第17話 心弛

 海辺に寝そべり、雲のゆっくりとした動きを眺める。

 吹き抜ける風が濡れた肌に心地よい。


 本当に、心休まる時間は久しぶりだ。

 しかし、時間が空くとすぐに嫌な方に思考が動き出す。


 上梨の事を叔父さんに教えようか? とか、遊園地で俺のウニョウニョに入っていったお姉さんは何だったのか? とか、焼きそば不味かったなとか、日焼け痛いなとか、明日筋肉痛かな? とか、考え始めるとキリがない。


 でも、本当に叔父さんには上梨のことを教えた方が良いんだろうな。

 娘の恨みとかあるだろうし。

 あー、教えたら儀式の手伝いしなきゃいけないのか、面倒だな。

 叔父さんは自分で探すって言ってたし、教えなくて良いや。


 はあ、後はウニョウニョもどうするか決めないとな。

 やっぱ切除か? でも、お姉さんが本物の幽霊だったら、なんか呪われそうで嫌だな……あ、肩に水膨れできてる。

 日焼け止めちゃんと塗れば良かった。

 そんな益体も無い事を考えて時間を潰していたら、だんだんと空が紫色に染まり始める。

 紫が茜に変わるのも、時間の問題だろう。


 あんなに沢山いた人の数も、今はすっかり少なくなっていた。

 俺達もそろそろ大衆に倣い、帰路に就くべきだろう。


「おーい、お前ら! そろそろ帰るぞ」


 俺は立ち上がり、目に入った光景に唖然とする。

 これ、全部ガキが作ったのか?

 視界を埋め尽くす大小様々な砂で作られたナニカ。

 実に小学生的考え無しを感じさせる造形物の群れだ。

 総評としては、なんかキモイ、というのが妥当なところだろう。


「たかし! 見て! エンド・グレイブ作った!」


 ガキがニコニコ笑顔で、歪な砂物体の内の一つを指さす。


「何なんだ、それは?」


「アニメの、ぶき! これで主人公の仲間をぶっつぶすの!」


「おお! いいじゃん」


 ぐにゃぐにゃとした見かけに反した、直線的な攻撃方法が気に入った。ナイス趣だ。


「他にも! いっぱい作った! 見て!」


 ガキに連れられて造形物を見て回る。

 全体的にアニメの何かしらが多かった。

 まあ、小学生にして自殺配信を実行する女だ。

 そういう方面の趣味に明るくても不思議ではないか。


「なあ、上梨は何処に行ったんだ?」


「あっちの広い方で、お城作ってる」


 何やってんだ、あいつ。

 ガキの指さした先には、よく分からん道具に囲まれて必死に大きな城の門を作り込んでいる上梨がいた。


 凝るタイプなんだ……。


 しかし、随分と壮大な城だな。

 素直に凄いと言わざるを得ない。まあ、言わないけど。


「おい上梨、ずいぶんと頑張ってる所悪いが、そろそろ帰るぞ」


「待って、あと城門の装飾を終えたら完成なの」


 マジか。じゃあ、まあ、待つけど。


 暇だし俺も何か作ろ、何が良いかな?

 泥団子でも作るか。

 ……やっぱ手、汚したくねえな。


「たかし! この貝あげる!」


 俺が泥団子を作るか否か悩んでいると、ガキが満面の笑みで貝を渡してきた。

 貝ね……茶色でみすぼらしいし、なんかモモンガの糞っぽい見た目だ。

 いやまあ、モモンガの糞とか見たこと無いけど。


「いらねえ……」


「えー、ピンクのが良かった?」


「色に文句が有る訳じゃねえ」


「一番おっきいのは、だめ! 私の!」


「大きさの問題でもねえよ。大人は貝殻じゃ喜ばないの、分かる?」


「でも、かみなしさん、白いやつで喜んでた」


「マジで?」


「うん」


 何が嬉しかったんだ? 邪魔なだけだろ。

 もしかして、高値で売れたりするのかね?


 ガキは、ジャラジャラと楽しそうに貝殻を眺めている。

 こうしてみると、普通の子供にしか見えないな。

 いや、普通の子供だから、親の愛が無いだけで死にたくなるのか?


 こいつは今も死にたいと、心の底では思ってるのだろうか?

 俺は親の事を好きになれないから、どうにもこいつの考えが分からない。


 過剰に干渉される事と、全くの無関心を決め込まれる事、どちらの方が辛いんだろう……。

 いや、辛さに順位をつける事に意味なんて無いか。

 こいつは親の無関心が死ぬほど辛いと思った、それだけだ。


「なあ、今日は楽しかったか?」


「うん!」

 ガキは元気に頷く。


「生きるって決めたの、後悔してないか?」


 ガキは俺の言葉に少し眉を顰め、うんうんと唸っている。

 言葉を選んでいるのだろう。

 しばらく考えた後、ガキはポツリ、ポツリ、と時間をかけて言葉を紡ぎ始めた。


「えっと、ね。きのうの夜、やっぱり辛かったの」


 ガキは貝殻をがちゃがちゃと弄びながら言葉を続ける。


「ベッドに、家でひとりは、辛いから……」


 ガキは貝殻から視線を上げ、俺の目を見つめる。


「でも、ベンチで、たかしと一緒に寝たのとか、かみなしさんが、がんばって私のこと考えてる時の顔とか思い出したら……」


 そう言葉を続けるガキの目じりは、少し涙で濡れている。

 しかし、その表情は確かに笑顔だ。


「ちょっとだけ、だいじょうぶだった」


 すっかり低くなった夕日が、ガキのちょっとだけだいじょうぶな笑顔を赤く照らす。

 なかなかに良い表情だ。

 なんて、俺は素直にそう思った。


「まあ、最初はそんなもんでいいんじゃね?」


「うん! 今日、楽しかったから、今日の夜は、もっとだいじょうぶ……かも!」


「マジかよ、それ繰り返したら最強じゃん」


「うん! さいきょう!」


 イエーイ。ガキとハイタッチを交わす。

 時々なら、こいつと遊んでやっても良いかもな。

 我ながら小学生ごときに絆され過ぎだとは思う。

 でもまあ、良いかなって。


 俺達の会話が一区切りつくのを待っていたのか、ちょうど良いタイミングで上梨が帰ってくる。 


「二人とも、お待たせ。城は完成したから、もう帰りましょう」


「おしろ! 見たい!」

 ガキがキラキラと目を輝かせる。


「そんなに凄い物ではないから、期待しないでね」


 この女、口ではこう言っているが見るからに自慢げだ。

 素直じゃない奴め。


 上梨に連れられて城の所へ向かう。


「すごい! おっきい! かっこいい!」


 ガキは興奮して、騒々しくはしゃぎ回っている。

 上梨もそのはしゃぎぶりに自尊心を満たされたようで、得意げな笑みを深めていた。


 確かに砂の城は凄い。

 だが、ガキは絶対オーバーに、はしゃいでいる。

 子供の素直さとやらに俺は騙されないぞ。

 あれは絶対に本心一割、洗脳三割、気遣い六割で構成されているはしゃぎだ。

 小学生は案外、気遣いができるという事を俺は知っている。

 尤も、それを見抜いたからといって、人の気遣いに水を差すほど幼稚な俺でもないが。


「お前ら、そろそろ帰るぞ」


 俺の声掛けにそれぞれが応じ、帰りの支度を整える。

 帰るまでが遠足だ。まあ、遠足じゃないけど。

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