第8話 幽霊船(フライング・ダッチマン)

「舵はノアが取るんだな」

「当たり前よ」


 ノアが指でモニターのようなものを出して、アルを映す。俺が居た世界と変わらない、インターネットのような技術だ。


「へぇ、通信なんてできるのか」

「゛失われた大陸゛の技術と聞いてるわ。こっちは、プリソスに付けてもらったの。問題なく動くみたい」


『こちらアル、聞こえるか?』

「聞こえてるわ。出航の準備はできてる?」

『完璧だ。進路は任せるぞ、何かあったら言え。深海の森は危険だからな、気を抜くな』


 ありがとう、と言ってノアが通信を切った。

 ノアが両手をかざすとブリッジに光が走り、船が動き出す。


 窓に鏡を見つめてうっとりするスキュラが映っていた。

 横切ると、ノアが軽く手を振ってスピードを上げていく。モニターの赤い点は聖女アルの船の位置、緑の点は一定の魔力以上の海底の生き物を映すと説明してくれた。


「これで、危険があるとすぐにわかるね」

「すごいな。こんな昔に、近代技術があるなんて」

「え?」

「いや、何でもない」


「エノク様、ノア様」

 イリスがにこにこしながらブリッジに入ってきた。


「美味しいパンが焼きあがりました。ご飯にします?」

「お、いいね」

「私は船を軌道に乗せたら食べるわ」

「わかりました」


 イリスに続いてブリッジを出ていく。

 ノアは気合が入っているようだな。集中して、大きな魚の群れを避けながら進んでいた。 

 


 デッキには、簡易テーブルが並んでいた。

着席するとイリスが近づいてくる。

「珍しいな。デッキで食べるの?」

「たまには外でランチもいいと思いまして。あ、深海ですけどね」


 アリスがくるみやアーモンドの入ったパンを並べていた。


 みんな焼きたてのパンと魚を食べながら話していた。エイのような魚が船の外を通過していったが、信頼しているのか、無防備なのか、誰も気に留めないようだ。


 一応、見張っておくか。無防備すぎるのも危ないしな。


 ― 我名はエノク。神の子なり。

   我の元に集いし勇敢なる獣よ、その姿を現せ。

    ユニコーン ―


 真っ白な毛並みのユニコーンが現れる。


『我は主の忠実なる獣ユニコーン。いかがされましたか?』

「あー、特に何もないんだけどさ。この船戦闘力が低いから一応、見張っててくれない?」

『承知いたしました』

 ユニコーンが角を光らせて、翼を青くしてから、船の先端へと駆けていった。


「どうした、エノク?」

「一応ね。見張っててもらおうと思って」

「用心深いな」

 ナナがパンをもぐもぐ食べながら話しかけてきた。


「アルゴール号、すっげーよな」

「大砲もあるんだろ?」

 コディアと小人の魔導士ニコラスが話していた。

確かにな。船の後ろを見るとアルゴール号が付いてきていて心強かった。


「俺ちょっとだけ乗ってみたけどさ、なんか伝説の戦士の士気を感じてきたよ。戦士の船だーみたいな」

「子供だな。ま、私の場合は回復魔法を認められてるんだから、ノアの船で回復能力を研究したいけどね」

「ナナ、よく言うよ。人一倍、攻撃魔法の練習に乗り気だったじゃないか」

 ナナがニコラスのつっこみを無視して、ジュースを飲み干していた。


『我が主よ、ここから南西に0.5海里程度離れたところに一隻の船が見えます』

 ユニコーンが頭の中に話しかけてくる。

「待ってろ、ノアのところに寄ってから行く」

『承知しました』


「ん? エノク? もう行くのか?」

「ちょっと、話さなきゃいけないことがあって」

 くるみパンをくわえて、席を立つ。アルのような仲間になれる聖女の船が深海に居てもおかしくないし、必要以上に怖がらせてもいけないしな。



 ブリッジに戻ると、モニターにはユニコーンの言う船らしきものはなく、アルとノアの船だけが赤印で映っていた。

 くるみパンを無理やり呑み込む。


「ノア、ユニコーンが南西0.5海里くらい先に船を見つけたらしいんだが」

「え? こっちには何も映ってないわ」


 ノアがハンドルを操作しながら確認していた。


『大砲が魔力を溜めています。我が雷と同様の魔力、攻撃しても相殺してしまうかもしれません』

「は?」

 一瞬だ。判断が鈍った。

 俺は、いつもここぞという判断がもたつく。理由は簡単だ。自分の安全が最優先になってしまうからだ。


 何も指示できないまま、気づいたら泡にまみれた物体が窓に映っていた。


「危ないっ」


 バババババーーーーーン



 シールドのようなものが現れて、大砲を無効化した。

 モニターにバチッと電気が走り、アルが映った。


『何をやっている、ポンコツが』

「な・・・何があったの?」

『攻撃されたんだぞ。深海を漂う魔力が急に凪いだのを感じただろ? まぁいい、アルゴール号の力を見せてやろう』


 モニターに映るアルが、自信ありげに船を操作していた。遠くのほうから次々に打たれる大砲を弾いていく。


『言っておくがエノク、ユニコーンに何かさせる必要はないぞ。座って眺めてろ』

「・・・わかったよ」

 

 心の中で集中して、ユニコーンに語りかける。


「ユニコーン、聞こえるか? アルが任せてくれとのことだ」

『承知しました』


 こめかみに汗が伝う。


 さすがアルだ、こっちの船の様子は魔力で感じ取っているのか・・・。


 窓にうっすらと船が現れる。


「なんだあれ・・・?」

『ノアは進路を緩めろ、私が海底に行き、敵船へ大砲を打つ』

「・・・わかったわ」


 アルゴール号が素早く海底から大砲を打ち出した。海水の抵抗をもろともしないスピードだ。

 

 ドドドドドーン



 船が振動し、動揺する声がデッキから響いていた。


「ゆ・・・ユニコーン、聞こえるか? デッキに居る船員を安全なところへ誘導してくれ」

『承知いたしました』

 エノクの魔力があっても、俺は所詮、凡人以下の人間だな。


 攻撃されたとき、瞬時に自分の身を守ることが過るんだ。勇敢な戦士の船に乗ってしまったら、振り落とされるんじゃないだろうか。


 ノアがすごいわ、と言って窓に張り付いていた。地上の文献に残るだけあるな。敵船はアルゴール号の攻撃の素早さについていけなくて、攻撃が止まっていた。


「ん・・・・?」

「でも、どうして、こんなところに、船が・・・・」


「ノア、見ろ。様子がおかしいぞ」



 骸骨だ・・・。


 帆の爛れた船の先端に、確かに帽子を被った人の形をした骨が乗っていた。


「・・・・・」


 ぐるりと首が回った。なぜか、目があった気がした。


「な・・・・」


 突然、泡の中に消えていった。明らかに船は見えたのに。

 一瞬だけ、モニターを切り替えても、何も映っていなかった。


「な、なんだったんだ・・・あれ?」

『・・・・幽霊船(フライング・ダッチマン)だったみだいだな』

「そ・・・・そうね」

 アルとノアが声を低くして言う。


「なんなんだ? 幽霊船(フライング・ダッチマン)って」


「神を罵って沈没させられた船よ。仲間を作るために時間も空間も何もかも超えて、海底を彷徨っているって噂がある・・・」


『あぁ、私も航海中に何度か見たことはあるぞ。用心しろ、海底の森は奴らの住処でもある。永遠を彷徨う仲間を増やしたいためだけに、身勝手に攻撃してくるのだ』


「アル、どうして幽霊船(フライング・ダッチマン)だと思う?」

『幽霊船(フライング・ダッチマン)ならモニターに映らないからな』

「こっちの戦力のほうが強かったのか?」

『いや、多分、向こうは本気ではない。ただ様子を見に来たってところだ。深海の森を通る船はなかなかないからな』


 アルが元の位置に戻すぞ、と言って、ゆっくりと船を海底から離していった。


「骸骨が船に居たの、見えたか?」

「え・・・うん」


 ノアが想像以上に驚いているようだった。


「エノクにはが・・・骸骨に見えたの?」

「ん、まぁ、ちらっとしか見えなかったが・・・」

「そう・・・・」


 手をかざし、一つ一つを確認しながら明かりを灯していった。

 コンパスと海図が浮き上がったところでノアが重い口を開く。


「私には人に見えた・・・」

「ん?」


「デッキの先端に居たのが・・・父に・・・・見えたの・・・・」


 消え入るような声で呟く。


 動揺し、悲しそうな横顔を見たのは、初めてだったと思う。

 深刻な顔に、その場で何も聞き返せず、デッキへと戻るしかなかった。 

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