第42話

 役者が運転する車は、ぼんやりするジャンボを乗せてずっと走り続けた。



「おい、劇場通り過ぎたぞ」

「なんか忘れ物でもあったか?」

「いや、そうじゃないけど。この車劇団のものなんだろ?」

「俺はスターだから、この程度のズルはなんてことないんだ」

「なにがスターだよ」



 ジャンボは分かっていた。彼がジャンボを気遣って、家まで送ってくれようとしてくれている事を。



「まさかさ、本当に今日の今日で決めると思わなかったよ。お前の息子すげぇな」

「もともとあの二人は、二人だけで生きてたからな。強いよ。俺なんかよりも全然」

「はは、写真撮ってお前のファンに売ろうか。これがジャンボの泣き顔です!って」

「ファンなんて……」



 ジャンボは呆れたように言ったが、年々彼の映画界への露出は増えていた。

まだ主役はないが、名脇役と呼ばれるくらいまでには、ジャンボは映画の人になっていたのだ。

当人はその自覚もないままに、仕事だからと務めているだけなのだが、それでも隣の仲間は喜んだ。



「ずっとみんな、お前を引き止めなかったこと後悔してたんだ。お前は京劇の世界で生きていけたはずだったから。でもみんな自分の保身のためにお前を見捨てた。俺もそのひとりだ」

「そんな馬鹿なこというなよ」

「本気だよ、俺達は」



 役者は一本タバコを取り出し、口にくわえた。ジャンボもタバコを向けられて、少し迷って一本受け取る。



「ずっと吸ってなかったんだけどな」

「それならやめとくか?」

「いや……今くらいいいだろ」



 二人はタバコに火をつけて、あの四合院へ向かう道を走る。



「お前かもしれないやつが役者業界にいるぞ!?ってまず話題になってな。でも、お前俳優名を柏じゃなくて白にしたろ?

だから確証ももてないしなんだか接点もないし、ってか会ったところで気まずいなんて言っててさ、そうしたらお前、先生の墓建てちまうんだもん。

……お前の魂はずっと京劇の役者だよ。きっとさ」



 役者は煙を吐き出して、嬉しそうに笑った。

きっと前のジャンボなら否定しただろう。

でも、彼は少しだけ悩み、タバコの煙を見つめて言った。



「それが本当なら、嬉しいな」



 京劇のことなど考えたくなかった。

考えたくないのに頭から離れなくて、けれどもう縁のない世界を自分で選んで、ジャンボはその時からずっと死に場所を探すような生活だったのかもしれない。

なのに子供ができて、自分は彼らを守ることになった。

その後も全部、偶然だ。



「全部偶然だからさ。きっと、俺も本当に運が良かったんだよ」

「運も実力のうちだぜ。それに、お前は良い奴だから」



 役者はニカッと笑う。

ジャンボは溜息をつきながらも、一緒に笑った。


 車はもうすぐ四合院へたどり着く。

そうしたらジャンボは彼らの荷物をまとめてやらなければならない。

様々な手続きの書類もまとめて、また劇団へも行くことになるだろう。

離別の悲しみを感じるのはまだもう少し先だ。

今は忙しさに見舞われて、全部後に送ってしまおう。


 そんなふうに思う、なんて隣の仲間に話してみると、いいんじゃん?なんて軽い答えが返ってきた。



「なんだか、お前もいい顔してるよ」



 車はよく見た道も走り続ける。あの歩道にもう自分達はいない。けれど、それでいい。

前を見て歩ければ、それでいいんだ。


 ジャンボはタバコの火を消した。煙だけが名残惜しそうに車内を少しだけ漂い、消えた。 

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