第61話 真実

 勝手知ったるセンユウマート!

 ここは俺にとって本屋であり、服屋であり、ゲームショップだ。

 そして同時に、地方都市である千雄町にとっては生命線でもある。一説によると、日曜のセンユウマートには千雄町の三分の一にも及ぶ人数が訪れているらしい。


 センユウマートの集客力を褒めたたえるべきか、千雄町の娯楽施設の少なさを嘆くべきか悩むところではあるが、センユウマートが遊園地と映画館まで完備している以上、俺は前者の主張が正当であるとしている。


 さて、ここまで長々とセンユウマートの良い点について語ってきたが、これには勿論理由がある。

 有体に言うと、テンションを上げる為だ。

 もう何度も嘆いてきた事だが、敢えて今日も嘆こう。人が多い、と。


 狂ってるだろ、なんだよ千雄町の三分の一って。

 ゾンビウィルスがバラ撒かれたらどうするつもりだ?


 俺がゾンビと戦うなら、やっぱシャベルかな……等と考えていると、ようやく明日香が待ち合わせ場所に到着した。


「たかし! こんにちは!」

 明日香は人混みも夏の暑さも意に介さず、今日も元気いっぱいだ。


「おう、こんにちは。それで、今日は何を買うんだ?」


「その前に、ちょっとカサネちゃんと話したい」


 明日香がそう言った瞬間、俺の背後からヌルッとカサネが現れる。

 いよいよ怪物染みてきたな……いや、実際に怪物なんだけどさ。


 そのまま二人は、何事かを話しながらどこかへと消えて行った。

 どうやら、俺にはあまり聞かれたくない話らしい。

 まあ、二人の確執を考えれば当然か。


 俺は近くのベンチに座り込む。

 どれくらい待たされるかは分からないが、一分や二分では戻ってこないだろう。

 故に俺は、明日の上梨とのデートに思いを馳せて時間を潰す事にした。


 明日は、俺と上梨が付き合って以降、初めての対面でもある。

 実の所、俺は結構浮足立っていた。

 夏休みに入って以来、あまり二人で話す事が無かったからだ。


 俺は上梨との会話が結構気に入っている。

 会話のテンポというか、センスというか、要するに気が合うのだろう。

 そういう意味の上では、俺は確実に上梨が好きだ。だが、どうにも友達感覚が抜けきらない。

 明日はそういった感覚のまま付き合う事によって発生する弊害を確認する意味でも、重要な日だ。


 告白しておいて無責任な話ではあるが、俺は付き合うというのがどういう状態を意味するのかすら、実のところ良く理解していなかった。

 ただ、付き合うと上梨の独占欲が一先ず満たされるらしい事は理解している。

 今は、それが一番重要だ。

 それに、俺が上梨に向ける感情もただ友愛と呼ぶには少々重い。

 そう考えると、自分の感情の正体を理解していないのは上梨だけとも言い切れないのである。


 まあ、なんて言ったところで所詮は言い訳にすぎないのだが。

 俺は自嘲気味に思考を打ち切り、周囲を見渡した。


 まだ、カサネと明日香が帰ってくる様子は無い。


 ……喉、乾いたな。自販機で何か買おう。


 俺はスマホで明日香に一時この場を離れる旨を伝え、おもむろに立ち上がる。

 たしか、自販機は東口のところにあった気がする。


 無駄に長いセンユウマートの外周を回る。

 本当は瞬間移動の魔法でも使えれば良いのだが、俺はウニョウニョを切除しないまま酷使してしまったせいで、魔法が効き辛く使い辛い体質になってしまったらしい。

 一応、例外として幽体離脱系の魔法適正は上がってるらしいが、生憎と臨死体験には興味が無い。


 ……ん? もしかして今の俺、魂が漏れやすい状態にあるのか?

 寝てる間に魂漏れてました、なんて状況になったら目も当てられない。

 夜尿症と同じくオムツで防げれば良いのだが、恐らくそうもいかないだろう。


 なんとなくウニョウニョが出る部分を手で押さえながら歩いていると、すぐに自販機を発見した。

 ……む、コーラが無い。


 俺が別の自販機を探しに行くべきか悩んでいると、何者かに肩を叩かれた。


「あの、すみません」


「はい?」

 振り向くとそこには、警察官の制服の様な、和服の様な、良く分からない服を着た女性が立っていた。


 年は二十代くらいか?

 こんな田舎でコスプレとは、度胸のある奴だ。


 俺が女性のヒラヒラとした袖を観察していると、女性は更に言葉を続ける。


「最近、神について何か聞いたりしませんでしたか?」


 俺の愛想笑いが凍り付く。


「あー、はは、すみません。ちょっと待ち合わせしてるんで」

 こういう手合いは相手にしない。それが賢いやり方だ。


「ちょっと待って下さい! 私、こういう者なんです!」


 俺は無視して歩き去ろうとしたが、コスプレ女が取り出したモノを見て思わず立ち止まる。


「ほら、見て下さい!」

 その手には、警察手帳が握られていた。


 特別災害対策部の笹原警部補、それが彼女の肩書だ。

 聞き覚えの無い部署だが、俺もそんなに警察に詳しい訳では無い。


「笹原さん、ですか……それで、警察の人がなんで神だなんて言い出すんですか?」

 もしも警察手帳が偽造品だとしたら、刑罰とかもあるだろうに。


 俺は笹原さんに胡乱な目を向ける。


「あなた、式神遣いでしょう? 孔も開けているみたいですし、特別災害対策部の事を知らないとなると独学ですか? 普通なら最下級の術を使うのにも一苦労なのに、式まで従えるとは大したものです」


 笹原さんは笑顔を浮かべ、随分と調子よく俺を褒めちぎる。

 おべっかを使えば俺の口が軽くなるとでも思っているのだろうか?


「いや、ほんと神とか知らないんで。それでは」

 俺はそう言って、足早のその場を離れた。


 笹原さんが本物の警察かどうかは関係ない。

 俺は柚子について、できるだけ何も語りたくないのだ。


 別に、人に話せば楽になるなどという言説を信じている訳では無い。

 だが、誰かに柚子の話しをしてしまうと、万一にでも後悔が薄れてしまうかもしれない。それがどうにも嫌だった。


 もともと、ベンチと自販機の間にそこまで距離は無かった為、俺が足早に歩いているとベンチにはすぐに辿り着いた。

 すでに、明日香とカサネは戻っている。


「すまん、遅くなった」


「だいじょうぶ! 今来たとこ!」

 そう言って明日香は俺に笑って見せる。

 その顔を見て、警察とのやり取りで少々ザワついていた俺の心が少し落ち着きを取り戻した。


「では、私はもう一度お前に憑りつかせてもらいます」


 そう言って、カサネは俺の背後に回る。


「あ、待ってくれ。なんか柚子について嗅ぎ回ってる奴らがいたから、あんまり魔法的な事はしないで欲しい。嘘か本当か分からんが、警察を名乗ってたから目を付けられたくない」


「お前は、そんな適当な事を言ってまで私と遊びたかったのですか?」

 そう言いながら、柚子は背後からしなだれかかってくる。


「止めろ、俺には一応彼女が……どうした?」


 こんなに暑いのにも関わらず、カサネが小さく震えている。

 カサネが、俺の肩を握る手に力を込めた。


「おい、本当に大丈夫か? 体調悪いなら帰るぞ」


「…………」

 返事は無い。しかし、肩を握る手は絶対に離さないとでも言わんばかりに、強く力が込められていた。


 明らかに様子がおかしい。

 俺は、ずっとカサネと一緒にいた筈の明日香を見る。


「なあ明日香、カサネの様子がおかしいのいつからだ?」

 熱中症だとしたらマズイ。


 明日香は、困ったように笑う。


「えっと、ね。たぶん、たかしが思ってるみたいなのじゃないよ?」


「どういう意味だ? 具合が悪い訳ではないのか?」


 俺の言葉に、明日香は曖昧に笑うばかりだ。

 ……訳が分からない。というか、明日香らしくない。


 妙な違和感を覚えるが、今はカサネが優先だ。


 首を捻ってカサネの様子を確認する。

 ……顔が近い。最初はそんな事に気が取られたが、すぐにもっと大きな異常に気が付く。

 いつもは鉄仮面のように動かない彼女の顔が、今にも泣き出しそうな表情を浮かべているのである。


 明日香に泣かされた? いや、これはそういう表情では無い。

 もっと寂しさとか、不安とか、そういう感情だ。

 柚子も、何度も似た様な表情を浮かべていた。


「何か、不安な事があるんだな?」


「…………」

 肩を握る力が、少しだけ弱くなる。


 何も状況が分からない。

 言ってくれないと伝わらない。

 しかし、言いたくないのにわざわざ聞き出すのも違う気がした。


 こういう時って、俺は親にどうして欲しかったっけ?

 俺は必死で、親にまだ希望を持っていた頃の記憶を掘り返す。


 ……思い出した。


 あれは、妙に怖いテレビ番組を見て不安に感じた時だった。

 そう、あの時は確か、察して慰めて甘やかして欲しかった、そんな気がする。

 同時に、夜に起き出して母の部屋に行った過去の俺は、冷めた目で何をしているんだと突き返された事も思い出した。不愉快な記憶だ。


 俺は無理やり嫌な過去から意識を切り替え、カサネの背を軽く叩いてやる。

 子供をあやす様に、優しく、一定のリズムで。


 神社に行った日、俺はカサネに親である事を求められたのだ。

 傍から見たら、女子高生を男子高校生があやしているなんて異様な事この上ないだろうが、周囲の目を気にしていたら家族ごっこなんて出来やしない。


「落ち着いたら、アイス買ってやるよ」

 カサネの背を叩きながら、そんな事を口にする。


「…………三段のやつが良いです」


 カサネは小さくそう言うと、そっと俺の背から離れた。


 もう大丈夫なのだろうか?

 俺が後ろを振り返ると、カサネは既にスタスタと歩き出していた。


「調子の良い奴め……」

 俺は小さく悪態をついたが、少し安堵していたというのが本当の所だ。

 親の真似事なんて事は、いつになっても慣れやしない。


「たかし、お母さんみたいだった」

 明日香はそう言って嬉しそうに笑う。


 いや、そこはお父さんだろ……。

 俺がゲンナリと肩を落としていると、十メートルほど先を行っていたカサネが立ち止まり、くるりと振り返る。


「どうしました? さっさと行かないとアイスが売り切れますよ」


「……おい、良いのかそんな偉そう態度で? お前のアイスを三段全てバニラにする権限が、俺にはあるんだぞ?」


 俺の言葉に、カサネは少しだけ目を細める。


「しょうがないですね……お前には一口だけ分けてあげます」


「さっきの台詞より、更に偉そうになってないか?」


 俺の質問に、カサネは尊大に鼻を鳴らした。

「偉そうなのではなく、偉いのですよ」


 まあ、偉いなら仕方が無いか……。

 俺の首筋を、一滴の汗が伝う。


 少し離れた所で微笑む明日香が、妙に印象的だった。

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