第20話 承認

「ねえ! たかし! たかし!」


 電話越しに、急に大きな声を出すな。


 少しだけ、気が紛れる。


「どうした?」


「寝る前に、声、聞きたくなっちゃって……」


 ……彼女かよ。

「何か話題でもあるのか?」


「ない!」


 あっけらかんなガキの様子に、少し元気づけられる。


「じゃあ、俺の嫌いな物について語るわ」


「たかしっぽい!」


 馬鹿にしてんのか?


「俺は、『貴方の為』だとか、『常識』なんかを盾に、エゴを押し付ける人間が嫌いなんだよ」

 脳裏に浮かぶのは、母の顔だ。


「たかしって、むずかしいこと、言うよね」


 お前が馬鹿なだけだ。

「そもそも『人の為』なんてな、相手の心を読めない以上、自己満足でしかないんだよ」

 先ほど浮かんだ母の顔に、自分の顔が重なる。


「でも、たかし、いろいろ言うけど、人のために、がんばるよね」


 俺の事を褒めてるみたいな言い方してるが、このタイミングだと自己満足野郎って言ってるだけだからな。

 ……もしかして、普通に皮肉なのか?


「今更だが、寝る前に聞かせる話、本当にこれで良いのか?」


「うん、楽しい」


 歪んでんな。

「まあいい、続けるぞ。結局『人の為』が良い事とされているのは、常識とやらが幅を利かせているからに他ならない。そして、常識って言う物は人によって多かれ少なかれ異なるものだ。つまり、本当に人の為に行動するには、相手が何を欲しているか聞くしかないんだよ。そうすると、だいたいの他人は自分ほど自分に期待していない事が分かる」


 ……なんて偉そうに講釈を垂れたが、俺は上梨が何を欲しているのかを知らないし、自分がすべきことも決まっていない。

 糞だな。


「……なあ、俺はどうすれば良いと思う?」


「うーん……分かんない」


 だろうな。

 そもそも人に聞く事ではない。

 そんな事分かっているはずなのに、聞いてしまった。

 俺は何がしたいんだよ……。


 どうにもやるせない感情を持て余して、そっとスマホを床に置く。


「でもね」

 スマホから、ガキの言葉が漏れる。

 瞬間、俺は縋るようにスマホを耳に押し当てていた。


「たかしは私のこと、ちゃんと見てくれたでしょ? かみなしさんのことも、おんなじくらい見てるから……たぶん、だいじょうぶだよ」


 ちゃんと見てる。

 俺はその言葉を反芻する。


 それは、少なくともガキに対して俺が間違っていなかったという事だろうか?

 エゴに塗れた『ガキの為』では無く、本当の意味でガキの為に動けていたのか?

 俺は、母とは違う人間として人と関われていたのか?


「なあ……俺、ちゃんとファントムの友達かな?」


「うん! だいじょうぶ!」


「……そっか」


 今まで人と関わった事なんか碌に無かった俺が、

 自分の事だけを常に考えてきた俺が、

 最近になってガキや上梨と関わるようになった。


 初めての事が多すぎて、

 どれだけ考えても分からなくて、

 自分がブレそうになって、

 俺の有り方はこれで良いのか、ずっと不安だった。

 そんな不安がガキの一言で全部消えて、少し怖かった。

 ただ、それ以上に安心できて、俺は少し泣いた。


 ファントムが電話越しに、随分と心配したような声をかけてくる。

 それを聞いて、また泣きそうになったけど、なんとか堪えた。


「たかし、もう、だいじょうぶ?」


「ああ、すまん」


 呼吸を整える。

 俺の覚悟を伝えるために、俺は口を開いた。


「俺さ、もう少し、頑張ってみる」


「うん!」


「じゃあ、もうそろそろ電話切って良いか?」


「ああ! ちょっとまって!」


「なんだ?」


「名前! 教えてあげる!」


「……ファントムじゃないのか?」


「ちがうほう! もう、私、ファントムじゃないから!」


 ファントムじゃない。

 その言葉の意味を考えながら、俺は次の言葉を待った。


 緊張しているのか、沈黙が続く。


「…………霧島 明日香……です」


 小さな声だったが、はっきりと聞こえた。


 明日香、この名前をこいつの両親はどんな気持ちでつけたのだろう?

 まあ、そんな邪推はどうだっていい。

 俺は、霧島 明日香の自己紹介に結構浮足立っているんだ。


 しかし、自己紹介か……友達っぽくてちょっと良いな。


「鏡島 貴志です」

 へへっ俺も自己紹介しちゃった。


「知ってる!」


 ……だろうな。

「電話切るぞ」


「うん! ばいばい!」


 電話を切る。

 いざ切ってみると、少しだけ名残惜しく感じるのは何故だろうか?

 友達と電話したのが、人生初だったからかも。


 何はともあれ、俺がどう動きたいかを、もう一度考えよう。


 俺は明らかに、上梨と距離を置くという選択には納得していない。

 ガキ……いや、明日香が大丈夫だと言ったんだ。

 だから、怖がらずに自分の気持ちと向き合える。

 だから、怖がらずに上梨の気持ちを考えられる。

 といっても、どちらも本当は考えるまでも無く分かっていたのだが……。


 俺は、上梨が好きな人を喰う怪物だと知りながら近づいた。


 上梨は俺を喰おうとした。


 いい加減、認めるべきなのだろう。

 俺も上梨も、お互い友達になりたがっていただけだ。


 俺と上梨の願いが同じなら、俺は本当の意味で上梨の為に行動できる。

 とりあえず、叔父さんを探してあのネックレスを量産できないか聞いてみよう。

 あれが量産できれば、どれだけ上梨が怪物モードになっても問題無いからな。


 +++++


 ああ、眠い。

 昨日あんな事があったのに、今日はいつも通り学校があるという事実。

 俺は悲しいよ。


 ダラダラと、教科書をカバンに入れる作業を繰り返す。


 上梨の件、なんとかする為に動くなら今日だ。

 叔父さんに上梨が捕まる前に、俺の気持ちを上梨に伝えたい。

 もう、これ以上不安要素を増やしたくないからだ。


 まず、ネックレスは必須だよな。

 最初に叔父さんと連絡を取って、ネックレスを量産できないか聞かなければならない。

 恐らく、効果の説明も無しにポンとネックレスを渡した事から、あのネックレスはそこまで高価では無いと予測できる。

 であれば『ネックレスが無限にあれば怪物に喰われる事は無いよね作戦』の勝率は低くないと考えて良いはずだ。

 しかし、残念なことに叔父さんは携帯を持っていない。


 文明の利器の有用性を解さぬ愚かな旧人類め!


 叔父さんの行き先は、置手紙に書いていなかった。

 実に面倒だ。


 ともあれ、道筋は見えている。


 俺は意気揚々と、猫背で通学路に踏み入った。 

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