第51話 昼想
明日香ちゃんと鏡島貴志は今日、セーラー服の少女の案内で神社に行っているらしい。
好きだと言った相手が他の女の子と出かけているというのに、私は少し安心していた。
だって、どんな表情で顔を合わせれば良いのか分からない。
机に突っ伏し、熱くなった頬を冷たいデスクで冷やす。
私は昨日、鏡島貴志に告白した。
なんだか、いまだに信じられない。
そもそも、アレは告白だったのだろうか?
友情では無いけれど、恋愛感情かどうかも分からないのに好きだと言ったのは、失礼だったのではないか?
というか、失礼だ。
それなのに、鏡島貴志は受け入れてくれた。
彼の言葉を反芻する。
———好きって言えば良い———
とても、優しい言葉だ。
自分ですら全容が掴めない感情が、全て受け入れられた気がした。
それがとても安心できて、同時に不安にもさせられる。
たぶん、彼は誰にでも優しい。でなければ、何だかんだ言いながら、私や明日香ちゃんと今の様な関係になるまで付き合う事なんてできない。
そういえば、海で知らない迷子に声をかけていた事もあったっけ?
……どうしようもなく、不安だ。
彼は、私を友達として好きだと言った。
昨日まではその言葉だけで口角が勝手に持ち上がるくらい嬉しかった筈なのに、今はもっと上の好意を欲しがっている。
だって、鏡島貴志に更に友達が増えたら?
その友達が鏡島貴志に好意を持ったら?
告白したら?
いくら優しい鏡島貴志だって……いや、優しいからこそ、自分の感情すら飲み込めず曖昧に好きと呟く私なんかより、明確に好きだと言う人を選ぶ筈だ。
私は自分の感情が恋愛感情であると確信できずにいる癖に、鏡島貴志からは恋愛感情を抱かれたいと思っているのだ。
なんて、なんて醜い独占欲だろう?
口内に溜まった苦い唾液を嚥下する。
あんな捻くれた人間に、私や明日香ちゃん以外に友達ができる筈がない、そうやって自分を納得させる。
鏡島貴志が、私に告白してくれないかな……。
そうすれば、私は自分の気持ちなんて考えないで、鏡島貴志の為に付き合えるのに。
……馬鹿だ。
恋愛感情に独占欲で返される相手の気持ちを考えろ。
なんて、告白されてもいないのにな。
恥ずかしがって友達として好きだと言っただけで、本当は私の事が好きだったりしないだろうか?
鏡島貴志の初恋って、いつなのかな?
少し考えていると、いつの間にか思考が移ろい、幼少期の彼が私に淡い恋心を抱いているという妄想に変わっていた。
……馬鹿だ。
デスクから身体を起こし、頭を振って浮ついた思考を追い払う。
ふと、昔にオカルト本と間違えて恋占いの本を買った事を思い出した。
どこに置いていたっけ?
椅子から立ち上がり、最近は読んでいない本が収められた本棚を探す。
ああ、あった。
私は、黒い背表紙に『占星術と、おまじないの基礎~願いを叶える星の力~』と書かれた本を取り出す。
これを買った時は、手当たり次第にそれらしい本を調べていたからよく変な本に当たっていた。あの頃は、毎日焦燥感に駆られていたな。
脳裏に浮かんだ日々は決して良い思い出ではないし、怪物の性質を消すのにオカルトの知識は何の役にも立たなかったけれど、私がオカルトを学んでいたお陰で鏡島貴志や明日香ちゃんに出会えたのだと思うと、あの日々も無駄では無かったと思える。
私はベッドに寝転がり、鏡山君ノートと恋占いの本を並べて開く。
えっと、私が蠍座で鏡島貴志は……魚座か。
……あ、けっこう相性良い。
魚座の男性の特徴と書かれた項目に目を走らせる。
『うお座の男性は一見とっつき辛く見えますが根は優しく、一度仲良くなったら情熱的な一面も見えてきます。恋愛には奥手な人が多いので、積極的にアタックしてリードしてあげると良いでしょう。また、ハデ過ぎない落ち着いた印象を与えるファッションも効果的です』
私は今まで、そんなに派手な格好はしていなかった筈だ。
本物のオカルトを学んだ私が、こんな子供騙しを真剣に読んでいる事が急に恥ずかしくなる。
私がそのまま本を閉じたのと同時に、携帯の呼び出し音が鳴った。
鏡島貴志からかと思い、ビクリと震える。
ゆっくりと携帯の画面を見る。
黒崎さんからだ。
私は少し安心すると同時に、どこか鏡島貴志からの電話を期待していた自分を自覚した。
「もしもし、上梨です」
「もしもし、黒崎です。美沙さん、貴志君達の身が危険かもしれません。一度合流できますか?」
「っ! 危険って、どういう事ですか?」
「大蜘蛛様の封印に入ってから、貴志君の魔力に干渉がありました。そちらに結界の入り口を送りましたから、入っていただけると助かります」
黒崎さんがそう言い終わらないうちに、私の自室に黒い影が差し込む。
現れた影の交差点に、私は迷わず飛び込んだ。
次の瞬間、視界にはいつか見た交差点が広がる。
儀式の日の、あの場所だ。
だが、そんな事はどうでも良い。
「黒崎さん! 彼は! 明日香ちゃんは! 無事なんですか?」
「分かりません、ですが人形が壊れていないので少なくとも貴志君は死んでいない筈です。大蜘蛛様の所に行くと聞いて、万一を期していて本当に良かった……」
黒崎さんの言葉通り、ふわふわ浮いている人形は確かに紋様が揺らいでいるだけで大きく破れたり燃えていたりはしない。
ひとまず安心する。
彼が無事ならば、きっと明日香ちゃんも無事だ。
そう、無理やり自分を納得させて話を続ける。
「それで、私は何をすれば良いんですか?」
「美沙さんには、魔力経路を確認しやすいようにこのアクセサリに魔力を流し続けて欲しいんです。そうすれば、私がアクセサリを解析して大蜘蛛様の封印へ入れる」
黒崎さんはそこで言葉を切り、不安そうに眉を顰めた。
「美沙さん……貴志君達の為に、協力してくれませんか?」
私は、随分と情けない顔をした黒崎さんにすぐに返事をする。
「当然、協力します。それに、簡単な事であれば彼らと関係なくても手伝いくらいしますよ」
本来であれば、私の方こそ恨まれていてしかるべきなのだ。
過去の友人への罪悪感が消えてしまうような私でも、頼まれれば大抵の事はするくらいに黒崎さんへの申し訳なさは感じている。
私は黒崎さんに渡された異形の指のアクセサリを手に取り、自分の指を添える。
指の表面が、泡立つように蠢く。
……成功だ。
魔力の流れを確認した黒崎さんは、手際よくアクセサリに刻まれた術式を手繰る。
かなり複雑な術式なのに、器用なものだ。
そう感心しているのも束の間、叔父さんの近くで浮いていた鏡島貴志の人形がジワジワと紅に染まり始めた。
黒崎さんの表情が苦悶に歪む。
「美沙さん、どうやら向こうでは貴志君を対象に神降ろしに近い儀式が行われている可能性が高いです」
「……神、ですか」
黒崎さんが、私の質問に小さくうなずく。
神なんて碌な代物ではない、それがオカルトを少しでも学んだ者の共通認識だ。
神という存在は、一つの事象の達成の為に概念にすら触れる禁忌。関わったら多くの命が失われる、そんな存在。
だからこそ、大昔にほとんどの神は殺害や封印やといった形で無力化されている。
それが降ろされるという事は即ち、降ろされる鏡島貴志は精神世界で神に危険に晒され、明日香ちゃんは神の危険性を知りながら神を降ろそうとする狂人に危険に晒されている可能性が高い事を意味する。
「黒崎さん、パワーで言えば私の方が上です。私は彼の精神世界で神の相手をするので、黒崎さんは明日香ちゃんをお願いします」
私の提案に、黒崎さんは悔しそうに唇を噛んだ。
「本当は貴志君の保護者としても、大人としても、危険度の高い神の方に行きたいのですが……すみません、お願いします」
頭を下げた黒崎さんに、私は頷き返す。
本当に、黒崎さんは良い大人だ。
鏡島貴志の優しさの原因は、案外黒崎さんにあるのではないかと、ふと思った。
指のアクセサリを中心に、ビキビキと空間に亀裂が走る。
その瞬間、黒崎さんが合図する。
私は亀裂に足を踏み入れ、神の魔力を肌で感じた。
神に勝てるのか、少し不安になる。
そこで、侵食が進み半分ほど紅に染まった人形が目に入った。
……今も、徐々に神に鏡島貴志が侵されているのか。
そう思うと、不安はあっさりと別の感情に塗りつぶされた。
独占欲とエゴに塗れた、こんな汚い自分は嫌いだ。
でも、今だけはこの感情を糧に魔力を振るおう。長年恐れてきたこの感情こそが、紛れも無い私の本性なのだから……。
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