第1話 召喚獣グリフォン

 船の揺れは収まったようだ。とりあえず、部屋から出てみるか・・・。

 

 情報収集しないと、いつクラーケンに遭遇するのかも、どうやって船が向かっているのかも、何もわからないな。


 部屋のドアを開ける。


「おわっと」

「わわ」

 銀髪の女の子が大皿を運んでいて、ぶつかりそうになった。目が大きくて、確か目覚めてすぐ部屋に入ってきた子だな。


「エノク様失礼しました。ちょうどお肉が焼きあがりましたよ」

「イリス、ちゃんと前向いて歩かなきゃ危ないわ」

 全く同じ顔の女の子がジョッキを持って歩いてきた。

「わ、エノク様」


「アリス、ジョッキからビールがこぼれてるよ」

「どうせみんな、樽からすくうんだからいいの」

「それもそうか」

 双子か・・・。どちらも、かなり可愛い。


 現実世界に居たときから、人の顔と名前を覚えるのは苦手なんだよな。ここは自然に振る舞わないと。


 よし。頭に赤いリボンを付けているほうがイリス、何もつけていないほうがアリス、で覚えておこう。


 まず、この船に乗っている人の名前を覚えることから始めなきゃいけないな・・・。エノクってどんな人かも、全然わかってないしな。


 二人に付いていくと、大きな部屋で宴が始まっていた。

 樽に入った酒をジョッキで汲みながら、山盛りの野菜や肉を食べている。コックのような帽子を被った男の子が焼きたてのパンを運んでいた。


「エノク様もどうぞ」


「あ、ありがとう」

 翼をパタパタさせた女の子がジョッキを渡してきた。ビールか・・・。アルコール、ほとんど飲めないんだよな。


「エノクー、目が覚めたんだってな」

 手前にあった男たちのテーブルに、強引に引っ張られた。


「あーうん」

「お前は死なないと思ってたよ」

 この人は・・・、確かマクベスと呼ばれていたな。紋章の刻まれた剣を持っていた一人だ。


「ハハ・・・、だよな」


「一回は心臓止まってたんだってな。半日くらい、息もなかったとか。船医のコディアが言うんだから間違いねぇよ」


「まさか、航海の途中でいきなり倒れるとは思いませんでしたけどね。呪いは強大であっても、大魔導士エノク様なら弾いてくれると思ってましたよ」


 コディアと呼ばれた眼鏡をかけた男性がこちらにジョッキを向けてから、一気に飲み干した。


「エノク様、あの世ってどんな感じでした?」

「馬鹿、お前も行きたいのかよ」


「聞いてみただけですよ。可愛い天使とかに連れて行ってもらえるのかなって」

「あの世の話なんて覚えてないよな。記憶なくされるって言うじゃん」

「確かに、覚えてないかな・・・」


 申し訳ないけど、クズな人間だった頃の記憶もばっちり残ってるし。


 ワーカホリックな神々の手違いで、エノクになったんだ・・・。


「魔力はどうですか?」

「んん?」


「召喚魔法使ってみてくださいよ。久しぶりに見てみたいです」

 酔っぱらいながら言う。


 軽いなー。召喚魔法か・・・。


 召喚魔法って、こんなに人の多いとこで使っていいのか? 

 ま、いいって言うなら試しにやってみるか。

 


 目を閉じて、集中すると、頭に呪文のような言葉が入ってくる。

 

― 我名はエノク。神の子なり。

   我の元に集いし勇敢なる獣よ、その姿を現せ。

    グリフォン ―


 天井が光り、上半身が翼を広げた鷲、下半身がライオンのような姿をした大きな生き物が現れる。


 マジか。ゲームでよく見たグリフォンだ。


『我は主の忠実なる獣。主よ、いかがされましたか?』


「あーえーっと・・・」

『いつもよりも、焦っておられるようですが・・・雰囲気変わられましたか?』

「け・・・結構寝てたから」


 本当に来たことに驚いてる。グリフォンって毛並みつやっつやなんだな。


 隣のテーブルに降り立っていた。

 食べ物や飲み物を綺麗に避けていたが、飲んでいた人たちは驚いて、椅子ごとひっくり返っていた。

 まさか、本当に呼ぶとは・・・とコディアが呟いていた。


 正直、俺も本当に来るとは思ってなかった。


「今、戦闘員は休息に付いている。外で、異変がないか見回りをしてくれないか」

『承知いたしました』


 開いた窓を器用に抜けていき、外に出ていった。風圧で飛びそうになった食べ物を巨人族が必死に掴んでいた。

「・・・・・・」

「あ・・・大丈夫?」



 視線が一気にこっちに集まる。気まずいな。


 一呼吸置いて、どっと沸いた。


「エノク、さすがだな。戻ってきて本当によかったよ」

 マクベスが大げさに肩を組んできて、ジョッキに入った酒を飲み干した。


 ダフと呼ばれた髭の生えた男性も、コディアとハイタッチしていた。


「さすがだよ。死んでも魔力は衰えないとはな」

「死んで、さらなる神の恩恵を受けたんじゃないのか?」

「違いねぇや」

「あはは・・・・」

 何とか凌げそうだ・・・。 

 適当に話を合わせながら、船員を確認する。


 ざっと30人くらいか・・・。大男が3人、妖精族が10人くらい、人間が15人くらいってところで、あとはよくわからないな。


「お、始まるぞ」

「何が?」

「召喚獣呼べるのに、こんな重要なことも忘れちゃったのか? サーペント族による『七つのヴェールの踊り』だよ」


「『七つのヴェールの踊り』?」


「戦士の士気を高める踊りだ。ほら、ドーラ爺がはりきってる」


 ドーラ爺と呼ばれた白髪の爺さんが、杖を天井に向けると電気が消えた。正面のステージにのみ明かりが灯る。



 弦を弾くような音楽が鳴り始めた。


 あどけない顔の少女が三人出てきて、羽織っていたベールを羽のように回し呪文を唱えると、ふわふわと浮きながら天井を覆っていった。


 音楽に合わせて少女たちが舞い始める。

 七色の光が部屋に広がっていった。

 ぼうっとしながら眺めていると、力がみなぎってくるような気がした。

 


 そっと席を離れて、部屋を出る。


 この船を操縦しているのは誰なんだ? 廊下にある階段を上がり、ブリッジのあるほうへと向かった。


「ノア・・・・」

 ノアが操縦席に1人で座っていた。宙には海図や、コンパスがいくつも浮いている。


 操縦席の窓にはどこまでも深くて青い海が映っていた。先頭の明かりが真っすぐに道を照らしている。


「あ、エノク、ちょっと待ってて」


 こちらに気づくと、レーダーとハンドルに手をかざして、自動操舵に替えていた。

 ハンドルがノアの放った丸い光の中で動く。


「この船はノアが一人で動かしてるの?」

「もちろんそうよ。この船は私なんだから」


 当たり前のことのように話す。船がノアってどうゆうことなんだ?

「ん?」

 話を続けたかったが、急に手にじりじりと電流が走った。


『主よ、聞こえますか?』


 グリフォンの声が頭に入ってくる。


「どうした?」

『セイレーンです。セイレーンの歌声が聞こえます。こちらの船に気づき、眠らせるつもりです』

「なんだって?」


 窓に張り付き、じっと深海の奥を見る。目を凝らすと、確かに人魚のような生き物が数体・・・。


 やばいな。誰も気づいていないのか。


「どうしたの?」

「セイレーンだ。ほら、よく見ると影が見えないか? 歌声で、船員を眠らせようとしているらしい」


「そんな・・・。どうしよう・・・」

「まず、俺との会話が終わったらすぐに耳を塞ぐんだ」

「・・・わかったわ」


「30秒後に左に目いっぱい舵を切れる? すぐに、船員に状況を知らせてくる。このままいくと、セイレーンに囲まれてみんな眠らされてしまう」


 手をかざしてノアが任せてと答えた。勢いよくドアを出て船内を走る。



「みんな、今から左に目いっぱい舵を切る。左端に座って耳を塞げ」


 大声で叫んだ。


「なんだなんだ?」

 片手を突き出して、グリフォンに指示をする。


「グリフォン、力の無い者を守れ」

『承知いたしました』


 グリフォンが窓から入ってきて、翼をぐんぐん大きく広げて妖精族や小さな子を包み込んだ。


「掴まれー、舵を切るぞ」

 腹の底から叫ぶと、指示が連鎖しみんな一斉に柱にしがみついた。


 30秒後・・・。


 ぐるんと船が左に回転した。

 食べ終わった皿や樽が端に転がっていき、ガシャンガシャンと音が鳴り響く。動かないテーブルに椅子が突っかかっていた。


「どうした?」


「セイレーンが現れたんだ。逃げるために、一時的に左に進路を変えてもらった」

 体勢を戻しながら立ち上がる。


「セイレーンの歌声を耳を傾けるな」


『主よ、セイレーンの歌声が・・・』

 グリフォンが言うと、船内にうっすらと美しい歌声が響き渡る。



 窓の近くに居た大男の一人がばたりと倒れた。

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