第6話 わがままな聖女
― グラウコス ―
牢獄に光が入り、カチャっと前の格子外れる。
「おおっ。やったな、アル」
「あ・・・・・」
アルが驚いたまま海底に落ちていく鉄格子を眺めていた。
「よ・・・よいのか? 出ても・・・」
「スキュラがいいって言ってたから、いいんじゃね?」
戸惑うアルの腕を引っ張って檻から出した。アルが抜けると、檻ごと海底の砂に落ちていった。
「ほら、どうだ? しばらくぶりの海は」
「・・・・・・」
ぐすぐすと鼻水を拭っていた。
「・・・最高だ。檻の中で感じる水温と全然違うな」
目を閉じてゆっくりと下に降りていく。
「船は・・・?」
「もちろん、私を待っているに決まっておる」
楽しそうに海を漂っていた。こんな日が来ると思わなかったと、呟いていた。
アルが両手を伸ばして、勇敢な船アルゴール号よ、と叫ぶ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・
砂の中から大きな船が出てきた。
ノアの船と同じくらいか・・・少し大きいくらいだ。
木造の船で、真っ白なペンキははがれかけていたが、表面に描かれた装飾は形を保っていた。ノアが船に降りていくと、ガラスのような膜が張られ、光の屈折でピンク色にも見えた。
「お前も来い」
「ん? 俺も?」
「誰かに見せたいのだ」
ぼうっとしていると、アルが声をかけてきた。杖を下に向け、アルの船に降りていく。
「おっと」
ずっしりと傾いて、手すりに掴まった。
「状態はそのままだな」
「200年も埋まっていたのに?」
「そうだ。スキュラだな、コレクションというからには綺麗な状態で保存しておいていたのだろう」
「ん? この帆の柱にある大きな傷は?」
「スキュラに沈められたときに付いたもの。あ、これは215年前の海峡沖での大戦のときに付いた傷なのだ。死闘だったのだが、私の船の勝利だった」
「・・・・・・」
アルが傷を触りながら話していた。
確かに、ノアの船よりも傷が多い気がするな。戦闘用の船だったんだな。
「懐かしいぞ、船員よ。アルが帰ってきたぞ」
「・・・・・・」
太い柱におでこを付けていた。
「じゃあ、俺は、これで・・・・」
「待て、操舵席も見ていくのだ」
がしっと手首を掴んで走り出した。
「お? 俺も?」
「そうだ。せっかくだから見せてやる」
無理やり引っ張られていく。
木造なのに腐敗しなかったんだな。砂が多いものの、比較的綺麗なままなのが信じられなかった。
ブリッジはノアの船よりも、ボタンが多い気がした。
コンパスや海図は地面に落ちて泥をかぶっている。アルが操舵席に座って、ハンドルの泥を拭った。
「動きそう・・・なのか?」
「もちろん、勇敢な戦士の船なのだぞ。当たり前だ」
何かを呪文のような言葉を発すると、砂が落ち、泥が落ちて、デッキの中がオレンジに光り出す。
「聖女アルはアルゴール号と共にある」
ぐぐっと船が軽く上昇して、砂の上に降りた。
「ノアという者、一見ポンコツに見えたが・・・違うのだな」
「うーん・・・」
ノアの考えてることは、俺にもわからないな。スキュラのための鏡も持ってきていたし・・・。
「まぁよい、お前らには感謝しかない」
「そういや、グラウコスって何なんだ? いまいちピンと来ない呪文なんだが・・・」
エノクの使っていた呪文は頭に浮かぶが、知らない言葉だった。
「それもそうだろ。その名は、魔女がスキュラを化け物の姿にすることになった動機の海神の名前だ」
「うわ。なんでまた、そんな名前を檻の鍵にしたんだよ」
「海神グラウコスが惚れるということは、スキュラにとっては檻に囚われるようなものだったのかもな。あんな奴の言うこと、わかりたくもないが」
「幼女なのに、よくそこまで推測できたな」
「200年以上は生きてるぞ」
にんまりとしていた。閉じ込められていたとはいえ、俺より生きてるんだもんな。
「お前らは、なぜ海底の森なんか通ったのだ? 普通の船ならば通らないものを」
「クラーケンの討伐を依頼されたんだってよ。トレストリア王国とかいう名前だったかな? 忘れたが・・・」
「王国の名前があやふやとは忠誠心の欠片もないのな。それでも、大魔導士か」
「まぁ、俺は半端もんだよ。船員はしっかりしてるさ」
嫌なことに首突っ込まず、適当に生きられればいいと思ってるしな。
「そうだろうな」
アルが前を向く。
「クラーケン討伐か、私も協力しよう」
「え? 今なんて・・・」
「私も協力する言ったのだ」
アルが大きな声を出した。
「勇敢な戦士の船だ。数々の困難も乗り越えてきた船、大砲なども揃っている」
「ありがたい申し出だが・・・」
俺一人では決められないんだよな。第一、ノアとアルの船に乗る船員分けをしなきゃいけないだろ? 面倒くさいな。
「話し合ってくるといい。お前はどうせ、半端者なのだろう?」
「そうだな。聞いてみるよ」
「頼んだぞ。船は船員いてこそ、船となる」
アルがレバーなどの動きを確認していた。地図もコンパスも中心に浮かび上がり、船が生き返ったのを感じた。
デッキに出ると、ちょうどノアが船に帰る途中だった。
「あれ? エノク」
杖で膜を描いて、宙に浮く。ノアが目を丸くしてアルの船を見ていた。
「すごい船、これは、もしかしてアルゴール号なの?」
「そう。アルの船だよ」
「文献よりも、はるかに立派な船ね」
ノアの横に行くと、すっと止まって杖の向き先を変える。
「アルゴール号、綺麗なままにしてあったのね。さすがスキュラ・・・」
「ノアはもうスキュラと話し終わったの?」
「ううん。これから、ラーファを呼んで絵を描いてもらうの」
そういえば、ツーショット的なものが撮りたいとか言ってたか・・・。
まぁ、事情を説明したスキュラなら大丈夫だろう。
「アルと何を話してたの?」
「そうだ。アルがクラーケン討伐に手を貸してくれるって話しててさ」
「・・・・え? 聖女アルが私たちと・・・・?」
ノアが髪をとかしながら、びっくりしていた。言葉が出てこないようだった。
ひとまず、船員に話してからにしようと、デッキに降りていく。窓のカーテンがうっすら開き、大男が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫だったのか? 二人とも」
「あぁ、スキュラに戦意はないよ。普通に通っていいって」
剣を持って駆け寄ってきたマクベスとダフとクラウに告げる。
「さすが・・・エノク様だ」
「いやいや、俺じゃなくてノアがね」
「実は、友達になっちゃった」
にっこりと首を傾ける。少しの間があった後、えーという声が響いた。端っこで寝ていたドーラ爺もむにゃむにゃ言いながら起きてきた。
「スキュラと・・・あの化け物と?」
「もう、この船はスキュラの化け物っていうの禁止」
ノアがマクベスに怒る。俺のほうに何か言いたげに顔を向けていた。
「まぁ、まぁ、いろいろ話し合った結果、スキュラがいい奴だったってことだ」
「話し合いで収めるとは・・・さすが聖女ノアとエノク様だ」
ワアアアアア・・・・
歓声が上がる。
まぁ、俺は何もしていないんだけどな。計ってかどうか知らないが、ノアの作戦勝ちだ。
「あと、もう一つ重要なことを話さなきゃいけないの」
ノアが深刻そうな表情をする。
「聖女アル・・・勇敢な戦士の船、アルゴール号が、クラーケン討伐に協力してくれると言ってくれたらしいわ」
「それは本当なのか?」
マクベスが詰め寄る。
「あぁ、船員、居てこその船だって言ってたからな」
話しが聞こえたのか、遠くに居たイリスとアリスが、山積みされたパンを持って、飛び上がって喜んでいた。
「そこで重要なことよ、誰がノアに残って、誰がアルに乗りたいのか・・・」
「・・・・・」
ノアがぐっと手を握って、みんなに問いかけた。
「えーと・・・いやー、ノアの船もいいけど、アルにも乗ってみたいなーなんて」
「そうそう。クラウの言う通り」
「俺はもちろんノアの船が一番だけど、みんな乗らないって言うなら、アルに乗ってもいいかなって」
みんなノアに気を遣ってはいたが、アルの船にも興味があるようだった。そりゃ、そうだよな。勇敢な戦士の船とか言ってたし。戦闘力ありそうだったしな。
「うぅ・・・みんな、アルを選ぶの?」
「違う違う」
青い瞳を潤ませてみんなのほうを見る。マクベスが何か言ってやれよと言わんばかりにこっちを見てきた。
「ほら、ノアの船って、ぎゅうぎゅうな部分あるだろ? ちょっとゆとりができたほうが、いいかなとか・・・」
「エノク、今まで狭いって思ってたってこと?」
「そうじゃないって」
ノアが胸倉を掴んできた。
うーん・・・面倒だな・・・。何て言ったらいいのか・・・。
「ノア、戦闘に備え、魔法の練習などもしたいのです」
「そうです、そうです」
「私たちも妖精族から選ばれたのです。三剣士のように、咄嗟に戦えるよう訓練したいのです。ここで、魔法の練習すると、みんなに迷惑が掛かってしまう」
サーペント族の女の子たちと、妖精族の子がノアに訴えていた。
「ほら、俺もさ、戦力は多いほうがいいと思うし。実戦を想定した船に乗り込む船員と、回復用、戦闘を想定した練習段階の船、二つに分けて、クラーケン討伐に向かったほうがいいんじゃないかな? って・・・」
「・・・わかったわ・・・冷静に考えるとそのとおりね」
ノアが渋々了承していた。ふうっと息を付く。
「エノクは、どっちに乗るの?」
「俺?」
長いまつ毛でじっとこちらを見ていた。
「俺はもちろんノアの船に乗るよ。ハハ・・・」
頭を掻きながら言う。正直、どっちでもいいが、ここでアルの船と言えないだろうが・・・。
「じゃ、まぁいいわ」
ツンとしてラーファを呼んでいた。緑色の帽子を被った背のひょろ長い男がラーファらしい。筆とスケッチブックを持っていた。
はぁっと長いため息を付く。ダフが何もかも察したような表情で、お疲れさんと肩を叩いてきた。
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