第7話 アルゴール号の船員

「改めて、アルゴール号の聖女アルだ」


 紹介すると、アルがピシっと気を付けをした。

 三剣士とドーラ爺、大男3人と、リサ含む女剣士2人、他7人がアルゴール号に乗り込むことになった。


「よ、よろしくな」

「こんな子供が聖女アルなのか」


 大男のネピルが俺の腕くらいしかないと驚いていた。


「子供じゃないぞ。200年もの間スキュラに囚われていたのだからな」


「200年!?」


「そうだぞ。船の戦力は完璧だ。200年前のものだが、改造次第でどうにでもなる。だから、よ、よろしく・・・お願いします」

 最後のほうは聞こえないような声だった。アルなりに、かなり緊張しながら話していた。


「すごいぞ、大砲もある。スコープも大分遠くまで見渡せそうだし・・・磨けば使えそうだな」


「この傷は?」

「メッサー海峡沖での戦闘で付いたのものだ」

 マクベスがデッキの手すりの、不自然に色の変わった木を触っていた。


「戦闘は圧勝。私としてはこのくらいの傷なんてことなかったのだがな、優秀な船大工、ルゴスに直してもらったのだ。几帳面な性格でな、わざわざ地上から木材を持ってきて張りなおしてくれた」


「へぇ、伝説は本当だったんだな」

 ダフが髭を触りながら感心していた。マクベスがこっちも見てみろよ、とダフを段差のほうへ連れていった。


「アル・・・今更なんだが、何で歳をとってないんだ?」

「そんなことも知らずに船に乗っているのか?」

「まぁ、記憶が欠けている部分が多くてね」

 船を覆っている膜を指で弾く。


「聖女と呼ばれる船は、船でいる限り歳は取らなくなるのだぞ。あともう一つ言うと、深海は地上の時間の流れとは違うのも覚えておくのだぞ」

「マジか」


「おわ・・・」

「エルバハ、どうした?」

 アルが何か続けようとすると、いきなり大男のエルバハがアルを持ち上げた。


「何するのだ」

「・・・・・」


「聖女アル様、貴女様の船に忠誠を誓います。勇敢な戦士の船に相応しい者になれるように」


 リサが剣を掲げながら言うと、三剣士、デッキに居た全員が剣や杖を出して空に向けた。


「我等も」


 俺も杖を出して、天高く腕を伸ばした。


「・・・・へへ、ありがとうな。こんなこと、久しぶりだ。勇敢な戦士たちよ、アルゴール号をよろしくな」

「承知いたしました」

 アルがぽろぽろ泣きながら笑っていた。


「まずは、俺たちの船を綺麗にしなきゃな。掃除だぞ」


「船大工プリソスを呼んでこよう。大砲は魔法弾を撃ち込めるようにすると、格段に戦力も上がる」

「ふぉっふぉっふぉ、砂はわしが払っておこうかの」

「ちょ、じじい、やめろって」


 ドーラ爺が杖先で床を履く動きをすると、ぶわっと風が巻き起こり、砂を外に出した。うわっと目を覆った。


「ごほっごほ。ドーラ爺、いきなりは止めてくれ。目に砂が入る」

「年寄りは耳が遠くてのぉ」

「このじじい、このままいくと水もばらまくぞ。中に入れておけ」


 みんなが目を擦りながらドーラ爺に文句を言っていると、エルバハに持ち上げられたアルがきゃっきゃ笑っていた。



 杖でぐるりと空気の膜を作る。ノアの船に戻ろうとすると、アルが引き留めてきた。


「どこへ行くのだ?」

「ノアの船に戻るんだよ」

「エノクはこっちの船に乗るのではないのか? 戦闘員だろ?」


「戦力がこっちに固まりすぎたら、それはそれで危ないってね」

 ノアに無理やり引き留められただけなんだが・・・。


「じゃあ、掃除は手伝わないのか? 私の船だぞ」


 アルがデッキの手すりに腰をかけながら、足をぶらぶらさせている。


「だって、ほら。ほうっておいても、今日一日で船がきれいになりそうだろ?」

「確かに、そうだな・・・」


 クラウがリサに怒られながらモップをかけている。

 エルバハが高い位置から船を見渡して、掃除の指示を出していた。


「・・・夢のようだな。アルに船員が戻ってくるなんて・・・掃除をしている船員を見ると、あの時が戻ってきたみたいだ」


「ちょっと、エノク、いつまでここにいるの?」

 ノアがものすごい勢いで船に乗り込んできた。圧で、船が少しだけ動いた。


「い、今、戻るところだったんだって」


 ふうん、と言ってアルのほうを睨みつける。


「貴女が聖女アルね」

「そうだ。聖女ノアだな?」

「ええ。貴女って、随分子供なのね」

「そっちこそ、随分おばさんなのだな」

「お、おばさんですって?」

「本当のことだろ?」

 アルが腕を組んで、バチバチと喧嘩腰に話していた。まぁまぁと間に入ろうとすると、ノアに止められた。


「助けてもらって、礼もないのかしら?」


「礼ならエノクに言ったぞ。私を檻から出してくれたのは、エノクだからな」


 へぇ、と言って、こちらを見てきた。俺を巻き込むなよ。


「え・・・と、ほら、ノア、スキュラとの絵は描いてもらったのか?」

「うん。ラーファが船室で描いてくれてる。部屋で描いたほうが落ち着くんだって」

「だよな・・・」


「よかった。深海の森での思い出が増えたわ。これから、もっともっと増やしていきたいな」

 ノアが弾んだような声で話す。


 ラーファも驚いただろうな。元の姿は美女だったとはいえ、今は海底に住む怪物だもんな・・・。普通、間近で歯が三段ある化け物見たらビビるよ。


「能天気なポンコツが・・・・」

 アルが小声で呟く。


「聖女アル」

「なんだ? 言いたいことでもあるのか?」

「聖女ノアとして、感謝するわ。クラーケン討伐に力を貸してくれること、心強く思うわ」


「・・・・あぁ」

「よろしくね」

 ノアがすっと手を出した。


「誇り高き戦士の船、アルゴール号の聖女アルとして、恥じぬ働きをすることを約束しよう」

「ありがとう」


 アルが手すりから降りて、ノアの手を取る。

 固唾をのんで見守っていた周囲から拍手が起こった。


 ぎりぎりと手を握って、痛いだの、ポンコツだの文句を言いあっていたが、とりあえずほっとした。



 ノアの船のデッキでは、イリスとアリスが土を運んでいた。


「エノク様、おかえりなさい」


「ノアとアルは大丈夫でしょうか?」

「あぁ、若干揉めてたけど何とかやってるよ」


 ノアは偵察すると言って、アルの船に残ったままだ。

 イリスがノアは子供っぽいところがあるからと頭を抱えた。


「こっちの船は? 何してるの?」

「プリソスに少し改装してもらってるんです」

 アリスが手を伸ばした先で、プリソスが箱のようなものを取り付けていた。


「ここで癒しの薬草を育てられるようにするのです。あと、地上でとれる野菜も育てて、美味しい料理を提供できるよう頑張ります」


「こっちはこっちで、気合はいってるな・・・」

 イリスとアリスがはいっと勢いよく頷いた。


「二人は戦闘員じゃないの? 強いって聞いたけど」

 二人が顔を見合わせる。


「もちろん、私たちはドラゴンの血が入ってるから力はありますけど」

「基本は回復専門の妖精族です」

「えっ、ドラゴンっつった?」

こんなに可愛いのに?


「はい、言ったことありませんでした? 私たちドラゴンと妖精族のハーフですよ」

 えー、ドラゴンの要素あんまりないような・・・。


 いや、言われてみれば、目つきとかドラゴンっぽい気がしたが・・・・。そりゃセイレーンの歌も効かないよな。


「その気になれば、イリスも私もそこら辺に居る海底の怪物なんて捻り殺せます」

 アリスが片手で土を持ったまま、腕をまくってみせた。

「・・・・はは、頼もしいな」

 俺、戦力的にいうと、別にどっちの船でもよくね?


「エノク、ちょっと魔法見てもらっていい?」

「ん? あぁ、いいよ」

 回復魔法専門の妖精族のナナが、ひょっこりと部屋から顔を出して、話しかけてきた。




 船内にあったテーブルは端に寄せられていた。

 サーペント族の女の子たちや船医のコディアが風船のような魔力の物体に、風や水の魔法をあてていた。


「魔法の練習してるのか・・・」

「私たちは戦闘員じゃないんだけど、咄嗟に魔法を使えるようになりたいの」

「へぇ、向上心があるんだな」

「トレストリア王国から命を受けた、ノアの船員だから」

 みんな誇りをもって船に乗ってるんだな。

 トレストリア王国だかなんだか知らないが、ぶっちゃけ俺は穏便に生きられればいいんだけどね。


 ま、俺の場合は全然意図せず乗ってる立場だしな・・・。


「ナナ、杖の構え方が違うんだよ。攻撃魔法は、回復魔法と違って、こうやって杖先を上げて集中するんだ」


「あ、そっか」

 ナナの杖の先を持ち上げた。


「あと、ナナの魔力は見た感じ炎よりも電気系だ。放電するイメージを持つといい」


「ありがとう」

 こっちを見ていたコディアが寄ってくる。

「お、俺もお願いします」

「ごめん。俺が見る限り、コディアには攻撃魔法の才能が全くない。諦めて、回復魔法に専念しろ」


 トンと肩を小突いた。


「そんなぁ・・・」

 船内に笑い声が響く。コディアの近くにいた男たちも、攻撃魔法を覚えたいと群がってきた。


 一人一人に合う魔法を伝えていくと、できないのはコディアが俺だけかよ、と後ろを付いてきた。それはそれで美味しいだろ? と慰めると、まんざらでもない顔をしていた。



 アルの船からどーんという大砲のような音が聞こえると、アルの船から歓声が沸き起こっていた。

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