第23話

 霊園に辿り着いた三人はそれぞれ無言で歩いていた。

ジャンボだけが墓の位置を知っているので、あとの二人はついて行く形だ。

本来なら、お墓参りは清明節【※4】に限定されているので、霊園には他に人はいなかった。



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【※4】毎年四月五日ごろ。墓を掃除するので「掃墓節」とも。

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 出来たての墓だが一応掃除のセットも持って、喪服の三人はただ一つの目的地を目指す。


 そしてついにジャンボの足が止まった。

しばらくその墓石に刻まれた名前を見つめ、そして簡単に掃除をし、ジャンボはお札を取りだした。

これは本物ではなく、燃やすために作られたお札だ。

あの世でお金に困らないようにと、墓の前でこのお札を燃やすのが一般的だった。


 その時間は無心に過ぎていった。先生はきっと喜ばないだろう。そんなぼやけた気持ちも札と一緒に燃やしてしまう。

そして、緑色の花束を墓に手向けた。


 ずっとチョコが持ってくれていた酒も封を開け、予定通りにグラスに注いで、片方は墓に置いた。

片方は少し見つめて、ぐっと飲み干した。

線香も焚き、今日の予定はこれで全て終了してしまった。


 思った通りのままに実行できたはずだ。

なのにジャンボは来る前よりも遥かに空虚な心を感じていた。


 これは金に物を言わせただけの石の塊にすぎない。

この下に先生はいない。

名前だけ借りようとも、こんなのは弔いではない。

ただの自己満足だ。


 時が過ぎれば過ぎるほど、そんな思いばかりが大きく膨らんでいった。



「ジャンボ、大丈夫か」



 バニラの声にハッとした。軽く額をおさえてうなずく。



「帰ろう。今日の用事は終わりだ」



 ジャンボは酒のビンを持ち立ち上がった。


 もしもここにいるのがチョコとバニラでなければ、さらに彼らが17才でなければ、運命は変わっていたかもしれない。

ジャンボは複雑な人だ。心の底を言語化するのは難しい。


 けれど17才の彼らなら、ジャンボはこのまま帰るべきではないと、そう心を決められた。



「俺たち、ジャンボが通ってた学校にも行ってみたいんだ」



 歯車が軋みながらわずかに動き出す。



「……お前たちに話したか分からないけど……先生は校舎の中で自殺してたんだ」

「聞いたよ。話してくれたの覚えてる」



 チョコとバニラは互いの呼吸の中に、決意が揺るがないことを確認した。



「でも連れて行って欲しいんだ。俺たち、校舎でもちゃんと手を合わせたい」



 二人とも真剣な目でジャンボを見つめた。急にジャンボは過去の記憶が錯綜する。

人を殺したあの夜、校舎に向かって歩いた断片的な光景、血の跡がベッタリと残った校舎の床。

今までジャンボは校舎に行かなかったのではない、行けなかったのだ。


 けれど、ふらつくジャンボを見てもチョコとバニラは揺らがなかった。

そんな二人を見て、ジャンボもゆっくりと、過去を見つめる覚悟を決める。



「お前たちが一緒に来てくれるなら……俺も校舎に行きたい」



 ジャンボはぐっと拳を握った。三人は来た時と同じように無言のまま霊園を歩く。

その足取りは三人ともしっかりしていた。

三人で暮らし始めてからもう8年だ。チョコとバニラはもちろん、ジャンボも8年分、成長していた。



「校舎、もしかしたら取り壊されてるかもしれないぞ」

「それでもいいよ。ジャンボだってそうだろ?」

「ああ」



 墓をこの場所に建てたのは校舎から一番近い霊園がここだったからだ。

ここからの道なら分かる。歩いて行けることも知っている。

三人の男は喪服の襟を正し、一歩一歩を踏みしめるように歩いた。

まだ空は予報通り晴れていて、少しづつ夏の陽気を帯び始めていた。

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