第22話 儀式

「神隠しの応用で、この場に招かせてもらいました。驚かせてしまったようですね……申し訳ありません」


 背後から聞こえてきたのは、叔父さんの声だった。


 振り返る。


 そこには、

 白い魔法陣の中央で、

 肉と骨で形成された祭壇に座す、

 叔父さんと上梨がいた。


 ……上梨の目が死んでいるのは気になるが、とりあえず無事そうで良かった。


「叔父さん、儀式を始める前に一つ良いっすか?」


「なんですか?」


「俺が叔父さんから貰ったネックレスあるじゃないですか。あれ、量産できないっすかね?」


「うーん……量産は難しいですね。あれは、珍しい素材を沢山使って、数年かけてようやく一つ作れる物なんですよ……すみません」


 マジかよ、そんな貴重な物だったのか……。

 俺に、ついでみたいに渡してきたから、そんなに高価な物じゃないと思ってた。

 完全に想定外だ。


「いや、無理なら大丈夫っす。すみません」


 どうする? どうする? どうする? どうする? どうする? どうする?

 え? どうしよう。


 せんゆう様の落とし子をどうにかする事は、上梨と友達になる為の最低条件だ。


「あの、叔父さん。せんゆう様の落とし子の性質をどうにかする方法って、ネックレス以外に無いですかね?」


「少なくとも、私には思いつきませんね」


 まあ、そうでしょうね。

 ……どうしよう?


 上梨のメンタリティは心配だが、上梨と友達になること自体は、そこまで火急の用という訳では無い。

 とりあえず上梨の件は後でしっかり考えるとして、今は叔父さんの件に集中しよう。


「えっと、俺は何をすればいいんすかね?」


「その前に、その女の子は誰か聞いても良いですか?」


 あ、叔父さんと明日香は面識無いんだった。


「こいつは、上梨の……せんゆう様の落とし子の知り合いっすね」


 叔父さんは眉を顰め、悩むような素振りを見せる。


 何か、問題があったのだろうか?


「貴志君、その子には悪いですが、帰ってもらえませんか?」


「理由を……聞いても良いっすか?」


「……分かりました。貴志君だけ、少しこっちに来てもらって良いですか?」


 俺が叔父さんの方に向かおうとするも、明日香が手を離してくれない。


「おい、手を離せ」


「……やだ」


 まあ、そりゃあ不安だよな。

 叔父さんの事を知らないでこの状況を見たら、悪の魔術師にしか見えないし。


 明日香は、絶対に離さないとばかりに俺の手を握り込んでいる。

 そんな不安そうに、俺を見つめるな。


「明日香、どうやったら俺の手を離す?」


「私が帰らなきゃダメな理由なのに、たかしだけ聞くの、おかしい」


 ……そりゃそうだ。


「叔父さん、俺はこいつの言い分に理があると思うんすけど……」


 叔父さんはそれを聞くと、顎に手を添えてひとしきり唸る。

 その後、言葉を吟味しながら、叔父さんはその重い口を開いた。


「なんというか、この儀式は少しばかり……というか、かなり……お子様には、その……ショッキングでして……」


 牛の臓物とか使うのか?

 俺、グロいの無理だし帰りたいんだが。


 叔父さんの言葉を聞き、明日香の眉はキリリと吊り上がっていた。


「私! 検索してはいけないワード! いっぱい! 見たことあるから! 甘く見ないで!」


 めちゃめちゃキレてんじゃん……怖い。

 叔父さんも、ちょっとビビってるし。


「そ、その検索してはいけないワード? というのは何なのか、教えてくれませんか?」


 叔父さんは、困ったように俺を見てくる。


「なんか、ネット上のグロテスクな画像とか、ホラー系の動画とかの総称みたいな感じっす」


「な、なるほど……?」


 叔父さんの表情は、困惑の色を深めたが、一応理解は得られたようだ。


「ううむ、分かりました。儀式の内容を聞いてもらってから、ここに止まるかどうかを明日香さんには決めてもらうという形で、どうでしょうか?」


「わかった!」


 相変わらず、物分かりの良い奴だ。

 というかショッキングな儀式って、俺は何をさせられるんだ?


 なんか祭壇は肉とか骨とか使って作られてるし、汚れる系かな?

 本当に嫌だな……内臓とか触らせられそうなら、明日香に任せるか?


「二人とも準備が出来たようですね。では……」


 叔父さんは一つ咳払いをすると、静かに語りだした。


「貴志君には、そこにある服を着てもらいます」


 そういって、叔父さんは臙脂色に濡れたローブを指さす。

 ちょっとキモい服だが、まだ許容範囲内だ。


「次に、そこの隅の魔法陣に入って、そのナイフを持って下さい」


 叔父さんは、祭壇があるのとは別の、少し小さめの魔法陣を指さす。


 その中央には、純白のナイフが刺さっていた。

 見かけから察するに、骨製だろうか?


「そしたら、私が呪文を唱え始めます。三十分ほどで唱え終わるので、それまで待っていてください」


 三十分も待たされるのかよ。

 ……いや、死者生き返らせるのに必要な時間だと考えたら短いか。


「呪文が終わったら、その白い布の上を歩き、こちらの魔法陣に入ってきて……」


 叔父さんは一呼吸置き、本当に申し訳なさそうに顔を歪め、俺を観た。




「せんゆう様の落とし子と、私の心臓を…………順にナイフで刺して下さい」




 ん?


 え? 叔父さん?

 え? 今、何て言った?

 心臓を、ナイフで?


 …………え、死ぬよな?


 あれ? 何か勘違いしてるのか?

 心臓だから、え?

 ナイフで刺したら…………うん。


 やっぱり、死ぬはずだ。


「叔父さんと上梨、それだと死んじゃいませんか?」


 叔父さんは、ますます申し訳なさそうに眉をハの字に歪める。


「ええ……死にます」


 ……マジか。


「普通に嫌っす」


「おねがいします……術者は、生き返らせる人間と血のつながりが無ければいけないんです!」


 叔父さんが、必死の形相で俺に頭を下げる。


 勘弁してくれ……。

「叔父さんが術者じゃ、駄目なんすか?」


「私も、そうしたいのは山々なのですが……蘇生には、生き返らせる人間の血縁者と、殺害した怪物の命が必要なんです」

 叔父さんは、苦々しく顔を歪める。


「でも叔父さんが死んだら、叔父さんは娘さんと会えないっすよね……」


「…………そう、ですね」


 叔父さんは、本当に悔しそうに顔を歪める。


「ですが……娘がもう一度、幸せな日々を送れるのなら構いません。妻に、娘を任されましたから……娘の死を、認める訳にはいかないんです」


 咽びながらも言葉を尽くす叔父さんの目は、揺るがない覚悟の色に染まっていた。

 殺さなければならない相手が叔父さんだけだったら、俺はここで術者になることを了承していただろう。


 しかし、もう一人。

 上梨がいる。


 俺は上梨の望みを俺と友達になる事だと断定して、上梨の為にこの場に来たのだ。

 だから、上梨の意見を聞かずに術者にはなれない。


「……上梨、お前はこの儀式に納得しているのか?」


 先ほどから蹲っていて動かなかった上梨が、小さく揺れる。

「……納得してる」


 それだけ呟くと、上梨は俺の目から逃げるように、さらに小さく蹲った。


 上梨の言葉が、俺の脳に到達する。

 

 今まで俺は、叔父さんと上梨を殺すという行動に現実感を覚えられずにいた。

 今まで俺は、上梨は死にたくなんか無いだろうと思っていた。

 今まで俺は、術者が俺である以上、最悪の事態にはならないだろうと楽観的に考えていた。


 しかし、他ならぬ上梨が、納得していると言ったのだ。

 当事者の上梨が、そう言ったのだ。


 であれば俺は、上梨の為に動くと決めた俺は……!




 上梨を、殺さなければならない。 

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