少女と羽化と卑屈

第27話 嚆矢

 世の中に意味の無い行為があるとすれば、それは一人でもできる事をわざわざ複数人で行う事だろう。


 例えば便所に複数人で入る行為。

 例えば昼飯の弁当を集まって食べる行為。

 例えば一人でクリアできるゲームを協力してクリアする行為。

 それらは全くもって意味の無い、無駄な事この上ない時間だと言える。


 俺はいつだって自分の正しさを貫く人間でありたいと願う、実に立派な志を持つ少年だ。いや、十七歳って少年か?

 ……まあ良い。ともかく俺が言いたいのは、何故に俺が友人達と通話をしながらアニメ鑑賞をしているのか? という事だ。


 だってそうだろう?

 複数人でアニメを見ても、結局は人に遠慮して無言でいるか、アニメに集中して無言でいるのだ。

 なら、一人で見るのと変わらない。


 まあ、そんな事を最終話が終わる段階で考えても意味は無いのだが。

 しかも、感動して目が潤んでいるのだから格好もつかない。


 今日はしおらしくしとこ……。


 The Endの文字が見えた段階で、鼻をすする音が入らないようオンにしていたミュートを解除する。

 通話画面を見ると、明日香も上梨も泣いていた。

 一つの画面に充満する泣き顔、地獄絵図か?


 人の顔がならんでるだけで、既にちょっとキツイのに。


「感想! 聞きたい!」

 鼻声の明日香が、さっそくとばかりに声を上げる。


 こいつが唐突に魔法少女アニメの鑑賞会をしたいとか言い出した時は何事かと思ったが、目的はこれか。

 感想会とか、ベタな事しやがって。


 ……しかし、感想か。

 この通話に参加しているのが明日香だけなら簡単な感想で良いんだが、ここには上梨がいる。

 もしここで小学生みたいな感想を言ってみろ、鬼の首を取ったかのようなしたり顔で、これ見よがしに鏡山君ノートを取り出すぞ。


 上手い感想、上手い感想か、どういうのが良いんだ?


 あ、そうだ!

 小学生の時に読書感想文の書き方講座を受けさせられた記憶がある!

 えーと、確かあらすじと感想を交互に書くのが厳禁で、なんか自分の経験に重ねて共感するのが大切なんだっけか?

 ……俺に魔法少女をやってた経験とかある訳ないだろ。


 駄目だ。そもそも、小学生なんていう自我も固まっていない人間もどきを相手に、講座を開く奴の言う事なんて、糞の役にも立つ筈が無い。


 こうなったら上梨に先手を打たせて、それを参考に感想を考えよう。

 目指すクオリティが分かれば、少しは考えやすいだろう。

 それに上梨も、自分と同レベルの感想をこき下ろす事は無い筈だ。


「上梨って、あんまりこういうの見ないだろ? 明日香も最初は上梨の感想が聞きたいんじゃないか?」

 アニメ文化に慣れてない人間が、アニメを初めて見た感想。

 絶対に明日香も気になる筈だ。

 そして、ここで明日香も上梨の感想をせがめば、トップバッターは確実に上梨へ押し付けられる!


 さあ! 初めてアニメに触れた人間の感想を欲せ! 明日香!


「私も! かみなしさんの感想聞きたい!」

 果たして、明日香は俺の期待通りに動いてくれた。

 ガキはちょろくて助かる。


 さて、もう上梨は感想を言う他ない。

 どれほどの感想がお前の期待値だ? 答えろよ、上梨!


 俺と明日香は期待に胸を膨らませて、アニメに疎い人間が初めてアニメを見た時の感想を待ちわびる。


「まあ、その、良かったと思うわ」

 上梨は少し恥ずかしそうにしながらも、素直に感想を述べる。


「えへへ、そうでしょ! 他のもまた、見ようね!」


「ええ、また時間があるときにでも」

 明日香と上梨は、画面越しにニコニコと笑いあっている。


 いや、ふざけるな。そんな一言で良いのかよ。

 俺、必死に小学生の頃の記憶掘り起こしたのに、芋づる式にトラウマが蘇るかもしれない危険を冒してまで、記憶掘り起こしたのに。


 ああ、クソ。

 読書感想文にまつわる嫌な思い出、思い出しちゃったよ。


 はあ、俺も短めにアニメを称賛する感想言うか?

 いや……長々と素晴らしい感想を語り切って、上梨との格の違いを見せつけてやろう。


「たかしは、どうだった!」

 俺が決意を固めたタイミングで、明日香が俺にも感想を求めてくる。


「そうだな、やっぱりお前が持ってきたのが魔法少女モノのアニメだったから、最初は女児向けアニメだと思ってた。だけど、中身は結構ハードな内容だった事に驚かされたな。あと、大きくシリアス方向に傾いた三話では、ありきたりにグロと死でゴリ押すのか? と、俺はまだ捻くれた視点を崩していなかったんだが、その後に徐々に明かされる魔法少女の真実と、丁寧に描かれるそれぞれの願いや想いにどんどんひきこまれていった。最後は結局一人で戦っていたからどうなるのか冷や冷やしたが、まさかあんなふうに締めるとは……素直に脱帽だ。結局あれがハッピーエンドなのかバッドエンドなのか未だに俺は判断できていないが、それでも俺はあの娘が選択した終わりがあれならそれでも良いのかなと思う。けどやっぱりやりきれないから、総評としては続編で救われてくれって感じなんだが、同時に蛇足かとも思ってしまう俺がいる」


 どうだ、一気に語り切ってやったぞ?

 おら! 上梨! お前も流石にこれに文句は言えないだろ!

 俺の言語能力に恐れ慄け!


 俺は上梨を見てニヤリと笑う。

 正確には、パソコンのカメラを見てニヤリと笑う。

 ちょっと恥ずかしい。


「満足そうなところ申し訳ないけれど、音質があまり良くないせいでほとんど聞き取れなかったの」


 それなら! もっと申し訳なさそうにしろ!

 そんなしたり顔をされたら、負けた気になっちゃうだろ!

 はあ……マイク買お。


「私は聞こえた! 二人とも、気に入ってくれて! 良かった! つづきの映画もあるから、今度見よ!」

 明日香は今日やりたかった事が全部できたのだろう。

 満面の笑みを浮かべて、実に満足そうだ。


 やはり明日香だな。上梨は捻くれていて敵わん。

 上梨ももっと、俺のように純粋な心で生きれば良いのに。

 まあ、今は今で楽しそうだから別に良いけど。


「次の鑑賞会も楽しみにしてる。貴方も、その、ちゃんと参加してよね?」


「おう、マイク買って高音質で俺の感想をお前の耳にも届けてやるよ」


「ふふ、厳しめに添削してあげる。じゃあ、また明日ね」


「また、明日!」


「おやすみ」


 上梨の通話が切れ、画面いっぱいに明日香の幸せそうな笑顔が映し出される。


 未だに明日香の親の問題も、上梨の怪物の問題も解決していないが、それでも俺はこのままで良い気がしていた。

 まあ、本当はどうにかする為に頑張るのが面倒くさいだけだが。などと悪ぶってみる。


「……上梨も落ちたし、俺達もそろそろ解散するか」


 俺が通話を切ろうとマウスに触ると、明日香が待つように言ってくる。


「なんだよ?」


「あのね、となりの町の神社に行きたいから、ついて来て、ほしい、です」


 やだよ、だいたい何故俺を頼った?

 叔父さんとか誘えよ。

 叔父ロリとか最近流行ってるだろ? 流行ってないか?

 まあいいや。


「なんでわざわざ隣町なんだ? 神社なんかいくらでもあるだろ」


「なんか、人が生き返るのにかんけいあるとこが、そこしか無かった」


 明日香から、Webサイトのリンクが送られてくる。


 リンクを踏むと『死者蘇生、黄泉返りにまつわる神社全集!』という文字がでかでかと掲げられた、妙に古くさいサイトに跳んだ。


 こいつのオカルト系の話、毎回ソースが胡散臭いな……。

 しかし、その胡散臭さより圧倒的に引っかかるワードを、こうもデカデカと表示されたら流石に無視できない。


「死者蘇生、ね」

 僅か数週間前の出来事を、嫌でも思い出させるワードだ。

 上梨関係以外では、もうこういった事象には余り関わりたくないんだが。


「……叔父さんの娘さんの事気にしてんなら、もう終わった事だし触れない方が良いんじゃないか?」


 俺の疑問に対し、明日香はいつになく真剣な表情で答える。


「そうじゃ、ない。かみなしさんが、また人を食べちゃっても、生き返ったらそこまで悲しくないと、思った」

 そういうものでも無いと思うが……まあ、こいつなりに上梨の事を考えた結果だった訳か。

 俺は未だに上梨の件については先延ばしにしていたから、こうやって真剣に考えていた明日香には口を出せない。


 ……どうせ夏休みだ、一日くらい付き合ってやるか。


「よし、俺のバス代まで払うならついて行ってやるよ」


「やった! 来週、おこづかいだから! 次の日曜日! 行こ!」


「おう、分かった。じゃあ、もう遅いし通話切るぞ?」


「うん! じゃあね! おやすみ!」


「おやすみ」


 通話が切れる。

 言ってみるもんだな。

 ダメ元だったが、往復のバス代を払わずに済むのはでかい。


 やはり最後に生き残るのは、あらゆる可能性を妥協せずに模索する俺のような男なのだ! 最高。

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