第8話 記憶

「まあ、お前の問いに真面目に答えるのは構わん。だが、俺に真面目さを求めるなら、もう少し具体的に質問してくれ」


 俺の真剣な表情に、上梨は露骨にビビる。

 そんなに人の事を知るのが怖いかよ?


 上梨は深く息を吸い、再び俺の目を真っ直ぐに見る。


「何故、貴方は時々思い出したかの様に突き放した事を言うの? 何だかんだで私達に手を貸す貴方が、どうしても本心からああいった事を言っているとは思えないの」


 真っすぐ嫌な所を突いてくるな、こいつ。


「……簡単な話だ、トラウマだよ。俺の母が所謂、教育ママだったんだ。夫に俺を認知されなかったのが弾みになったのか、自分にもできない善い行いを俺に強要してきたんだよ。だから俺は、意識的に善良な言動を避ける様になったって、それだけだ」


「っ……」


「おい、同情の目で俺を見るな。たしかに俺の善い事というか、善い人間性に対する嫌悪感の原因はそこだが、教育ママと子供の対立なんざ何も珍しい話じゃない。多くの奴にとって、そんなことで? ってなるような大した事ない話だ」


 それでも上梨は、同情の目を止めない。


「でも、貴方は辛かったんでしょう」


 …………。

 だが、そんなに分かり易く可哀そうな理由の部分を見せたら、お前の何かがどうにかなるんだろう?

 俺が性格の悪い事を言う度に、お前が安心したように笑う事なんて、もうとっくに気が付いてんだよ。


 天邪鬼精神で、ちょっとくらいなら悪い奴を演じてやる。


「上梨、俺は辛かったんじゃない。あるのは母に対する嫌悪と憎悪だけだ、勘違いするな。最初は反抗心からくる性格の悪さだったかもしれんが、今の俺は素で性格が悪い」


 一呼吸置いて、色々な感情を抑え込む。


「なんなら、明日の遊園地もサボるつもりだったしな」

 俺は止めに、ニヤリと唇を歪める。

 果たして、上梨は安心したように笑っていたのだ。


「加賀山君専用嫌なところノートに、約束を破ろうとするところ、も追加しておく」


 ……失礼な女だ。

 結局その日は、終始ニコニコと罵詈雑言を吐かれながら上梨と一緒に帰った。


+++++


 俺はダラダラと課題をこなしながら、無意識に魔法をウニョウニョさせる。


 もうなんか見慣れたけど、これ魔法なんだよな。

 魔法が実在するって事は、遊園地で本物の怪物に遭遇する可能性もあるのか?

 課題にもいいかげん飽き飽きしてきたし、叔父さんに怪物の詳細を聞きに行くか。


 どっこいせ、と立ち上がる。

 自分の部屋にずっと籠っていると、階段を降りる事すら億劫だ。


 だらだらと己の体を引きずりつつ、なんとか叔父さんの書斎にたどり着く。


「叔父さん、ちょっと良いっすか」


「何です?」


「前聞いた、せんゆう様の落とし子について詳しく聞いときたくて……」


「ああ、そうですか」


 叔父さんは少し困ったように笑うと、覚悟を決めたように話し始める。


「せんゆう様の落とし子というのはですね、この千雄町に伝わる怪物なんです」


 へぇ、意外だな。てっきりネット都市伝説的な物だと思っていた。


「昔、千雄町にはせんゆう様という氏神がいたんです。そのせんゆう様は、人間の女と恋に落ちましてね。しばらくすると、二人は子を成しました」


 叔父さんは一呼吸置き、ここからが本番だとでも言いたげに声の調子を変える。


「そうして、しばらくの間は平和に暮らしていたのですが、女が人間の男と浮気をしたのです。それに怒ったせんゆう様は、女と自分の間に生まれた子に、女を喰わせました。しかし、それでも怒りは収まらず、せんゆう様はその子を殺し、死体を使って女の故郷に呪いをかけたのです」


 叔父さんはそこで一度間を取り、一転して明るい声で続けた。


「そこで問題になってくるのがせんゆう様の性質なんですが、どんな性質か分かりますか?」


 エグい話から、唐突にクイズタイムに移行するな。

 くそ、叔父さんの面倒な所が出てきたな。

 考えてるポーズだけとっとくか。


 うんうんと唸ってみる。


 叔父さんはニコニコと笑っている。


 うんうんと唸ってみる。


 叔父さんはニコニコと笑っている。


 むむむむっと唸ってみる。


 叔父さんが口を開く。

 ……来た!


「ヒントをあげましょう。せんゆう様って、漢字で書くと『戦の友』と書く『戦友様』とか、『占めて有する』と書く『占有様』とか、他には、この町の名前と同じ『千の雄』と書く『千雄様』だとかいう字になるんです。さあ、せんゆう様がどういう性質の神格か分かりましたか?」


 せんゆう、戦友、占有、千雄。

「侵略するタイプの軍神とか、そんな感じっすかね?」


 俺の回答に、叔父さんは満足そうに頷いた。


「その通りです! 欲しいもの、気に入ったものを全て自分の手中に収める荒神。貴志君の言う通り軍神というのが主な側面ですが、洪水や土砂崩れの象徴といった側面も持っています。さて、話しを神話に戻しましょうか」


 叔父さんは緩んでいた顔を引き締め、再び語り始める。


「せんゆう様のかけた呪いは、娘の故郷にいる人間、つまり千雄町の人間から怪物が生まれるようになるという物です」


「え? 俺、千雄生まれなんすけど……」


 実は、皆怪物でした~! とか止めてくれよ?

 本当に頼みますよ?

 ねえ? ねえ!

 おい、ニコニコ笑ってないでさっさと教えろ!


「安心してください。今では呪いも薄れているので、稀にしか落とし子が生まれる事はありませんから」


 ……良かった、本気で焦った。


「話を戻しますね? その呪いの産物である、せんゆう様の落とし子は父の性質を受け継ぎました」

 叔父さんの穏やかな笑みが陰る。


 叔父さんは歯を噛み締め、酷く重い感情を顔に浮かべて口を開いた。

「せんゆう様の落とし子は、気に入った人間を独占するために喰う怪物なんですよ」


 ……随分と勿体つけたから何かと思ったら、前にガキから聞いたネット情報かよ。

 下がり切った俺のテンションとは裏腹に、叔父さんは熱に浮かされたかの様に語り続ける。


「貴志君、君にも伝えておきましょう。私の娘の死因は、せんゆう様の落とし子です。でもねえ、私は見つけたんですよ! 娘を蘇らせる方法を!」


 台詞とテンションが確実に狂人のソレだ。

 しかし、俺は既に魔法の存在を見ている。であれば、死者蘇生の魔法なんかもどこかに存在するのだろう。


 叔父さんが俺を見る。


「貴志君には、死者蘇生の儀式の術者になって貰いたいんです」


 えぇ……そういう感じか、めちゃくちゃ面倒くさそう。

 でも、娘の死まで出されたら流石の俺でも断れない。


「難しくない事なら、まあ良いっすけど」

 俺は渋々、叔父さんの願いを了承した。


「ありがとう……これでやっと、妻に顔向けができる」


 叔父さんは本当に嬉しそうに、しみじみと笑う。

 その純粋な喜びの表情が、今は少し怖い。


「儀式の準備が整ったら伝えます。よろしくお願いしますね」


「準備って、どのくらいで出来るんすか?」


「せんゆう様の落とし子さえ捕まえれば、すぐにでも儀式を開始できますよ」

 叔父さんはニッコリと微笑む。


 この為に叔父さんはせんゆう様の落とし子を探していたのか……。


「……あ、そうだ! 貴志君、念のためにパスは切っておいてください」


「……パス?」


「ほら、炎を模した触手塊を手から出したことがあるでしょう?」


 魔法ウニョウニョのことか。

「ああ、アレって結局は何なんすか?」


「精神力を少し頂くための、道みたいなものです。儀式の成功率を上げる為に、人の精神力を少々拝借しようと思いましてね。素質のある人がインターネット掲示板に書き込んだ手順を実行すると、パスが繋がる様にしたんです」


 魔法と現代技術の嫌な融合を見せられてしまった。


「で、パスってどうやって切ればいいんすか?」


 勝手に精神力を吸われているのかと思うと気分が悪いし、できれば早いところ切ってしまいたい。


「触手塊を手から出して、ナイフで切除すれば取れますよ」


 あっさりと、叔父さんはそう言い放った。


「け、けっこうエグいっすね」


「ああ、確かにそうですね。いやあ、黒魔術に傾倒すると良くないな。一般的な感覚が鈍ってしまいます」


 爽やかに笑いながら言うな、狂ってんのか?

 俺は愛想笑いを浮かべて、ジリジリと書斎から退散。

 最悪の気持ちで自室のベッドに潜り込む。


 ウニョウニョには、もうちょっと、もう少し、俺の手中に収まっていてもらうことにした。

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