第3話

 封鎖された河川敷で、警官が数人、現場検証をしている。

 そこに、遅れた暦年の面持ちの男が入ってくる。

「張戸警部補、お疲れ様です!」と、気付いた警官たちが順繰りに挨拶を行う。

 張戸と呼ばれた警部補の男は、一礼だけして返すと、状況確認をはじめた。

「遺体は?」

「何個も――然し、ホームレス達と少年達の殺害方法は別々で、恐らく犯人も別でしょう。ホームレスはバットに付いた指紋から、恐らく少年達のひとりが。それで、少年達の眉間、心臓――的確に急所を狙って撃たれた銃弾は、ピエロの男が」

 身振り手振りで警官が説明しているのを、鸚鵡返しで張戸が遮った。

「ピエロ?」

「ええ。監視カメラにピエロの男が銃を持って逃げる姿が映っていました」

「成程――。犯人は割れてるわけか」

「そうですね。二宮 宏介という、無職の男だそうです」

 顎に手を当て、「危険だな……」と張戸は独り言ちた。


 事件から数日が経った。

 宏介はいまだ捕まらず、山奥の掘っ立て小屋にある地下室の中で、身を潜めている。

 テレビの向こうでは、世間を騒がす殺人鬼として、宏介についてある事ない事語られていた。

 彼をここに連れて来た少女が、ファストフード店の袋を抱えて入ってきた。

「あら、またニュースを見ていたの?」

 返事はない。

 袋からハンバーガーを取り出して、宏介に差し出した。乱暴に受け取る。

 それから、少女はコーラを取り出して、ストロー越しに口にした。

「あなたは、何者になるのでしょうね」

「……どういう意味?」

「インターネットでは既に、あなたを擁護するものや、哀れむものが出始めているわ」

「……ただの殺人鬼だ」

「ええ、そうね。……数週間前、業都に巣食う中国系反社会組織”演員会”に何があったか、知ってる?」

小さく「いや」とだけ、宏介は返した。

「ピエロに扮した男が組織のリーダー”趙 克農”を殺し、組織を乗っ取った。それからずっと、その素性も知れぬ男が支配者」

「俺じゃない! 俺なわけがない」

 声を荒げて、宏介が叫んだ。

「ええ、知っているわ」

「……なぜ、そんな事を知っている。ただの女学生じゃないのか」

「なんで、ただの女学生が殺人犯を匿うわけ?」

 笑いながら質問で返す少女に、宏介の苛立ちが募っていく。

「あなたじゃないにしろ、ピエロという象徴はいずれ業都を包むでしょう。その時は、世界はあなたを何者にするのかしら? 素性の割れてる方のピエロはどうなる?」

「お前は、なんだ。目的は!?」

「そういえば、名乗っていなかったわね。数日、一緒に過ごしていたのに――趙 華飛。趙 克農の一人娘よ。あなたに、復讐の手助けをしてほしいの」

 黒く濁った眼を細めて、少女――華飛は手を差し出した。が、それは呆気なく跳ね除けられた。

「なぜ?」

「助ける理由がない」

「私はあなたを助けたわ」

「お前が勝手に助けた!」と、宏介が噛み付く様に叫ぶ。

 溜息を吐いて、華飛は返した。

「いいえ。私は提案しただけ。あなたが自ら助かろうとした。あなたは警察に捕まりたくなかった。あなたはまだ健全な一般人でいたかった。だから、一度は私の手を取った。今度は、私を助けるために私の手を取るべきよ。それが、仁義ってものではなくて?」

「違う! 違う違う違う、違う。俺は助かりたかったんじゃない。俺は助かりたかったんじゃない。俺は助かりたかったんじゃない!」

 最早、惨めな慟哭混じりの声で泣きじゃくる様に否定を繰り返すだけになった宏介に対し、少女は呆れ果てた感情を手振りで見せた。


 夜中の業都警察署、己のデスクで書類を整理する男がひとり。布袋 透――かつてトッポだった少年は、若手の刑事になっていた。

「おつかれさーん」と、張戸がオフィスに入ってくる。

「お疲れ様です。こんな時間まで何を?」

「それはこっちの台詞だ。残業代は出さねえぞ」

「それで、なにか事件で?」

「ピエロの件だ。演員会乗っ取りの噂と、男子学生射殺の件――タイミングが神憑り的だが、はてさて」

 ライターと煙草を取り出して、一服しながら話を続けた。

「俺は別個の線で見てる」

「そうなんですか?」

「現場から焦って逃げ出す様な臆病な奴が、わざわざ反社に喧嘩売るとは思えねえ。さて、話は終わりだ」

 調査書類で軽く透の頭を叩いて、張戸は快活に笑った。

「帰り支度をして、とっととお家に帰んな」

「はいはい、わかりましたよ。それじゃ、お先に」

 上着を羽織って、透は帰り支度をはじめた。


 帰り道の透。

 一人暮らしで料理もあまりしないので、その夜もコンビニ弁当を買って帰るところであった。

 マンション街にある公園を通って行こうとしたところ、女性の悲鳴が聞こえる。警察官として、人として急いで向かわなければ行けないと判断し、単身、走っていった。

 勇み足で茂みを掻き分け、夜の薄暗い林の奥に、服を脱がされた女性と、それに覆い被さるピエロの覆面を被った男を見つける。

 拳銃を構えて、叫んだ。

「警察だ! 大人しくしろ!」

 動転した男は、置いていたバールのようなものを拾い、雄叫びをあげて襲い掛かってきた。

 咄嗟に透は引き金を弾き、胸部を撃ち抜いてしまう。当然の様に、ピエロの男は絶命し、倒れた。

「ひっ――に、逃げて! 早く!」と、透は女性に促し、息を荒げながら覆面を拾った。

 それから、闇夜の中へ消えていった。

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