第7話 端緒
ガキは公園のベンチで足をぶらぶらさせて待っていた。
こんなガキが自殺志願者とは、世も末である。
「よう」
「その人も、来たの?」
ガキは露骨に上梨を警戒している。
「見ているだけだから、許してほしい」
上梨は真剣な目でガキを見つめ返し、そう告げる。
……もう少し上手い言い方は無かったのだろうか?
その言い方では、まるで市民プールで女を鑑賞しに来たおっさんの言い訳ではないか。
「別に、話しかけても、いいけど」
ガキは探るような眼を上梨に向けながらも、そう口にした。
いや、話しかけても良いのかよ。
昨日あんなに泣かされたのに、最近のガキは復讐心が足りていない。
「おい、良いのか? もっとガキらしく、一生ゆるさん! とか言った方が良くないか?」
「良いの。正しいのは、この人だから」
悟ったような顔のガキを見て、無性に腹が立つ。
なんだ、こいつ。
正しさを他人に見出しやがって……でもまあ、こいつが良いなら良いか。
「それで、怪物探しに何か進展はあったのか?」
「……ない」
ガキは、俯きながらそう返事をする。
「そうか。まあ、俺の叔父さんも探してるっぽいし、その内見つかるだろ」
俺がそうまとめると、上梨が思わずといった調子で意見してくる。
「そんな迷子の犬探しみたいな調子で見つかる訳が無いでしょう」
「じゃあ、どうやって探すんだよ?」
「そ、それは……オカルトスポット巡り、とか?」
上梨の意見を聞いたガキが、ピシっと手を挙げる。
「ゆうえんち、行きたい! です!」
自殺(未遂)配信者の癖に、嫌に子供らしいお願いだな。
「おい、怪物探しを手伝うとは言ったが、子守りをするとは約束してないぞ」
しかし俺の意見の正当性は、上梨によってあっさりと覆される事になる。
「センユウマートの屋上にある遊園地のお化け屋敷は、立派なオカルトスポットよ」
オカルトマニアめ、日常生活では糞の役にも立たない情報を披露できてそんなに嬉しいか?
……あ、そういえばセンユウマート屋上の遊園地って、叔父さんイチオシの仲直りスポットじゃん。
嫌な因果だ、こいつらだけで勝手に行ってくれないかな?
「かんらんしゃ、のりたい!」
「私はコーヒーカップに乗りたいわ」
「俺はベッドに乗っていたい」
遊園地になど行かなくとも、幸せなんて家の中にあるのだ。
俺の言葉に、ガキ期待したような顔をしている。
……こっち見んな。
「私の家に、あるよ! ベッド!」
「…………」
どうやら俺の捻ったユーモアは、馬鹿には伝わらなかったらしい。
「のせてあげても、良いよ!」
「嫌だよ……お前が自殺配信してた部屋の奴だろ?」
「私の、ぬいぐるみさんたちも、使っていいから!」
いや、めちゃくちゃ食い下がるな。
なんだ、こいつ? どんだけベッド使わせたいんだよ、怖い。
まあ、普通に考えて俺を自分のベッドに寝かせたいとか意味不明が過ぎるし、何か目的があると考えた方が自然だろう。
「おい、ガキ。お前の目的は何だ? 言え」
「……私も、いっしょに寝たい」
存外、素直に吐いたな。まあ、寝ないけど。
子供の体温は高くて鬱陶しそうだし、何よりベッドの上が狭くなる。
俺は眠るときくらい窮屈な現実から離れて、のびのびとしていたいのだ。
「誰かと一緒に寝たいなら、お前の親にでも頼めよ」
「……無理だもん」
無理なのか。
まあ、この年齢で自殺しようとする奴がまともな家庭環境で育っている訳無いか。であれば、こいつの目的は俺との家族ごっこか? 気色悪い。
俺とガキのやり取りを見て、上梨がここぞとばかりに会話に入ってくる。
「怪物探しが終わったら、私と一緒に寝てみない?」
小賢しいな。
上梨の狙いは、恐らく未来の予定を立てる事で、自殺を止めようとかそんな感じだろう。いかにも偽善者が考えそうな浅知恵である。
ガキにも、そんな上梨の下心が伝わったのだろう。
噛みつくように上梨に言葉を投げつける。
「優しい気に! なるな! 私に興味ないくせに!」
「っ……ごめんなさい」
あーあー、ガキの良く分からんキレ方で、また上梨がションボリちゃった。
こいつら、譲れない部分の摩擦が強すぎる。
本当に、なんで俺が間にいるんだ?
こいつらとは他人のはずだろ、帰りたい。
何はともあれ、今は一時的に距離を置いて落ち着くべきだろう。
「よし! 土曜日の昼の二時に遊園地の入り口集合。解散!」
そう言うや否や、俺は脱兎の如く駆け出し、つんのめる。
「いっしょに寝るやつ、しないの?」
服の裾を掴むな、解散って言ったろ。
聞き分けの悪いガキだ。
しょうがない……。
「遊園地で休憩する時に俺はベンチで寝る。そのときに隣で勝手に寝ろ」
「いっしょじゃないと、やだ」
勝手に隣で寝るのは『一緒に寝る』に含まれないらしい。面倒だな。
「じゃあ、俺が休憩したいときに問答無用でお前も休憩させるぞ」
「うん! それでいい!」
良いのか……愛に飢えすぎだろ。
俺とガキがハートフルストーリーを展開している隣で、上梨は『加賀山君専用嫌なところノート』にご執心だった。
狂ってんのか?
「じゃあまあ、そういう感じで。解散!」
今度こそ俺の掛け声と共に、怪物を探す会はお開きとなった。
……せっかくの休日に、面倒な予定作っちゃったな。
+++++
金曜の放課後は、皆いつもより少し浮足立っている。
騒がしい人間を見る度に心の天気が大豪雨な俺も、こと金曜日に限っては奴らと心を共にしていた。
なんせ一週間ぶりの花の金曜日なのだ。
いや、一週間ぶりなんて生ぬるいものではない、百六十八時間ぶりの花の金曜日なのだ。
花の金曜日。『金』とつく好きな言葉ランキング(*俺調べ)の三位に食い込む強豪ワードだ、ちなみに一位のワードは『金』。
だからこそ、俺は今とても憂鬱だった。
明日の遊園地に行く予定が面倒くさすぎる。
くそう、ガキと上梨のギスギスな空気が嫌になったからって、雑に予定を立てるんじゃなかった。
上梨に全部まる投げしちゃ駄目かな?
でも、ガキと一緒に遊園地でお昼寝する約束しちゃったしな……。
よし、気持ちを切り替えて明日はどうにかして楽しむぞ!
えいえいおー……なんつって。
というか、上梨がもう少しガキの地雷を踏まない様に気をつければ済む話しだろ。
まあ、何か譲れない所があるんだろうが。
隣の席を横目で見る。
上梨は本越しに、俺を凝視していた。
気づかなきゃ良かった……。
あいつ、俺が気づいた事に気づいていないのか?
上梨は、一向に俺から目を逸らす気配がない。
嫌だあ、見られていると何となく体を動かし辛い。
首が微妙な角度で辛いけど……本当に、なんか、すごい、動かし辛いよ。
目え逸らせ!
俺は必死で上梨に念を送る。
くそ、俺から話しかけないと、ずっとこの状態が続くのか?
俺は意を決して上梨の方に向き直る。
「おい、なに見てんだよ」
……いちゃもんつける不良みたいになっちゃったな。
「っ! え、あ、ああ。見てなんか無い、けど」
急に話しかけられて驚いたのか、上梨の目は泳ぎまくっている。
ここまであからさまに目を泳がせられると、逆に本当に俺を見ていなかったのではないかとさえ思えてくるな。
「で、でも、ちょうどいいから聞きたいことがあるのだけど」
「……何だよ」
上梨は少し視線を彷徨わせた後、真っ直ぐに俺を見る。
「貴方って、その……実は性格最悪男じゃなくて良い人なの?」
何だこいつ?
実はとか、性格最悪男とか、端々からこいつの失礼さが滲み出る。
実にナイスな語彙力だ。
「実は、とかじゃなく普通に俺は良い人だが?」
「そういうの、今は止めて」
上梨の表情は、いつになく真剣だ。
俺が善い人かどうか?
そんな分かり切った事が、上梨にとっては重要な意味を持つのだろう。
……さて、どう言葉を紡ごうか?
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