Viva la Villain

五里栗栖

第1話

 日本の業都という地域にある、小さな街。

 その年の六月はやけに熱かった。

 発売されたばかりの人気APGの最新作を見に、クラスで一番に手に入れたコースケの家に、いつもの友達三人組で集まっていた。

 三人は皆、八歳の小学三年生で、とても仲良しであった。

 肩越しにカズがゲーム機の画面を覗き見て言う。

「このペンギン! 気になってたんだよ、コースケ。進化したらどうなるんだろうな!?」

「一晩で殿堂入りして、漫画雑誌より早く教えてあげるよ!」

「宿題は良いのか――あちっ」と、お茶から口を離す、トッポというあだ名の、背の高い少年。

「平気平気。夜更しして終わらせれば良いし」

 と、適当に言うコースケに、トッポが溜息を吐く。

「横着者」

「ん? どういう意味?」

「勉強すれば分かるよ」

「意地悪!」

 いつの間にか、コースケから離れてテレビに夢中になっていたカズが叫ぶ。

「おい、皆、見ろよ! 宇宙人の死体だってよ」

「え!? 宇宙人!?」と、驚愕するトッポ。

「すごい! 宇宙人!」と、DSを持ちながら食い入る様に見るコースケ。

「なあ、二人共、宇宙人――興味ねえか?」

 面白い考えが浮かんだ――と言わんばかりに、カズが投げ掛けた。

 それは、今から十七年前の話。


 あるアパートの一室の目覚ましが喧しく鳴り響いている。

 それに耐え切れなかったのか、薄い壁で隔たれた向こう――隣室の住人の壁を殴る男で、二宮 宏介――嘗て、コースケだった男は目覚めた。

 舌打ちをしながら頭を掻いて起き、目覚ましを止める。

 部屋の真ん中に置いてある食卓テーブルを見ると、書き置きと三枚ほどの万札と、作り置きされた朝食が置いてあった。

 いつもと変わらない文言に、取り敢えず目を通し、冷めきった朝食を電子レンジに入れる。

 スマートフォンを弄りながら、温めが終わるのを待った。

 同棲している彼女から起床確認のLINEが来ていたので、返事をしておく。

 二十五歳にしては、煮え切らない現状。宏介は売れないお笑い芸人”ニノマエコウモリ”で、それ以外の何者でもないヒモ男になっていた。

 テレビを点けると、お昼のニュース番組が中継されていた。

 コメンテーターとして出演している男は見覚えのある人物――元相方で、今は人気芸人として引っ張りだこだ。昨年のお笑いコンテストでの実績が功を成したらしい。

 最早、見慣れてしまった画面の向こうの男の話を聞きながら、宏介は温め終わった遅めの朝食を食べ出した。

「では、LGBT問題に対して、どの様な意見をお持ちですか?」

「そうですね。皆さんは他人に少し排他的で無関心ですから――」

 半分ほど食べたところで、また目覚ましが鳴って思い出した。

 今日は月に一回の、カウンセリングを受けに行く日であった。


 宏介の住んでいる付近にあるクリニックはとても寂れており、通院客も少ない。

 受付も適当で、番号だけ確認して、手続きもぞんざい。客への対応もロボットの様なもの。

 宏介の主治医も取り敢えず薬だけ出しておけば――という様な人物で、彼自身の話には何の関心も持たない。

 然し、それでも彼が毎回、毎回、症状の話をするのは、少しでも楽になれば――という思いによるものであった。

「それで、また昔の夢を見て、うなされて……」

「うんうん。そうなんだ。それでね、二宮君、大事な話があるんだけど」

「はい」

「このクリニック、潰れるらしいのね」

「え!?」

「そう――だから、一ヶ月分の薬を処方するから、その間に次の通院先を探してね。必要なら紹介状も書くけど……」

 その日は結局、雑に処方箋だけ渡され、帰らされた。


 通院後、暫くして、所属している芸能事務所へ向かい、先輩や同期の前でネタ見せを行った。

 フリップを使ったツッコミのピンネタで、声の調子や身振り手振りを使って、演技をしながら四分間、ひとりで話芸を行う。

 然し、尽くスベった。宏介は、お笑い芸人の才能が皆無なのであった。

 先輩や同期だけでなく、後輩にすら野次られ、マネージャーには冷たい目で見られ、ネタ見せの後、沈んだ気分で打ち上げに参加した。

 行き付けの鍋料理の店。予約された個室の中で、世話を焼いてくれる先輩達と鍋を囲んでいた。

 大して話もせず、相槌だけ打って食べていると、隣に座っていた男の先輩が肩を組んできた。坊主頭の押しが強い人物で、宏介は少し苦手意識を持っている。だが、事務所で一番売れていて、基本的に主導権を握っている為、無碍に扱うことも出来ないでいた。

「よー、宏介。俺ぁ、いつもお前の面倒みてやってるよな。飯も食わせてやってるしよ」

 酒臭い口臭を漂わせている彼は、すっかり酔っ払っている様子で、宏介は曖昧に笑い返して、事なきを得ようとした。

「お前の同棲してる女よォ。ありゃあ、良い女だよな」

「え?」

「分かってんだろ? 貸せよ」

 様子を見ていた周りが一同に大笑いした。「そりゃあ、良い提案ですね」だの、「俺にもまわしてくださいよー?」だの、下衆な会話が繰り広げられる。

「断れると思うなよ? タコが。今、呼び出せ」

 耳元で囁かれ、宏介は恐怖に震えながら、スマートフォンを手渡した。

 その日、宏介はひとりで家に帰り、それから、彼の同棲相手が家に帰ってくる事はなかった。

 気付けば、一方的に彼女からの連絡が絶たれていた。


 それから、数ヶ月。

 暫くの間、無気力になっていた宏介は処方された薬も飲まず、眠れず悶々としながら、仕事にも行けない日々を送っていた。

 同棲していた女性も何処かへと行方をくらませ、連絡も取れなくなってしまい、そのため、家賃等々生活費を賄えるわけもなく、電気や水道、携帯電話も止められ、そしてとうとう、アパートからも追い出されてしまった。

 近所の公園や橋の下で暮らし、飲食店のゴミ等を漁って飢えを凌いでいた。不思議と、窮地に追い込まれて漸く、彼は生きる気力が湧き始めていた。

 ホームレスになって数日、付近の仲間にも”コースケ”として周知され始めた頃、ひとつのきな臭い噂を聞きつけた。

「反社の抗争ですか?」

 宏介が属しているエリアの元締め的な存在になっている、”センニン”と呼ばれている髭の長い白髪の老人が話してくれた。

 曰く、業都で縄張りを拡げている中国マフィアに、日本県警が本格的に介入を始めた、と。

「こりゃあ、ちょっとした戦争になるんじゃねえかって言われている。俺達、宿無しも身を守らねえとな。そこで――ほれ」

 センニンが差し出してきたのは、拳銃だった。

「ちょっ――これ」

「本物だ。弾も入ってる、確認した。全部で六発。使い方は分かるか? 試すのはオススメしねえが――」

「あの、受け取れないです」

「受け取れ。何が起こるか、分かりゃしねえ。特に俺達みたいな社会のゴミは、簡単に殺されちまう」

 無理矢理に手渡して、センニンは去っていった。

 宏介は息を荒げながら、警察に見つからない様にダンボールの宿の隅に隠した。

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