第9話 渦潮
船内に戻ると、一斉に船員が集まってきた。
「何かあったの?」
人だかりがはけていく。ユニコーンが歩いてきて頭を垂れた。
「ありがとう。またよろしくな。戻れ」
『承知いたしました』
ユニコーンが光の中に消えていった。
「幽霊船(フライング・ダッチマン)が出たんだが、問題ない。アルが追い払ってくれた」
「えー」
「・・・でも、よかった」
安堵の声が漏れていると同時に、大部屋の端に居たプリソスとイリスとアリスが歓声を上げて拍手をしていた。
「わー、すごいです。ダフが映ってます、髪がぐしゃぐしゃですね」
「やほ、ダフ元気?」
24インチくらいあるモニターに、ダフの姿が映っていた。
人だかりの関心がすぐ後ろのほうに向いて、移動していく。
「・・・プリソス、これは?」
「あぁ、アルゴール号から見つかった失われた大陸の道具で、少し離れた人の姿を映すものが見つかったんだ。ノアとアルの通信用に作ったものは、これを小さくして作り直したんだよ」
「へぇ・・・失われた大陸か・・・」
俺のいた世界と似ている大陸だったんだな。
「これって、魔法は使ってるの?」
「もちろんだ。魔法を使わなきゃ、ガラスに人を映すことなんてできないだろ?」
プリソスが頬のそばかすを触りながら言った。
「声は聞こえる?」
「・・・あ・・・あ、たまに途切れるが大丈夫だ」
ダフの後ろでリサとマクベスが物珍しそうに覗き込んでいる。
ちょっと画質の荒いカラーテレビといったところだな。
「これで、向こうの船とのやり取りも簡単ね」
「お、そっちにはくるみパンがあるのか。食べたいな」
「そっちにコックのジョエルがいるでしょ」
ジョエルがコックの帽子を被りなおして頷いていた。
楽しそうだな、と眺めてから静かに外れていく。
部屋に戻ろうと思った。本棚から俺が入る前のエノクのことを調べたいと思っていた。
船内に部屋はそれぞれ持っているようだったが、ほとんどが大部屋かデッキで過ごしているようで、部屋に閉じこもっている人は居ない。作業しているときのプリソスくらいだ。
エノクの部屋は少し大きく、本がたくさんあった。
本棚のある部屋をエノクの部屋としたらしく、たまに調べものをする人たちが入ってきていた。
「エノクの手記・・・?」
机に日記のようなものがあった。字は・・・読めないな。
「失礼します。あ、エノク様」
イリスが赤いリボンを直しながら入ってきた。アリスが本を抱えたままドアを閉める。
「日記ですか?」
「あぁ・・・そう、しばらく書いてないと思って」
「そうでしたね。これはエノク様しか読めない天使文字。私たちじゃ何を書いているのかわからないんですもんね」
天使文字? なんてあるのか。
道理でこの世界の文字は読めるのに、エノクの日記だけ読めないはずだ。
「ハハ・・そうだったね。あ、そういえば二人がここに来るなんて珍しい。どうしたの?」
「あ、アルゴール号からお借りした本を入れようと思ったのです」
金色の刺繍の入った古書を本棚の隙間に入れていた。
「二人は船の聖女って何なのか知ってるの?」
「もちろんです」
忘れてしまったふりをして聞くと、ノアやアルが聖女と呼ばれている理由について教えてくれた。
土地ごとに、聖なる海の洞窟というものがあるそうだ。
船が完成したときに、洞窟に入り一晩祈りを捧げ、受け入れられれば船の聖女となる。
船の意思は聖女の意思、聖女の意思は船の意思となるらしい。
「どうしてノアは聖女になったんだ?」
「さぁ・・・ご両親は農村地帯ご出身でしたが、ノア様が小さいときにお父様が船旅に出られたとの話しは聞いています」
「周囲には聖女になることを反対されたらしいです」
「そうゆうものなのか?」
「はい。一般には名誉なことなのですが、お母様が一人になってしまうこともあり、かなり反対されたと聞いています」
なるほど。大切に育てられていたんだろう。
ノアの父親・・・ノアの見間違いだといいがな。
「・・・二人は船に乗るの、反対されなかったの?」
イリスとアリスが不思議そうに顔を見合わせていた。
「私たちは幼い頃に両親を亡くしております。でも、生きていたとしても、自分の力を存分に使いなさいと言われると思っています」
「そっか」
ありがとう、と言って、二、三言雑談すると、二人が部屋から出ていった。
エノクの日記を眺めながら、ベッドに寝転がる。
「何してるの?」
デッキに出て、船員に話しかける。
ノアの船とアルゴール号が並びながら進んで、船を囲んでいた膜がくっついていた。
「ノアに言って、アルゴール号と並走してもらったんだ」
「アルゴール号と簡単に行き来できないか方法を模索してるんだ。いちいち魔法使いに頼んで空気の膜を作ってもらうのは面倒だからな」
ナナがデッキの手すりによじ登りながら言った。
「深海は水圧も魔力も強いからな・・・ちょっと待って」
杖をくるっと回して、くっついた膜に空気のトンネルを作った。
「これで大丈夫だろ」
「おぉ」
ナナがトンネルをくぐってアルゴール号に乗った。
マクベスとクラウがびっくりして近づいてくる。
「ん? 何してるんだ?」
「トンネル作ってもらったんだ。これで料理も行き来できるぞ」
「本当? 本当? やったー、ジョエルの魚介のスープが恋しくなっちゃって」
大男のエルバハとネピルも近づいてくる。
「俺たち、ごはん、足りない」
「そうなんだよ。モニター越しに話してたけど、こっち食べる量がすごいんだ」
ダフが親指を立てて、船を指した。
イリスとアリスが焼きたてのパンを、籠の中に山積みにして歩いてきた。
「どいてどいて」
「おわ・・・」
イリスが転びかけたので、慌てて籠を受け止めた。
「ありがとうございます」
「これこのまま向こうに運べばいいんだろ?」
「はい、じゃあお願いします」
前が見えないほど積まれていた。
アリスに続いて、手すりをよじ登り、トンネルを抜けてアルゴール号へと乗り込んだ。
「おぉ、パンだ」
ネピルが真っ先に寄ってきて、大きめのフランスパンを二つ取っていった。
順番を守れ、とナナから怒られていた。
突然、潮の流れが変わった。
アルがバンっとドアを開けて出てきた。
「渦潮だ、今すぐ船内に戻れ」
「え、え?」
戸惑っていたが、すぐに切り替えた。
「戻れー戻れ―」
ダフとマクベスが腕を振りながら叫ぶ。
ノアの船に戻ろうとしたが時間が無い。
トンネルを杖で弾いてアルゴール号の船内に入った。
イリスとアリスが小さく頷いて、別々の船内に戻っていった。
急に揺れが大きくなる。
バランスをとって、手すりに掴まりながら、アルと一緒にブリッジに入る。
モニターに電源が入ると、苦戦するノアが映った。
「大丈夫か?」
『エノク、そっちに居たの? 潮の流れ・・・・きつくて』
音声がぷつぷつと途切れる。
「急に起こった。深海ではよくあることだ。ノア、アルゴール号は渦潮を避けるために離れるぞ。いいな」
『わかったわ、気を付けて』
「どうにかならないのか?」
「アルゴール号が近づけば、ノアの船を傷つける可能性もある。ここは、離れたほうがお互い安全だ」
アルが手をかざして、操舵用のボタンに明かりを灯すと、ハンドルにぐっと力を入れていた。
汗を掻いている。
「大丈夫なのか?」
マクベスが船の横揺れに耐えながら、ブリッジのほうへ来る。
「この渦潮、相当強いな。私とノアの船をどこへ運ぶ気だ?」
アルが話しながら赤いボタンに手をあてていた。
非常用のボタンで瞬時に二倍の魔力を放出するらしい。
「う・・逃げられないな・・・これは」
ガタンガタン鳴って、動揺する声がちらほら聞こえてきた。
「お前らも船室に戻れ。身の安全を確保しろ。舵が取れなくなってきた。これから動力を最低限に抑え、船の守りを強化する」
「わかった、任せるぞ、アル」
「渦潮を通過する。みんな、何かに掴まってくれ」
自分も柱にしがみついた。
大きく揺れていたが、アルゴール号は頑丈で船内の被害は最小限に済んでいた。
船室に設置されたモニターが真っ暗になっている。
「・・・・・」
緊張感が漂っていた。アリスが不安そうにモニターを見つめる。
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