第6話 先生との出会い

化学教師とメタンフェタミンのはなしを聞いてから、数日後。

綾瀬さんの耳にも「危険なドラッグ」の情報が入ったらしく、僕はまた、よびだされて尋問された。

彼女によると、売っているのは三年の怖い先輩だそうだ――化学の富樫が雇った、「売人」だろう。

僕は、なにも知らないと答えておいた。密告はしない。悪党にもルールがあるのだ。

ちなみに、密告屋というのは、カナリアに例えられたりする。カナリアというのは歌をうたう、おしゃべりな鳥だ。密告屋=ちくり屋=おしゃべり野郎、という比喩表現だ。逮捕された犯人が司法取引して、裁判で別の人間の罪を証言をし、自分の罪を軽くしてもらう。これを裏の世界では「カナリアがうたう」とよぶ。悪党語録百科事典、第五章より抜粋。


綾瀬さんに、

「全然関係ないことだけど、高橋君って生物の朝倉先生と仲いいの?」

と聞かれた。

「え。いや、うーん。あ、うん。しゃべったこともないよ」

と完璧にごまかしておいた。


僕と朝倉先生のつきあいは長い。

先生は僕の親戚で、母の弟で、つまり叔父ってことだ。昔はお互いに下の名前でよんでたけど、僕が先生の学校に入学してからは、自然と「先生」「高橋君」ということになった。

先生は、昔カナダのハリファックスに住んでて、僕は夏休みやお正月によく遊びにいった。

ハリファックスというのは悪党の聖地のような場所で、法律なんてあってないようなもんだった。小学生ぐらいの子が車を運転していたし、スーパーのお菓子はとり放題だった。実弾の入った拳銃も撃たせてもらえる。もちろん、人に向けて撃っちゃいけない。だいたい、空とか屋根にむかって撃つんだけど、怖いおじさんが出てきて、怒鳴られたりする。大人はみんな、大麻の栽培とスーパーのショッピングカートを盗んで生計をたてており、運が悪いと刑務所にぶちこまれる。だから、「お父さんは?」「今はムショにいるよ」(英語だから、ジェイル・ナウだ)という子供たちがたくさんいた。僕もムショに入ってみたい、ってお願いしてみたことがあったけど、それはさすがにダメだといわれた。あのころはアホだったなぁ、と思い出す。


その後、先生は日本に帰ってきて、高校の生物教師になった。

さらに、先生は僕の保護者でもある。というのは、僕の両親は数年前に、ある大きな事件にまきこまれて亡くなったので、おばあちゃんの家に引きとられたわけだ。母の母にあたる人だ。で、おばあちゃんも亡くなって、朝倉先生が僕の保護者ということになったわけだ。


先生は、僕が発達障害である、ということを見抜いて、医者にも紹介してくれて、学校にも内緒にしてくれている。恩人だ。僕は、お医者さんから出された薬を飲んでいて、これを飲まないと中学の卒業すら怪しかっただろう。いや、義務教育だから卒業はできるのか。まぁ、どういうことかっていうと、薬を飲んでないと勉強もまともにできないというわけだ。今も成績はひどいもんだけど、それでも赤点ギリギリで踏みとどまっているのは薬のおかげだろう。


さらに、先生は役所関係の事務手続きもやってくれて、僕が亡くなったお婆ちゃんの家で一人暮らしもできるようにお膳立てもしてくれた。もちろん、生活費は自腹だ。つまり、お金が必要なのだ。


最後に、先生は僕に大麻の売人という、りっぱな仕事もくれた。

だから、僕は大麻を売る。そして、お金を稼ぐ。生きるため。

悪いか?――ニェット。ロシア語でノーという意味だ。かっこいい!

僕は悪党か?――思わず、ニヤリと笑ってしまう。

発達障害の心理的傾向には、社会的悪にたいする憧れ、というものもあるらしい。

――イエス。僕は悪党だ。なるほど、な。お医者さんの、いうとーりだ。


僕は、今日も朝倉先生のいる生物実験室にむかう。

売れた大麻の補充をして、ハシシを作って、二人で大麻をやってハイになる。

僕と朝倉先生は、大麻のビジネスパートナーで、家族でもあり、親友でもあるってわけだ。

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