第4話 ADHD

「――ザ、ステルネス、イン・ザ・ルーム、ワズ、ライク、ザ、ステルネス、イン、ザ、エアー…」

英会話の授業中、教師にあてられたクラスメイトが、教科書の英文を読み上げる。

エミリー・ディキンソンの「死の床でわたしは」という詩だそうだ。ところで、ディキンソンというのは、昔の女詩人で精神疾患をわずらっていたらしい。ガイジなのに、教科書にのる有名な詩人になったなんて、すごいことだ。僕も死ぬまでに、なにか偉大な功績を残したいなあ、とか思いながら窓の外をみる。

雲ひとつない空を、飛行機が飛び去って行く。

僕の頭の中から、授業への集中力も飛び去っていく――僕は飛べる!

いつものことだ。僕はよく、やらなければならない物事に集中できず、すぐに別のことに思考が散ってしまう。


僕のような病気を、発達障害はったつしょうがいやADHDとよぶらしい。つまり、ガイジだ。

発達障害というのは、じっとしているのが苦手だったり、忘れ物が多かったり、集中力が続かなくて物事を覚えれないという病気だ。部屋の掃除や、整理整頓も苦手だから、僕のカバンの中はいつもぐちゃぐちゃだ。僕が人の名前を覚えられないのも、そういう病気だからだ。


発達障害の要因として、脳のスイッチの切り替えがうまくできない、ということが考えられており、例えるなら、一階のリビングの電気をつけようと思ってスイッチを押したのに、二階の電気がついてしまう、ということらしい。ということは、僕は寝る前に電気を消そうと思ったら、わざわざ一階のリビングにまで降りていかなければならないということだ。たいへんだ。


僕はできるだけ友達を作らないようにして生きてきた。

なぜなら、親しい人間が増えるということは、その人たちに関する情報を、たくさん脳のメモリ――素早くとりだせる一次記憶装置に保存して、忘れずに、かつ会話中に素早く取りだせるような状態にしておかないといけない。僕は発達障害で、ガイジだから、記憶のスイッチをいれるというのがとても苦手なのだ。


僕のような人は、パッとみた感じは健常者と変わらない――それが問題だ。

きのう会話した相手のことを忘れてしまったり、それが原因で怒らせてしまう。こいつは、冷たいやつだとか、もしかして嫌われてるのかと相手に思わせてしまう。

僕のような人間が、人生を効率的に生きるには、親しい人間をできるだけ最小限に留めるしかないのだ。


これでも、薬を飲んでからはだいぶマシな状態になった。僕は精神科医に通って、コンサータという薬を処方してもらっている。

前はもっとひどくて、記憶障害や集中力不足に加えて、多動や衝動性という症状もあった。今はそれらはおさえられている。薬を飲むと、頭の中がすっきりと晴れ渡って、なんとか日常生活を送れるようになるのだけど、薬には副作用もある。眠れなくなったり、食欲がなくなったり。48時間ぐらい起きっぱなしのこともあるし、丸二日なにも食べなくても平気なこともある。


おそらく、今は薬がきれかけているから、授業に集中できないのだ。

こういうときは、大麻でも吸ってリラックスしたほうがいい。僕は机の下で、こっそり火をつけてハイになった。

綾瀬さんに、また消しゴムを投げられた。消しゴムには、『これで2回しんだな』とかかれていた。

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