第15話 休日

 休日をどのように過ごすのが正解か?

 この問題の解は、人類の永遠の至上命題であると共に、永遠の謎でもあると言えるだろう。

 その上で、あえて無数にある正解の中から一番を決めるのならば『女の子と海でエンジョイ』という項目が確実に候補に含まれることは、俺も承知している。

 だが、その女の子が自分を喰う怪物だった場合で考えてみたらどうだ?

 きっと、そんな特殊な状況下での『女の子と海でエンジョイ』を、正解の休日の過ごし方に上げる奴はいない筈だ。


 長い前置きだったが、要するに俺は上梨がガキに言った『殺さない程度に好きでいる』という言葉を全く信用していない。


 上梨は、恐らく相当の寂しがり屋だ。

 そんな上梨に、殺さない程度に好きでいる、等という器用な真似ができるのなら、きっとガキと出会う前からクラスの誰かしらと殺さない程度に仲良くしていた筈である。

 だが、上梨はボッチだった。


 たぶん上梨は、どれだけの好意を持てば自分が人を喰いたくなるのか把握していない。

 そもそも、好意を制御する方法なんて『嫌い』という『好き』とは別の感情を相手に抱き続けるくらいしかないだろう。

 そんな訳で、ガキと仲良くなる為に好意の制御を止めた上梨を、俺は相当危険視している。


 では、何故俺は上梨とガキの隣を歩いて海を目指している?

 その答えは単純で、海で焼きそばを食いたくなったからだ。


 命の危険? 頭では分かっているが、実感のない危険に戦々恐々とできるほど、俺は理詰めで生きていなかった。

 我ながら馬鹿だとは思う。


 まあ、適当に性格の悪い事を言っておけば好かれる事は無いだろう。


+++++


 こんなに日が照っているというのに、相も変わらずガキは元気だ。

 テンション下がるぜ。


「たかし! 海についたら、泳いで競争しよ!」


「前みたいに倒れるなよ? というか、泳げるのか?」


「うきわ使う!」

 ガキが、えっへんと胸を張る。


「ずるくね?」


「たかしも使っていいよ!」


 ずるく無かった。


「いや、俺は代理人として上梨を立てる」


「じゃあ、かみなしさん! うきわ使っていいよ!」


「ごめんなさい。私、今日は水着を持ってきていないの」


 ……こいつ、何しに来たんだ?


「でも、砂遊びの道具は沢山持ってきたわ」


 ちっちゃい熊手を構えて、キリっとした表情を作るな。

 こいつ、砂遊びをする為にわざわざ海に行くのか?

 まあ、俺も焼きそば食いに行くんだから似たようなもんか。


 俺は納得したが、ガキの方はそうも行かなかったようだ。


「あっちに、お店あるから! 水着買お!」


 そういうことになった。

 お前ら、昨日は怪物だの殺してだの言って、ずいぶんとシリアスな空気だったろ。

 テンションの落差が激しすぎる。


 俺は少々疎外感を覚えつつ、水着屋に向かって走って行くガキをのんびりと歩きながら追いかけた。

 生き急ぐから死にたくなるんだ。

 慌ててガキの後を追った上梨を見ながら、俺は小さく鼻を鳴らす。


 店内に入った途端、クーラーの冷気が俺の肌を包む。


 やっぱ、夏の外に出るのは狂気の沙汰だな。

 どうしても俺を外に連れ出したいのなら、クーラーで地球を冷やすべきだ。

 きっと、地球温暖化も解決するぞ。


「……あー」


 ズラリと並ぶ水着の群れ。

 女子の水着売り場が形成する男子禁制の空気によって、俺は激しいアウェー感に苛まれる。

 だが、この空気に負けているようでは、まだまだ三流だ。

 俺は負けない。


 そもそも、このアウェー感が何故発生するのか?

 答えは場違い感、これに尽きる。

 つまり、ここにいる理由を持っていない事が問題なのだ。


 持っていないのなら、作ればいい。


「へへへっファントムちゃん! バナナボート買ってやるよ」


 この一言、それだけで俺は子供の保護者に早変わりだ。

 結局、気にし過ぎなんだよ。

 言うほど人間は他人に興味が無いし、アウェー感なんてものは己の生み出す妄想なのだ。

 つまり、自分をごまかす言い訳さえ作ってしまえば、俺の勝ちは確定!


「たかし、はんざいしゃっぽい」


 ガキの一言で俺の言い訳はぶっ壊れ、アウェー感は帰還した。 

 遺憾だ、クソガキめ。


「お前、そんなこと言ってたらバナナボート買ってやらんぞ」


「たかし、子どもっぽい!」


 ちっ楽しそうにしやがって。


「あのな、俺は大人だから良いんだよ。子供が子供っぽくても、ただの子供だろ? だが大人の俺が子供っぽかった場合は、個性になるんだ。社会は優しさで構成されてんだよ」


「なるほど!」


 馬鹿め! 大人の論理を思い知ったか。

 尊敬の眼差しで悦に入っていると、横から上梨が登場する。


「なるほど、じゃないわ。ファントムちゃん、その男に騙されてるの。気づいて」


 上梨め、余計な入れ知恵を!

 このままでは、俺の大人の論理が論破されかねない。


 こういう時は話を逸らすに限る。

 俺は空気を読む事の無意味さについて語る事で話題転換を図ろうと、上梨の方に向き直る。


 あ、水着、選び終わったんだ。


「どう…かしら?」


 上梨はそう言って頬を赤らめつつ、水着姿を見せてくる。


「かみなしさん! かわいい!」


 ガキの言う通り、かわいい。

 清楚なワンピースタイプの白い水着は、クールな雰囲気の上梨によく似合っていた。


「よく似合ってんじゃん」


「……ありがとう」


 上梨は褒められ慣れていないのか、恥ずかしそうに腕を前で交差させて俯いている。

 ……あ、上梨の好感度上げたら喰われるかもしれないの忘れてた。

 つまんねーギャグを言って好感度下げとこ。


 つまんねーギャグ、王道を攻めるならば親父ギャグだろう。

 しかし、一概に親父ギャグと言っても色々ある。

 どういったチョイスをするか、それが問題だ。


 因みに、ここで布団が吹っ飛んだ、なんて言う奴は三流以下だ。

 子宮から別の遺伝子で育ち直した方が良い。


 では、どうする?

 前提として、オリジナルのギャグを作ること、状況に合うギャグを言うこと、の二つは抑えるべきだ。


 最初に、状況に合うギャグを言う為に、ここから上梨との会話がどう派生するのかを予想しよう。

 十中八九、海の話題にはなるだろうな。

 更に予測の精度を上げる。

 では、海で俺達は何をするか?

 やきそばを食べる、砂遊び、泳ぐ……めちゃくちゃ夏満喫してるな、俺。

 なんか親父ギャグとかどうでも良くなってきた。


 口を出す暇もなく上梨の水着選びが完了して暇になったガキは、シャチのボートをツンツンしている。


 その隣で、上梨は浮輪を真剣な表情で吟味していた。


「おい、浮輪なんて全部同じだろ? 何を比較してるんだ?」


「命を預ける物を、そんなに適当に選べる訳ないでしょ」


 ……確かに。

 俺も上梨の隣に座り込み、浮輪の吟味を開始する。


「これにするか」

 俺は女児向けアニメの浮輪を手に取った。


「貴方……子供向けアニメの浮輪に即決したら面白いとでも思っているの?」


 ……思ってたよ。


「上梨! お前、俺が命を預ける道具でウケを狙うと思ってんのか?」


「違うの?」


「無論、違う。そもそも浮輪を吟味する為には、浮輪ごとの違いを知る必要がある。さあ、この違いって何だと思う?」


「大きさ?」


 あ! 何の脈絡も無く唐突につまんねーギャグ思いついた。

「上梨、不正解だ。まあ、所詮はオカルトオタク女! 略して『おおお』という事かあ!」


「ちょっと、適当にRPGの主人公に名前を付けたけれど、考え直して少し捻って名前を付け直した時の名付け方、みたいに人の事を表さないでよ」


 上梨に長めの欲しかったツッコミをさせてしまった。

 しかも、いざツッコまれたらツッコまれたで、マジで訳分かんないし……なんか申し訳ない。


 上梨は、なんとも言えない顔で俺を見つめていた。

 こっち見んな、虚無になるだろ。


「……で、浮輪ごとの違いって何なの?」


 上梨はクイズの答えを急かす。

 一回間違えたくらいで答えを知りたがるとは、だからお前は浅はかなのだ。


「デザインだよ。人間という生き物は、情報のほとんどを視覚から得ている。結局、でかい浮輪で少々長い時間浮いていたところで、上昇する生存率は微々たるものだ。しかし、蛍光ピンクの魔法少女ならどうだ? 監視員も救助ヘリもみんな来る! 人間の脳は人の顔を認識しやすいって何かで読んだし、カラーと柄の合わせ技で、発見確率は鰻登りだ!」


 ……我ながら雑な理論だな。


「雑過ぎない?」


 案の定、上梨にもツッコまれたし。


「まあ……うん」


 なんとも言えない沈黙が流れる。

 俺が悪いのか?


「はやく、海行こ?」


 ガキがげんなりとした表情で急かしてくる。

 まあ、冷静に考えると浮輪選びで時間使うって意味不明過ぎるしな。


 因みに上梨は、アイドル系女児向けアニメのキャラがプリントされた浮輪を買っていた。

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