第71話 秘密
「おお、これは凄いですね! 見て下さい貴志君。この猿のミイラ、うずくまっているでしょう? このポーズは胎児を意味していて、非常に強力が呪物になるんです!」
叔父さんは嬉々とした表情で、ミイラを見て回っている。
上梨も興味があるかと思って誘ったのだが、体調が優れないとの事だった。
結果として、俺は叔父さんと二人でミイラを見て回っている。
どれもこれも不気味で、なんとも居心地が悪い。
あ、人魚のミイラとか、河童のミイラとかもあるんだ。
妖怪のミイラに興味を引かれ、近寄って眺める。
しかし、じっくり見てみるとなんとも作り物じみていて拍子抜けした。
これでは笹原さんの言っていた、せんゆう様のミイラというのも、あまり期待できないな……。
猿のミイラに夢中の叔父さんを置いて、適当に近くの展示を見て回る。
どこかしも干からびた死体だらけで、どうにも気が滅入る。
これじゃあ、博物館というよりもお化け屋敷だ。
マシな見た目のミイラを探して視線を彷徨わせていると、隅に掛けられたカーテンが目に付く。
休憩スペースだろうか?
カーテンに遮られているせいで入って良いのか悪いのか分からず、人が全然集まっていない。
たまに博物館ってこういう入って良いのか分からないスペースあるよな……。
まあ、立ち入り禁止なら注意されるだろ。
俺はそっとカーテンを開けて、中に入る。
「……っ、これか」
異様な空気。
カーテンを捲った瞬間、俺はすぐにでもその場を離れたくなる。
それでもなお、カーテンの中に押し入ると、そこには一体のミイラが座していた。
台座の上で全てを睥睨するミイラは煌びやかな和服を纏い、単体でその空間全てを神域たらしめていた。
正しく、神のミイラと呼ぶのに相応しい。
背後で、サッとカーテンが開く。
「ほう……これは凄いですね」
「お、叔父さん、アレ、せんゆう様のミイラで、だから……」
「大丈夫、分かっていますよ。少々待っていて下さい」
叔父さんは優しく微笑み、ミイラに近づく。
しばらくミイラを眺めて満足したのか、次は両脇に置いてある本棚から数冊の本を手に取った。
叔父さんはペラペラと本を捲り、小さく息を吐く。
「……なるほど、分かりました」
叔父さんは真剣な表情で、俺の顔を見る。
「美沙さんを人間に戻す方法が見つかりました」
「おお! じゃあ、さっそくやりましょう!」
「いえ、戻す為には協力的な神が一柱必要なので、まだできません。ですから私は、これから神を探しに行きます」
「……俺に、何かできる事は?」
「美沙さんを連れて、できる限り遠くへ行って下さい」
「何故?」
「美沙さんは今、カサネさんが状態を安定させているんですよね? それはつまり、現状が不自然な状態だという事です。そんな中、せんゆう様のミイラなんて遺物が近くに在っては、いつ今のバランスが崩れて美沙さんの羽化が始まるかも分かりません」
叔父さんは財布をとりだして渡してくる。
「警察が美沙さんの状況をどこまで把握しているかは分かりませんが、いずれは追ってくる可能性が高いでしょう」
叔父さんは、真っ直ぐに俺と目を合わせる。
「なんとしてでも、神を見つけます。それまで、なんとか警察から美沙さんを守って下さい」
「……分かりました」
俺も叔父さんは目を見つめ返し、小さく頷く。
そして俺は、足早に博物館を後にした。
+++++
「はぁ……」
私は、小さくため息を吐く。
こんなにすぐ体調が戻るのなら、鏡島貴志の誘いに乗ってミイラ展に行けば良かった。
クッションを抱きながら、私は顔を埋めて考える。
今朝の妙な腹の疼きは何だったのだろう?
別に、何か変なものを食べた覚えは無いのだか……。
もし食材が傷んでいたのなら、鏡島貴志に食べさせたオムライスも心配だな。
いや、彼にオムライスを食べさせたのは三日前だから大丈夫か。
……三日前、か。会いたいな。
今朝、電話越しに彼の声を聞いたからだろう、彼に会いたくて仕方が無い。
そもそも、彼女を差し置いて叔父と出かけるとはどういう了見だろうか?
なんて、少し拗ねてみる。
……似合わないな。
こういうのは、明日香ちゃんのような娘がやるから可愛いのだ。
ベッドに寝そべり、窓から空を見る。
こうしていると窓の外には人工物が映らず、青空だけが広がるのだ。
そのまま流れる雲を眺めていると、私の部屋だけ空を漂っているように思えてくる。
そんな緩やかな時間が、私は昔から好きだった。
そうやってベッドの上で微睡んでいると、玄関でチャイムが鳴る。
誰だろう?
玄関に行きドアを開けると、そこには鏡島貴志が立っていた。
「よう、上梨。少し遊びに行かないか?」
「え、あ、なんで? 貴方、ミイラ展に行っているんじゃなかったの?」
「まあ、ちょっと急用でな」
「わ、分かった。少し着替えてくるから待っていて……」
何が何だか分からないまま、急いで部屋に戻る。
良い服はあっただろうか?
もう少し、髪を整えてから玄関に行けば良かった……。
服を選びながら、彼の様子が少しおかしかった事を思い出す。
どこか急いでいるような、焦っているような、そんな印象を受けた。
どちらにせよ、待たせている以上はできる限り早く準備しよう。
急いで部屋を歩き回り、私は十五分ほどで準備を終わらせる。
「お待たせ。それで、どこへ行くの?」
「ああ、いや、少し歩くだけだ」
「……そう?」
鏡島貴志に続いて家を出る。
アパートの階段を下りている間、彼はずっと無言だった。
いつもは喋る事をアイデンティティーにしているような男なのに、やはり少し変だ。
そのまま外を歩いていると、彼は挙動不審気味に周囲を見渡し、ようやく口を開く。
「上梨、旅行に行こう」
「え? そ、それは構わないけれど。いつ行くの?」
「……今から」
「随分と急ね……まあ、何か事情があるんでしょう?」
鏡島貴志は申し訳なさそうに項垂れ、小さく頷いた。
「一応、金は手元に二十万ある。それで、その……警察に追われる可能性がある」
警察とは、随分と大仰な単語が出てきたものだ。
「別に私は、貴方が罪を償った後で一緒に暮らしても構わないけど?」
「いや、別に罪は犯してねえよ」
彼は半笑いでそう返す。
尤も、少々その笑顔はぎこちなかったが。
「……そう」
私も人喰いの罪人だから、彼も何か罪を犯したのなら……なんて、妙な寂しさを覚えた。
我ながら、随分と歪んだ精神性だ。
「でも、罪を犯していないのなら、どうして警察に追われるの?」
「……あー、えー、行方不明になるからかな? うん、そう、あれだ、俺と二人で行方不明になろう、上梨」
なんとも歯切れの悪い顔で、鏡島貴志は私を誘う。
「ふふ、何それ。口説き文句かしら? 誘拐犯の戯言にしか聞こえないわよ」
「まあ、いっそ誘拐犯になっちまった方が納得して逃げられるし、それで良いよ」
彼に誘拐されると言うのは、なんとも物語のようで気に入った。
訳も分からないまま、私は彼に攫われるのだ。
薄く微笑み、鏡島貴志の手を握る。
「どこまでも、ついて行くから」
「そりゃあ、ありがたい。本当に……どこにも行かないでくれよ?」
彼は皮肉気に笑みを浮かべ、白昼堂々私を誘拐した。
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