第55話 夏祭
あれから一週間後、俺は自分のベッドの上で目を覚ました。
俺は上梨に喰われて死んだと思っていたのだが、叔父さんの話によると何故か上梨の怪物性が急に封じられて助かったらしい。
あと、俺を舐めたり食ったりしたのだから当然だが、やっぱり上梨は怪物のままだったみたいだ。
今でこそ謎の封印のお陰で安全だが、数カ月後にはどうなるか分からない状況らしい。
因みに上梨はこの事を知らないし、精神世界で俺を喰った事も覚えていなかった。
叔父さんは、謎の封印が解ける前に決着をつけるつもりだと言う。
実際、上梨が何も知らないまま数カ月以内に事が解決するのなら、それが一番良いのだろう。
俺が暇つぶしに思考に耽っていると、明日香が部屋に飛び込んでくる。
「たかし! オッケーだった! 夏祭り! 行けるって!」
「どうした? 全てが唐突で意味不明だぞ」
明日香は今日、父と母に真っ向から話をしに行っていた筈だが、この説明では何がオッケーで夏祭りが何なのか、まるで分からない。
「お父さんと! お母さんと! 話したの! で、かまってって言ったら! いっぱい話せた!」
未だに明日香の言葉は要領を得ないが、何となく意味は伝わった。
家族と、向き合ったのだろう。
「おお! 良かったな! それで、夏祭りってのは?」
「なんかね、お父さんも、お母さんも、ちっちゃい時に自分の親に、関わられるのが、やだったから、あんまり私に関わんないようにしてたの! それで! かまってって、いっぱい言って、良いよってなったの。それだから、最初は夏祭りねって、仕事もあるからずっとは無理だけど、できるだけ帰ってくるって!」
「めちゃくちゃ頑張ったな、快挙じゃん」
明日香は目を輝かせて、一生懸命話を続ける。
興奮しているせいで分かり辛い事この上ないが、概ね上手くいったらしい事は分かった。
ずっと回りくどい方法で親からの興味を引こうとしていた明日香が、しっかりと親と向き合って結果を勝ち取ったのだ。
素直に凄いと、そう思う。
「それでね! たかしも夏祭り来て! かみなしさんも呼んだから!」
いや、なんでだよ。
俺って別に、上梨がいたら絶対来るみたいな感じでもないだろ。
「俺と上梨がお前の家族イベントに参加する理由がねえよ。一家団欒を楽しめ」
明日香は俺の言葉を聞くと、にんまりと笑った。
「えっとね、私、みんなと行きたかったから! 作戦立てたの! 最初は、たかし達と夏祭り見て、後の花火とかを、お父さんと、お母さんで見るの! すごいでしょ! これでみんなと見れるよ!」
「ああ、いや、まあ、うん、そうだな」
その場合、俺は上梨と二人で花火を見る事になるだろうが。
俺は、上梨とそこまで急に距離を詰めるつもりは無いぞ。
でもまあ、親と話せって言ったのは俺だからな……今回は明日香の作戦通りに行くか。
「ほんとはね、カサネちゃんと、ゆずちゃんも、いっしょが良かった」
さっきまで元気だった明日香は、少しだけ落ち着いたトーンでそう言った。
「そうだな……」
叔父さんが神社の封印を解いたのと同時に、カサネは居なくなったらしい。
それ以降、俺や明日香の前にカサネは姿を現していない。
少しの間、俺達はお互いに黙り込む。
いつもは騒々しい蝉も空気を読んで黙っているのが、悲しさとも寂しさとも言えない奇妙な空気を際立たせた。
「……私、カサネちゃんとケンカしたままになっちゃった。ゆずちゃんとも、もっとちゃんとしたかったな」
明日香は相変わらず落ち着いた声で、しみじみと言葉を続ける。
「ねえ、たかし? こういう気持ちも、いつか忘れちゃうのかな?」
そう問いかける明日香は、俺の記憶している姿よりも大人びて見えた。
「……忘れるのは、嫌か?」
「なんか、かみなしさんが昔の友達は忘れちゃったって話し、前してたでしょ? あと、カサネちゃんも昔はゆずちゃんのこと好きだったけど、今はどうでもいいって感じだったから……大事な人も、ずっと仲良くしとかなきゃ、忘れちゃうのかなって思って……ちょっと、やだなって、思った。たかしは、どう? 忘れちゃうの、いやじゃない?」
明日香は首を傾げて俺を見る。
顔を半分だけ日に照らされた姿は、妙に印象的だった。
「……柚子はもういない。それに、カサネもここにはいない。で、お前は色々後悔してるように、俺も割り切れない部分が結構ある」
とりあえず感情のまま話し始めたが、この後なんて言おう?
最近は、前ほど言葉が出てこなくなった気がする。
これは、よく考えて話すようになったからなのか、思考の軸がブレたからなのかは分からない。でも、今の俺は少なくとも、しっかりと考えながら話していた。
「だから、だからさ、俺は覚えている限り後悔していようと思う」
忘れるのは嫌か、という問の解ではない。
けれども、それは確かに俺なりの解だった。
数百年、忘れる事ができなかった柚子を終わらせた、俺なりの解だ。
「ふーん」
明日香は、俺の回答に小さくそう返した。
明日香が寄ってきて、まじまじと俺の顔を見つめる。
納得したような、していないような、そんな微妙な表情だ。
そして、明日香は俺の頭を撫でてから、歩いて部屋を出て行った。
意味は良く分からない。
だが、なんとなく俺の言いたい事は伝わった気がした。
+++++
まばらになってきた蝉が鳴く。
もうそろそろ空の色が変わるかという頃、俺は祭りの会場近くでスマホを弄って暇を潰していた。
スマホを時に撫で、時に叩く様は、さながら調教師だ。
俺がサーカス団に入った暁には、スマホの火の輪くぐりを持ちネタにしよう。
運動が苦手な俺だって、フラフープほどの輪にスマホを投げ入れるくらいのコントロールはできる。
あ、でも投げたら画面割れるか。
サーカス団の団長まで上り詰める野望は諦めよう。
断腸の思いだ。
だが、スマホの命とは比べるまでもない夢だ。
「……お待たせ」
「ん、おお」
待ち合わせの五分前、そこに現れたのは浴衣を美しく着こなす上梨だった。
「ど、どう?」
上梨が両腕を開いて、浴衣のデザインを見せてくる。
「上梨、和服似合うな。なんというか、しっくりくる」
彼女の黒髪に紅い花柄の浴衣がよく映えていて、完成された美しさがあった。
「そ、そう、ありがとう。貴方の服も、その、良いと思う」
上梨は照れて顔を赤くしながらも、俺の服装を褒め返してくる。
「俺の服は、別にいつもと変わらんだろ」
和服を着ている訳でも無い、普通の服装だ。
「いつも良いと思っている、という事よ」
「え、あ、おう、ありがとう」
急に正面から褒めるな。
気圧されちゃうだろうが。
「後は明日香か。あいつも来たら、ぼちぼち祭りに……」
「どーん!!!」
「うお!」
急に背中に衝撃が走る。
咄嗟に振り向くと、予想通り俺の背中には明日香が引っ付いていた。
「たかし、けっこう力持ちだね! おんぶとか、できないと思ってた!」
「お前なあ、俺がモヤシだったら全身複雑骨折だぞ?」
「救急車って、百十九番だったかしら?」
後ろから上梨がふざけた事を言ってくる。
モヤシだって言いたいのか?
「複雑骨折はしてねえよ。見ろ、この筋肉」
力を込めて、腕を曲げて見せる。
すると、そこそこの筋肉が盛り上がった。
「プニプニだ!」
明日香が背中から手を伸ばし、俺の力こぶを触って嬉しそうに声を上げる。
「いや、こんなもんだろ? 所詮肉だぞ。アスリートの筋肉も、たぶん俺のと大差ない」
「大差ない訳ないでしょう。それより明日香ちゃん、そろそろ降りないと彼の足が気の毒なくらい震えているわ」
反論したいところだが、事実として俺の足は限界だった。
ひょいっと、明日香が俺の背中から離れる。
「たかし! 見て! 可愛いでしょ!」
明日香も、上梨がしたのと同じように自分の浴衣を見せてくる。
「ああ、可愛いな」
「たかしは、ふつう!」
上梨に対して、明日香は嫌に正直だ。
こういうのって、前まで逆じゃなかったっけ?
「いや、俺は平常心を大切にしてるんだよ。冷静沈着、志操堅固、そういう意志の表れがこの服装なんだ。どうだ、すごいだろうが」
自信満々に正当化してみる。
こういうのは、後からでも意味をつける事で見方が変わってくるものなのだ。
「でも、ふつう!」
明日香は、ニッコリと笑いながら俺の後付け信条を否定した。
「……まあ、そうですね」
別に良い、後付けだから。
「ほら、二人とも。祭りが混みだす前に、食べ物を買ってしまうわよ?」
そう言って先を行く上梨に付いて、俺達はゆるゆると祭りの喧騒に赴いた。
そろそろ、気が早いコオロギが鳴き始める頃だ。
俺はたこ焼きを食べたいな等と呑気に考えながら、少し前を歩きながら楽しそうに話す明日香と上梨を眺めていた。
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