第11話

 その後、無事ジャンボは回復し、少しのリハビリを経て、久びさに自宅へと三人で帰ってきた。

真ん中にジャンボが立って、その両隣で手を繋ぎ、彼らは嬉しそうに帰り道を歩く。


 しかし、扉を開けた瞬間にジャンボは呆然とした。

部屋は二人の悪ガキが適当に暮らしていた痕跡がはっきりと残り、ゴミやらなんやら、必要なものまでもが床に散らばっていたのだ。


 自分達が散らかした部屋のことをすっかり忘れていたのか、呆けるジャンボの顔を見て、二人はやっと慌て出す。



「お、お見舞いとか行ってたから忙しくて~!」

「あ!これ隣のおばさんが出してったやつ!」



 聞いてもいないのに言い訳をし出す悪ガキ達は、世話になったはずの隣人にまで罪を押し付けようとしていた。

ジャンボはいつものクセで、額に手を当てる。

二人の悪ガキ達は、逃れられない運命を感じ、すでに涙目になっていた。


 けれど、ジャンボは手をおろし、力の抜けた笑みを浮かべる。



「全く……元気に暮らしててくれてよかったよ」



 隣人が最低限の面倒は見ていてくれていたようだった。けれど、それ以上はやはり難しかったのだろう。

自分たちも先生が居ない日はこんなんだったな、とジャンボは懐かしさでもつい笑った。


 しかし、チョコとバニラは、雷が落ちなかったのは良かったものの、全く叱られないのも落ち着かず、なんとなくソワソワする。

ジャンボは病院から持ち帰った荷物をおろし、すぐに部屋の片付けを始めた。

焦った二人はジャンボに続き、狭い部屋の中を器用に走り回る。


 なんだかその姿を見ているだけでも幸せだな、なんてジャンボは自分でも気が付かない内に、ずっと微笑んでるようだった。


 だがやはり、それに比例して落ち着かないのは子供たちである。



「ジャンボ……もしかして偽物?」



 バニラが突然、恐ろしいことを口走る。

キョトンとするジャンボの隣で、片付けるはずの荷物を腕に抱えたチョコは、荷物を全て落としてしまい、青ざめた顔でジャンボを見上げた。

衝撃のまま口を大きく開けて固まるチョコと、戸惑うジャンボはしばらく見つめ合う。



「な……なぁ、偽物って」



 ジャンボが喋りだした瞬間に、凍りついていたチョコはすごい勢いで隣から走り去った。

どうしようもなくバニラの方を見ると、バニラもほとんどチョコと同じ顔で青ざめており、口を開けて震えている。



「偽物って、俺が別人って……?」



 困惑するジャンボはバニラに近づこうとしたが、バニラは寝台の上から身をひるがえし、鮮やかな動きで脱兎のごとく駆けていく。

けれど、二人が逃げ込んだのは、他に行き先もない小さなスペースだった。


 本気で怯える二人になんて声をかけようか迷いながら、ジャンボは様子を伺うように、そっと二人の方へ歩いていく。

その一歩一歩が近づく音に、チョコとバニラは余計に震えて、お互いに抱きつきあった。



「なぁ」

「うわあああああああああ!!!!」



 ついに目の前に現れた偽物のジャンボ。二人は大声を上げ、酷く怯えた様子でダバダバ泣いていた。



「な、なんだよお前ら。なにを怖がってんだよ」

「ジャンボ宇宙人だ!」

「宇宙人に洗脳されたんだ!」



 そういえば、とジャンボは部屋に散らばってた雑誌のひとつに、ウェルズの宇宙戦争を取り扱ったものが紛れていたことを思い出す。

海外の小説の話題など珍しく、片付けながらも妙に記憶に残っていたのだが。



「宇宙人ってあのなぁ……」



 半ば呆れながら彼らに近づくと、二人はさらに泣き叫ぶ。



「殺さないでぇ〜!!!」



 その姿はちょうど二人と出会った日と重なった。

あの時は、包丁を片手にした自分と、子供たちは相対していたのだ。

そんなことを思い出すと色々と気まずくなるが、子供たちはさらに続けて叫んだ。



「ジャンボを返して!!!」

「ジャンボ死んじゃやだー!!!」



 なにを言ってるんだコイツらはと、思わず、ジャンボはため息をつく。

そして、次の瞬間、顔を上げたジャンボは悪い顔で笑っていた。



「そうさ、俺がこいつを乗っ取ってやったのさ!もうこの地球は我々のものだ!」



 子供たちは一瞬ぽかんとし、すぐにこの世の終わりのような顔で叫んだ。



「ぎゃーーーー!!!!」



 こんな三文芝居でも、チョコとバニラは騙されたらしい。

ジャンボは笑いをこらえながら、子供たちの方へにじりよって行く。



「俺はこの家が気に入った!ゴミもおもちゃも勉強道具もみーんな床に置いても、誰も怒らない!俺は汚い家が大好きなんだー!」

「いやだあああああああ!!!!」



 チョコとバニラは迫り来る宇宙人の腕をよけ、目にも止まらぬ早さで駆け抜けた。

そして、散らかった部屋を必死に片付けていく。



「なにをするんだ!やめろー!」

「うわあああ!ジャンボから出ていけー!」



 宇宙人は部屋が綺麗になっていくごとに、苦しそうに体を揺らした。

泣きながらも二人はバタバタと走り回り、そして、最後のゴミをくずかごに入れる。


 同時に振り返ったチョコとバニラは、倒れているジャンボの姿をみつけた。



「ジャンボ!!!」



 二人は急いでその横に駆け寄った。

背中を揺らすと、倒れた体から「うーん」と寝ぼけたような声が聞こえる。



「ジャンボ!しっかりして!」

「う……うん……?あれ?」



 ジャンボはゆっくりと立ち上がり、部屋の中を見てびっくり仰天。なんと、意識のないうちに、散らかった部屋が綺麗になっているではないか!


 という、顔をした。



「あれ?さっきまで散らかってたのに……。お前らもなんで泣いてるんだよ」

「ジャンボぉ~!!!」

「良かったー!!!」



 二人は彼をジャンボと認めたらしく、ひしっと抱き着いて、さっきまで宇宙人が乗っ取ってたんだよ!と口々に訴えた。

ジャンボはこれまたびっくり仰天、という顔をする。

けれど、そんな二人を抱きしめて、ありがとうと呟いた。


 あの時は、最初に会った時は自分が彼らの敵だった。

包丁を構える自分に怯えていた小さな子供たちだったはずなのに、むしろ自分を助けようとしてくれるなんて、そんな未来は想像もできなかった。


 ただの三文芝居のはずが、役者の方が泣いてちゃお話にならない。

なので、わんわん泣く二人の後ろで、彼はこっそり泣いた。


 今日からまた、この家での暮らしが始まる。

大人と二人の子供の同居ではなく、きっと、三人の親子として。

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