第56話 告白

「じゃーね!」


 明日香は両手いっぱいにヨーヨーや金魚、スーパーボール等の景品を持って、両親の待つ雑踏へ消えて行った。

 明日香にとっては、これからが祭りの本番だ。


 両親との花火、上手くいくだろうか?

 親と穏やかな時間を過ごすという状況を、俺は上手く想像できない。

 でも、明日香があれだけ楽しそうに笑いながら歩いて行ったのだ、きっと俺が心配する必要など無いのだろう。


「……さて、俺達はこれからどうする?」

 ベンチに座って焼きそばを啜っている上梨に尋ねる。


「人気のない所に行きたいわ」


「ああ、確かに。上梨は良い場所知ってたりすんの?」



「ええ、まあ。ついて来て」

 そう言って上梨は先導を始める。

 歩きながら焼きそばを食べるなんて、器用な奴だ。


 あ、むせた。


「ほら、水」

 予備に買っておいた水を開けてから渡す。


「ご、ごめんなさ、ん、ぐっ、う」


 水飲んだ後にしゃべれ。


 上梨はちびちび水を飲んで、ようやく落ち着いた。


「食べ終わるまで、どっかに座るか?」

 このままでは、箸で喉を突きかねない。


「いえ、大丈夫。歩きながら食べられるわ」


「いや、思いっきり咳き込んでたろ。お前の知ってる人気の無い場所に着いてから食べようぜ? 人が無駄に多いから、知らん奴の服汚しかねないだろ」


「そう、ね。ごめんなさい」

 上梨が、申し訳なさそうに項垂れる。


「いや、謝る程ではないだろ。だいたい、遊園地で吐いた俺を前にしたら、大抵の事は許されるぞ? まあ、俺は俺の前を横切った奴、全員許してないが」


「……貴方、一人大名行列でもやっているの?」


「流石に首刎ねるほどキレてねえよ」


 俺がそう返すと、上梨は小さく笑って歩き出した。

 今度は焼きそばを食べていない。


 こういうのも、久しぶりだな。

 最近はずっと色々考えて疲れてしまっていたからだろうか、なんだか妙に今の時間が心地よく感じる。


 どうせまた、数カ月以内に落とし子関連で忙しくなるのだろうが、今はそんな事もあまり気にならなかった。


 少し歩くと、急に辺りが静かになる。


 一つ道を反れただけなのに、もう随分と祭りの音が小さい。

 俺は昔から騒々しいイベントが嫌いだったが、少し離れた所から聞くイベントの音は嫌いではなかった。

 なんというか……落ち着くのだ、他人はみんな祭りの方にいる気がして。


「ほら、着いたわ」

 そう言って、上梨は立ち止まる。


 そこには、随分と長くて古ぼけた石階段があった。

 すり減って苔むしている様子から、もう随分と長い間手入れされていない事が伺える。


「ここの近くは人通りが少なくて、蚊もいないの。花火を見るのにうってつけでしょう?」

 上梨は少し自慢げに俺の方を振り返る。


「よくこんな場所知ってたな、ここって上梨の地元だっけ?」


「昨日、明日香ちゃんと一緒に探したのよ。良い場所が見つかって良かったわ」

 上梨はそう言いながら石階段に座り、おもむろに焼きそばを食べ始めた。


 マジかよ。

「なんか、すまんな。わざわざ下見までしてもらってたのか」


「仕方ないわ、貴方は昨日まで眠っていたんだから。本当に、目覚めてくれて良かった」


「あ、ああ、いや、うん、ほんと良かった。できれば死にたくないし」

 ……何か、上梨が以前より直球で好意を伝えてくる。

 恐らく、上梨なりに自分の感情と向き合っているのだろうが……調子狂うな。


「ねえ、の、飲み物をくれる?」

 妙に上ずった声で、上梨が飲み物を要求する。


「ん? ああ、さっきの水持ってるだろ? やるよ。精神世界まで助けに来てくれた礼だ」


「……いえ、そうではなくて、貴方の飲んでいた物が欲しいの」

 上梨は俺から視線を逸らし、耳を真っ赤にしている。

 明らかに挙動不審だ。


 まさか、関節キスだなんて馬鹿みたいに馬鹿なイベントをこなすつもりなのか?

 考えすぎか?

 いや、でも、まあ、水よりコーラの気分だっただけか。

「自販機途中で見たから、コーラ買ってこようか? 今日は礼の意味も込めて奢ってやるよ」


「いえ、その、貴方のが……良いの、です、けれど、も」


 そんなに恥ずかしいなら言うなよ……。

 俺も恥ずかしくなっちゃうから。


「り、理由は?」


 ほら、恥ずかしくなって、どもっちゃったよ。

 余計に恥ずかしいよ。

 どうするんだよ。


 上梨は少しの間、なんとも言えない声で呻いた後、しっかりと俺と目を合わせる。


「その、私、貴方に好きって言ったでしょう? そして、その好きがどんな好きか分からないとも言った。でも、貴方と大蜘蛛様のやり取りを見て確信した。分からないままは駄目なの、この感情の正体を早く暴かないといけない」


 口調こそ静かだが、上梨は確かに焦っているように見えた。


「……いや別に、俺はいくらでも待つぞ?」

 友達だし、それくらいはする。


 俺の返事に上梨は困ったように笑い、俺の指先にそっと指で触れた。


「……私の事、好き?」


 精神世界でも、聞かれた言葉。


「ああ」

 その言葉に、俺はあの時と同じように肯定で返した。


 上梨の指先が、俺の指先から離れる。


「明日香ちゃんの事は、好き?」


「ああ」


 上梨が俯き、ようやく俺から目を逸らす。


「…………大蜘蛛様の事、愛してる?」


 絞り出す様に提示された、上梨の言葉。


 この質問が出た理由は、考えるまでも無い。

 上梨は聞いていたのだ、小蜘蛛が消えた後に俺が言った言葉を。


「……俺は、大蜘蛛様を愛せなかった」


「それは、嘘?」

 上梨は俺の手に自分の手を重ねて、曖昧な顔でゆるく微笑む。


「俺、柚子を振ったんだ」


「……ええ、聞いていたわ」


「俺、柚子の事も結構好きでさ、生きてて欲しかったんだ。でも、あいつは終わらせてくれって言ったんだよ。じゃあ、振れば良いんだけど、あいつは心の中では煩いくらいに愛されたがってて、たぶん、俺が愛してるって言ったら……それだけで、きっと柚子は生きていられたんだ」


 上梨は分かり易く不安そうな顔をしているけれど、黙って俺の話を聞いていた。


「でも、俺は柚子を愛していなくて、愛していない事は柚子もたぶん分かっていて……それで柚子は振って欲しいって言ったんだ。柚子は、俺に愛してるって言って欲しかったのにさ」


 ……話していて、なんとなく上梨に聞いてみたくなった。

 というか、答えが欲しかったのだ。

 俺が本当に、柚子を愛していなかったのか。


「だから、うん。上梨の言う通り愛してるって言葉は嘘で、生きていて欲しいってのが本当だ。でも、生きてて欲しいってのは、愛じゃないかな?」


 俺の質問に、上梨は迷いなく答える。


「愛じゃないわ。例えそれが愛だとしても、Loveだとは絶対に言わせない」


 上梨は、スッと距離を詰める。

 顔が、体が、触れてはいないが妙に近い。


「ねえ、鏡島貴志。未だに私は、自分の好きがLoveなのか、独占欲なのか、勘違いなのか、全然分からない」


 上梨が、再び体を離す。

 彼女の手には、俺の飲みかけのコーラが握られていた。


 上梨がキャップを回し、あっさりとボトルの口を露出させる。


 俺が止める間もなく、彼女はボトルに口付けて喉を揺らした。


 一口、二口、液体が流れ込む。


 そうして、随分と大事のように思われた関節キスは、あっさりと成されてしまった。


「少し、喉が痛い……」


 上梨は顔をしかめて、軽く喉をさすっている。


「まあ、炭酸飲み慣れてないならそんなもんだろ」

 平常心を装う。

 妙に、鼓動が煩いから。


「私、自分の好きが何か分からなくても、貴方に告白されたら付き合うわよ」


 スッと、雑談の延長のように、上梨はそう言った。


「それは……」

 もう告白なのではないか?

 そう言いきる事は、出来なかった。


 上梨が小さく息を吐いて、呟く。

「分かった」


「……何が?」


 上梨は、コーラの飲み口を指でなぞる。


「相手が明日香ちゃんだとしても、貴方と間接キスをしていたら嫌」


 俺と、明日香が間接キスをしていたら嫌。

 なんだ、それは。

 俺と明日香が回し飲みしたとして、それを関節キスと称するな。気持ち悪いぞ。


 そして、なにより、それは、それは……。


「それは、お前、俺の事、好きなんじゃね?」


「そう、なのかしら?」

 上梨がこちらを見て、首を傾げる。


「…………分からん」

 俺も、首を傾げ返してやる。


 しばらく二人で首を傾げ合って見つめ合う。

 酷く恥ずかしかったが、目を逸らす気にはなれなかった。


 そういえば以前は人の視線が苦手だったのに気が付いたら平気になっていたな、等という事が頭を過る。

 いや、今はそんな事どうでも良いか。


 ひゅー、と音が鳴る。

 少し遅れて、どーんと鳴った。


 花火の光に照らされて、上梨の顔が鮮やかに彩られる。


「……えっと、付き合います?」

 なんとなく、敬語だった。


「……後悔、しますよ?」


 上梨も敬語だった。


「後悔はまあ、別に問題無いです」


「では、そのように」


 なんだそれ? そう思ったけれど、俺はただ『はい』とだけ返事をした。


 ようやく上梨から目を逸らして花火を見ると、田舎の祭りらしくショボかった。

 でも、悪くは無い。


 結局、花火なんてものは誰と見るかが重要なのだ。

 笑顔で両親と花火を見に行った、明日香を見れば良く分かる。




+++++




幼女の自殺配信を通報した後、何故か俺は、その幼女に絡まれている「第二部 完」

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