第25話 結論

 くそっ傀儡化の術って何なんだよ。ズルいだろ。

 手が勝手に上梨を刺さないよう抑えてつけてはいるが、この抵抗もいつまでもつか……。


「上梨! 動けるうちにできるだけ逃げろ!」


 しかし、上梨は動かない。

 いや、動けないのだ。

 

 叔父さんは、疲れたような口調で語りだす。


「無駄ですよ……せんゆう様の落とし子はパスを繋いでいなかったようですから、抵抗は出来ません。貴志君もパスを切除していなかったから、今は抵抗出来ているようですが……魔力が溜まって術が完成したら、もう抵抗はできません」


 ウニョウニョ切除しないで成果だったのか。

 だが、どちらにせよ時間の問題だ。


 上梨は動けないし、俺も抵抗するので手がいっぱいだ。

 終わった……。


 魔力は手からどんどん出てくるし、

 その手はめっちゃ震えてるし、

 叔父さんは凄い勢いで印を結びまくってるし、

 なんかもう絶望。


 はあ、せっかく上梨を説得できたのにな……ありえねえ。

 だいたい傀儡化の術ってなんだよ!

 ふざけんな! どうしようもないじゃんか。

 ……あーあ、叔父さんの事、良い人だと思ってたのになー!

 結局は、甥っ子より娘が可愛いんですね! へっ!

 ああ、くそっ本当に手が震えるな。


 端的に言うと、俺は自暴自棄になっていた。


 だって、どうしようもないんだもん。

 あー、誰か助けてくれないかな。


 上梨を見る。


 なんか、上梨は明日香を見て驚いた顔をしていた。

 俺もつられて明日香を見る。

 あいつ、こんな状況で地面にお絵描きとか……余裕かよ。


 いくら叔父さんが魔法陣を書くのに使ったチョークが転がってたからって、今の状況で落書きするか?

 普通はしないだろ……いや、するかも。

 というか、俺もやりたい。

 縦横無尽にアスファルト上でチョークを走らせたい。


 俺が羨望の眼差しを明日香に向けていると、上梨がアイコンタクトを送ってくる。


 なんなんだ?

 上梨は必死に口をパクパクさせているが、全く分からん。

 なんとか口の動きから言葉を予測する。

 い・お・い・え? 


 どういう意味だ? 


 読唇術を習得していない俺では、口の形から母音しか読みる事が出来ない。

 恐らく、わざわざ声を出さずに伝えているのは、叔父さんにバレたくないからだろう。

 叔父さんにバレたくない『いおいえ』か、分かんねえ。


 必死に頭を回転させていると、ついに叔父さんが印を結び終わった。


「……ふう。後、五分もすれば術は完成します」


 マジかよ。

『いおいえ』が分からないまま、叔父さんの集中タイムが終わってしまった。

 相変わらず、明日香は地面に落書きしてるし……ん?

 あの落書き、以前どこかで見た気がする。


 …………もしかして、幽霊召喚の魔法陣か!


 やっぱり、こんな状況で落書きなんかしないと思ったんだよ!

 現状を打破する為の準備をしていたんだな?

 信じてたぜ、明日香!

 でも完成したとして、あの魔法陣で本当に発動するのか?

 相変わらず、ぐにゃぐにゃだし……。


 まあ、現状アレに頼るしか道は無いんだけど……嫌だなあ。

 前回は、魔力が足りないのかな? とか言っていたが、今この場には俺にすら感じられるほど、魔力が充満している。

 今回は魔力不足で失敗なんて事にはならないはずだ。

 まあ、失敗の原因がぐにゃぐにゃの魔法陣だった場合は、諦めよう……。


 もし叔父さんに明日香の作戦がバレたら、ぐにゃぐにゃ魔法陣が何かの間違いで発動するという小さな可能性すら潰えてしまう。


 どうにかして気を引かないと……ん? 

 もしかして『いおいえ』って、『気を引け』って事か? 


 今の俺は! 冴えてる!

 よっし、全力で叔父さんの気を引くぞ!

 気を引く為には、いつだってコミュニケーションが有効だ。

 自罰的な性格の叔父さんが乗ってきそうな話題は……やはり、罪悪感を刺激する話題だろう。


 俺は出来る限り悲痛な表情を作り、叫ぶ。


「叔父さん、本当にこんな方法で良いんすか!」


 案の定、叔父さんは顔を歪ませた。


「……私は、妻との最期の約束を果たさなければいけないんです。娘に、幸せな人生を歩ませなくちゃいけない」


「叔父さんの娘は、生き返る事で幸せになれるんすか?」


「少なくとも怪物に喰われて死んだままでは、幸せになれません」


「でも、儀式が成功して生き返っても、叔父さんは死んでるじゃないっすか! 生き返らせたけど、後の面倒は見れないなんて、そんなの……親の癖に、無責任が過ぎるぞ……」


 叔父さんは目を伏せる。

 まあ、当然の反応だろう。


 そんな事、叔父さんは死ぬほど考えた上で、割り切れてなんかいないけれど、それでも覚悟を決めて儀式を実行したはずだ。

 しかし、優しい叔父さんは、この状況でキレる事すら出来ない。

 何故なら、叔父さんは俺の父が俺を認知せず消えた事を知っているから。


 ……俺の言葉は重いだろう?


 叔父さんの顔は、申し訳なさと苦痛に歪む。

 最悪の気分だ。


 叔父さんは、絞り出すように言葉を発する。


「……貴志君のいう事は、分かります。ですが……これしか、無いんですよ」


 叔父さんは、ふっと微笑んだ。


「娘の事を、よろしくお願いします」


 俺が今まで必死に抑えてたナイフの切っ先が、遂に上梨へと迫り始める。


 ヤバいヤバいヤバいヤバい。


「明日香! 速く!」


「……でーきたっ!」


 驚愕の表情を浮かべる叔父さんを後目に、明日香が大声で魔法の完成を宣言する。


 魔力が、うねる。

 周囲を舞っていた様々な色の炎が、明日香の歪な魔法陣に集まり始める。

 ぐるぐると空気が渦を巻き、混じり合った魔力が緑の炎と化して、高く高く燃え上がる。

 その瞬間、俺の手から止め処なく黒が溢れた。


「うわっ」


 それは緑の炎と交わり、徐々に人影を形作る。

 ……そしてそれは、お化け屋敷で出会った、お姉さんを形作った。


―――ねえ、明人さん―――


 お姉さんが、叔父さんに優しく微笑む。

 それを見た叔父さんは、驚愕の表情を浮かべている。


「あ……ああ……これは……どうして、君が? 私は……いや、今はそんな事、どうでもいいか」


 叔父さんは、薄く微笑む。


「会いたかったよ、花蓮」


―――ええ、私もよ―――


 叔父さんに花蓮と呼ばれたお姉さんは、ゆっくりと叔父さんに近づく。

 そして二人は、深く、深く、唇を重ねた。


 叔父さんは、じっと花蓮さんと見つめあっている。


―――私と明花は大丈夫だから。明人さんが苦しんでまで、頑張らないで―――


 叔父さんは、穏やかな笑みを浮かべ喉を震わす。


「もう………いいのかい?」


―――ええ……私のせいで、ごめんなさい―――


 叔父さんは最後に軽く、花蓮さんの頭に手を乗せた。


 何かが、叔父さんの顔に滴る。

 徐々に花蓮さんの体が崩壊し、黒い液体へと戻っていく。

 雨のように降り注ぐ黒。

 それはまるで、叔父さんの過去を洗い流すかのように、優しくアスファルトを打つ。

 ……最後には、闇色に濡れた叔父さんだけが残されていた。


 叔父さんは、名残惜しそうに黒い水溜りを撫でる。


「貴志君……この儀式は、失敗です。私はもう、娘の死を受け入れて良いようですから……。色々と、迷惑を掛けましたね」


 叔父さんは晴れやかな笑みを浮かべ、黒い水溜りに寝転んだ。


 まあ、叔父さんは母と縁を切る時に散々お世話になったし、今回はの件は良しとしよう。


 そんな事より、今は上梨だ。

 なんか色々あったが、俺はまだ、しっかりと上梨の質問を覚えている。


 友達になって良いの?

 そう、上梨は俺に聞いたのだ。

 改めて、自分の中の素直な言葉を組み立てる。




 よし。


「…………上梨、俺と友達になってくれないか?」

 紛れもない本音だ。

 だから、少し、恥ずかしい。


「加賀山君専用嫌なところノート、まだ半分しか埋まってなかったのに……無駄になっちゃったみたいね」


 俺の素直な言葉に対して、実に捻くれた返答だ。

 だが、俺は上梨の顔を見て、まあ良いか……だなんて、俺らしくも無い結論を出した。




 俺が見た上梨は、嬉しそうに、笑っていたのだ。

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