ。

(――この動き、どっかで。)


『制限時間、経過。模擬戦を終了します。』

 初めに設定していた時間が経過し。模擬戦は、互いにほぼ無傷のまま終了した。




 綾羽の待つシミュレーター前に、二人のプレイヤーが帰還する。

「ふぅ。お疲れさまでした。さすが、初めからGR操縦者になれるだけありますね。これほどの猛者と戦えるとは、本当に久しぶりです。」

 ゆりあんは、ルイズの実力を褒め称えた。

 けれどもルイズは、そんな言葉が耳には届かない様子で。


「……貴女。”前にも”、戦ったことがある気がするわ。」

 ゆりあんに対して、強い警戒心をあらわにした。


「あの怒涛の近接攻撃、確実に捌いた記憶がある。」

 震える手の感触を確かめる。

「貴女、”元カルア研”のGR操縦者、”ユリア・バルチェノフ”じゃないの?」

 ルイズの脳内には、かつて戦った強敵、”銀髪の女性操縦者”の姿が思い浮かんでいた。


「ど、どうして、その名前を知っているんですか?」

 ”その名前”が出て、ゆりあんは動揺をあらわにする。


「わたしは、元レギュラルの傭兵よ。カルア研のGR操縦者とは、”腐るほど”戦ったわ。」

「……そんな。」

 明らかに、ゆりあんは”知っている”ような反応をしていた。


 そんな、二人のやり取りを見ていて。

(……やっぱり、なにか聞き覚えがあるような。)

 綾羽は、古い記憶を呼び起こしていた。



 それはゲーム内では無く。現実世界の、どこかの喫茶店。

 綾羽と、そのゲーム仲間である”茶髪の女性”が、実際に会って話をしていた時のこと。


――かつて、とある研究所でテストパイロットをしていました。


――レギュラルのギガントレイスが、大挙して攻め寄せてきて。


――わたくしは、数え切れないほど”殺しました”。


 それは、わずか”1年前”の記憶。


――いくら綾羽さんのお誘いとはいえ、ギガントレイスを操るゲームは、やはり。



(思い、出したわ。)

 綾羽は、かつて”ゆりあん”の語っていた話を思い出す。


(この組み合わせは、ちょっと不味いわね。)

 目の前の二人を見て、さすがの綾羽も”焦った”。



 綾羽はゲームなど関係なしに、自身のヘッドギアを外し。

 そのまま何の迷いもなくルイズのもとに近づき。

 ヘッドギアを無理やり外した。


 ルイズは驚いた様子で、目の前の綾羽の顔を見る。

 綾羽は、これ以上無く真剣な顔をしていた。


「ゲームの世界は、現実とは違うわ。そこに問題を持ち込むのは、ご法度といっても良い。」

 それは、綾羽なりの流儀であり。

「どんな事情があったとしても、彼女に正体を問いただすのは止めなさい。」

 唯一のゲーム仲間であるゆりあんを、守るためでもある。


 その、本気の綾羽の剣幕に、ルイズは思わず言葉を失った。




「ごめんなさい、ゆりあん。」

 ゲーム内に戻り。綾羽はゆりあんに謝罪の言葉を送った。


 少し離れた所では、体育座りをした初期アバターが、落ち込んだ様子で座っている。


「いいえ、お気になさらないでください。ほんの少し、動揺してしまっただけなので。」

「……そう。なら、いいのだけれど。」


「どうかご安心を。”綾羽さん”のおかげで、わたくしはもう、過去との決別が出来ていますから。」

 その言葉からわかるように。綾羽と彼女には、単なるゲーム仲間以上の関係が存在していた。


「それにしても、元レギュラルで、カルア研とも戦った生き残り。もしかして彼女は、”金髪の可愛らしい少女”、ではありませんか?」

 ゆりあんの中には、その当時の記憶が残っていた。


「まぁ、可愛らしくも、少女でもないけど。おそらく合ってるわ。」

 10年近く前ならば、と。綾羽は想像して考える。

「なに? やっぱり知り合いなのかしら?」

「いいえ、直接の面識はないですけど。」

 それでもゆりあんには、彼女だと判断できる材料があった。


「――”殺した覚えがない”のは、彼女だけだったので。」


「あぁ、そう。」

 綾羽は、それ以上何も言わなかった。


「それにしても、元レギュラルの方と、行動を共にしているとは。」

 それはゆりあんにとっても、驚くべき事実であった。

「綾羽さん。貴女が、いったい”何と”戦おうとしているのかは知りませんが。どうか、怪我だけはしないように。」

 純粋な気持ちで、綾羽のことを想う。


「何かあったら。是非、わたくしの力を頼ってください。」

「ええ、そうするわ。」

 綾羽も、その言葉をしっかりと受け止め。


「ありがとう、”ユキ”。」

 しばらく会っていない友人に、感謝を告げた。




「待たせたわね。」

 体育座りをするハリケーン少尉の前に、綾羽がやって来る。

「ええ、それはまぁ、いいのだけれど。」

 ルイズには、色々と思うことがあった。

「わたしだってね。過去のことはもう、どうでもいいと思っているのよ?」

 だとしても、彼女には拭い去れない懸念があり。


「でも貴女、知ってるかしら。カルア研に所属していたGR操縦者の何人かは、今は”G-Force”に所属しているのよ?」

 それが、ルイズの心配する事実であった。


「所属はしていないとしても、何らかの関係者の可能性は高いわ。計画の妨げになるかもしれない。……まぁ、咄嗟にレギュラルの名前を出しちゃった、わたしが一番悪いんだけど。」

 すこぶる落ち込むルイズ。


「……彼女は、単なるゲーム仲間よ。G-Forceなんて関係ない、単なるクソニート女。」

 綾羽は、ゆりあんという人間のことを”知っていた”。

「それでも、まだ気になると言うのなら。わたしを倒してから、聞きに行きなさい。」

 絶対の自信をにじませながら。そうルイズに言い放つ。


「いいわよ。まだちょっと、モヤモヤしてるけど。」

 ルイズにとっても、問題の解決を勝負に委ねるのは賛成であった。




 それから、少し経ち。

 綾羽とルイズ。双方が同種の量産機に乗り込み、シミュレーター内で対峙する。


 その様子を、ウルスラたちはモニター越しに見守り。

 結果など、すでに分かりきっていたゆりあんは、その場からすでに立ち去っていた。


「さて、お手並み拝見と行きましょうか。」

 やる気満々と言った様子で、ルイズは戦いに臨む。


 対する綾羽は、口を開くことはなく。



『これより、模擬戦を開始します。』



 始まりを告げる音が鳴り。

 それと同時に、ルイズがブースターを全開にし、真正面から綾羽に接近する。


 ほんの僅かなフェイントを、たくみに混ぜ。

 並の実力者では察知すら出来ない斬撃を、叩き込む。


 だが。

 聞き慣れない、激しい切断音のようなものが聞こえ。


「――は?」

 気がつくと、モニターに映るルイズの視線は真っ逆さまになっており。



 ビームソードを構える綾羽の機体と、その足元に。

 斬り捨てられた、ルイズの機体の下半身が、無残にも転がっていた。



「これで、どっちが上か、白黒はっきり付いたわね。」

 そう呟きながら、綾羽はヘッドギアを外す。


「さぁ、とっとと作戦会議に、戻るわよ。」


 その彼女の言葉に反論する者は、もう居なかった。





 フリージア社の整備工場。そのとある、極秘の一角にて。

 秘密裏に運び込まれていたブラックカロンが、そこに鎮座していた。装甲の一部が剥がされて、中から剥き出しの筋繊維のようなものが溢れ出ている。

 その操縦席の中で。ウルスラは管理者用のコンソールを開き、ブラックカロンのシステムチェックを行っていた。

『システムスキャン、完了。』

 機体の制御AI、ピノの声が聞こえてくる。

『飛行機能の回復を確認。しかし、SNT回路には変わらず異常が見られます。各関節部への影響、大。』

「……やはり、駄目ですか。」

 ウルスラは深くため息を付いた。

『これ以上のパフォーマンスを求めるのであれば、”リミッター解除”という選択もありますが、いかが致しましょう。』

「……このままでは、とても最新鋭機との戦いが出来るとも思えませんし。」

 リミッター解除。それは、機体にとっての負担が高い、諸刃の剣であった。

「いざという時には、その選択も考慮しましょう。」

 戦いは、すぐ近くまで迫っていた。




 ブラックカロンのメンテナンスを終えたウルスラは、施設内の別のエリアへやって来た。


「ルイズさん、調子はいかがですか?」

 そこには、医療用ベッドの上で退屈そうに座る、ルイズの姿があった。


「すこぶる良好よ。とりあえず、身体に関しては、だけど。」

 ルイズの表情が、わずかに曇る。

「そうですか。では、身体以外の調子は、どうですか?」

 ウルスラが優しく問いかける。


「……わたし、完全にあの子に嫌われてるわ。」

 そう言って、ルイズはうなだれる。


 そんな様子に、ウルスラは思わず笑ってしまう。


「まぁ、仕方がないのかもしれません。綾羽さんとルイズさんは、どっちも”似た者同士”ですから。」

 ルイズのベッドに軽く腰掛け、ウルスラは微笑む。


「優しくて、本当に素直じゃない。それでも、大切な存在のためなら、どれだけでも強くなれる。」


 ウルスラは、初めて綾羽と会ったときのことを思い出した。

 どこか驚いた表情でこちらを見つめる、”小さな少女”のことを。


「綾羽さんを、信じてあげてください。彼女はとても、繊細な子です。きっと、わたし達が想像するよりも、ずっとです。」

 子を思う母のように、ウルスラは微笑む。


「はぁ。そんな事、分かっているわ。」

 ルイズは、自分に言い聞かせるようにつぶやく。


「だって、わたしのほうが、ずっと”お姉さん”ですもの。」

 そう言って、ルイズは笑う。





 時を、同じくして。

 もう夜は遅く、綾羽は自室のベッドで、深い眠りにつく。


 その表情は、とても穏やかで、安心した様子で。


 集う仲間たちの存在に、しっかりと支えられているようだった。


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