第13話 平穏

 長いようで短かった休日は終わり、更に月曜日の午前までも乗り切った俺は、ある問題に直面していた。

 昼休みをどう過ごすか? これだ。


 最近の昼休みはずっと上梨と話していたが、昨日で上梨はガキの自殺を止めるという目標を達成した。

 これは、上梨と俺が関わる理由の消失を意味している。


 関わる理由がなくなったのなら、関わらなくなって終わりのはずだ。

 終わりのはずなのに! さっきから上梨がずっと俺の様子を伺っている。

 せめて話しかけろよ、ストレスに押し潰されちゃうだろ。


 ……そういえば前もこんな事あったよな。

 たしか、あの時は上梨に話しかけて現状の打開を図ったっけ?

 やっぱ、今回も話しかけるか。


 いや、同じ状況で同じ選択しか出来ない人間は、昆虫と何が違うというのか?

 論理と感情を用いて柔軟に行動できないのなら、それは機械や昆虫と大差ない。


 まあ、それはそうとして話しかけるけど。ずっと見られてるの嫌だし。


「上梨、何か用か?」


「……べつに、何も」


 上梨は咄嗟に視線を逸らす。

 あれだけ分かりやすく俺を凝視しておいて、用が無い訳がない。

 どうせ、話しかけたいけど話題が無かったんだろ?

 コミュニケーション敗者め。


「昨日、あの後二人で何したんだ?」


 仕方がないから話題を提供する事にした。

 無論、今回だけだ。


「園内の絶叫系の遊具を全て巡っていたの。結構楽しかったから、次は貴方も一緒に……いえ、やっぱり無しにして」


 ほぼ全て言った後に撤回するな。

 あくまでお前を嫌っていますよ、というスタンスを再確認する為だけに撤回したろ。


「頼まれても絶叫マシーンなんて乗らねえよ」

 怖いし。


「そうね、貴方ノリ悪そうだし」


 してやったり! という顔で上梨が俺を見ている。

 『乗る』と『ノリ』をかけたくらいで、やり遂げた気になるな。ユーモア敗者め。  

 そもそも会話の流れ的に、ノリが悪そうという罵倒は返事として成り立ってるから、ユーモアでは無くただの暴言に成り果てているからな。


 俺は、上梨の微妙な言葉遊びを完全にスルーする事にした。

 ちょっと悲しくなれ。


「絶叫マシーンに乗るか否かで、その人間のノリの善し悪しは決まらないだろ」


「……ふっ」


 鼻で笑われた!

 言葉遊びを無視されたというのに、上梨は少しも気にする素振りを見せない。

 もしかして『乗る』と『ノリ』をかけた言葉遊びとかじゃなくて、普通に暴言だったのか?

 ちょっと悲しい。


 これ以上、ノリの話は続けたくない。

 という事で、俺は強制的な話題転換を図った。


「結局、ガキとは上手くやれそうなのか?」


 上梨の顔に、露骨に不安の色が過る。目論見通りだ。


「……たぶん、大丈夫。簡単な魔法を教えてあげる約束もしたし」


 思ったより仲良くなってた。


「な、なるほどね。魔法ね、ふ~ん。楽しそうじゃん、良いんじゃない?」


 ガキとは俺の方が仲良いと思ってたのに……。


「魔法を教えるの、やっぱり正解だったのね! ファントムちゃん、そういうの好きそうだし……良かった」


 急にテンション上がったな。

 情緒不安定か?


「あの、家に人を呼ぶ時にケーキを焼くのって、変じゃない……わよね?」


 さっきまでニコニコ自己肯定感を高めていたかと思ったら、今は不安そうに首をかしげている。

 情緒不安定か?


 そもそもそんな事を俺に聞くなよ。

 本当にこいつ、人間関係の経験値低いな。

 まあ、落とし子の性質的にしかたがないか。


 よし、根拠が主観十割の人間関係講座を上梨に披露してやるとしよう。


「とりあえずケーキは、まあ問題ないと思うぞ」


 俺の回答に上梨の表情が明るくなる。

 こいつ、ずっと言葉の刃で武装していたからクール系のイメージがついていたけど、思っていたよりも単純だな。


「何で俺がケーキを問題ないと判断したか分かるか?」


「え? えーと、ファントムちゃんが甘いものを好きだから?」


 ガキの好みを俺が知っている訳ないだろ。

「もっと根本的な問題だ。あいつは親に放置されているからか、自分に興味を持たれる事に執心していると俺は考えている。つまり、あいつの為にした行動なら基本的に何でも喜ばれる。と、俺は思う」


 結局、上梨がガキと仲良くなれたのも、人を喰ってしまうかもれない恐怖に折り合いをつけ、上梨がガキと向き合ったからだろうし。


「じゃあ、洋服をあげるのとか、本をあげるのとかも大丈夫だったのね!」


 こいつ、好意の示し方のバリエーションが物を渡す事しかないのか?

 好感度上昇アイテムを渡すだけで結婚まで漕ぎ着けられるのはゲームの中だけだぞ……いや、現実でも出来るか?


「何をするかは、ちゃんとガキを見て、話して考えろよ。独りよがりは無関心と変わらねえぞ」


「ええ」


 神妙な面持ちで上梨がうなずく。


 結局、昼休みが終わるまで俺の勝手な分析披露は続いた。

 あー! 上から一方的にアドバイスするの、たのしー!


 数日後、頬が完全に緩みきった上梨から、魔法勉強会の成功報告を聞いた。

 同日、ガキから上梨に習った魔法を見せたいという趣旨のメッセージが届いた。


 なんか、もう……なんか、良かったね。


 俺はその日、パスタにタバスコをいつもより沢山かけた。


+++++


 俺は今、公園でジャングルジムの頂上を陣取り、ポチポチとスマホゲームに勤しんでいる。

 コンシューマーゲーム派の代表として、本来は有り得ない行為だ。

 しかし、ガキとの待ち合わせ場所に思ったより早く到着してしまったのだから致し方あるまい。

 信念を折る勇気とは、時に信念を貫く勇気よりも美しいのだ。


 しかし、ガキが上梨に習った魔法を見せたいって言うから来たけど、保護者なしで小学生に魔法を使わせて良いのだろうか?

 花火なら俺の手に負えるが、魔法となると何とか出来る自信は無い。

 まあ、上梨がそんなに危険な魔法を教えるとも思えないし、大丈夫か。


 そういえば、上梨は魔法勉強会が上手くいったと言っていたが、何を話したのだろう?

 上梨が棘の無いコミュニケーションをしている状況を、俺は全く想像出来なかった。


 そんなどうでも良い事に脳のリソースを割いていたからだろう、ミスが連続してあっさりとゲームオーバーになっててしまった。

 冷静に集中してプレイしていたら俺が勝ってた。

 絶対勝ってた。


 俺は流れるようにスマホを操り、次の試合を開始する。


 ……あ、もうすぐガキが来る時間じゃね?

 いかん、思考停止で何の疑問も無く試合を開始してしまった。

 自分の考えを強く持つことを重視する俺が、思考停止とはな。吐きそう。


 自己嫌悪に苛まれつつ、リタイアボタンをタップする。


 さて、ガキは来てるかな?

 ジャングルジムの上からだと、結構遠くまで見える。


 公園の入り口から三十メートル程離れた場所に、ガキの姿を発見した。

 なんか重そうなバッグ持ってるな。

 あの中に魔法道具が入っているのだろうか?

 本当に魔法を見れるのかと思うと、ワクワクがとまらん。


 ちなみにウニョウニョは見た魔法に含んでいない。キモいから。

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