第8話 綾瀬さんと友達と僕、その2

日曜日に、綾瀬さんに呼びだされた。

今度はマクドナルドの西口店で、メンバーは前回と同じだった。

ナッツンはどうやら、禁断症状から立ち直ったらしい。

僕は「もう葉っぱなんて吸っちゃだめだよ」とこっそり注意しておいた。

どうやら、綾瀬さんの”善意”とやらが僕にもうつったようだ。彼女は親指を下にむけて、口パクで””、というメッセージを送ってくれた。僕も中指をたてて、口パクで””と返しておいた。

男子二人には「あ、高橋さん」「ども」と声をかけられた。

同級生なのに、なんで「さん」づけなのかって聞いたら、「悪党に憧れてるからです」という返事がかえってきて、綾瀬さんに注意されていた。彼らが、なんで綾瀬さんにくっついているのか謎だったので、彼女が席をたったすきに聞いてみると、「組長っていうのはヤクザのボスだから」だそうだ。ただのあだ名じゃないのか、って思ったけど、夢を壊すのはかわいそうなので、黙っておいた。

二人の名前はどうしても思い出せなかったので、僕は彼らにあだ名をつけた。”チップ”と”デール”――どっちもリスみたいな小動物系の顔をしてるからだ。われながら、ぴったりの命名だ。

二人は、あだ名が気に入ったようだった。「なんでもいってください」とのことだった。いずれ、彼らにも”売人”をまかせてもいいかもしれない。商売を拡大して、さらに利益を増やすのだ。


五人が一人ずつ、学校のゴシップネタを披露するというのをやった。

ナッツンは、「三年のまんちゃん先輩が新任の女性教師とできてる」という話をした。まんちゃん先輩というはかなりのイケメンで、学校の有名人だった。新任の女性教師どころか、学年の女子の半分にフェラチオをさせたことがある、という伝説まである。

チップとデールは、「校長と教頭ができてる」「数学の井上はアル中」という話をした。

校長室で、校長が教頭のケツを撫でていたらしい。ちなみに、どちらも性別は男だ。

数学教師はポケットにウィスキーの瓶をいれて持ち歩いていた。

僕は、「物理実験室の鍵のかかった棚には、実弾の入った銃が置かれている」という話をした。

以前、朝倉先生から聞いた話だった。弾道試験による、物体の等加速度運動の実験のため、だそうだ。まぁ、もちろん実銃が学校に置いてあるなんて話はデタラメだろう。

最後は綾瀬さんの番だった。


「生物の朝倉先生は、自分の準備室で怪しい研究をやっている」

という話をして、僕は思わず机に脚をぶつけて、ガタンといわせてしまった。綾瀬さんの情報網はあなどれない。

「朝倉先生って、優しそうで虫も殺さない、みたいな顔してるでしょ。でも、昔は外国に住んでて、マフィアの殺し屋をやってたんじゃないかって。生物の先生でしょ。毒をもってるカエルとか、植物とかのはなしを授業中にしてたの覚えてる?」


先生が外国に住んでたのは事実だけど、殺し屋ってのはない。先生は、僕と同じでかなりのヘタレなのだ。たぶん、人を殴ったこともないんじゃないかなと思う。


「で、あの先生ってぜったい、生徒を準備室にいれたりしないでしょ。しかも、自前で特殊なタイプの鍵に扉を改造したらしいの」「ね。怪しくない?」「あの奥で、もしかしたら猛毒の研究をしてるのかも」

「毒なんて研究して、どうするの?」僕はそわそわして、思わず聞いてしまった。

「わかんないけど、政治家を暗殺したりするんじゃない?」

「また、はじまったよ。クミコの陰謀論が」ナッツンはあきれていた。

チップとデールは、ぽかーん、としていた。僕はちょっとだけ、彼女のはなしの続きがきになった。


「レッドドラゴンって秘密組織、しってる?」「ミャンマーって国があるでしょ。あそこって、ちょっと前まで軍隊がクーデターおこして、政権をのっとったでしょ。市民が何人も殺されたりして、国連が非難せーめーだしたり」「でも、いつのまにか、軍隊がひいて、また民主政権が復活してたじゃない。あれって、軍隊のトップが暗殺されたからだって噂があるの」


いつのまにか世界規模のゴシップになっていた。学校内の噂話じゃなかったのか。


「それをやったのが、レッドドラゴンって秘密組織じゃないかって。あと、台湾独立を邪魔する中国共産党員の暗殺とか。北朝鮮の幹部の暗殺とか」「で、日本にも、そのレッドドラゴンの支部があるんじゃないかっ、て話があるの」「有名なアニメ制作会社の放火事件あったでしょ。すごいたくさんの人が死んで、犯人も死にかけたって」


その事件は僕も””知っていた。だけど、レッドドラゴンなんて組織は聞いたことがなかった。


「その制作会社ってのが、レッドドラゴンの隠れ蓑組織だったんじゃないかって」「で、犯人はアニメの脚本を盗まれたっていう理由で火をつけたことになってるけど、ほんとは裏で犯人の心理をうまくコントロールして、それをやらせた人物がいるんじゃないかって説があるの。ほら、きみの脚本を盗んだあいつらを許すな、とか。マインドコントロールってやつ」


裁判の最終判決は、心神喪失したガイジの「単独犯」というのが結論だった。真犯人や協力者がいる、なんてのはどこのニュースソースにも存在しなかった。彼女が語っているのは、空想の物語でしかない。

だけど、僕は綾瀬さんの話にのみこまれていた。

まわりの音が消えて、世界がぐるぐるとまわっているようだった。


「この”人物”っていうのは個人をさすものじゃなくて、”複数”で、”多くの協力者”だったり、”国家権力”とか”たくさんの資金を持った企業”なの」「つまり、レッドドラゴンっていう組織は、弱者を守るための過激なボランティア団体で、敵は独裁者だったり、資本主義企業だったり、軍隊とか警察組織だったり。ようは、たくさんいたってこと」「アメリカで大統領が殺された事件があったでしょ」


その事件は僕も詳しかった。暗殺されたのは、ケネディ大統領で、犯人はオズワルドという男で、過激な思考をもった孤独な男性ということだった。さらに、その後、ケネディの弟とキング牧師も暗殺された。すべて単独犯によるもの、とされた。表向きは、だが。


「あれも、警察とか政府の最終報告はぜったい”単独犯”ってことになった。で、その単独犯さんは護送中に、マフィアと関係があったとされる別の人間に殺された。さらに、その人間は独房で首をつって死んだ。ほんとの犯人は、裏で糸をひいてたマフィアだったり、FBIだったり、金持ちだったんじゃないかって」「でも、そんなことは公表されない。わたしたちが知るのは、都合よく歪められた”ありもしない真実”だけ」「どう、このはなし」


彼女のはなしを聞いているのは、もう僕だけだった。他の三人はスマホで荒野行動をやっていた。

前に、僕は綾瀬さんのことを無垢な少女だと思ったけど、それは間違っていた。

彼女は、あきらかに同世代の少女より、世の中の不条理に目を向けている。僕は彼女に、親近感に似た不思議な感情をいだいた。急に、彼女が身近になったきがした。


「――なんてね。これ、全部わたしが考えたストーリーなんだけど。小説でもかこうかなって」

「うん。すごくおもしろかった。才能あるよ、綾瀬さん」

「ありがと。でも、そこの三人は退屈みたいだったけど。だいじょうぶそ?」


三人は慌てて、スマホを閉じた。「クミコ、天才」とか「クミチョーしか勝たん」などと、適当なことをいっていた。おべっか使いの嘘つき野郎どもだった。

僕たちはその後、きをとりなおして「真実か挑戦か」のゲームをやって盛り上がった。綾瀬さんは挑戦を選んで、ワオテナガザルの真似をさせられていた。僕には彼女がキラキラと輝いてみえた。

彼女のイメージが、「無垢な少女」から「ドラクロワの”民衆を導く自由の女神”」に変わっていた。

うーーん。僕はどうかしてしまったのかもしれない。

複数の人間とたくさん話して、ガイジ脳が悲鳴をあげて、オーバーヒートしたのだ。きっと。


みんなと別れたあと、また綾瀬さんからラインが送られてきた。

液晶端末に「みんなと仲良くなれそ?」と表示される。

僕は「問題なさそ」と送っておいた。


「でしょ!また誘うね」「このままいけば高橋君にも友達がいっぱいできるよ」「そうすれば悪いことしようなんて思わなくなるよ」

「綾瀬さんはどうしてそんなに僕のことをきにするのかな」「悪いことをやめさせたいだけ?」「ほんとは僕のことが好きなんじゃないの?」

「は?」「きも」「あたまだいじょうぶそ?」

「よっしゃ」

「うざw」「死んでもろて」「おk?」

「ごめんなさい;」

「ぷいぷい」「でもね」「わたし」


そこでメッセージが止まった。

僕は「でも、なに?」と思わず返信してしまった。


「高橋君のマイペースなとこ、けっこうきにいってるよ」「でも、好きとか違うから、勘違いしないでよね」「べー」というメッセージが届いていた。僕はその文字をみながら、なんだか不思議な気持ちになった。

「僕も綾瀬さんのお節介なとこ、きにいってるよ」という文字をうって、消して、またうって。消して。けっきょく、そのメッセージを送ることはできなかった。僕はヘタレだ。

かわりに適当なスタンプを送ってお茶をにごした。

僕は頑張って、脳みそをフル回転させて、友達の情報を必死でインプットした。

別に友達がほしかったわけでもないし、今までさみしいと思ったこともない。僕は一匹の狼なのだ。ふふ。

ただ、綾瀬さんに気に入られたいなあ、なんて心のどこかで思ってしまったからだ。

みんながカラオケで、愛とか恋の歌をうたう気持ちがちょっぴりわかった。僕はちょろいやつだった。


このとき、同じ時刻にとんでもないことを起きていたなんて、僕はまったく思ってもみなかった。

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