第14話 友達

 ガキが、ちんたらと重そうにバッグを運ぶ姿を、先ほどから五分ほど眺めている。

 そのままジャングルジムの上に座しガキウォッチングに勤しんでいたが、十分ほどで流石の俺もしびれを切らした。


「おーい、半分持ってやるよ」


 ガキの元へ颯爽と近寄り、バッグの持ち手の片方を持つ。

 いや、重っ。


「おい、これ何が入っているんだ?」


「本!」


「他には?」


「本だけ!」


 マジかよ、何冊あるんだ……。


「お前は俺に、いくつ魔法を見せるつもりなんだよ」


「いっこ!」


 元気よく、しょうもない数を提示するな。


「何でそんなに沢山本を持ってきたんだ?」


「たかしと、いっしょに本見たかった……ダメだった?」


 駄目では無いが、つまらなそう……。


 二人で三歩ごとに休憩を挟みながら進むこと五分。

 俺たちはようやく公園に辿り着いた。

 公園には俺達以外誰もいないし、遊具も無く広々としている。

 魔法を使うには、うってつけの場所と言って良いだろう。


「よし、何の魔法を見せてくれるんだ?」


「ゆうれいを、出すやつ!」


 魔法とか怪物とかだけじゃなくて幽霊までいるのか。


「誰の幽霊を出すんだ?」


「え?」


 ガキは呆けた顔で小首を傾げている。


「え?」


 俺も負けずに、あざとく首を傾げ返す。

 おら! かわいいだろ!


 ガキと俺はアホ面を数秒間晒しあった……俺は何をやっているのだろう?


「おいガキ、まさか自分がどんな相手を召喚するか把握していなかったのか?」

 そんなんだと、召喚された方も困っちゃうだろ。


「まって! えっとね、えっと! たしか、近くのゆうれい! 出すんだと思う……たぶん」


 そんなフワッとした感覚で幽霊を呼んでも良いのだろうか?

 まあ、何をするにも最初は皆初心者だ。

 であれば、老人がパソコンを扱う時のような曖昧な理解で、幽霊を召喚しても良いのかもしれない。


「じゃあ、はじめる!」


 ガキは意気揚々と公園の地面に石で線を引き始めた。


「本とか見なくて良いのか?」


「がんばっておぼえた! から! だいじょうぶ!」


 凄い! 自信満々なのに酷く不安を掻き立てられる返事だ!

 ガキは迷いなく歪な丸を書き終えた。


「よし!」

 ガキはそれを見て頷き、更に描き進める。


 いや、よし! じゃねえよ。

 めちゃくちゃ歪んでるじゃん。

 囲いの円って魔法陣の基礎だろ? フリーハンドで描くなよ。

 お前の何が、その自信を掻き立てるんだ?

 困惑しかない。


 なおもガキは、ぐちゃぐちゃで、ぐにゃぐにゃな魔法陣を書き続けた……自信満々で。

 とんでもない奴だ。


 親が否定も肯定もせずに育てたから、生来の自己肯定感の強さによって自信が無限に肥大化し続けたのか?

 魔法に失敗されたら、今の待ち時間無駄ぞ。


「おい、魔法陣の形それであってるのか?」


「うん!」


 いや、絶対間違ってるだろ。

 うん! じゃねえよ、せめて一考しろよ。

 ノータイムで確信を持った返事をするな。


 俺の不安をよそに、ガキは遂にぐにゃぐにゃ魔法陣を描き上げてしまった。


「できた! 見て! すごいでしょ!」


「そうだな、頑張ったな」


 これだけ大きな魔法陣を、小さい体で完成まで描き上げた事は事実だ。

 そこは認めねばなるまい。


「じゃあ、今からゆうれい出す! 見てて!」


 逆上がりみたいなノリで幽霊召喚を披露しようとするな。


 ガキが魔法陣の中央に立つ。

 難しい顔で、印を結び始めた。

 小さい手が忙しなく動き、様々な形を作る。


 凄いな、手話のニュースを二倍速で見てるみたいだ。


 更に手の動きが早まる。

 ざわざわと空気が揺れ始める。


 おお、来るのか?

 少しだけ期待に胸が膨らむ。


 ガキがバッと格好いいポーズをとった瞬間、風が大きくうねる。

 そしてそこには、ぐにゃぐにゃ魔法陣の中央で格好いいポーズを決めるガキが立っていた。


 ……まあ、要するに何も起こらなかった。

 なんとも言えない沈黙が流れる。


 何と、声をかければ良いんだ?

 初めてだし、次頑張れば良いよ! とか?

 いや、違うか。


 そもそも他人からの慰めの言葉で、心が慰められた記憶が俺には無い。

 慰めの言葉に本当に意味はあるのか?

 慰めとは、慰める側の人間が自分は非情な人間では無いとアピールする為の言葉なのではないか?


 結局、俺は何を言うでもなくガキの格好いいポーズを見つめ続けた。

 ガキがポーズを崩し、首を傾げ、顎に手を添えて、一言。


「魔力が、足りなかった?」


 ……画力が足りなかったんじゃないかな。


 魔法が失敗した後もガキは何度か召喚に挑戦したが、幽霊が現れる事は最後まで無かった。


「魔力があったら、できたのに……」


「まだ言ってんのかよ。ほら、一緒に魔導書見ようぜ」


「……うん」


 ガキは、しょぼくれた表情で重たそうな魔導書を開く。

 びっしりと並ぶ文字列と、隅々まで丁寧に描き込まれた魔法陣でいっぱいのそれは、なかなかの迫力を有していた。


 公園のベンチで読むもんじゃねえな。


「てか、これ英語で書かれてるのかよ。お前、英語読めたのか?」


「英語じゃない、ラテン語」


 マジかよ。


「読めるのか?」


「読めない!」


 相も変わらず、ガキは元気いっぱいだ。


「……じゃあ、どうすんだよ」


「かみなしさんに、使いたい魔法だけ、ほんやくしてもらった!」


 上梨、ラテン語読めるんだ……。

 ラテン語を翻訳できるくらいまで頑張って魔法を勉強しても、怪物の性質は抑えられないのか。嫌な現実だ。


「おい、俺もお前もラテン語読めないなら、一緒に魔導書の何を見るんだよ」


「絵!」


 絵か、絵ね、うん。

 俺も小学生の頃、図鑑の写真しか見てなかったし、そんなもんだよな。


 俺とガキは仲良く並んで一緒に絵を見る。

 魔導書には、変なイラストとか、キモいイラストばかり描かれていた。

 どういう感情で見るのが正解なんだ?


「なあ、こんなキモい人面草とか謎の壺とかじゃなくて、ドラゴンとか、武器とかの絵は無いのか?」


「ある!」


 そう言って、ガキはバッとページを開いて見せてくる。


「……ええ、これ? ドラゴン? ええ?」


 そこに描かれていたのは、何とも言えない豚の様な顔をした、体が無駄にグルグルしている蛇だった、キモイ。

 申し訳程度に翼を生やしてドラゴン感を演出するなよ。


「私も、かみなしさんに見せてもらったとき同じ顔した」


「いや、こんなのがドラゴン名乗ってたら、十人中十人この顔になるだろ」


「でも、かみなしさん、かわいいって言ってたよ」


 最近の女子高生かよ。

 その内マンホールも可愛いって言いだすぞ……。


 その後も色々な絵をみたが、全てキモくて珍妙だった。

 この本が書かれた時代に、写実的という概念は無かったのだろうか?


 いいかげん魔導書にも飽きたので、ずっと気になっていた事を聞く事にする。


「お前ってさ、上梨の家に言ったんだろ? どうだった?」


 俺の上梨へのアドバイスは役に立ったのだろうか?


「えーと、かみなしさんが、がんばってた!」


「人の家に遊びに行った奴の感想じゃねえだろ……」


「なんかね、いっぱい好きなもの聞かれた。うれしかったけど、そうした方が良いって、かみなしさんに言ったの、たかしでしょ?」


 バレてんじゃん。


「何でそう思った」


「かみなしさん、ずっとわたわたしてたから」


 余裕が無い奴に気遣いは無理だと?

 誰かの入れ知恵だと? そう言いたいのか?

 なかなかに失礼だな。まあ、その通りだが。


「嬉しかったなら、別に良いじゃねえか」


「つぎは、かみなしさんが聞きたいなって思ったときに、聞いてくれたら、うれしい」


「あんまり求め過ぎるなよ」


 俺の言葉に、ガキはもどかしそうに顔を顰めたが、最後は妥協したように笑みを浮かべた。


「かみなしさんも、大変だからね」


「まあ、そうだな。お前も上梨も、ゆっくり頑張れば良いんだ」


「うん! あと、たかしも海いっしょに行こ!」


「行かないが」


「えー! 行こうよ! 三人で、やきそば食べたい!」


 焼きそば、か……本当は親と一緒にやりたかった事なんじゃないのか? ふと、そう思った。


「おい、俺を親の代わりみたいに考えるなよ」


「あ……うん」


 ガキがシュンとする。

 しかし、ここは俺にとって大事なラインだ。

 未だに俺は、親の呪縛から脱せていない。


 子供に手本を示すには、俺は余りに人間として稚拙だ。

 だから、親の代わりには成れない。

 そこを妥協したら、俺は俺の親と同じレベルに成り下がってしまう。

 それだけは絶対に嫌だ。俺という人格の意味が死ぬ。


「……おい、そんなに落ち込むなよ。俺たちは所詮、他人同士だろうが」


 その言葉に、ガキはキッと俺を睨みつける。


「他人じゃない! 最初に見つけてくれたの! たかしだった!」


 他人だろ……。


「最初に俺がお前の自殺配信を見た事なら、ただの偶然だ」


「でも! たかし! 怪物さがし手伝ってくれたじゃん!」


「いや、あれはお前が魔法使えるって言った事を、疑った贖罪の為だし……」


 その言葉に、ガキは俯く。

 そんな悲しそうにされても、俺が遊園地でお前のお願いを受け止められなかった事実は変わらないだろ。


「俺は、お前が思っているほど優しい人間じゃない。上梨ほどの覚悟も無ければ、お前みたいに前にも進めない。親代わりなんてもっての外で、他人より深い関係になるほど、人の為に動けない……すまんな」


 口から止め処なく溢れてきた言葉は紛れもなく本心で、同時に俺のどうしようも無い点でもあった。


「……でも、たかし、殺せるほどお前を愛せないって、言った」


 ガキは消え入るように、ポツリとそう呟いた。


「その言葉のどこが他人じゃない証明になる? 俺の覚悟の無さの証明にしか、ならないだろ……」


 ガキは再び俺を睨みつけた。

「ちがうもん! どうでも良い人に! こんなこと、言わない! 私のこと考えた人しか! こんなこと、言えない!」


 ガキの言葉を、ゆっくりと飲み込む。

 ……なるほど。確かに俺は答えに悩んで、最終的に『愛せない』と結論付けた。そして、言われてみればその返答は、他人に送るには重すぎる。


 俺も、こいつとこれ以上仲良くなって良いのか?

 他人じゃなくて、良いのか?

 他人じゃないなら、何だ?


「……俺達ってもしかして、友達なのか?」


 俺はチラリとガキを見た。


「……分かんない」

 ガキは答えを求めるように俺を見つめてくる。


 どうなんだ?

 友達なのか?

 俺が答えを出せ。


「…………たぶん、友達な気がする」

 友達な気がした。


 ガキは、ちょっと嬉しそうだった。

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