第2話 綾瀬さんの嫌がらせ
女性というのは、おせっかいな生き物だ。
相手の男性の悪いところを直そうとする。たとえば、箸のもちかただったり、姿勢の悪さだったり、言葉づかいだったり、それは女性ホルモンによる本能的な行動だそうだ。大麻を売っている同級生がいたら、それを正そうとするのが女性の本能なのだ。
どうやら、あのことがあってから綾瀬さんに目をつけられたらしい。
遅刻したときに後で怒られたり、宿題はちゃんとやってこないとダメだよ、とか。
授業中にこっそり大麻を吸っていたら、消しゴムを投げられた。消しゴムには、『これがナイフだったら、今ごろしんでるぜ』と書かれていた。いちど、授業をサボって保健室でくつろいでいたら、綾瀬さんがやってきて、むりやり教室まで引っ張っていかれた。本人はどうやって授業を抜け出してきたんだと思ったら、トイレに行くふりをして僕を捕まえにきたらしい。もはや、ストーカーだ。
僕はいちど、綾瀬さんにはっきりといってやった。
「僕に嫌がらせして楽しい?」
「嫌がらせじゃないよ。じゅんぜんたる善意だよ」
僕はスマホで善意という言葉を検索して、ウィキペディアに書かれている内容を読み上げてやった。
相手にとって喜ばしいであろうことを行う、思いやりのこと。また、相手によい結果を導こうとして行う意思を指す。うーん。もしかしたら、彼女はあっているのかしれない。僕は墓穴をほった。
「わたし、考えたんだけどね。高橋君が非行にはしるのは、きっとクラスで浮いてるからだと思うの。きみってひとりぼっちで、友達もいないでしょ。だから、悪いことをやって、みんな自分をみてくれ、みたいな感じじゃないかなって」
たしかに、僕は友達がいない。ほっといてくれ。
だけど、綾瀬さんは間違ってた。僕は注目されたいとか、有名になりたいなんて気持ちは皆無だった。僕のことは、僕だけがわかっていればいい。あるいは、好きな人でもいれば、ちょっとは違うのかもしれないけど。
「僕は草とか葉っぱとか花みたいな、植物になりたい」
「それって大麻ってこと?あま~い香りでみんなを誘惑して、ダメにしちゃうわけだ」
まったく伝わらなかった。僕は会話のセンスも皆無だった。
今のは本音をいわずに、比喩表現を先にしたからダメなのだ。うまく会話を組み立てる能力、というのが著しく欠如しているのだ、僕の脳みそは!
「…綾瀬さんは僕をどうしたいの?」
「わたしは、悪者をたおしたりはしない」
いったい、なんのはなしなのかさっぱりだったけど、彼女はマジっぽかった。
「悪者だって人間だもん。バーンッ、ってやって、たおすのは簡単だけど。それだと、つまらないでしょ。だから、仲間にするの」――「なんと たかはしくんが おきあがり 仲間に なりたそうに こちらをみている」――「わたしは手をさしのべて、ならばここにキスしろ、どあほうめ、そうすれば仲間にしてやる。っていうの」ふふん。
「僕は起きあがらないよ。そのまま、寝てると思う」
「きみって変わってるよね。そこが、おもしろいとこだけど」
僕はたしかに変人だが、綾瀬さんもウルトラパンデミック級の変人だと思う。
まぁ、そのことは口に出さなかったけど。僕だって一応は、女の子にきをつかえるのだ。
「勇者のクミチョーさんが、僕の友達になってくれるってわけ?」
ありがたいはなしだね、と言い終わるまえに、彼女がわりこんできた。
「次に」
眼前に指をつきつけらた。
「わたしのことを、組長なんてよんだら、二度とマックでバリューセットを頼めない体にしてやる」
僕はバリューセットは頼まないから、別に問題はなかった。ポテトは脂質が多すぎるし、ジュースは糖質の塊だ。僕は健康オタクだった。まぁ、それはいいんだけど、なぜだか綾瀬さんは、僕がクミチョーとよぶと怒るのだ。僕が友達ではないからだろう。
「なーんてね」「嘘だよ」きゃぴん。
「高橋君はわたしと友達になりたい?」
「…いや。別に」というと、綾瀬さんにバシッっと頭をチョップされた。
「高橋君、このままだと刑務所いきだよ。だから、わたしがぜったい、きみを更生させる」
綾瀬さんは謎の決意に燃えていた。僕は心の中で、大好きなエゼキエル書第二五章一七節を思い出していた。声・大塚明夫――心正しき者のゆく道は、心悪しき者の利己と暴虐によって、その行く手を阻まれるものなり。愛と善意の名によりて、暗黒の谷で弱きものを導きたる、かの者に祝福あれ。彼こそ兄弟を守り、迷い子たちを救う者なり。
彼女にとって、僕は心悪しき者で、あるいは弱き者かもしれない。そして彼女は、迷い子たちを救う者なのだろう。
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