第50話 信頼

「頑張れよ」

 そう言って、たかしがたおれる。


 たかしは、怖がってる顔をしてた。

 元気の出ることを言ってあげようと思って、たかしに近づく。


「え……?」

 たかしから、ブクブク泡立つ黒い火がたくさん出てきた。


「始まりますよ……人神の降臨です」


 カサネちゃんの言葉を合図に、近くでたおれていたゆずちゃんの体が大きくなって、虫の足みたいなのがどんどん生えてくる。

 その足は全部、ドロドロになった、たかしの方に向かって行った。


 ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ音を鳴らしながら、たかしとゆずちゃんが混ざってく。


「な、なにこれ?」

 意味わかんなくて頭の中がグルグルする。


 なんか、ずっとカサネちゃんが難しいこと言ってて、それで、ゆずちゃんがカサネちゃんに、ひどいこと言って……それで、それで、ゆずちゃんが全然カサネちゃんのこと考えてくれなくて、なんか、悲しくなって、なって、たかしがカッコつけてて、ちょっとうれしくなって、それで、なんで? なんで?


 なんで、こんな風になってるんだろう?


「これ、カサネちゃんがやったんだよね?」


「はい、これで全て上手くいきます」


「たかしが、封印といてって言ってたけど、カサネちゃんできる?」


 私を見て、カサネちゃんは優しそうに笑った。


「……そんな必要ありませんよ? だってこれを願ったのは、明日香ちゃんではないですか?」


「私が……?」


「明日香ちゃんが、神と人の恋路を導くと決めたのでしょう?」


 カサネちゃんが、見たことない顔で笑う。

 少し怖い。

「私、ゆずちゃんじゃなくて、かみなしさんの恋愛を応援してるんだよ?」


「ええ、知っていますよ」


「だから、神様とか関係ないの!」

 早くドロドロのやつを止めてほしいのに、ちゃんと会話ができない。

 モヤモヤする!


「やはり、ご存じなかったのですね」


「何が! さっきからカサネちゃん変!」


「明日香ちゃん、よく聞いてください」


 カサネちゃんは、しゃがんで私と目線を合わせる。


「上梨は、神の蛹……大蜘蛛様とは格が違う、正真正銘の神なのです。つまりは、アレも狂気に侵される運命なのですよ」


「かみなしさんは人間だもん!」


「黒崎様が何を勘違いしたのかは知りませんが、アレは神です」


「っ……じゃあ、じゃあ、かみなしさんは、このままだったらどうなるの?」

 私が何を言ってもカサネちゃんの態度は変わらなくて、少し不安になる。


「アレがどんな狂気に染まるかは分かりませんが、十中八九あの男を喰らうでしょうね。せんゆうさまの落とし子とは、そういう怪物です」


 かみなしさんが、たかしを食べちゃうんだ。あんなに、怪物じゃなくなったって、うれしそうだったのに。

 でも、たかしが神様にならないと……でも、グチャグチャになる直前、たかしは怖がってた。

 でも、このままだと、かみなしさんが……何が良くて、何が悪いのか分かんない。


「たかしが神様になったら、かみなしさんといっしょになれるの……?」

 どうすれば良いか分からなくて、私は分かり切ったことをカサネちゃんに聞いた。


「ええ」

 カサネちゃんは、無表情でうなずく。


 私は考えたくなくて、もっと質問を続ける。

「なんでたかしは、神様になるの怖がってたの?」


「他者と魂が混ざるという事は、少なからず精神に影響がありますから。それを恐れたのでしょう」


「……それで変わっちゃった、たかしは、本当にたかしなの?」


「分かりません。でも、人のままでは神との恋が実らない事は確かです。大蜘蛛様も、せんゆう様も、他の神だって、人との恋は悲恋で終わっています」


 どうすれば良いか分かんない。


「……たかしが変わっちゃうのは、やだ。でも、かみなしさんが好きって言えるようになったのに、また独りになっちゃうのもやだ。ねえ、なんとか、ならないの?」


 私の質問に、なんだかカサネちゃんは怒ってるみたいだった。


「人は変わるものでしょう? それに、明日香ちゃんは散々あの男を変えているではないですか、今更何を恐れるんです?」


「私が、たかしを変えてる?」


「そのままの意味ですよ。明日香ちゃんの嘘で、あいつがどれだけ変わったと思っているのですか?」


「ウソなんて……」


「吐きました。あの男が、明日香ちゃんの父親にはなれないと泣いた時、貴女は親では無く家族になりたいんだと言ったでしょう? あれのどこが嘘でないと言うのですか」


 カサネちゃんは、私の目をじっと見る。


「…………だって、たかしが泣いてたんだもん」


 私もカサネちゃんの目を見返して、自分の思ってることを言葉にした。


「ずっと、たかしをお父さんみたいだって思ってたのに、弱いとこも知っちゃったの。だから、私がちょっと大人にならなきゃって思ったの。私、たかしのカッコ悪いとこで、大人だってふつうの人なんだって、言われる前から分かってたんだ」


 私のその言葉に、カサネちゃんは口をパクパクした。

 言いたい言葉が、つっかえてるみたいだった。


「あ、あの男が可哀そうだから、理想の未来を諦めるのですか……? 今だって、今だって! 明日香ちゃんの心の底では、あの男が父になる事を望んでいるじゃないですか!」


 カサネちゃんの目に、涙がたまっている。


「貴女だけは、幸せな未来を、理想の家族を諦めないで下さいよ……」


 一粒だけ、涙が地面に落ちた。


「……ごめんね?」


 カサネちゃんが、私に自分を重ねてるのは分かってた。

 でも、やっぱり、たかしは大切な人だから。

 たかしが苦しいなら、さみしいのもガマンできる。

 お父さんとお母さんとだって、ちゃんと向き合うんだ。


 だまっている私を見て、カサネちゃんが辛そうに下を見る。


「どうして、好きなのに諦められるんですか……」


 カサネちゃんの目からは、どんどん、どんどん涙があふれ出た。


「私は、いくら母の事が好きでも、母が私に興味を抱かないのが辛くて……必死で、必死で私も母に対して無関心な振りをして、誤魔化して、諦めていたんですよ? 何故、明日香ちゃんは、あの男が好きなままで、あの男からの無償の愛を諦められるんですか……? どうして、諦めたのに、幸せそうなんですか?」


「たかしは、私のこと、いっぱい考えてくれるから」


「いくら考えていたって! あいつは明日香ちゃんの事を何も分かっていないじゃないですか! 父の役を期待されていると気が付いても、明日香ちゃんの嘘に騙されて、普通の友達でいられると思ってる! それどころか、私の術への対策も抵抗もせずにあっさり神にされかけているんですよ? あいつは、本当は明日香ちゃんの気持ちどころか、神の蛹の気持すら分かっていないんじゃないですか!」


 ムッとする。

 カサネちゃんんは、たかしのこと全然知らないのに。


「ちがうもん! たかしは、信じてくれてるの! どれだけ自分で考えて正しいと思ったことも、私やかみなしさんが、ちがうって言ったら分かったって言ってくれるの! 知ってる? たかしは、かみなしさんのためになりたいって思ったとき、かみなしさんの死にたいって言葉を信じて殺そうとしたんだよ? もし今、私が本気で死にたいって言ったら、たかしは全部受け止めて、考えて、殺してくれる! たかしは! 私を見てくれるの!」


 私は、しっかりとカサネちゃんの目つめて、大きく口を開いて、言ってやる。


「たかしは私のこと! 大好きだから!」


 カサネちゃんは、私の言葉でしりもちをついた。


「っ! っ! ず、ずるいです。私はお父さんの一番にも、お母さんの一番にもなれなくて……友達のために両親を諦めて、全部、全部、諦めたのに! 明日香ちゃんはたくさん一番を持ってるのに! 私には、一つもくれないんですから……」


 カサネちゃんがうつむいて、もう一回顔を上げた時には、涙は止まっていた。


 急に周りが暗くなる。


「……ふふふ。はあ、もう手遅れですよ」


 カサネちゃんがそう言うと、地面がグラグラし始める。


 後ろをふり向くと、そこには大きくて強そうなウニョウニョがいた。


 それは、ネバネバした黒いスライムみたいな外見で、いっぱい虫の足が生えている。

 泡みたいにいっぱいある目玉は全部スライムの内側を見てて、すっごいキモイ。


「あ……」


 ゆっくり、たくさんの虫の足が私に群がってきた。

 どうしよう、カサネちゃんと話すのに夢中で、封印のやつ忘れてた!

 たかしに、頑張れって言われてたのに!


「カサネちゃん! 封印のやつ、といて!」


 私があせってカサネちゃんの方を見ると、カサネちゃんはすごく優しそうに笑っている。


「ねえ、明日香ちゃん? 貴女は私と同じように家族に期待して諦めたんだから、私と同じように親に殺されて下さい……そうすればきっと、貴女は私の一番の理解者で、一番の友達になれるでしょう?」


 優しい顔のままのカサネちゃんは、なんだか初めて会った時のたかしみたいだった。


 どんどん、どんどん、虫の足がよってくる。


 逃げようとしても、足が動かない。


 かみなしさんに食べられそうになった時、たかしもこんな気持ちだったのかな?


 なんだか負けたくなくて、正面からウニョウニョを見返す。


 そして、虫の足が私のほっぺにさわった。


 黒いネバネバが、私の足にさわった。


 ぬめぬめの目玉が、私のお腹にさわった。


 体中が包まれそうになる直前、カサネちゃんの声が聞こえた。


「明日香ちゃんは、私の友達になるって言ってくれたじゃないですか……」


 さみしそうな、声だった。


 ……友達なら、もっと話聞いてあげれば良かったかも。

 たかしみたいに。


 もう、おそいかな?


 目の前が、真っ黒になる。






 バチッ!

 強く目の前が光った。

「危なかったですね。封印と転移アクセサリの解析に時間がかかって申し訳ない」





 ゆっくりと、目を開く。


「……わあ! おじさん!」

 私とスライムの間には、堂々とおじさんが立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る