第2話

 業都の市長選挙がはじまった。

 それにより、街のあちこちで街宣車が走り、演説が行われる。

 もともと、騒がしい地域であったが、一層、喧しくなってしまった。

「街に溢れるホームレス! ギャング! 捨てられたゴミや汚い川の水! この街は汚れに満ちています!」と、太っちょの裕福な男が叫ぶように喋る。

「浄化を! 浄化を!」と繰り返す彼を他所に、人々は近くを横切り、談笑したり音楽を聞いたり、目的地に向かって行った。

 駅前でダンボールを敷いて寝る人。かたや、待ち人が遅刻したのか、しきりに腕時計を気にする人。

 もしくは、ファーストフードのチェーン店から出てきて、ハンバーガーに齧りつく人。

 あるいは、学校帰りであろう制服を着ている、友人と談笑しながら歩く人。

 色々な時間が、多様に流れていく。その端で、宏介はゴミ袋を漁っていた。

 彼に、ホームレス仲間のセンニンが話し掛けてくる。

「よう、コースケ。王冠集めはどうした?」

「一段落した。今は今晩の夕食探し」

「へへっ。そうかい。おい、これいるかい?」と、ぼろ布を渡される。

 広げると、ピエロのコスプレ衣装の様だった。

「これは?」

「西地区のゴミ捨て場にあったんだ。これから冷え込むだろう? 要るかと思ってな」

「良いのか?」

「俺には不要なもんだ」

「……ありがとう。ピエロは好きじゃないんだけどね」

 心の底から言えたのはいつぶりか。

 この生活が、どうやら宏介には性にあっているようだった。


 その日はハロウィンであった為、街ではパレードやらが大盛り上がりで、多くの人で賑わっていた。

 インターネットではやはり、それらを揶揄する人たちもいたが、騒ぐ民衆は気にもとめず、思い思いのコスプレをして闊歩している。

 河川敷のダンボールハウスでは、ホームレス達が手に入れた食料やら飲み物を寄せ集めて、ささやかなパーティを行っていた。

 その中心にいるのは、センニンであった。

「よお、コースケ。ピエロの服、似合ってんじゃねえか」

 コースケの肩に腕を回して、飲み物片手に陽気に笑う。

 それに同調して、周りもからかうように囃し立てた。

「やめてくれよ、みんな。でも……これでも、コメディアンの端くれだったからね。少し、嬉しいかも?」

「ほう、芸人さんだったのか。どれ、芸の一つでも――っていうのは嫌かい?」

「ははっ。少し、自信がないかな」

「そうだ!」と、思いついたばかりに、女性の仲間が拾ったと思われる化粧道具を取り出した。

「折角だし、いっそそれっぽくピエロになっちゃいましょうよ。香水も持ってるから、パレードにも参加しちゃいましょう?」

 快活に笑う彼女の申し出を断れるはずもなく、流されるまま、コースケはめかし込まれていった。

 それから、おめかしを済ませられた宏介は、パレードの群れに向かって行った。念の為に、拳銃も持って。

 そのすれ違いざまで、武装した少年達とすれ違った。


 すっかり夜も遅く、ハロウィンを満喫した道化師姿の宏介は、満足そうにくたびれた顔で河川敷へ戻ってきた。

 しかし、そこで目にしたのは、血塗れになった自分の住居と仲間であったホームレス達の撲殺死体や、散々弄ばれた姿。

 そして、呻き声を聞きつけ、恐る恐る、声を抑えながらそこへ向かうと、高校生ぐらいの少年三人が、既に息のないセンニンをバットで殴打したり、ライターで髪を炙ったり、土下座させたりしているところを目撃する。

「おいおい、しっかりしろよ宿無し。まだお掃除は始まったばかりだぞ?」と、背中を椅子にしながらひとりの少年が言う。

 それに同調する様に、周りの二人も誂うような言動を繰り返す。

 それは、思わず声が出てしまうほどの衝撃であった。

 そしてやはり、センニンで遊んでいた少年達は、その悲鳴を聞き取った。

「おい、誰かいるぞ」

「あ? ……ちょっと見てくるわ」

 少年のうち、ひとりが近付いてくる。

 一歩一歩がスローに感じ、距離が近くなるたび、宏介の心臓音も高まっていく。

 ダンボールの影から鉄橋の柱まで音を立てない様に移動し、息を潜める。

 然し、不審に思った少年は近付いてきた。


 ――見つかったら、殺される。


 宏介は本能でそう察した。

 だから、少年が柱を通り宏介の方へ向いた瞬間、思い切り殴りかかって体勢を崩させ、よろめいてるところを後ろから腕で拘束して首の骨を折った。

 まだ気絶しているだけかもしれない――そう考えたから、躊躇いなく拳銃を抜いて、額を撃ち抜いた。

 撃鉄の音で異変を感じ取った残り二人の方へも向かい、容赦なく射殺する。

 そして、全てが終わったのち、自分のやらかした事に気付いて、一目散に此処じゃない何処かへ向かって、走って行った。


 走る、走る。

 一心不乱に走る。

 病的に痩せこけた身体で、どれぐらい走り続けただろうか。

 後ろからサイレンの音がけたたましく鳴り響いてる気がする。耳を塞ぎながら、トンネルの中で膝をついた。

 息を切らし、吐きそうになり、肺を使って強く呼吸する。心臓が張り裂けそうな気分だった。

「あれ? こんなところにピエロ……?」

 少女の声がした。

 思わず、身を捩る宏介。

「ふーん……。あなた、行くところないの?」

 少女は薄く微笑んだ。

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