第39話
6月、チョコとバニラは高中の卒業式を迎えていた。
彼らの学友のほとんどは寮生活であり、みな高考に受かることだけを考え、高中は通過点でしかない場所だった。
とんでもない時間を学業に費やし、両親の期待を一身に背負って、現代の科挙と呼ばれる関門を控え、疲れた顔で日々を終える。
そんな中、チョコとバニラはほぼ不良学生だった。
教育制度自体がまだ整っていない頃からの学生であったのも影響し、彼らは学問に本気ではなかった。
なので、補充授業などは抜け出して、すぐ家に帰ってしまうのだ。
最初の頃は教師は二人を怒っていたが、反省の色もなく、親であるジャンボもあまり熱心では無いため「そういう生徒」という枠を獲得してしまった。
学友達はチョコとバニラを羨ましいと言っていたが、目標を持っている学友の方がすごい、なんてチョコとバニラは語っていた。
「本来は大学を目指す為にみんな頑張ってるんだろうけどさ……俺、よく分かんないんだよね。そんなに頭が良い訳でもないし、勉強続けたいとも……」
一度、バニラがジャンボにこぼした本音があった。
しかし、すぐにバニラはハッとして「学校に通えることは嬉しいよ!」と付け加えた。
ジャンボの稼ぎがなければ、そもそも彼が二人を学校に通わせようとしなければ、今の二人はなかった。
でもジャンボは、自身が学校教育を受けてないこともあり、そんな理由でバニラやチョコを進学の道へ進ませようとは思えなかった。
「ちょっと真剣な話をするけど。お前らは将来、なにになりたい?」
高考もいよいよ迫ってきた数ヶ月前、ジャンボはいつになく真剣な声で二人に聞いた。
このままなら、普通は大学進学を目指す。
そのためだけの学校教育を二人は受けてきたはずだから、当たり前にそう思っててもおかしくは無かった。
けれど、チョコもバニラもかなり困惑し、頭を抱え、真剣な声に答えようと、苦しげな顔をした。
「正直、分からない」
ジャンボに失望されるだろうか、と二人は思っていたが、ジャンボは「だよな〜」なんて軽い声に変わった。
「俺もさ、学校にお前らやってなんだけど、お前らの教師とも何度か話したけどさ……どうなんだろうって思ってた。
大学以外の道だっていくらでもあると思うし、勉強の為だけに生きて、芸術とか恋愛とかまで制限するようなのって……俺はよく分からなくてさ」
ジャンボも一緒に頭を抱えていた。
その姿をみて、チョコとバニラは少しほっとする。
「……じゃあ、もしも高考を受けなくても、ジャンボ的にはアリって感じ?」
探るような声に、ジャンボは頷いた。
「別に、働くでも、家事をしてくれるでも、まぁ今のところ金には困ってないし。好きなことしてくれるのが一番嬉しいかな」
全くの予想外だったが、チョコとバニラはかなりほっとしていた。
あの毎日青ざめた顔で机に向かう集団には、やはりとけ込めなかったのだ。
学友は何人かいたが、その全員が高考を当たり前のように受けることになっていた。
本心に触れることはそうなかった、というか学生のほとんどは本心など出せる状況ではなかったけど、それでも学友はチョコとバニラのように生きたい、なんてこぼすこともあった。
そして、地獄のような高考を皆が終え、卒業式の日がやってくる。
数人の学友と共に、みんなで漢服を着て写真を撮った。
チョコとバニラから教わったカンフー的なポーズをして、みんな笑顔で卒業式を迎えた。
過酷な競走のことも、今日くらいは忘れていいだろう。
ジャンボもその姿をカメラに収め、二人の成長や、学友との絆を感じたりして「学校に入れたのはきっと間違いではなかった」なんて、そんなことを思ったり、なんやかんや感極まったりしていた。
ジャンボ自身も親として悩んだ9年間だった。
家に帰った三人は、今日までに撮った写真なんかもひっくり返して、思い思いの9年間を語り合う。
そんな中、ジャンボはふと立ち上がり、封の開けられた大きな封筒をどこからか持ってきた。
「実は俺の養成学校の仲間に、今も京劇の劇団員をやってる奴がいてさ」
チョコとバニラの表情が変わった。
目に光が増えて、期待の眼差しでジャンボの手にする封筒を見ている。
ジャンボは直ぐに、その中身を広げて見せた。
「これ、公演のパンフレットとか、劇団の説明のパンフレットとかなんだけど、たまたま縁あって送ってもらったんだ」
チョコとバニラは歓声を上げそうな顔でそのパンフレットをじっと読み始めた。
実は彼らを京劇の舞台に連れていったことは一度もなかった。
ジャンボは今更ながらそのことを後悔していたが、過ぎたことよりもこれからのことだ。
ジャンボは言った。
「公演、見に行ってみるか?そのあともアイツが少し案内してくれるらしいんだ」
「行く!!!」
チョコとバニラは信じられないような顔で、そして嬉しそうに頷き、わいわいとパンフレットを見つめていた。
喜ぶべきだろうか。きっとそうなんだろうな、なんてジャンボは二人を微笑みながら見つめ、そしてゆっくり目を閉じた。
彼らと会ってから9回目の夏なのだろうか。
あっという間にすぎた気もして、ジャンボはよく分からなかった。
まだ時おり、二人が幼い子供にもみえるのだ。
でも、それはきっと、自分の問題なのだろう。
閉じた瞼の裏で今までの生活を回想した。
チョコとバニラの嬉しそうな会話はその間も、ジャンボの耳に届いていた。
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