第6話 辨解

 昼休み、俺の周囲はいつも通り静かだ。しかし、いつも通りでない事もある。

 見てくるのだ、上梨が。


 俺は目という物が嫌いだ。

 じっと見つめられると、俺が悪いような気がして仕方がなくなる。

 所謂トラウマというアレだ。


 ああ、思い出したくない事が頭に溢れる、最悪だ。


 上梨め、話しかけるなら早くしろ。

 他人らしく接してやるから。


 この観察されている様な、タイミングを伺われている様な、そんな奇妙な時間が長引くほど、俺と上梨の関係が変化したのだと理解させられて酷く不愉快だ。

 だいたい、近寄る人間全てを言葉のナイフで刺し殺していた上梨が、何を躊躇しているというのだ。

 近寄ってくる人間を攻撃するのと、自分から攻撃しに行くのは違うとでも言いたいのか?


 そんな事をうだうだと考えていると、存外あっさりと上梨は話しかけてきた。


「ねえ、ちょっと」


「な、なんだよ」


「あの小学生が死にたい理由を教えてほしいの」


 ……そんな思いつめたような顔をされても困る。

「いや、知らないけど」


「っ! 何か、あの小学生にも事情があって、それを貴方は知っているから自殺に協力しているんじゃないの?」


「いや、違うけど」


 俺の身も蓋も無い返事を聞き、上梨は驚きに目を見開く。

 昨日の公園でガキのただならぬ様子を見て、こいつは俺にも何か真っ当な理由があるのだと考えたのだろう。


 無論、そんなものは無い。


「貴方がそんな善性を備えている訳が無い、か。私はまだ貴方を見くびっていたみたいね」


 そんな失礼極まりない台詞を吐きながら、上梨は安心した様な笑みを浮かべた。

 俺はその表情に、どうにも引っかかりを覚えるのだ。


「自殺の理由を知りたいなら、あいつと仲良くなって教えてもらえよ」


 その言葉を聞き、上梨は羨む様な目を俺に向ける。


「仲良くは、無理ね」


「……そうか」


 つまり、上梨とガキの仲を取り持とうという昨日の考えは、完全に余計なお世話だった訳だ。

 危なかった。昨日思い留まらなかったら、こいつの為とか言いながら、こいつの意見と真逆の行動をするところだった。


「今日は余り饒舌じゃないのね……」


 上梨は少し悲しそうに呟く。


「昨日が喋り過ぎだったんだよ。俺とお前は赤の他人なんだ、このくらいで丁度良い」


「そう、ね」


 上梨は下唇を噛み締めて俯く。

 他人って言ったくらいでそんな顔するなよ。

 寂しがり屋さんか?


 別に俺じゃなくても、仲良くなれそうな奴なんていくらでもいるだろう?

 ほら、昨日の乳のでかい馬鹿とか、茶髪の馬鹿とか……。


 微妙な空気感のまま、俺達の会話は終了した。

 実にボッチ同士らしい会話だ。

 そうして上梨はオカルト本を開き、俺はそそくさと教室を後にする。


 昼休み終わるまで、どこで時間潰そ。


+++++


 ようやく学校が終わり、俺はガキに会うために公園へと歩みを進めている。

 そんな俺の後ろでは、そろりそろりと上梨が後をつけて来ていた。

 昼休みに他人だって言った事を気にしているのだろう。


 数日で、上梨の印象がだいぶ変わったな。

 恐らく上梨は、人と関わるのが好きだ。

 分からないのは、話しかけてくる人間を邪険に扱うのは何故か? という点だ。


 上梨は会話が下手だから友達がいないというよりは、人と関わらない事に固執しているように感じる。

 まあ、それはそうとして奴のコミュニケーション能力は壊滅的だが。


「ねえ、ちょっと」


 ずっとこそこそしていた上梨が話しかけてくる。


「私、やっぱり小学生の自殺なんて見過ごせないの。でも、止めたくても私はあの子の事を知らなさすぎる」


 泣きそうな、焦ったような、そんな表情で俺を見るな。


「どうすれば、良いの……教えて、下さい」


 消え入る様な上梨の声音は、彼女の心内環境を克明に表現していた。


 上梨はどうすれば良いか?

 その問いの答えを持っているのは、上梨かガキのどちらかだろう。

 少なくとも俺では無い。


「……あいつと仲良くは、出来ないんだろ?」


 上梨は俺の問いに、無言でうなずき返す。

 そんなこと俺に聞くなと言いたいところだが、俺も昨日叔父さんに似たような質問をした。

 俺は、自分の出来ない事を人に強要しない主義だ。

 故に今から上梨に助言するのは、あくまで俺の主義を守る為の行動だ。


 つまり、上梨が他人だという事実は変わらない。

 そう自分に言い聞かせながら、俺はゆっくりと口を開く。


「俺が、あのガキと仲良くする。その時のガキの様子でも観察したら、何か分かるんじゃないのか?」


「……ありがとう」

 上梨は、ゆるりと微笑む。


 そんな言葉も言えるのか……。

 予想外に素直で、とても嬉しそうな、そんな感謝の言葉だった。

 少し照れ臭いような、温かいような、そんな気持ちが込み上げてくる。

 すると、上梨は何かノートを取り出した。


 加賀山君専用嫌なところノートである。


「おい、何で今のタイミングでそれを取り出した? しかも、俺の前でそれをじっくりと読み込むな」


 一転、最悪の気分である。


「じゃあ読み込む代わりに書き込むから、何か面白いことを言って?」


 上梨は真顔だ。狂ってんのか?


「何で俺が面白いことを言ったら、嫌な所ノートに書き込む事になるんだよ」


「いえ、書き込むかどうかは貴方のユーモアセンス次第よ」


 ……抱腹絶倒させてやる。


「じゃあ、俺をストーキングする奴が沢山いるとするだろ?」


「話の出だしとしては最悪ね……」


 ちょっと引くな。

「まあ聞け。それで、ストーカーが沢山いるんだから、俺の部屋にはストーカー毎の盗聴用マイクが沢山仕掛けてある訳だ」


「え、ええ」


 マジで引くな。お前が掘らせた墓穴だぞ。


「そのマイクが、めちゃめちゃハウリングしてたら面白くね?」

 どうだ! 俺の渾身のシュールギャグ!


 俺は自信満々に上梨を見下ろす。


「その発想には恐怖しか湧かないし、ハウリングはマイクとスピーカーが近くに置いてあって初めて発生する現象だから、その状況は起こり得ないわ」

 上梨は、淡々と俺のジョークの穴を突く。


「……確かに」

 冷静に考えたら分かったはずだ、悔しい。

 完璧に俺の落ち度なのが、急速に自尊心を蒸発させる。


「嫌なところノートには、ユーモアの詰めが甘いところ、と書き込むことにするわ」


「挽回の、チャンスを、くれ……」


「残念だけど、人生はやり直せないの」

 上梨は楽しそうに俺を見下している。


 こんなタイミングで人生の厳しさを実感したくなかった。


「……これで勝ったと思うなよ」


「ふっ」


 鼻で笑われた、屈辱に悶え死にそうだ。

 あーあ、ガキの馬鹿さが恋しいよ。


 まあいい、どうせ上梨は公園でガキにボコボコに凹まされるだろ。

 せいぜい束の間の勝利に酔っているがいいさ。

 くははは、はあ。

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