第62話 実行

「たかし、どっか行きたい場所ある?」


 カサネがアイスを食べ終わったタイミングで、明日香がそう声をかけてくる。


「いや、誘ったのお前だろ。さっさとお前の用事を終わらせようぜ」


 俺の気の無い返事に、明日香は頬を膨らませる。


「もー! 今日は、かみなしさんとのデートの練習なの! もっと! やる気出してよ!」


 ……そういえば、電話でそんな事も言っていた気がする。

「じゃあ、明日の為に服とか買いに行くか?」


「おー! デートっぽい!」

 明日香は感心したように俺を見ている。


「へっ! 俺にだってデートのノウハウくらいある。服買って、飯食って、映画見れば良いんだろ?」

 ちょろいもんさ、世の高校生の在り来たりなルーティーンに乗るだけなのだから。


「じゃあ! 服、私が選ぶ!」


 何が、じゃあ! なのかは分からないが、とにかく明日香は名案を思い付いたと言わんばかりの表情を浮かべている。


「……お前が選んだ服を買うとは限らんぞ」


「なんでよ!」


「なんか、黒いローブとか持ってきそうだし」

 私服の候補に何の違和感もなくロリータ服が入ってくる奴に、俺の服を選ばせたくない。


「じゃあ、ローブは止めとく!」


 止めとく! じゃなくて、そもそも売ってないんだよ。

 ……いや、売ってても買うなよ。


 そんな事を話しながら歩いていると、すぐに二階の服屋に到着する。

 ここはシンプルなデザインが売りの店だから、明日香に選ばせてもそんなに変な事にはならないだろう。


「よし、俺はここで座って待ってるから選んできて良いぞ」

 俺はおもむろに店内に置いてあったベンチに腰掛ける。


「いっしょに選ぶの! デートなんだよ!」

 明日香がキレている。割と真っ当な理由で。


 俺達は、なんとなく店内をぶらつき始めた。


 いつも似た雰囲気の服しか選んでいなかったが、改めて見ると色々な服があるな。

 今日は俺の服を買うから、恐らく明日は上梨の服を買う事になるだろう。

 そう考えながら、店内を見回してみる。


 女物の服って、バリエーションが尋常じゃなく多いな。

 どれが良いのかさっぱりだ。

 というか、上梨は背が高いし美形だから割と何でも似合うだろ。


 そのまま色々な服を見て回るが、デートだと意識すると余計にどの服が良いのか決められなかった。


 俺が妙な気恥ずかしさに苛まれていると、カサネが突然立ち止まる。


「どうした?」


「これにしましょう」

 カサネが指さした服は、値下げ製品のカートに無造作に放り込まれていた。


「……いや、ドクロ描かれてんじゃん」


「しゃれこうべです」


 言い方はどうでも良いんだよ。

「なんか仰々しいアルファベット書かれてるし、ダサいだろ」


「格好いいでしょう?」


 話聞いてた?

 あと、お前が誇らしげなのは何なんだよ。


 カサネが、しゃれこうべの服を広げて見せる。

 黒地に、白の骸骨とアルファベットが大きくプリントされたその威容は、値下げ品であるという確かな風格を感じさせた。


「かっこいい!」


 どうやら、明日香のセンスには引っかかったようだ。


 訳が分からん。

 頭蓋骨が格好いい筈ないだろ、お前の頭にも入ってんだぞ。


 俺が微妙な視線を明日香に送っていると、何かを思い出したかのように明日香がピョンと跳ねた。


「そうだ! まってて!」


 何を思ったか、明日香は足早に店内に消える。

「あいつ、何を持ってくるつもりだ……」


「これ、着てみて下さいよ」

 明日香がどこかへ行った事を気にも留めず、カサネは執拗に、しゃれこうべを纏わせようとしてくる。


「やだよ、なんか呪われそうじゃん」


「魔除け効果とかありますよ、たぶん」


 適当言うな、鬼瓦じゃねえんだぞ。

 そのまま着る着ないの攻防を繰り広げていると、明日香が帰ってくる。


「これ! その上着といっしょに着て!」


 そう言って明日香が天高く掲げるのは、指ぬきグローブだった。

 そんなもん、どこから見つけてきたんだよ……。


「お前は俺をどうしたいんだ。もしここに上梨がいたとしても、流石に擁護しきれないと思うぞ」


「一回、着てみて! けっこう良いかもだから」


 良い訳ないだろ。

 ドクロと指ぬきグローブって、最悪の組み合わせの代表格だろうが。


 正直、あんまり着たくはないが、さりとてニ対一。

 案の定、折れたのは俺だった。


 更衣室の鏡で、自分の姿を見る。


 今日は黒スキニーを履いてきたせいで、全体的に黒くなった。

 黒ドクロのアウター、黒指ぬきグローブ、黒スキニー、もうダサいというよりも怖い。


 俺はゲンナリと更衣室のカーテンを開け、外で待っている二人に自分の姿を見せる。


「かっこいい! ネクロマンサーみたい!」


 いや、私服にネクロマンサーの格好良さがあっちゃ駄目だろ。


「良いですね……なんというか、アレです、ねくろまんさーみたいで」

 本当に嬉しそうな明日香と違って、カサネの目は明らかに泳いでいる。


 コメントに困ったからって、明日香の真似をするな。お前、絶対ネクロマンサーの意味知らないだろ。

 そもそも、このファッションの主犯格はお前だからな。


 俺は無言でカーテンを閉め、服を脱いだ。


 一応、指ぬきグローブだけは買った。

 ほら、もしかしたら必要になるかもしれないし。


 +++++


「じゃあ、そろそろ飯にするか?」


 服も買って、本屋にも寄って、次は飯。

 そこそこデートの予行演習らしい工程だが、俺はこれで良いのかイマイチ確信を持てていなかった。

 いや、別に楽しくない訳ではない。

 ただ、何と言うか、いつもと変わらないのだ。


「たかしは、何の食べ物が好き?」

 明日香は首を傾けて問うてくる。


「え? あー、寿司とか?」


「じゃあ、お寿司屋さん行こ!」


 そう言って、さっそく明日香はトコトコと歩き始めた。


「待て待て、別にお前の食べたいものでも良いし、あとカサネの意見も聞こう」


「でも、かみなしさんに、たかしの好きなやつ教えなきゃだから……」


「二日連続で食うほど寿司大好きって感じでもねえよ」


「えー、わがまま言わないでよ」


 我儘って……今日は普通の寿司を食べて、明日はハンバーグ寿司のような色物を食べる、みたいな工夫を俺は求められているのか?

 だとすれば、求め過ぎだ。我儘度合いは明日香の方が上になる。


 そもそも、両隣にファミレスとハンバーガーショップがあるなかで二日連続寿司を食べるなんて訳が分からない。勘弁してくれ。


「カサネは食べたい物とかあるか?」


「寿司が良いです」


「…………」

 カサネに駄目押しされた事で、今日の昼飯は寿司に確定した。

 まことに遺憾である。


 テーブル席に座り、レーンを流れていく寿司を眺める。


 マグロ、マグロ、ハンバーグ、タマゴ、サーモン、パフェ、オムライス……困った。


 今日と明日、どちらを色物寿司の日にしよう?

 できれば上梨の前で、ハンバーグ寿司やらオムライス寿司やらを食べたくはない。

 色物寿司を好きだと思われたくないのだ、プライドが許さない。


 まあ、上梨の前でなくとも色物寿司なんて食べたくはないが。

 そもそも、あれって寿司じゃないだろ。

 俺が好きな食べ物は寿司なんだ。何故あんな中途半端でどっちつかずな食べ物を食わなければならないというのか。


 とはいえ、文句を垂れた所で今日の昼飯が寿司である事実は変わらないし、上梨が俺の好物を寿司だと認識する事実も変わらない。

 上梨はコミュニケーションが不得手だから、もし俺の好物が寿司だと知ったら、それ以外の選択肢を排して明日のデートに臨むだろう。

 不用意に情報を錯綜させて、上梨を混乱させるのは俺の望むところでは無い。


 俺はとりあえず、ハンバーグ寿司とマグロを手に取った。


 ……ハンバーグうま。

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