第4話 海底の森に住むスキュラ
窓の外を眺めていると、クラウが話しかけてきた。
「やぁ、どうした? 外ばかり見て」
クラウは三剣士の中でも若いほうだ。20歳前後というところだろうか。
「あぁ、これが深海の森か、って」
「確かに、なかなか見ない生物が多いよな」
船が深海の森に入ると、急に明るくなり、漂う生き物に変化があった。大きな海草のようでいて、目があったり、手足の生えた魚が海底を歩いていたり、色の変化するクラゲだったり、奇妙な生物ばかりだった。
「深海なのに明るいんだな」
「深海の森は特別だよ。神のいたずらか、砂が太陽光のような光を放っていると言われている。ま、俺も詳細はわからないけどね」
「へぇ」
深海の森に漂う魔力は確かにさっきと違った。
肌で感じていた空気が、徐々に生温かくなっだようだった。なんとなく・・・だが。
「ダフが、エノクは目を覚ましてから俺みたいになったとか言ってたよ」
「ハハ、その通りだよ」
「変わったな。エノク」
いきなりエノク様だとか言われても、肩が凝る。
「さっきの魔法綺麗だったな」
「あぁ、あれをやると妖精族が喜ぶんだよ。俺は剣のほうが得意だけどさ」
「どうしてクラウはこの船に乗ろうと思ったんだ?」
「王国から、直々に命を受けたからさ。エノクは当たり前のことなのかもしれないけどさ、俺たちにとってはかなり名誉のあることなんだ」
「ふうん」
「俺の親父は代々鍛冶屋をやっててさ。跡を継げってうるさかったんだけど、これでやっと認められたんだ」
自信満々に話していた。
クラウの魔力の波動は高いように感じられた。きっと、未来があるんだろうな。
「クラウ、何ぼうっとしてるの? 今日は皿洗いの当番でしょ?」
「あ、そうだったっけ? ごめんごめん」
剣を持った少女が腰に手をあてていた。
「もう、やっておいたけどね」
「リサ、ありがとう」
「私の当番のとき、よろしくね」
長いポニーテールを揺らしている。耳が尖っているから、妖精族だろうか。
「あ、エノク様。セイレーンの討伐、お疲れさまでした」
「はいはい」
「さすがです。咄嗟にお役に立てず、申し訳ありません」
「いや、いいって」
くりっとした目でこちらを見てきて、勢いよく頭を下げてきた。
この子は何の能力を持ってるんだ? あとでさりげなく聞いてみるか。
ドドドーン
船に急ブレーキがかかったようだ。窓枠に掴まった。
「うわ、ノア、操舵ミスったのか?」
「否、この感じは違う」
クラウが食いつくように窓の外を眺めた。
「見ろ。船に海草が絡まっている」
「え?」
緑色の蔦のようなものが船に絡まっていた。
「海草に突っ込んだのか?」
「ノアが深海の海草に掴まったんだ。何者かに・・・」
電流が走るような、びりびりと痺れるほどの強い魔力を感じる。
船内が動揺していた。ドアを開けて、様子を見ようとデッキに向かおうとする人たちを止める。
「出るな、危険だ」
「エノク、ノアの元へ」
走って、クラウとマクベスと共にブリッジのほうに向かう。
「何かあったのか?」
ノアが操舵を止めて、じっと前を見つめていた。
「・・・スキュラよ」
びくっとする。なんだこれは・・・。
船くらいある女性の顔がこちらを覗き込んでいた。
体は青く下半身は海に透けていて、口を開くと三重の歯が生えている。恐ろしい見た目だ。
「私、行くわ」
「行くって、こんな化け物・・・」
ノアが船をゆっくりと砂に沈めると、ふぅっと息を吐いた。立ち上がってブリッジから出て行く。
クラウとマクベスが剣に手をかけたまま固まっていた。
「我等も・・・」
「俺が行く。みんなは船内で待機しててくれ」
「わかった。ノアを頼む」
悲しい目をしている。直感で、少人数のほうがいいと思った。ノアに続いてデッキへと向かった。
「スキュラ、私は聖女ノアよ」
『戦闘員を連れた船だな、ここに何をしに来た?』
「・・・・・」
『応えぬなら、問答無用で沈めるだけ』
「待って」
ノアが船の先端に立ち、スキュラに話しかけていた。
「危ない」
いきなり、スキュラが毒霧を吐いてきた。すぐに手をかざし、詠唱を省略する。
― マゲン ケラフ(氷の盾) ―
氷が砂から岩のように突き出して、スキュラの毒を弾いた。
「ノア、何なんだ。こいつは」
「スキュラ・・・・海底の森に住む・・・女王と言う人もいるわ」
『魔導士か。こざかしい』
氷の壁がパラパラと砕けると、後ろから同じ顔の女が出てきた。
いや、体が繋がっていて、顔が複数あるんだ。
『その男はなんだ? 神々の匂いがする』
違う顔が首を伸ばし、ぬっと出てきて話に入ってきた。
「俺はエノクだ。神々とか知らん」
前に出ていく。
『我は神のいたずらにより海底に閉じ込められた、スキュラだ。神々に愛されし、船乗りはみな、我の敵。嘘を付いて、刃を向け、ここを通ろうとする。愚かな奴どもよ、我には嘘も刃も効かぬぞ』
「何があったんだ? こいつに」
鬱々とした目で、こちらを睨みつけてきた。
『その女、聖女ノアと言ったな。聖なる船か。くく・・・我が沈めた船のコレクションの一部を見せてやろう』
「・・・・」
ノアが目を逸らした。
スキュラの後ろの顔が伸びていき、爪の長い手で鳥かごのようなものを引きずり、持ってきた。
「なんだ?」
中でうずくまっていた一人の女の子がこちらを見上げる。ツインテールの小さな子だ。
「誰・・・なの?」
海の音に混じって、微かに声が聞こえる。
「ノア、あれはいったい・・・」
「聖女アルよ。勇敢な剣士の船だったけど、スキュラに沈められたと聞いているわ」
「聖女? あんな小さい子が?」
『よく知っておるな。地上に文献などほとんどないものを』
「・・・・調べたもの。スキュラのことは何でも知ってるわ」
やばいんじゃないの? これ・・・。
「誰なの? 助けに来てくれたの?」
アルが格子に掴まって訴える。
『彼女は永久に我が手元に・・・』
「・・・ッ」
いつ、攻撃が来てもいいように構えていた。
三剣士を呼んでくるべきか? いや、ここは俺一人のほうが戦いやすそうだな。
「ノア、ここを通るってことは何か理由があったのか?」
「うん」
『ふふん、何もかも知っていたようだな。我に勝負を挑みに来たのか』
「私にとっては、ここしかなかった。だって・・・・」
ノアがなぜかこちらを見てから頷いた。
「海底の森通って、スキュラに会ってみたかったんだもん」
「な・・・・なんで?」
「だって可愛いんだもん。憧れだからよ」
っと・・・・。
・・・・・・。
頬を押さえて少し顔を赤くした。
「・・・そ・・・それだけ?」
「そうよ。重要なことよ」
両手を握りしめて堂々と言った。
「よく見て、スキュラって、すごい美人でしょ」
「お・・・おう」
び・・・美人? 美人って言ったのか?
「あぁ、やっぱり間近で見るとさらに美人よね」
聞き間違いじゃなかった。美人っつってた。
『・・・・・・・』
「・・・・・・」
スキュラと目が合う。頭六つあるし、下半身蛇みたいだし・・・。歯が三重になってるんだが。さっきからすっげー、よく見てるんだけど、全然わからない。
でも、ノアは嘘ついてるようじゃなさそうだし。
「ねぇねぇ見て、頭六つとも可愛いなんてありえなくない? こう・・・・海底にいるミステリアスな感じも素敵だし、強いし。あ、エノク見て。実はあのうねうね動いてる髪、私もちょっと似せてるんだけど、どう思う? 似てるでしょ?」
「そ・・・そうだね」
水色って部分だけ同じだと思うよ。
「へへ、なんかそういわれると照れるね」
もじもじしていた。
俺、褒めたのか? 船ってなんか美的感覚違うのか? 彼女が天真爛漫なだけか?
「き、聞いたか。スキュラ・・・が美人だったから、だそうだ」
『そ・・そうか?』
前に居たスキュラが顔を赤くして狼狽えていた。
まんざらでもないのかよ。
「で、できれば、お近づきになりたいなって」
「あ・・・うん」
「それでそれで、本当はね、今、実は蔦に絡まってて嬉しい部分があるっていうか・・・そうゆう癖があるわけじゃないのよ。なんか、スキュラの魔力に触れられてて嬉しいっていうか・・・」
「あ・・・そう。よかったね・・・」
こっちは、さっき毒霧吹きかけられたんだが・・・。
てか、アルがぽかんとしてるぞ。向こうの船、捕まっちゃってるしな。
「だから、この船、スキュラのところで一時停止するわ」
「そ・・・そう・・・・」
「あとでラーファに絵を描いてもらおうと思ったの。スキュラと二人で」
「うん・・・」
ツーショット写真的な感じか? なんか、ノアの船員も大変だな。
『お・・・お前らは、今までの奴らと違うようだな・・・』
「お、おう」
全然、違うだろうな。
『話を聞こうか』
船を縛っていた蔦が少し緩んだのを感じた。
「え、本当? なんか、私だけ得しちゃって悪いかな? みんなも連れてきたほうがいいかな?」
「いや、俺たちだけで話そう」
きっぱり言う。船員が見たらビビるだろうからな。
『ここは我の海草が守ろう。ノア、エノク、と言ったな。お前らと話をしよう』
「・・・うん・・・・ありがとう」
「じゃあ、私、先にスキュラのところ行ってるから、エノクみんなに言ってきてくれない? スキュラとお話してくるって」
「わかったよ・・・・」
ウキウキしながら駆けていく。スカートをなびかせてシャボン玉のような円を作り、海底をふわふわ浮かび上がりながらスキュラの元へ行った。
戸惑うスキュラを確認して、船の中に入っていく。
なんだか、戦闘より、面倒なことになってきた。
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