第10話

 彼らの秘密基地は、コースケの家にある、車庫の中に立てられた。

 父の趣味が登山であった為、キャンプ用品は充実しており、その中でいらなくなったものを掻っ払って作られた、小さくて大きなテントの中。

 わざと薄暗くして、小さなランプに火を点け、会議は行われた。

「よし、準備はできたな」と、カズが言って、他二人に向かって眼を動かす。

「準備万端」と、トッポが大きな旅行鞄を自慢げに置いて、見せびらかした。

「なあ、やっぱりやめない?」、コースケの弱気にカズが怒る。「何だ、逃げるのか? 弱虫」――不敵に笑う目の前の少年に、コースケは弱々しく啖呵を切った。

「に、逃げないよ……」

 兄の部屋から盗んできた、大きめのキャップを深く被って、コースケは深呼吸した。

「行くか……」

「親にはなんて言ってある?」

「トッポの家で勉強会」

「それ、俺の家に電話来たら困るぞ」

「その時はその時」

 適当に総括するカズに、トッポは呆れ果てた。

「お前なあ」

「ほら、行くぞ。ガリ勉、チビ」

「うるせえ、デブ!」

 兎にも角にも、業都中央公園を目指して、三人は宇宙人の死体探しの、小さな旅をはじめた。


 帽子を深く被って、コースケは二人の船頭になって歩いた。

 リュックサックに無理に押し入れられたバットが頭を出して揺れている。近所の野球クラブに入っているコースケは、中々、レギュラーになれずにいた。野球は好きでも嫌いでもないし、上手いわけでもない。クラブには親の勧めで入った。今回、持ってきたのも、護身用でしかないのであった。

 三人で他愛もない事を話しながら歩いていると、有名な悪ガキ中学生の二人組に相対した。

 数日前、六時を過ぎても公園でカードゲームに興じていたカズは、彼らに脅され、持っていたカードを全て奪われてしまった為、恨みを持っている。

「やい! お前ら!」――数的優位を得ている為、のぼせ上がったカズは、思わず突っ掛かってしまう。

「あぁん? おい、コケ。こいつ、知ってるか?」

「この前、カード巻き上げた太っちょですよ、ヤブさん」

「ああ、あいつな」

 小声でトッポは「おい、カズ。やばいって……」と言って止めようとするも、カズは止まらない。

「返せよ」

 手のひらを差し出して、睨み付けながら言う――背の低い小太りの少年に対し、一回り大きい中学生の彼は、薄ら笑いを浮かべながら、唾を吐き掛けた。

「てめえ!」――暴れるカズを、コースケとトッポが腕を掴んで止める。

「やめろって!」――トッポは、必死にカズに声を掛け、コースケはというと、「すみませんでした! 本当にすみませんでした!」と繰り返し、目の前の中学生二人に平伏した。

 ヤブは鼻を鳴らすとコースケの帽子を取り、指先で回して、自分の頭に被せた。

「似合ってねーぞ。クソガキ」

 そう言って、ご機嫌に口笛を吹かしながら去っていく中学生二人を、恨みがましい目で三人は見送った。

「何で止めた……」と、カズが鼻声で言う。「大切なカードだったんだ」――今度は、消え入りそうな声で。

「俺だって、帽子取られた。お前のせいだ」

「止めなければ取られてなかった!」

「そんなの分からないだろ!」

 言い合いが今にも始まりそうな二人の肩を、後ろからトッポが掴んだ。

「やめろ、行くぞ」

 わだかまりは解けたわけではない。

 それでも、三人はまた歩き始めた。


 都市部を出る途中、全員の鞄の中身を確認した結果、誰一人として食料を持ってきていない事が発覚。

 じゃんけんで負けたコースケが、代表で買いに行く事になった。

 両親に貰った小さな小銭入れの中に、無理矢理押し込めた三千円に、異様な無敵感を覚え、気に入ったものを片っ端から買い物籠に入れていく。

 グミ、大きなサイズの炭酸飲料、チョコレート菓子、お気に入りのアイスクリーム、スナック菓子、マシュマロ、ソーセージ。まだ足りない気がする――と、棚を見ていく。

 玩具が目に入った。買うかどうかに、しばらく悩む。背伸びをして見ている、ロボットアニメの玩具だ。

 予算としてはぎりぎり買える程度であるが、もし、買ってしまったら馬鹿にされるかもしれない。小さなプライドが小煩く騒いでいる。

 名案を思い付く――買った後に、こっそり鞄に入れれば良い。そうすれば、誰にもばれない。

 気付いたコースケは、買い物籠にロボットを入れ、早足でレジに向かった。

 欠伸をしながら会計をしている、老けた店員が話し掛けてきた。

「ボウズ、お出掛けかい?」

「中央公園の方に」

「へえ。宇宙人探し?」

「そう! お金貰えるって聞いたし」

「おじさんも探しに行こうかなあ」

 他愛もない話をしながら、会計を済ませる。お釣りは募金した。その方が大人だと思ったから。

 レシートを丸めてポケットに入れ、レジ袋から取り出したロボットの食玩を鞄にしまう。そして、仲間達の方に向かった。

 買ったアイスクリームをそれぞれに渡し、丁度来たバスに乗り込んだ。


 バスに乗り込み、アイスクリームを食べながら談笑に興じたりし、他愛ない時間を過ごしたのち、中央公園前の停留所に来たところで停止ボタンを押して、賃金を払い、降りて行った。

 さて、中央公園は封鎖されており、何故かというとテレビカメラやアナウンサーが押し掛けたり、胡散臭い雑誌の記者が徘徊していたり、街の若者や暇な大人が野次馬に来たりと、騒ぎの真っ只中にあるからであった。

 では、どうやって中に入り込もうとか、と三人は相談をした。

 かなりの言い合いになったが、結局、遠回りし、近くの山道から奥の柵を越えて中に入ろう、という案にまとまった。

 というわけで、三人は山道めがけ、生い茂る森の中を掻き分けて行く事になる。

 そのために先ずは、周囲の人間にバレない様に踏み切りをくぐって、線路のうえを走り、電車が来る前に森林の中に飛び込んで、息を切らして転がった。

「入れた?」

 俯せでコースケが訊ねる。

 地面に手を付き、大笑いしながらカズが返事をする――「入れた! 入れた! ははははは!」

 それに合わせ、コースケとトッポも思わず笑ってしまった。

 それから笑い疲れた頃に、トッポが二人に聞いた。

「宇宙人の死体、何処にあると思う?」

「そりゃあやっぱり、森の奥でしょ」と、カズ。

「なんで?」とコースケが純粋な疑問を口にする。

「映画とかだと、定番だ」

 満面の笑みで返すカズに、二人は呆気に取られ、また笑ってしまった。

「馬鹿じゃん!」と、トッポ。

「うるせえ! 馬鹿って言った方が馬鹿だ!」

「行こうよ――公園の奥の森。行ったことないしさ」――服についた砂埃や葉っぱを払いながら、コースケが立ち上がる。

「うん、行こう」と、トッポが返事をする。

 それから、カズに手を差し出した。


 さて、森奥を目指し進む彼らであったが、中央公園の整備されていないところもあり、かなり道のりは険しかった。

 何十分も歩き続けるうち、コースケが息を切らし始める。

 元々、三人の中で一番運動が得意ではなく、身体も強くないため、あっという間にへこたれてしまった。

「ま、待ってよ、みんな」と肩を上下し、声を震わせながら、掠れた弱々しい音で言う。

 トッポは振り向いたが、カズは無情にも前を向いたまま一瞬立ち止まるだけで、再び歩き始めてしまった。

「おい、カズ!」と、トッポが止めようとするも、カズは言う事を聞かない。

「もうすぐ日も暮れる。早く行かないと誰かに見つかっちまうぞ」

「もう十分じゃん……」と、コースケが顔を曇らせて言う。「十分探したし、もういいよ」

「ヘタレ!」

 振り向いたカズが小石を拾い、コースケに投げ付けた。

「痛い!」と、大声をあげ、投げ付けられた小石を拾い、地面に叩き付ける。

「もういいって言ってんだよ!」

「まだ見付けてない!」

「ふたりとも、落ち着けよ」

 トッポが頭を掻きながら、落ち着いたトーンで言った。

「少し休もう」

「休んでる暇はない」

「ある。親には泊まるって言ってあるし、宇宙人の死体なんてそう簡単に見付からない。大丈夫だ。大丈夫」

「……分かった」

 納得していないような、しているような微妙な顔でカズは頷いた。


 トッポが割り箸に突き刺したマシュマロとソーセージを、焚き火のまわりを囲んで焼いている。

 カズは木に腰掛け、スナック菓子を貪っていた。

 コースケはと言うと、眼前の炎を疲れた表情で見詰めていた。

「俺さ、正義のヒーローになりたいんだ」――トッポが、突然、話を切り出した。

 カズが大笑いする。

 むっとした表情でトッポが「笑うなよ、なりたいんだ。本当に。本気で」と、僅かに頬を赤く染めて言った。

「ヒーロー。ヒーローね。格好良いじゃん」

「カズはそういうのないのか?」

「俺? 俺は自衛隊」

「自衛隊!? おっとなー……」

 驚いて言うコースケに、カズが鼻を鳴らして得意気に笑った。

「そういうコースケは、なんかなりたいものとかないのかよ」

「えー。わかんない」

「じゃあ、お笑い芸人なんかどうだ」

「ええ!? 芸人!?」

「だって、お前、いつもクラスで笑われてんじゃん」

「それは芸人って言わないんだよ」――カズにトッポがつっこんで言う。

「そうだよ。芸人って笑わせるものじゃないか。これじゃあ、ピエロだよ」

「あれだよ。逆転の発想! 笑われてる状態から、笑わせる状態に持っていけば良い」

「笑わせる……。おれにできるかなあ?」

「できるんじゃない! やるんだっ!」

 言い切るカズに、コースケはなんだか頷いてしまった。

 その様子を、トッポが冷めた目で見ている。

「おい、騙されるなよ、コースケ。こいつ、適当言ってるだけだからな」

「うん。……でも、芸人かあ」

 それから、夜が明けるまで歓談は続いた。


 森のざわめき、木漏れ日、遠くから聞こえる騒音、鳥の囀り。

 交代で見張りを作り、夜を越した少年達は、宇宙人の死体を探して歩き続けていた。

 但し、まともに食事も取っておらず、ろくに休めなかったため、彼らの体はほとんど瀕死の状態であった。

 とくに、もとから身体の弱いコースケはふらつきながら歩き、視界も朧気。

 そして、とうとう限界に達した彼は、森を一旦出た高台の道、ガードレールの置かれていない崖際を進んでいた時に、横に逸れて体勢を崩し、崖から落ちた。

 慌ててコースケの手を掴んだトッポだったが、リュックの中身も加算した重みによって彼も外に出てしまう。頼みの綱としてカズの手を掴んで引き止めて貰おうとしたが、二人分の重さには敵わない。

 結局、三人とも崖の外に落ちてしまう。

 落ちた先は大きな木の上で、万が一の事態は逃れた。

 なんとか大木から下りて、地に足を着ける。ようやく、三人は安堵する。然し、すぐに異変に気が付いた。口に出したのはトッポだった。

「なんか、変なにおいがしないか?」

「丸一日お風呂に入ってないからじゃないのか?」

「そういうのじゃなくて――生臭さというか、鉄っぽいというか……」

「行ってみるか!」――と、カズがにおいのする方向に向かって歩き出す。

「ちょっと待てよ!」と、引き止め様とするトッポであったが、結局、好奇心には勝てず付いていってしまう。その後ろを、怖がりながらコースケも付いて行った。

 においのある方を辿っていくと、老朽化した洋風建築の様なものを見た。

 玄関前にある、壊れかけの女神像が目を引く。その側に一台のトラックがとまっていた。

 異臭が段々強まるのを感じる。同時に奇妙な音も聞こえてくる。

「入るか?」と、カズが二人に訊ねる。

「本気かよ……」――呆れ顔のトッポ。

「行くしかないだろ。今更、退けない」

「やめようよ」

「うるさい」

 止めようとするコースケの頭をカズは叩き、「行くぞ」と腕を引っ張った。

 ため息を吐いて、トッポも後からついていく。


 家の中に入ると、存外、その中が広くはない事に気付く。

 物音は風呂場の方からしているようで、三人は迷わず、物音立てない様に気を付けながら、そちらへ向かった。

 息を殺して中を覗くと、そこには、強い血生臭さとともに、人間を解体しているピエロの男がいた。

 そして、そちらは、すぐに気付き、こちらに目をやった。

「おや、いけない子達だ」

 男はそういうと、肉切り包丁を置いて、こちらに近付いてくる。

 三人は、逃げられなかった。

「おいで」と男がカズの手を引いて、中に入れる。

「きみたちも」と言われて、言われるがままトッポとコースケも中に入る。

 拒否もできなかった。本能的な何かが、このピエロに逆らってはいけないと、危険信号を出していたのだ。

 浴室の異臭に思わず、コースケが吐き出す。撒き散らされた吐瀉物を見て、ピエロはげらげらと笑った。

「じきになれるさ。ほら」と言って、カズに包丁を握らせる。

「こうするんだ」――ピエロの男はカズの腕に手をやり、無理矢理動かす。人体を刻む触感に、カズは身震いした。

「骨はいらない。そこにミキサーがあるだろ? 醤油がひたひたに注いである。そこに入れて、砕くんだ。後で、川に捨てに行こうね」

 朗らかに笑って言うピエロの男に、三人は三者三様の感想を抱いた。

 カズは、憧憬を。トッポは、嫌悪を。コースケは、恐怖を。それは呪いの様に、心の奥底に根付き、彼らの人生を歪めた。

 結局、少年達は巻き込まれるがまま、解体を手伝わされ、夜明け頃に家に帰らされた。その間、彼らは一言も言葉を交わさなかった。

 帰宅後、何事もなかったかの様な日常が続いた。三人は、自然と疎遠になっていった。

 それから、彼らの人生が交わる事はなかった。


 ピエロ教の本部を、多くのパトカーが囲っている。

 先頭の一台から、和樹と張戸が降りてきた。

「張戸さん、もうおっ始まっているみたいですけど」

「決まってるだろ。乗り込むぞ」

 煙草を口に咥え、火を点けると一服し、張戸は覚悟を決めた形相で歩き出した。

 その後ろで、和樹は作戦開始の報せを華飛に送っていた。

「どうした? 行くぞ」と、張戸が振り向きざまに急かす。

「分かってます」

 そう言って、和樹も顔を強張らせた。


 警察による、危険分子の掃討作戦はすぐにはじまった。

 生き残っている教団員は見つけ次第捕縛し、本部の外に連れ出す。

 演員会の構成員と銃撃戦を繰り広げながら、和成を探していた。

 一方、伊勢が息を殺して様子を見守っていた透と和成の対談は、透が射殺されて幕を閉じた。

 丁度、額を狙って放たれた弾丸は真っ直ぐ脳を貫き、頭部が爆発する。

 吹き出す血と散らばる肉片に伊勢は悲鳴を押し殺して小さな嗚咽をあげた。

 和成は馬鹿にした様な笑い声をあげる。

 そこに、張戸が駆け付けた。

「手を上げろ!」――ピエロの男に銃を突き付けて、警部補が言う。

「おや?」

 言われたとおり、手をあげてカズはおどける。

「銃を捨てろ」

「……あいよ」

 また言われたとおり、カズは銃を床に捨て、蹴って張戸の方へどかす。

「……岬 和成だな。暴行事件を押して少年院を服役、その後、バックパッカーとして海外を転々とする。然し、その近くでは常に不審な事件がついて回った。間違いは?」

「あってるよ。よく調べたもんだ」

「投降しろ。命まで奪うつもりはない」

「……分かった」

 ゆっくりと歩み寄って来る様に見えた和成であったが、衣装タンスの近くまで来ると思い切り中を開け、隠れていた伊勢の手首を掴んで背の後ろに回ると、懐からナイフを取り出し、彼女の首に突き付けた。

「一転攻勢だ。銃を下ろせ」

「駄目だ。その娘を離せ」

「そっちが先だ。銃を下ろせ。捨てろ」

 睨み合いになっていたところに、和樹がやってくる。

「張戸さん! 大丈夫ですか!?」

 銃を構える和樹に、ピエロは「丁度、良い」と言って命令を下した。

「和樹。10秒以内にそいつが銃を捨てなければ、撃て」

「……知り合いか?」

 低い声で聞く張戸に和樹は返事をしない。

「10、9、8、7、6、5、4、3、2」

「1――」と和成が言い終わる前に、和樹はピエロを撃った――が、銃弾は上手く当たらず、肩を掠める。

「裏切ったな」

 開いた瞳孔で和樹を睨み付け、張戸に体当たりをする。壁に激突し、うずくまる警部補をよそに、銃を拾った。そして、和成も引き金を弾いた。

 銃弾は真っ直ぐ、彼の額を貫く。

「和樹!」――張戸が叫ぶも虚しく、和樹は死んだ。

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