大魔導士エノク(override)~異世界転生したら聖女と共に世界を書き換えることになってしまった

@yutukimi

第1章

プロローグ

 俺の人生はカスだ。

 クズだ。ゴミ以下だ。


 今日が37歳の誕生日だ。家にはカップラーメンのごみが転がっている。

 

 一度就職に失敗してから、人生の歯車が狂った。

 成績優秀で有名大学を卒業した俺が、流れ着いて転職した先は、小さな企業だった。

 無能な社長や上司に怒鳴られながら、不況の波に煽られて、もう就職できないと手取り少ない企業にしがみついていた。残業代が付かないのに必死に残業し、我慢していた。恨みはしたが、必死に働いていた。


 でも、昨日いきなり呼び出され、3時間の退職を勧めるパワハラを受けた。


 あまりにも突然のことで、労働基準局に持っていこうにも証拠もとれなかった。

 同期は笑っていた。新卒で入ってきた女の子も鼻で笑っていた。


 高校の同級生は結婚して子供もいたり、起業して成功している人もいるのに、どうして俺はこうも違う。人生いつからでもやり直せるなど言うやつもいるが、嘘に決まってる。


 やり直せたやつが言うんだろうが。


 友達も全員切った。飲みに行くと、何もかも自慢話に聞こえる。

 みんな、俺を嘲笑っているようだった。

 唯一、犯罪だけはしなかった、俺を褒めてほしいところだ。


 テレビでやってる情報も、インターネットの情報も、誰が結婚しただとか離婚しただとか、子供ができただとかできないとか、就職できない新卒とか、店を畳まなきゃいけない老夫婦だとか・・・聞いてると、頭が痛くなる。

 

 みんなが同じレールに乗ってると思うなよ。


 金もない、女もいない、名声もない、体力もない俺には関係ないことだ。

 世に出るのは、何かを持っていた人の話ばかりだ。

 

 俺はこれから、ビルから飛び降りて死ぬ。未来に希望も無い。俺が死んだら、会社の人や取引先からネタにされるだろうが、どうでもいい。 

 あの世が地獄だろうが、今よりはマシだろう。


 躊躇はない。高さ33階、職場だったビルから飛び降りた。



・・・・ん?


・・・・・・ここはどこだ?



 あ、そうだ。俺死んだんだ。これが・・・死後の世界ってやつか。


 意外と実感がないな。


「お前は生前何も残してないようだな」

「はい」

 闇から翼の生えた人の影が浮かび上がる。


「記録によると・・・生きてから死ぬまで人を妬んでいたと。人を妬み、恨み、誰かを助けをした記録もほとんどない。失敗も人のせいにし、色んな人から嫌われていたようだな。蘇生も、望まれていない」


 青年が暗闇から近づいてきていた。


「あぁ、そうだよ」


「我が名は死の神タナトス。そなたは英雄の魂ではないな、よって凡人の魂が向かう冥界に連れて行くとしよう」


 体が光り始める。冥界ってどんなところだ?


 遠くに謎にでかい木が見えたが、どうでもいいか。あれ? 青年にそっくりな人がこちらに走ってきた。


「兄さん、待って」


「なんだよ。仕事中だぞ」

「そいつ、自殺だよ。この世に恨みを持って死んだらしい」


「えー」


 タナトスが急に慌て始める。


「無理だって。急にそんなこと言われても困る。まさかこんな若くして自殺するって思わないじゃん。自殺は専門外だってば、寿命専門なんだよ」


「確認不足だよ。もう連れてきちゃったじゃん」


「だって、最近、人が死にすぎるんだよ。オーバーワークだって」


 何か揉め始めたぞ・・・。


「眠りの神ヒュプノス、お前のところで最後の眠りを与えられている人から、一人をこいつにしてくれないか?」


「兄さん、無茶言うなって」


「頼むよ。ほら、もう次の死んでる人来ちゃってる。あの子英雄の魂なの。ヘルメースに送り届けなきゃいけないんだって」


 タナトスが指さす先に、小さな男の子がぽつんと座っていた。


「えー、じゃあ、俺がミスしたときお願いね」


「わかってるわかってるって」

「えっと・・・生き返ってよさそうな善良な人・・・と」


 ヒュプノスが一冊の大きな本を取り出し、ページを捲り始めた。


「この人でいいか」

「さんきゅ。さすが弟よ」

「任せてよ。兄さんのためだもん」


 え・・・と、俺どうなるんだ?


 意識が薄らいでいく。

 俺は冥界に行くのか? 別の何かに・・・・。




「エノク、エノク」


「ん・・・ここは」

 目を開けると、白い服を着た美少女が立っていた。アニメで見た女神のようだった。肩につくくらいの青い髪を耳にかける。16~17歳くらいだろうか。


「あぁ・・・エノク、なんてことなの。本当に、生きてるのね?」

 涙で顔を腫らしていた。ぎゅっと抱きついてくる。

む・・・胸があたってるんだが。


「え・・・と・・」

「奇跡・・・ね。本当なのね? 戻って来てくれたのね」

「あぁ・・・」

 ベッドが少し揺れている気がするな。ここは、船か?


 銀色の短い髪の女の子が入ってきた。可愛らしくて、少し弱々しかった。

「何事です・・・。え・・・エノク様・・・嘘、こんなことって・・・」


「は・・・?」


「みんな、エノク様ががお目覚めになったの」

 どたばたと音を立てながら、斧を背負った大男が入ってきた。白髪の爺さんも杖を付きながらこちらに寄ってくる。


「なんという・・・奇跡か」

「馬鹿な、心臓は確かに止まっていたはずなのに」

「神の加護か・・・」

 てか、そもそもエノクって誰だよ。


「俺なんでここに・・・」

「死から戻ってきたばかり、少々混乱しておるのだな」

 全く話に付いていけてないんだが。俺、転生したのか?


 にしても、雑だな・・・。死んだら生前の記憶とか忘れて、生まれ変わるもんじゃないのかよ。しかも、知らない誰かになってるし。


「ミレーネ王国にかかっていた呪いを自ら引き受け、苦しみの中、死に戻ってきた大魔導士エノクよ。勇敢なそなたの魂を、神は死の世界から蘇らせたのだな」


「あ・・・そう・・・・」

 エノクさんすげーな。

 手を見ると謎の指輪が二個はめられている。一つはソロモンの指輪の形をしているな。



『聞こえるか、エノクよ』


「いきなり頭の中に声が・・・・」


「神の御神託か」

 爺さんがしょぼしょぼの目を見開いた。全員が静かになる。


『我は眠りの神ヒュプノスだ。我が兄、死の神タナトスは忙しい。とりあえず、お前を大魔導士エノクとして蘇らせた」


 え・・・・?


『うまく辻褄合わせてくれ』

 待って待って、どうゆう状況か知らないんだが・・・。


『申し訳ないが、我々は忙しい。兄さんも冥王ハーデ―スの元に行ってしまった。我も今すぐ死を迎える魂に、最後の安らかな眠りを届けに行かねばならない。とりあえず、よろしく』


 ぶつ、っと切れる。


 すっげー、雑なんだが。 



「神はなんと・・・?」


「え」

 全員の視線がこちらに集まっている。トサカを立てたオウムもこちらを見ている。


「と・・・とりあえずよろしくと」

「・・・・・・・・・」


 いつの間にか、ベッドを囲んでいる人たちが増えているし。


 んで、沈黙が長い。どうにかしてくれ。なんとか言ってくれ。


 どっと沸いた。


「『とりあえずよろしく』、と神が申されたのだな」

「ま・・・まぁ」


 雑にね。と言いたいのを呑み込んだ。


「我々の力に委ねられているそうだ」

「おー」


 三人のいかつい剣士が、剣を掲げた。

「エノク様も蘇られた、王国を守るため、今こそ剣を取るとき」

「ふぉっふぉっふぉ、我も力を出そうかのう」


「とりあえずは酒だ。祝いの酒を飲もう」


 女の子が牙を見せてはしゃいでいた。


「エノクが起きたら、みんな元気になって。これなら勝てる気がするわ。きっと、このための導きがあったのね」


 船がががっと揺れて、体勢を崩しそうになった。青い瞳の女の子が背中を抑えてくる。ドキッとした。


「あ、ありがとう」

「聖女ノアとして、私もできることを」


 船が揺れているにも関わらず、盛り上がっていた人たちが歌を歌いながら部屋を出て行った。

「う・・・」

 口を押えた。船酔いだ。だって、ものすごい揺れるんだもん。


「大丈夫? 死から起きたばかりだもの」

 手に白い光を乗せて、胸にあててきた。自然と気持ち悪いのが無くなってきた。


「え・・と、改めて俺たちどこへ?」

「ふふ。本当に寝ぼけてるのね。この船は深海に住むクラーケンの討伐に向かってるじゃない」


「は? クラーケン?」

 え? 俺、討伐すんの?


「呪いにかかってでも自分から討伐に行きたいだなんて。大魔導士と言われているけど・・・本当、馬鹿だなって思っていたんだから・・・」


 後ろを向いて鼻をすすっていた。


「じゃあ、ゆっくりしててね。今日は、イリスたちが、美味しいお祝い料理作ってくれるわ」

 ノアが鼻歌を歌いながら部屋を出ていく。 



 嘘だろ。

 やべー世界に来てしまったみたいなんだが・・・。

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