この世界で
wafua
第1話 私の日常。
誰もいない学校の屋上に時々一人で来ることがある。空を見るためだ。
何気ない事だけど、でもそうとは思えない事にまた頷いて心にもないことを言ってしまった。
ほんの些細なことなのに、心の深いところでそうでは無いと叫びながら、ただ流されて行くようだ。
だけど、今日も空は私の瞳を綺麗な青く染めて、雲は優しくゆっくりと流れて行く。そんな風に心まで染まれたら、どんなに楽で軽くなれるだろうか。
そんな事をぼんやりと時々考えながら、また違和感のある日常へ戻って行く。
これが私の高校生活だ。
5月の風は爽やかで、優しく鼻先をくすぶり、まるでボーッとした頭の中を現実へと引き戻すように吹き抜けて行った。
七実はハッとして、屋上から飛び出し急いで階段を駆け降りて行った。
「そうだ!もうちょっとで進路指導が始まっちゃうよ。母さんが学校に来る時間だ。教室に戻らなきゃ。」
教室まで、まるで競歩のように急ぎ足で歩いて行く。その途中ですれ違った先生から「廊下は走らない!」っと叱られた。
七実は「走ってません。競歩です!」と言い返して、教室へ急いだ。
先生は「人とぶつかると危ないから、気を付けなさい。時間も心も余裕を持って行動するように。」と注意された。
-確かにそうだ…。-
七実は常に余裕のない自分の行動を少しだけ後悔した。
「はーい!すみません。」と言ったものの、時間は迫っている。
「あっ!教室に向かう間に少しだけ自己紹介するね。私は芹沢七実。17歳の高校2年生だ。そして、実は今日が私の誕生日。つまり17歳になりたてホヤホヤなのだ。これから母さんが学校に来て進路相談をするんだ。でも…正直、私は将来やりたい事も、何もなくて進学するか、働こうか、全然何も決まってない。かなり中途半端な宙ぶらりんな状態だけど、ずーっと高校生のままでいられたら良いのだけど現実はそうも言ってられない程あっと言う間に時間が過ぎて行く。とりあえず、今日は何と言って乗り切ろうか…!?」
そして、七実が教室に着くと、先生と母さんが席に付いて待っていた。
「おっ!来たな。よし!じゃあ始めよう。」と先生はすぐに切り出した。まだ七実の後にも待っている生徒が沢山いるのだ。
「どこに言ってたのよ!」っと言いたそうな顔で、母さんは七実をチラリと見た。
「早速ですが、芹沢は高校卒業してから何をしたいかな?進路は決まっているかな?」と先生が言った。
七実は「あっ。えーっと高校卒業してからは、働くと言っても特にやりたい事も無いので、とりあえず進学したいと思ってるんですが、まだ具体的にはどこに行きたいとかは決まってなくて〜。」っと、もじもじと答えた。
「そっか。進学を考えているんだね。では、お母さん。七実さんは進学を希望していると言う事で、まだ具体的に何をやりたいかと決まっていない場合は専門学校と言う選択はちょっと難しいかも知れませんね。例えば、大学へ進学して色んな事を学んでいく中で、七実さんの視野を広げて行くと言うのも一つの方法かも知れませんね。」先生はそう言って七実の方をじっと見ながら、さらに話を続けた。
「芹沢、もしくは芹沢のお母様のような看護師や、お祖父様のようなお医者さんや、医療従事者なんてどうかな?もし進路について悩んでるなら、先生は素晴らしい仕事だと思うぞ。」
先生がそう言うと、七実の母さんは少し頬が赤くなり嬉しそうな顔になり、「先生ありがとうございます。確かに、看護師の仕事はとってもやり甲斐があって、自分で言うのもアレですが素晴らしい仕事だと誇りに思っています。ただ、娘はあまり興味が無さそうで…。また家に帰って娘と良く話してみます。」と答えた。
続けて先生は「分かりました。今日の段階ではまだ、進路の事は少し先の話になりますので、家でもゆっくり話してください。ただ、進学の場合ですと受験勉強は早いうちから進めておいた方が有利ですし、就職の場合ですと、このご時世なので年々大変にはなっています。なので、少しずつでも進路を具体的にして、また相談してくださいね。」と言った。そして個別面談は終わった。
親子は学校を出て歩き始めた。母さんは七実に言った。「母さん、今日は午前中で仕事上がって来たんだけど、ちょっと気になる事があるから一度病院に戻るね。七実はお祖父ちゃんの所に寄って帰る?」
七実は答えた。「そうだね。お祖父ちゃんの所行こうかなと思ってた。ねぇ〜、母さん。今日の三者面談さ、超中途半端だったよねぇ。結構さ、他の子は進路決めてるみたいだよ。しかも先生、母さんみたいな看護師はどう?なんて言ってたけど〜?」
母さんは答えた。「そうだね。でも七実、自分が将来どうなりたいかは自分でしか決められないんじゃない。それに看護師は私はなって良かったと思うけど、大変な事もいっぱいあるの。だって、人の命に関わる仕事だからね。もちろん仕事は何でも大変。七実も大人になれば母さんが言ってる事の意味が分かる様になるから。」
そう言って、母さんは「あっ!母さんこっちの道から行くから、じゃあね。」と途中で別れた。
少し急ぎ足で歩く母さんの後ろ姿を七実は見て、すぐに歩き出した。
-なんか、母さんは私の将来の話になると自分で決めなさいばっか言って、あんまり、あぁしなさいこうしなさいって言わないよね〜。他の事は結構口うるさいのに。例えば、私が看護師になりたいって言ったら嬉しのかなぁ。いっその事、そう言ってくれれば看護師の学校行こうって思えるのに。-
七実はぼんやりと、そんな事を考えながら肩をすくめて下を向いてゆっくりとお祖父ちゃんの家まで歩いていた。
そんな見るからにネガティブな七実とは、まるで正反対の様な爽やかな風が七実の正面からサーッと吹いて駆け抜けて行った。
それは、まるで七実に前を向けと言っている様な風の吹き方だった。
七実はハッとして前を向いた。それと同時に小学校が終わって下校して来た男の子達の集団がケラケラと笑いながら七実の脇を走りながらすり抜けて言った。
その小学生達は何が面白くて笑っているかは分からなかったけど、とってもキラキラとした笑顔に見えた。
-良いなぁ〜。私もあの頃に戻ってやり直したい!-
「じゃあ。お祖父ちゃんの家に着くまでに、もう少しだけ自己紹介するね!さっきの先生との話の通り、私の母さんは看護師。で、お祖父ちゃんは小児科のお医者さんなんだ。お祖父ちゃんは私の父さんの父さんなんだけど、その私の父さんは私が赤ちゃんの時に事故で亡くなっていて、だから正直、私は父さんの記憶が全くと言っていい程に無んだよね。それに母さんも、あんまり父さんの話はしない。最近よく考えるんだけど、もし今も父さんが生きていたら今の私は何か変わっていたのかなって。母さんも、もうちょっと色んな事が楽になってたのかなって。そんな事を考えると自分の事が益々よく分からなくなって、ぼんやりとして来る。白でも無く黒でも無く、でも灰色にもなりきれない様な、そんな思いが私の中で渦巻いているんだ。言葉に出来ない気持ち。母さんにもお祖父ちゃんにも言えない気持ち。友達にも言えない気持ち。こんな中途半端私は、なぜか進学校へ入学してしまい、周りの友達は皆、かなり志が高くてしっかりしている。もちろん良い友達ばかりなんだけど、目標を持って頑張ってる人達にこんなどうしようも無い私の気持ちを言って足引っ張るのもね…。
この学校を選んだ理由は、父さんが通っていたから。父さんと同じ学校に通ったら何か父さんの記憶が蘇るかなとか、父さんの事を感じられるかなとか、そんな淡い期待を思い描いていたのだ。だけど、何も見つからなかった。」
そして、七実はトボトボと重い足取りをピタッと止めた。お祖父ちゃんの家に着いたのだ。
「お祖父ちゃーん。ただいまぁ〜。」少し甘えた様な声で、七実は言って、お祖父ちゃんの家の中に入っていった。
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