第5話 真実の姿

 デッキから戻ると、ざわついていた船員が一斉にこちらを見た。

 マクベスが緊張した面持ちで話しかけてくる。


「ノアと・・・スキュラの様子は・・・?」

「あ・・・え・・・と」

 圧倒されながら、言葉を選ぶ。

 ノアがスキュラに憧れていて、とか言ったら面倒なことになりそうだからな。


「俺とノアとスキュラで話をすることになった。これから行ってくる。みんな、心配しないように・・・」

「ど、どんな? まさか、生贄を要求されているわけじゃ」

「いやいやいや、心配するな。え、と、あれだ。いい意味での話し合いだ」

「話し合いってどんな?」

 クラウがぐいぐい迫ってきた。


「女が居たほうがいいのであれば、私は女ですが立派な剣士です」

 リサも近づいてくる。剣士だったのか・・・。


「私がノア様とお供いたします」

「いや、本当、大丈夫だから。信じてくれ。そう、交渉に行くんだよ。俺とノアで、誰も傷つかない方法を模索しているんだ」

「・・・・・・・・・」


 少しの間が、長く感じられる。俺、ボロは出してないよな・・・。


「・・・・・・なるほど。エノクが信じてほしいというのであれば、俺らも二人を信じよう」

「大魔導士エノクが付いてるんだから、心配する必要ないな。そうだろう?」

 マクベスが周囲に問う。


「わかりました。仲間を信じるのも、船員の役目です」

 リサが細い剣から手を離した。

 船内が、そうだな、という頷きに変わった。


「じゃあ、行ってくる」

「気を付けてください」

 任せてくれと言って、すぐにドアを閉める。

 ふうっと息を付いた。

 こうゆうときに、するすると出てくる何かを誤魔化す言葉には自信がある。昔からな。




 デッキに出ると、すぐにノアを見つけた。

 丸いシャボン玉の中で、海底の岩に座って、スキュラと話をしていた。


 楽しそうだな・・・。


 俺がクズなら、ノアも船としてはポンコツかもな。

 船員たちも、これから苦労するだろうな、って思っていた。


 両手を広げて、丸い円を描く。


― ヤム アヴィール(海の空気) ―


 ふよふよした薄い膜の中に入った。

 円が浮き上がると、杖を取り出して円の形を整える。

 船を包んでいた膜から抜けて、杖先が示すほうにゆっくりと動き出した。


 海に出ると、少しだけ肌寒かった。

 赤い小さな魚の大群が横を通過していく。最後尾の魚がちょっと膜を突いていった。


「その者」


 籠の中で放置されているアルが話しかけてきた。

 ちょっとだけ、震えた声だ。


 籠は鋭く伸びたスキュラの爪に引っかかっていたが、スキュラはノアとの会話に夢中で、全くこちらを気にかけていなかった。


「え、俺?」

「しかいないだろう」

「・・・だよね」

 そうっと通過しようとしたが無理だった。


「助けに来てくれたのではないのか・・・」

「いや、通りがかりっていうか」


「なんで、ノアはスキュラと仲良さげに話しているのだ?」

「それは、俺もよくわからん」

「ふん、使えぬやつが」

 生意気だな。さっき遠くで見てたときは、泣きそうな声を絞り出す、幼い少女だったのに・・・。


「君はアルっていうの?」

「そうだ。勇敢な戦士の船、聖女アルだ」


「その船は?」


「・・・・スキュラに砂の中に沈められておる。船員は私が捕まっている間に、脱出してくれた。それだけは・・・よかったと思ってる」

「へぇ・・・」

 凛としながら話していた・・・が、内心そんなことはないよな。


「・・・船員に会いたいとは思わないの?」


「思わないことはない・・・けど、もうこの世にはいないだろう。私が沈められて地上では200年の年月が流れておる」


「200年!?」


 なるほど。レースの付いたスカートを履いていたが、全然、幼女じゃねぇな。

「お前、頭よさそうなのに、中身が全然ないのだな」

「お前こそ、態度のでかい幼女だな」


「ふん、お前の場合見掛け倒しだろうが。私はアルゴール号の聖女だぞ」

「あ、そ」


 胡坐をかいて、アルと視線を合わせた。膜がふんわりと波打つ。


「何して200年も過ごしてたんだ?」

「・・・籠の中で寝たり起きたり、魚と遊んだり・・・だな。スキュラはコレクションとして私を捕まえたが、コレクションはコレクションだ。集めれば興味は薄れる」

「ふうん」


「ただただ、厳重な籠の中に居ただけだ。船員も誰も、ここに来てはくれなかった。スキュラも、別に話しかけてこない」

「ほぼ、200年引きこもりってやつだな。それはそれでいいじゃん」


「・・・・・」

 ぎろっとこちらを睨みつける。


「ごめんごめん、冗談だって。全然そんな風に、思ってないよ。寂しかったんだろ? 無関心ほどつらいものはないもんな」

「・・・そうだな。深海の森はいろんな顔を持つが、思いっきり日光を浴びたくなる。勇敢な戦士が乗っていた頃、私は魔力も尽きぬし無敵だったのだがな」


「スキュラってそんなに強いの?」

「あぁ、スキュラに熱烈に惚れ込んだ海神への魔女の嫉妬から、化け物に変えられた女だからな。神の愛と魔女の嫉妬の入り混じる、海では最強クラスの魔力を持っておる。私も一瞬で捕まってしまった」


 アルが籠の底に綺麗な貝殻を集めていた。

「え? 最初から化け物じゃないんだ」

「何を言ってる。お前の目なら、よく見ればわかるだろ」

「・・・・・」

 腕を組みながら言われた。全然わからない。


「スキュラにはこっちの話は聞こえてないのか?」

「あぁ、ノアとかいう者、相当話が合うのだな。向こうに夢中で、こちらの話などは聞こえていないのだろう」

 寂しそうにしながら、背中を向けた。


「もう行け。ノアとスキュラと話してくるのだろう?」

「あぁ」

「久しぶりに人間と話せて楽しかった」


「じゃあ、また、後でな」

「え・・・・?」


 立ち上がると杖を向けて、ノアのほうに向かった。

 アルが何か言いたそうにしたが、何も言わずに座り込んでいた。

 


 杖から伝わる魔力を確認する。

 殺気のようなものは・・・どこからも感じられないな。


「ねぇ、スキュラ。スキュラはどんな男性が好みだったの?」

『我は・・・そうだな。尾とうろこのある男性は苦手だな。色白のイケメンがいい・・・』

「わかるー。私も尾が付いてる人はちょっと苦手なの。いい人でも、好みじゃないって言うか。私はね、落ち着いた雰囲気の人が好きなの」

『ほぉ、年上好きってとこだな』

「そうそう。私のことを理解してくれるような・・・』


「・・・・・」

 女子トークか・・・。きっついな。


 ノアと話している顔のスキュラが饒舌に話していた。

 他の5つの顔はちょっと照れながら聞いている。


「あー、どう? ノア、話は弾んでる?」

「エノクー。ありがとう。船員のみんなは?」

「あ、ゆっくり話してきてって」

「よかった」

 満面の笑みを浮かべる。芸能人に会ったような感覚なんだろうか。


『お前は、大魔導士エノクだな』

「一応ね」


 縦長の瞳孔でのぞき込む。


『神々に愛されし魔力なのに・・・よく見たところ中身は凡人って感じだな』

「おうよ。凡人の中の凡人、エノクだ」

 言いたい放題だな。尻尾で砂をはたいていた。


『ふむ、見た目は中の上、中身は下ってとこか』

「・・・なんとでもいってくれ」

 横の顔がしゃべった。厳しいっていうか、鋭いな。


『ノアの話を聞いていると、我も地上に出たくなってきたな。昔は砂浜で妖精たちと会話するのが楽しかった』

「ねぇスキュラ、私、スキュラにプレゼント持ってきたの」

 布鞄をごそごそ開けていた。 


「じゃん、鏡よ」

『鏡?』


「見て、この鏡は地上から持ってきたんだけど、真実の姿を映すの」

「真実?」

「そう、覗いてみて」

『・・・・・・・・』

 スキュラが鏡を覗き込むと・・・・・。


 髪の長い、美しい女性が映りこんだ。


「え?」

 戸惑いながらスキュラとノアを見つめる。


『これは・・・・地上に居た頃の、我だ・・・』

「そ、そうなの?」

 アルの言った通りだ。スキュラが鏡に食いついていた。

 隣の顔は、ぼろぼろと涙を流している。


『なんという・・・・もう二度と、見れないと思っていた』

「スキュラ、この鏡をあげるわ。これがあれば、昔を忘れることはないでしょう?」

『あぁ、ありがとう・・・』


 なるほどな・・・・。よく見れば・・・か。


「じゃあ、俺も」

 杖を取り出して、鏡をこつんと叩く。



― 我名はエノク。海に愛されし、神の子なり。

  我が言葉は、真実の望みを叶える。

  ガヴィール(大きく) ―


 鏡がスキュラの顔と同じくらいの大きさになった。


「まぁ、俺だとこれくらいまでしか大きくできないけど、さっきみたいに小さいよりはマシでしょ」

『ありがとう、ありがとう。なんとお礼を言っていいやら・・・・』

「私はスキュラの今の姿も可愛いけど、スキュラがいいって思う姿はこの姿なんだもんね?」


 獣のような両手で鏡を持って、何度も何度も頷いていた。

「よかった」

 ノアが嬉しそうにしていた。


「ねぇ、エノク。私、もう少しスキュラと二人っきりで話したいの。先に船に戻っていてくれる?」

「わかったよ。女子トークに俺は必要ないしな」

 この分だと二人にしても問題ないだろう。攻撃的な魔力は一切感じないからな。


『待て、エノクよ』


「ん?」

『先程、アルと話していたな』

「あ、聞こえてたんだな・・・」

『当たり前だ。アルは解放してやろう。鏡のお礼だ。その杖を檻の中に入れ、 -グラウコス― と唱えるといい』


「へぇ、知らない呪文だな。どんな意味があるの?」

『我が檻の・・・厄介な奴の名だ』


 どうゆう意味は全くわからなかったが・・・。

 ノアが大丈夫、と言って頷いていた。


「さんきゅ、スキュラ。ノア、先行ってるよ」

「うん」

 杖を前に向けて、泡の膜を動かした。

 スキュラとノアから離れると、また楽しそうな会話が聞こえてきた。


 ノア・・・どこまで、知ってたんだろうな、と思いながら杖を握りしめた。

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