第21話 境界

 ガラリと戸を開け、教室に入る。

 上梨は……来ていない。


 予想はしていたが、やっぱり来てなかったか。

 上梨の家まで行くか?

 でも、まだ友達じゃないしな。

 というか、そもそも上梨の家知らねえじゃん。


 時間が経つにつれ、だんだんと教室が騒がしくなってくる。

 話し相手がいない学校は久しぶりだ。

 ああ、やる事なくなったな。


 意味もなく教室を見渡す。


 はあ、楽しくお話ししちゃって……いや、お気楽に見えるこいつらの中にも、何かしらを抱えた奴がいるのだろう。

 もしかしたら、この中にも怪物がいる可能性だってある。


 ……少し前まではオカルトなんて全く信じていなかったのに、今では教室で怪物を探している。

 全くもって、おかしな話だ。


 すぐに教室鑑賞に飽きる。

 どんな物を抱えていようが、結局そいつの事を知らなければ風景と大差ない。


 ああ、暇だ。

 そういえば、暇を感じるのなんて久しぶりだな。


 存外、俺の中で上梨や明日香の存在が大きくなっていた事に気が付き驚きを覚える。

 というか、俺を喰うかもしれない相手の為に行動しているのか。

 上梨のこと相当好きじゃん、俺。


 自分の嫌な執着性を認知してしまった。

 もんどり打って枕に頭突きをかましたい。


 さっさと上梨と俺の関係性を確定させて、この騒動を終わらせよう。

 俺の決意や悩みなんかとは無関係に、教室はいつまでも好き勝手に雑音を撒き散らしていた。


+++++


 やっと学校が終わった。

 俺は上梨の電話番号を聞く為に、足早に明日香の家を目指す。


 ああ、瞬間移動が使えたらな。

 ……もしかして、魔法や怪物が存在するのなら、瞬間移動も存在するんじゃないか?

 いや、むしろ無い方がおかしい。


 だいたい、魔法なんていう素敵概念の存在を認知したのに、今までロマンが無さ過ぎた。

 なんだよ、手からウニョウニョを出すだけって。

 ふざけているのか?


 叔父さんは死者蘇生をできるらしいし、きっと瞬間移動もできるだろ。

 夢が広がるぜ!


 考え事をしていると、時間の進みが速い。

 どんな魔法を使いたいかを妄想していたら、いつの間にか明日香の家に到着していた。


「たかし!」


 明日香がこちらに駆け寄ってくる。


「お前、わざわざ入り口で待ってたのか?」


「もうちょっとで、来ると思って」


 俺も随分と懐かれたものだ。

「早速で悪いが、上梨の電話番号を教えてもらって良いか?」


「うん」


 明日香はごそごそとポケットをあさり、微妙にしわになった紙を取り出した。

 紙に電話番号って……スマホを使いこなすイマドキ幼女の癖に、変に旧時代的だな。


 俺は明日香からもらった紙を見ながら、電話番号を入力する。


 呼び出し音が鳴りだす。

 少し、緊張する。

 呼び出し音が鳴っている。

 自分から電話をかけたのって、いつぶりだ?

 呼び出し音が鳴っている。

 ……出ないな。


 その後も、呼び出し音だけが空しく鳴り続けた。

 もしかしたら、知らない番号の電話には出ないタイプなのかもしれない。


 明日香のスマホからも電話をかけてもらう。

 しかし、明日香からの電話にも上梨が出る事は無かった。


 予想はしていたが、少し面倒だな。


「なあ、明日香。上梨の家知ってるか?」


「へ?!」


 何だ、こいつ。

「どうした?」


「……な、名前、呼んだから」


「昨日、お前が自己紹介したんだろうが。驚くなよ……」


「もう一回! よんで!」


 面倒だな。

「上梨の家を知ってるかどうか、教えてくれたら呼んでやるよ」


「知ってる!」


 明日香は早く名前を呼んで欲しいのか、食い気味で即答する。

 こいつの子供特有の単純さは、なかなかに良い。


「明日香」


「なに!」


 何! じゃねえよ。

 お前が呼べって言ったんだろうが。

 まあ、昨日は迷惑かけたし、少し茶番に付き合ってもやってもいいか。


「呼んでみただけっ」

 ……つってな。


「たかし! キモい!」


 こいつ……! 

 失礼な奴だ。平気で暴言を吐きやがって!

 所詮は馬鹿なガキ、猿の末裔らしく気品が皆無だ。

 まったく、俺の友達を名乗る以上、最低限の品性は身に着けて欲しいものだ。


 そんな益体も無い楽しい会話をしていると、スマホが鳴る。

 上梨からか? 


 明日香に見守られながら、俺はスマホの画面に目を落とす。

 非通知だ。

 少し緊張しながら電話を取る。


「もしもし」


「もしもし、黒崎です」


 電話越しに聞こえてきた声は、叔父さんの物だった。


「叔父さん! どうしたんすか? 急に非通知から電話が来たんでびっくりしましたよ」


「ああ、貴志君。いやあ、近くの公衆電話からかけていまして……」


「ああ、なるほど。で、何の用なんすか?」


「せんゆう様の落とし子を捕まえましてね! すぐに駅前の大きい交差点まで来てくれませんか?」


 ……上梨が、捕まった。

 今、どういう状況なんだ? 聞くのが怖い。


 結局俺は、上梨を探す手間が省けた! と自分を誤魔化す事にした。

 尤も、自分に誤魔化される程に愚かな俺でも無いが。


「今すぐ行きます」


「ありがとうございます。では、後程」


 電話が切れる。

 叔父さんの口ぶりからは、娘の復讐をする、みたいな物騒な雰囲気は感じられなかった。

 ひとまず、それで安心しよう。


「おい、明日香。上梨の居場所が分かったぞ。一緒に来るか?」


「うん!」


 明日香の表情が、パッと笑顔に変わる。

 こいつも、昨日の取り乱した上梨を見てからずっと心配していたのだろう。


 よし、さっさと死者蘇生を済ませて、友達作りと洒落込みますか!

 上梨も、殺したい程に待ちわびてるだろうしな。


 俺達は、上梨の待つ駅前の交差点を目指して全力で走り出した。

 上梨に、人を喰うだなんて性質では俺への脅しにもならないと、友達にだってなれるんだと、そう伝える為に!


 まあ、全力疾走をしていたら……すぐにバテた。

 交差点、地味に遠いんだよな。


 俺達は、上梨の待つ駅前の交差点を目指して、ダラダラと歩いている。

 急いだって意味ないしな。

 なんなら、この歩行ペースは上梨との信頼の証とすら言える。

 友情に、時間なんて関係ないのだ!


 しかし、ただ歩いているだけでは暇だな。


 どうせ、やる事も無い。

 であれば、緊張して無言でいるよりも明日香と話していた方が良いだろう。


「なあ、明日香。お前は上梨の事どう思っているんだ?」


「どういうこと?」


「ほら、上梨って今まで人を何人か殺しているだろ? その事についてとか」


 明日香がうーんと唸る。

 分かりやすく悩むな、こいつ。


 まあ、そんな簡単に出る答えでもないか。


「えと、ね、うらやましかった」


 割とすぐに答え出たな。


「羨ましいって、どういう意味だ?」


「かみなしさんは、好きな人、食べるんでしょ?」


「そうらしいな、好きの基準は良く分からんが」


 明日香は少し俯き、懺悔するかのように言葉を紡ぐ。


「食べられた人が、かみなしさんに、いっぱい好かれて、死ねるのが、うらやましかった。でもね、かみなしさん、たかしを食べそうになって、すごいこわがってたから……」


 明日香は、正しい言葉を探す様に、手探りで、ゆっくりと言葉を吐き出した。


「今は、かみなしさん、かわいそうって……助けたいって、思ってる…………」


 できるかなぁ。と、最後に呟くように付け足した事を、俺は聞き逃さなかった。

 こいつなりに、上梨を受け止めて、考えている。

 ……子供の癖に、強い奴だ。


 しかし、助けられるかどうか、か。


「上梨しだいだな、助かりたくない奴を助ける事はできない」


「なら、だいじょうぶ!」


 どうやら明日香は、俺の答えに満足したようだ。


「たかしは、かみなしさんが人食べてるの、どう思ってる?」


 俺か……俺は、思う所が無い訳ではない。

 叔父さんの娘さんも喰われているし。

 だが、俺が何か口を出せるほど、上梨は漫然と生きていない。


 俺は、わざと表情を悪そうに歪めて口を開く。


「上梨が誰を喰おうが喰うまいが、俺には関係無い。だから、毛ほども気にならねえなあ!」


「たかしっぽい!」


 ……そうですかい。


 駅に近づいたからか、徐々に人が増えてきた。

 これだけ人がいる中で、叔父さんはどうやって上梨を捕まえているのだろうか?


 もう交差点が見えてきたけど、上梨達は見あたらない。

 どこに居るんだ?


 交差点にたどりつく。


「たかし、かみなしさん、どこ?」


「駅前の交差点に居るって聞いたんだが……っ!」


 唐突に視界が、ぐにゃりと歪む。

 何だ!? 

 とっさに明日香の手を掴む。


 瞬間。


 視界を埋め尽くしていた人間が消える。


 瞬間。


 眼前の道路が、影の様に無限に伸びる。


 瞬間。


 交差点が無限に交差を繰り返す。

 ……何が起きた? 


 明らかなオカルト現象を前に、俺は明日香の手を離さないようにしっかりと握りなおした。


「……っ!」

 ゾワリと、背筋に悪寒が走る。


 背後に……誰かいる。

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