第26話 日常

 時間、止まらねえかな……。

 俺は、夏休み初日にして夏休みの終焉を夢想し、時間の残酷さを憂いていた。


 無論、時間が止まったら止まったで、様々な問題が浮かび上がる事は承知している。

 しかし、そこに突っ込んだ奴は一度冷静になって思い出して欲しい。何時だって、人類は妄想の翼を広げて発展してきた種族であるという事を。

 つまり、時よ止まれという俺の願いを否定するという事は、それ即ち、人類の積み重ねを、叡智を、現代社会を否定する事と同義なのだ!


 だから何? と半ギレで聞き返されたとしたら―――


「プルルル プルルル」


 俺の止めどない理論展開は、携帯の呼び出し音によって中断させられた。


「もしもし?」


「もしもし、上梨です」


「上梨か、何か用か?」


「別に。用が無ければ電話をかけてはいけないの?」


 面倒くさい彼女みたいな切り返しをするな。

 面倒くさいだろうが。


「用が無いなら切るぞ」


「用が無いなら、わざわざ電話なんてかける筈無いじゃない」


 ……こいつ! さっきまでの返しだったら、普通は用が無いと思うだろうが!

 最近の上梨の会話は、小回りがきいているような気がする。

 俺の影響だろうか? 腹立たしい限りだ。


「で、何の用だ?」


「貴方の叔父さんと情報交換をする時間になるまでの、暇つぶしよ」


 用が無いのと同義じゃねえか……。

「随分と御立派な用事だな。で、何か話題でもあるのか?」


「そうね……前に面白い話を要求して、貴方が詰めの甘い話をした事があったでしょ? その挽回のチャンスをあげるから、何か面白い話をして?」


「俺は同じ轍を踏まない男だ、笑い過ぎて死ぬなよ?」


「流石の私も、失笑では死ねないわ」


 ……呼吸困難になったとしても、絶対に救急車は呼んでやらん。


「三人寄れば文殊の知恵って、ことわざがあるだろ?」


「ええ、三人で話し合えば、普通の人でもすごく良いアイデアを出せるって意味よね?」


「ああ、それであってる。で、この文殊って奴は、めちゃくちゃ頭が良いんだけどさ、このことわざ明らかに間違ってるんだよ」


「……どういう事? 馬鹿がどれだけ集まっても無駄だ! とか言うつもり?」


 怖っ! こいつ、いつもそんな事を考えてんのかよ。

 性格歪み過ぎだろ……。


「まあ、聞け。このことわざが正しかったら、文殊が三人集まっても、文殊一人分の知恵しか出せないんだよ! おかしいだろ? 文殊×3なら、最低でも東大生くらいの知恵は出してもらわないと困る。こんな矛盾を抱えたことわざが現代まで生き残っているとか、最早人類の怠慢だろ。という訳で、人類が愚かと証明されて、面白いねって話でした……笑えよ」


「…………」


 返事は無い。

 恐らく、笑い過ぎて声も出ないのだろう。

 俺の勝ちだ!

 ……はあ。


「ねえ、仮に文殊が三人いたとして、同一人物が三人いるだけなんでしょ? なら、その人以上の知恵が出ないのは当然だと思うの」


「…………確かに」


「鏡山君ノートに、ユーモアの詰めが甘いって書かないとね」


 電話越しにも、奴のしたり顔が目に浮かぶ。

 屈辱だ。


「挽回のチャンスをくれ! なあ!」


「前回も言ったけど、人生にやり直しはきかないの」


「……くそっ! そもそも、何で未だにそのノートを使ってんだよ? そんなに性悪人間グランプリを受賞したいのか? 三連覇を狙ってんのか? たゆまぬ努力の結晶か?」


「何を言っているの、今までつけていたのは『加賀山君専用嫌なところノート』で、今つけているのは『鏡山君ノート』よ」


 あ、別シリーズなんだ……。


「……で、その鏡山君ノートには何が書かれてるんだ?」


「貴方の……その、特徴とか…………嬉しかった言葉とかを、書いて、いる、わ……」


「え? あ、ああ、え、あ、なるほどね」

 恥ずかしがるなよ。

 俺まで恥ずかしくなるだろうが。


「因みに最初のページには、上梨、俺と友達になってくれないか? と書いてあるわ。じゃあ、そろそろ時間だから切るわね」


 あいつ、言うだけ言ったら勝手に電話を切るとか……まあ、良いか。


 俺がなんとも言えない気持ちに悶えていると、家のチャイムが鳴る。

 恐らく、明日香が来たのだろう。


「今開けまーす」


 階段を降り、玄関を開ける。

 ムッとした熱気がクーラーのきいた家に立ち込める。

 蝉は相変わらず煩いし、空は嫌になるほど晴天で、なにより満面の笑みと汗を浮かべた明日香が暑苦しくてしょうがない。


「たかし! 来たよ!」


「おう、とりあえず上がれよ。茶とタオルくらいは出してやる」


「コーラが良い!」


「ねえよ」

 我儘ガールが、水道水をくれてやろうか?


 俺は、明日香にタオルと、ぬるい水道水を出す。


「ありがと! おいしい!」


 そんな訳ねえだろ、水道水だぞ?


 俺たちはそんな感じでじゃれあいつつ、部屋に戻ってゲームを開始した。

 俺がベッドに寝そべり、明日香は床に座ってゲームをする状況は、優越感を強く刺激する。

 随分と気分が良い、ははっ!


「なあ、明日香。最近どんな感じだ?」

 画面内で暴れるモンスターに一太刀浴びせつつ、話題を振る。


「んーっとね、また、学校行き始めた」


「楽しいか?」


「つまんない!」


 お、良い返事だ。

 将来有望だな。


「でもね、分かんない勉強、かみなしさんに聞けるのは、楽しい」


「え? お前らそんな事やってたの?」

 少し疎外感。

 別に、気にしてないけど……そうか、二人で勉強会とかやってたんだ……ふーん。

 まあ、面倒だから頼まれても勉強なんか教えてやらんけど。

 俺がしょぼくれた表情で黙々とゲームに勤しんでいると、明日香が話しかけてくる。


「ねえ、たかしー、私もベッドのほう行きたい」


「あー? 嫌だ」


「なんでよ!」


 何でって、熱い、狭い、鬱陶しい、うるさい、のフォーカードがそろってるからだろうが。

 とはいえ、それを言ったら余計に面倒な事になることを俺は知っている。

 故に俺は、話題を逸らすことにした。


「いやー、このモンスター頭硬いなー! 全然攻撃通らねえわー」


「無視! しないで!」


 明日香がキレながら、無理やりベッドに乗ってきた。怖い。


「おい、降りろよ。狭いだろうが」


「せまくない!」


 狭くなかった。


「熱いんだよ、降りろよ」


「熱くない!」


 熱くなかった。


「ねー、いっしょにお昼寝しようよー!」


 明日香が、子供らしくおねだりしてくる。

 しかし、基本的に子供が嫌いな俺に効果は無い。

 おねだりするなら叔父さんにやれ。

 クレーンゲームを三百円分までなら、やらせてくれるから。


「一緒に昼寝とか、しないよ。普通に……って、あ! おいっ! 体力見ろ!」


「え? あ!」


 俺達が気づいた頃には、既にモンスターの硬い尾がプレイヤーキャラの目前にまで迫っていた。

 そのまま成す術無く叩き潰され、みごとにゲームオーバーだ。

 なんかもう、面倒だな。


 狭いとか、熱いとか、全部どうでも良くなった俺は、そのままベッドに倒れ込んだ。

 すると、明日香もちゃっかり隣で横になる。

 小さく収まった明日香を見ながら俺は一つ息を吐き、これからの夏休みについて考えを巡らせる。


 どんな事があるかは分からないが、夏休み初日で既にこれなんだ。

 そう悪くはならないだろ。

 今年の夏は、ぼちぼち楽しくなりそうだ。


 ……なんて、俺らしくないな。

 だから、敢えて俺はこの夏の始まりを、ネガティブな言葉で締めくくろうと思う。




 慢性的に、胸糞の悪い夏になりそうだ。




+++++




幼女の自殺配信を通報した後、何故か俺はその幼女に絡まれている「第一部 完」


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