第14話

 当日の朝、空は憎たらしいほどに快晴だった。



「なんて素敵なウェディングだ!ハッピーバースデー!シュワキマセリ!だろ!?」



 ジャンボはついにぶっ壊れたようで、朝からチョコとバニラに絡んでいた。

二人はまともに取り合わず「そうだねー」なんて呆れた目をしたまま朝食をとっていた。

本当は二人だって心中穏やかではなかったのだ。

でも「一人騒ぐやつがいると妙に冷静になる法則」が発動していたらしい。


 ジャンボが二日酔いのポンコツな頭を直そうと、テレビのように打撃を加えているのを横目に、チョコとバニラは今日のために仕立てた正装に身を包んでいた。

髪もきっちり整える。


 しかし、幼い頃にジャンボと同じ分け目にしようとして、鏡写しに髪をセットして以来、ジャンボは右に、チョコとバニラは左に分けるようになっていた。


 改めて二人のフォーマルな姿を見ると、ジャンボは頭を壁に打ち付けるのをやめ、悲しさとも嬉しさともとれない顔をした。



「お前たち、ずいぶん成長してたんだな」

「ジャンボよりはね」



 悪ガキ二人はニシシと笑ったが、このなりでは返す言葉もない。


 ジャンボは全てを振り切るように「よし!」と叫んだ。

今日の式から逃げるなんてことだけはあってはならない。

それに今回は自分にわりあてられた役もある。


 ジャンボは新郎を知る人になんとか探りを入れて、彼の苦手な食べ物や関わりたくない人、嫌いな動物などをかなりリサーチした。

そしてその結果、ジャンボが用意した難関は、シンプルイズベスト。

「水」だった。



「なぁ、ジャンボ一応ラスボスなんだろ?水なんてつまんねーじゃん!」

「あのな、俺が最後になったのはたまたま新婦の実家の隣だったからだ。それに一生に一度の祝いの席で、トラウマになるような事できないだろ?」

「で、全部ヤバいもん避けたら水になったってこと?」

「そう」

「つまんねー!」



 正装の二人はいつも通りの顔で不満たらたらに叫ぶ。

本来なら関門なのだから、新郎が苦手なものを用意したっていいのだ。

もちろん公序良俗及び法の範囲内で。


 けれど新婦の待つ四合院の前に用意したのは、赤い布をかけてテキトーな装飾を施した事務用のテーブルがひとつ。

そしてたった3つのコップが並べられた簡素すぎる会場だった。


 それ以外は本当になにも用意してないので、公道にテーブルを出しゃばらせ、正装の男三人が水のコップの後ろで手を組んで待機するという、異様な光景が出来上がってしまった。


 大抵の人は「あれ迎親の」と気がついただろうが、街の人達はジャンボ達をからかうように見ていた。

水の内訳については、一つが新婦の実家の水、そして残り二つが砂糖水という、つまり新婦の実家の水を当てられれば、クリアということだ。


 新郎がよっぽどの味覚オンチでなければ、間違わない程度には砂糖を入れた。

彼は金持ちらしく、それなりに美食家らしいので、この程度は難なく当てられるだろう。

式の邪魔をしたくない、という建前のもと、ジャンボは彼と関わる時間を一秒でも少なくしようとしていた。


 話すことなんてなんにもないし、新郎だって新婦のブライダルメイトが男なのは不愉快だろう。

互いに平和に生きよう。それがいい。

ジャンボは誰になにを言うでもなく、一人で頷いた。


 しかし、正装の悪ガキたちはずっと、不満でいっぱいだったのだ。

そして互いにジャンボの目を盗み、耳打ちをする。

目を盗む、とはいえジャンボはテーブルとコップを用意した時点でもはや放心していたので、悪巧みはあっという間に固まった。



「ジャンボ、あのさ……」

「ん?」



 いつもより数倍でろりとした目でジャンボは答える。



「俺たちもなんか用意しとけば良かったなって、いまさら思って」

「ちょっとした花でもなんでもいいんだけどさ。俺たちじゃよく分からないから」



 二人はつぶらな瞳でジャンボを見た。



「ジャンボが今、街でちょっと買ってきてくれない?」



 二人の子供からの真摯な眼差しに、ジャンボはたじろいだ。



「いや、でも、新郎がいつここに来るか分からないし……」



 と、ジャンボは自分の腕時計を見たが、まだ予定まで一時間はあった。

子供たちはうるうると目に涙をためてジャンボを見る。


 少しの葛藤のあと、ため息をついて、ジャンボは二人の頭をなでた。



「分かった。お祝いになりそうな物選んでくるよ。お前らも添える手紙くらいは書いとけよ」

「はーい」



 今日に限ってやけに純真な瞳をしているのは、自分よりも素直にあの人の結婚を祝いたいからなのだろうと、ジャンボは思った。

ヤケ酒に二日酔いで顔色の悪いバカよりも、14才の二人の方がよっぽど大人だ。

彼らを見習わなくちゃならない。


 そうジャンボは気合を入れて時計を見ながら街なかへ走っていった。

残された二人はというと。



「じゃーん」



 どうやってこのテーブル下まで運んだのか、ジャンボがいつもシンク下に隠し飲んでいる小瓶の酒──白酒バイジォウを家にあったありったけ、両手に抱えていた。


 白酒は透明な酒だ。

テーブルの上のコップの中身は水と砂糖水だ。

ついでにいうと、ジャンボが集めた情報に「新郎には酒を飲ませてはならない」とあった。

走り書きのメモだったが、彼らはその一文を覚えていたのであった。

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