第3話 善良なクズ

 ベッドに戻り、あおむけに倒れる。魔力切れではなかったが、ひどく疲れていた。


 少しの間、目を閉じる。


 しばらくすると、船内が騒がしくなった。

 セイレーンの歌声の眠りから覚めた人たちが、状況を把握するのに混乱しているようだった。


「珍しいな、お前が疲れるなんて」

「マクベスか」

 起き上がって靴を履く。


「悪い、寝てたか?」

「いや、少し疲れただけだよ。船内の様子は?」


「ドーラ爺が起こして、コディアが後遺症が無いか見て回ってる。イリスとアリスが船員の恐怖心を取り除いて回ってるよ」


「イリスとアリスはセイレーンの魔力の影響を全く受けてないのか?」

「二人とも強いからな。この程度はなんてことない」


 マクベスが剣を背負いながら、壁に寄り掛かる。


「さっきは、ダフがすまなかった」

「ネレ・・・・て女性は?」


「言ったことなかったか? ダフの幼馴染で片思いしていた女性だよ。先月、結婚しちゃったけどな」

「へぇ」


「この船に乗るときから、自暴自棄になってたんだ」

「そうか」

 よくあることだよな。


 俺だってダフだったら、俺のことを恨んでる。人助けとか、偽善者ぶりやがってって。


「起きたばかりなのに、嫌な気持ちにさせたな」


「本当、いいよ。全然気にしてないから。ダフにも言っておいて、お前は悪くないって」

「・・・・あぁ。ありがとう」

 マクベスが軽く頭を下げて部屋を出ていった。



 

 すぐに眠りに付いていた。何か夢を見たような気がしたが忘れてしまった。


 目を覚ますと船の電気が明るくなっていた。

 窓を見ても深海が続くばかりだったけど、朝が来たようだ。


 ノアは自分が船だと言ったな。寝ないで操舵しているのだろうか。まだ、この世界はわからないことが多い。


 デッキは面白かった。ガラス張りの深海を眺めているみたいだ。

 昨日はセイレーンの襲撃であまり見れなかったけど、散策してみるか。




 あくびをしながらデッキに出ると、ノアが居た。

「ノア?」

「あ、エノク。おはよう」

 青色の髪がなびく。


「お、おはよう。ブリッジに居なくていいの?」

「今は潮の流れに乗ってるから大丈夫」

 クジラのような大きな生き物が船の上を通過していった。


「わぁ、何ていう生き物だろう?」

「ノアでも知らない生き物があるの?」

「もちろん、深海は知らないことだらけ」


 透明な膜に付いていた海の泡がふわふわ上がっていく。


「昨日は大変だったね。聞いたわ、みんな眠っちゃったんだってね」

「あぁ・・・間に合わなくてさ」

「でも、犠牲者が一人も居なくてよかった。セイレーンの歌は聖女の中でも気を付けなきゃいけないって言われてるの。エノクが目覚めてなかったら危なかった」


「ドーラ爺も三剣士もいるし、何とかはなってたさ」

 ソロモンの指輪を触る。召喚魔法を使うとここが熱くなった。


「俺たちって、どうしてクラーケンの討伐に行こうとしてるの?」

「え?」

「その、自分の記憶が欠けてるっていうか・・・」


 とぼけたように話す。

 違う人間だからな。みんなが知ってるエノクと俺。


「なんか、変だね」

「あはは」

「ごほん。では、長い間眠っていたエノク様に私が教えてあげましょう」


 ちょっと太めの声を出す。


「トレストリア城下町の貿易船を襲っていたクラーケンを討伐し、トレストリア王国を守るのです。ノアの船員はみんな、トレストリア王から直々に命じられた選ばれし船員たちなのです」

「おぉ。なるほど」

「本当にすごいことなんだからね」

「わかってるって」


 ノアが後ろに手を組んで俯く。


「・・・表向きは・・・ね」

「どうゆうこと?」

「クラーケンが一国の貿易船ばかり狙うなんておかしいのよ。どこかの国なのか・・・何者かに指示されている・・・と考えてるわ。トレストリア王国に関係する、クラーケンを操れるほどの何か・・・ってことよ」


「黒幕がいるってことか」


「うん・・・。でも、このことは一部の人しか知らない。船は、クラーケンを討伐したらひとまず王国に帰る予定。たとえ、何を見たとしても」


「何かあること前提みたいな言い方だな」

「そうよ・・・」

「・・・・・」


 青い瞳がすっと視線を外した。

 ノアは口にできない何か知ってるように見えた。

 俺になる前のエノクは知っていたのだろうか。




 ぐわんぐわん


 船が揺れて体勢が崩れる。


「どうした? ノア?」

「わ、岩にぶつかちゃった。潮の流れは合ってたんだけど・・・・違うことに集中してたからかな」

「え? そうゆうのあるの?」

「しょうがないでしょ。考え事すると、そっちに頭がいっちゃうの」


「マジか・・・・」


 俺と会話してたせい?

 ノアが焦ってブリッジに向かって走っていく。


「エノクー、船のみんなにごめんって言ってきて。これから立て直すからちょっと揺れるー」

「りょ・・・・了解・・・・」

 時折、変な揺れ方するのは、ノアの気分次第なのか? 

 この船・・・深海進むには結構怖い気がするな。

  




 船内に戻ると、みんなボードゲームしたり、魔法でボールを浮かせたりして遊んでいた。

 昨日散乱してしまった皿やジョッキは綺麗に片付いていた。


「船がぶつかったんだけど、みんな・・・」


 全然動じてない。サーペント族の子たちが歌をうたいながら、踊っていた。いつものことなのか?


「この揺れなら、また、ノアの気まぐれだろ」

 ダフが声をかけてきた。


「ダフ、大丈夫か?」

「あぁ、もう正気だよ」

 頭を指で叩いた。


「・・・あんなに散らかってたのに、もう片付いてるんだな」

「あぁ、床か。昨日、イリスとアリスたちがぱぱっと片付けちゃったんだよ。妖精族は綺麗好きだよな」

「そっか」


 カウンターに手を置きながら話す。


「昨日は申し訳なかったな。エノクは助けようとしてくれたのに、掴みかかったりして」

 重々しく話す。


「さっき、マクベスからも聞いたよ。でも、正直言うと、酒に酔ってたからじゃないんだ。あの時は、本当にセイレーンと共にいきたかった。クズで悪いな、怪物になって人を襲ったっていいと思ってたんだよ」

「うん」

「・・・よくよく考えたらな、命あってのものだもんな。女に触れられるのも・・・。死んじまったら、うまい酒も飲めないしな」

「・・・・・」


 俺はここに来る前に、自分から死んだから何も言えないんだよな。


 むしろ、ダフみたいに考えるやつが居てほっとしていた。


「・・・俺、ダフを見て安心したんだ」

「何で?」

「善人ばかりいるなんてクソだと思わないか? 咄嗟に善い判断のできる人間なんてそうそういるわけない。クズだろうと、偽善者よりは付き合いやすい」


「へぇ、一回心臓止まってなんかあったのか?」

「まぁ、いろいろな」

「・・・ほぉ、詳しく聞きたいね」


 目を丸くしていた。今度な、と言って流す。


「別に俺自身がダフを助けたかったわけじゃない。セイレーンと共にいきたくなる気持ちもわかるからな。ただ、その場の空気に促されただけだ」


 ダフの肩を叩く。


「悪かったな。助けて、俺の前ではそんないい奴ぶる必要ないよ。お前がクズなら俺もクズだ」


「なんか・・・エノク様から聞けないような言葉だな」

「ハハ、悪いがエノクはクズに入れ替わったと思ってもらっていいよ」

「なるほどな」


 事実だしな。


「どうあれ、気が合いそうでよかったよ」

 二人で笑っていると、マクベスがほっとしたような表情でこちらに歩いてきた。

 クラウの放った魔法のボールがマクベスの頭に直撃する。


「うわ、誰だよ」

「知らなーい」

「見えなかったもんねー」

 ボールがぱーんと弾けて、キラキラした水しぶきになる。


 虹ができると、妖精族たちから歓声があがっていた。

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