第60話 関係

「わー! このお肉おいしい!」

 スーパーで買ってきたフライドチキンを頬張ると、明日香ちゃんは嬉しそうに声を上げた。


 私も釣られて、フライドチキンに手を伸ばす。

 一口食べてみる。

 少し硬い衣と、パサパサの肉、至って普通の安いフライドチキンだった。

 だが、本当に美味しそうに食べている明日香ちゃんを見ていると、なんとなく自分も楽しくなってくる。


「かみなしさん! これね! おすすめ!」

 明日香ちゃんは、一緒に作ったポトフを指さしている。

 さっきまでフライドチキンを食べていたのに、随分と目まぐるしい。


 期待する様な目で、明日香ちゃんが私を見てくる。

 私は、ゆっくりとポトフに口をつけた。


「……あ、美味しい」


「でしょー? わたしの、星のニンジンもあったよ!」

 明日香ちゃんはそう言ってニッコリ笑うと、次の食べ物に手を付け始めた。


 薄い反応しか返せない自分が、なんとなく申し訳なくなる。

 私は感想を言いやすそうな食べ物を探し、ケーキに目をつけた。


 ケーキを自分の皿に乗せ、フォークで切って口に運ぶ。

 咀嚼し、味に集中する。

 安いスポンジと、大量のフルーツをコーティングする、これまた安いホイップクリーム。

 標準的な、手作りケーキの味がした。


 ……駄目だ、どうしてこうもパッとしない感想しか出ないのだろう?

 別に不味い訳では無いのに、味覚情報を言語化すると不味そうになってしまう。


 自分でも、どんどん無表情になっていくのが分かる。

 何か言おうとして、口に出すほどの事では無い気がして、このループの繰り返しが私から表情を奪うのだ。


 結局、私はただ黙々と食事を続けていた。

 もう明日香ちゃんと知り合って長いのに、たびたび私は今の様になる。


 せっかく明日香ちゃんが来てくれているのに、何か、何か話題は?

 どうしよう、私達の共通の話題?


 次第に焦りが強くなっていく。


 やっぱり料理について言及するのが自然だ。

 でも、上手くコメントできる気がしない。

 他には……魔法についてとか?

 いや、流石に唐突過ぎる。


 気がついたら、もう皿の上のケーキを半分ほど食べてしまっていた。

 どうしよう、どうしよう?


 私の焦りがいよいよ限界に達そうとした時、お寿司を食べていた明日香ちゃんが不意に私のケーキを見る。

「かみなしさん、ケーキおいしい?」


「ええ、美味しいわ。明日香ちゃんのお皿にも取り分ける?」

 ……助かった。

 あと少し無言が続いていたら変な事を口走っていた気がする。


「ありがとう!」

 明日香ちゃんは自分の皿を差し出す。


 私は大皿に乗っているケーキを、慎重に明日香ちゃんの皿に移動させた。


「なんか、たんじょうびっぽい!」

 皿の上のケーキを、明日香ちゃんは楽しそうに見つめる。


「そういえば、かみなしさんの、たんじょうびっていつ?」


「十一月十三日よ」


 私の答えを聞いた瞬間、明日香ちゃんの表情が少し揺らいだ。


「そっか……みんなで、お祝いできると良いね」

 明日香ちゃんが、なんとも言えない声音でそう呟く。


 どうしたのだろう?

 私は少し考え、すぐにそれらしい答えに辿り着く。


 ……明日香ちゃんは、誰かと誕生日を祝った事がないのかもしれない。


 私がどんな言葉を掛けようか必死に思考を巡らせているうちに、明日香ちゃんは陰った表情を誤魔化す様に笑った。


「……あ、でも、たんじょうびは、たかしと二人っきりの方がいっか。恋人だもんね?」


 その大人びた表情に胸が苦しくなって、私は思わず口を開いた。


「お、お祝いしましょう、三人で! 私、もうずっと誰かに誕生日を祝われた事なんてないから、だから、あの、明日香ちゃんにも祝って欲しいの。その、明日香ちゃんが嫌でなければ、だけど……」


 言っている途中で余計なお世話だったのではないかと不安になり、言葉が尻すぼみに消える。


 明日香ちゃんは私の言葉に驚いたように目を見開いてた。

 そして、真っ直ぐに私を見てくる。


「したい。私、お祝いしたいよ、かみなしさん」


「っ……ええ! しましょう。ふふ、楽しみね」

 自然と笑みがこぼれる。

 それに釣られたのか、明日香ちゃんも、ふにゃりと笑った。


 +++++


 私達は一緒にお風呂に入った後、寝巻に着替えていた。


 明日香ちゃんは私の寝巻を見て、目を輝かせる。


「わー! かみなしさんのパジャマ、かわいい!」


「そう? 別に普通だと思うけど」

 私は自分の寝巻の裾をつまみ、全体を軽く眺める。

 薄紫のワンピースタイプの寝巻は、確かに私も可愛いと思って買った。

 だが、このシンプルな寝巻では、もこもこでピンクの明日香ちゃんに比べると少々見劣りする。


「にあってて、大人っぽい!」


「明日香ちゃんのウサギ耳の方が可愛いと思うけど……」


「えへー、このフードね、良いでしょ! ぬいぐるみみたいで!」


 そう言うと、明日香ちゃんは寝巻のフードを被ってピョンピョンして見せる。

 随分と気に入っているようだ。


 だが、これではフードの内側が濡れてしまう。

「明日香ちゃん、まずは髪を拭かないと。ほら、こっちに来て?」


「はーい」

 明日香ちゃんが、私の膝の上に座る。


 私は明日香ちゃんの髪を手に取り、タオルで包み込むように優しく拭く。


 明日香ちゃんの濡れた髪はくったりと頭から背中に流れ、まるで高級な布の様だ。

 これだけ長い髪なのにどこも痛んでいないのは、明日香ちゃんが小学生だからだろうか?


「綺麗な髪ね」


「えへぇ、ありがと」


 髪を拭きながら、和やかな時間が流れる。

 今まで普通に遊んだ時には無かった空気感だ。

 気が早いけれど、またこうやって泊りがけで遊びたいな。


 髪の水分を概ね拭き取ったタイミングで、明日香ちゃんが声をかけてくる。


「私も、かみなしさんの髪、ふいてあげる!」


「じゃあ、お願いするわ」


 私がそう言うと、さっそく明日香ちゃんは私の後ろに回り込んだ。


「かみなしさん、髪長いねえ」


「そう? 毛量が多いだけで、長さは明日香ちゃんとそんなに変わらないと思うけど」


「私も、けっこう長いからね!」


 明日香ちゃんは、どこか自慢げだった。

 気分が乗ってきたのか、明日香ちゃんが楽し気に鼻歌を歌い出す。


「……それは何の歌なの?」


「んー、ゲームの曲! 主人公が水族館でデートする時にながれるの」


「へえ、明日香ちゃんはそういうゲームもするのね」

 明日香ちゃんはアニメや漫画がすきだから、言われてみると特に違和感は無い。


「うん! そういえば、かみなしさんは、たかしとデートに行きたいとこってあるの?」


「え? ええと……」

 急に問われて、言葉に詰まる。


 別に、何も思いつかなかったから言葉に詰まった訳ではない。

 デートスポットに関する考察は、既に何度も鏡山君ノートに書いている。

 だが、パッとどこに行きたいのかと問われると、分からない。

 今まで何となく鏡島貴志に誘われる前提で考えていたから、いざ自分で誘うとなると急に気恥ずかしくなるのだ。


「その……買い物、とか? ほら、遊園地ばかりで、センユウマートのモールの方は一緒に行った事が無かったでしょう?」

 結果、無難な答えと言い訳がましい理由を、私は小さく絞り出した。


「良いね! お買い物、楽しそう! いつ行くの?」


「え、いえ、いつというか、その、彼がどんな店が好きか分からないし……」

 妙に乗り気な明日香ちゃんに気圧されて、思わず弱音が漏れる。


「ふーん、じゃあ、ほかには?」


「他? ええと……あ、家に呼びたい、かも、しれない」


 今度はもっと真剣に考えようとして、今日の昼に明日香ちゃんが来る前に考えていた事を思い出した。


「でも、急に家に呼ぶのは……」


 私がすぐに取り消そうと言葉を紡ぎ始めると、明日香ちゃんに遮られる。


「じゃあ! お買い物の後に、しぜんに呼ぼ!」


「え、いや、それは」

 まだ、ごねようとする私に、明日香ちゃんは優しく話しかける。


「ね、かみなしさん。きっと楽しいから、ちゃんとデートしよう? 不安なら、私が一回たかしの好きそうなとこ調べるから、ね?」


「あ、ええ……分かったわ」

 なんだか、少し会わない内に明日香ちゃんも随分と大人びている気がする。


 私の返事に、明日香ちゃんは満足そうに頷いてから携帯を取り出した。


「じゃあ、写真とるよ!」


 唐突に始まった撮影会に、私は訳も分からずピースを作る。

 撮影音と共に、撮影が完了する。


「ほら! かわいい!」


 明日香ちゃんに写真を見せてもらう。

 なるほど、確かに自然な程度に肌は白くなっており、いつもより二割増しくらいで可愛く見えた。

 もっとも、自分のぎこちない笑顔とピースも相まって、あまり意味は無いような気もするが。


「急に写真を撮ったけれど、それはどうするの?」


「たかしに送って、既読がついたら電話して、デートのやくそくするの!」

 明日香ちゃんは、あっけらかんと言い切った。


 写真は、五回撮りなおした。

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