第5話 他人

 公園では、ガキがベンチの上で足をブラブラさせながら待っていた。


「おーす、待った?」


「びっくりした」


 びっくりされた。

 もしかして、女連れだという事実に驚いたのだろうか?

 まあ、俺レベルになると女の一人や二人口説くなんて造作もないがな!

 ……空虚だ。


「たかし、五分前行動できたんだ」


 想像していたよりも、初歩的な所で驚かれていた。


「お前にも出来てるのに俺に出来ない訳ないだろうが」


「たかし、えらい」


「へへっ」

 褒められちゃった。


「素直に嬉しそうな貴方を私に見せないで……」


 上梨が心底嫌そうに暴言を繰り出す。

 ガキと違って、こいつは実に辛辣だ。

 もっと俺のように優しく気高く生きることができないのだろうか?


 ともかく、上梨に何か言い返してやろうと口を開きかけた所で、ふとガキの様子が目に入る。


 ガキは訝しげに上梨を見つめていた。

 上梨もその視線を受け止め、両者は睨み合っている。


 そういえば、こいつら初対面だったな。


「…………」


 気まずい時間が流れる。


 結局、最初に沈黙を破ったのは上梨だった。

「ねえ、もしかして貴方が自殺したがっている小学生?」


「うん」


 上梨の問いに、ガキは静かに応える。

 こいつらの初会話、これで良かったのだろうか?


「人が死んだら、残された人は悲しいの。そういう事を考えたこと、ある?」


 上梨は噛み締めるように、ゆっくりと言葉を紡いだ。

 対するガキは、真正面から上梨を睨み返している。


「……ずっと、考えてたもん」


 売り言葉に買い言葉ではないと、確かにそう感じさせるガキの声音。

 しかし、上梨にも譲れない何かがあるのだろう。


 上梨も負けじと言葉を返した。

「ならっ……駄目だって分かるでしょう?」


「ダメって言うな! 私に! なんにも! 興味ないくせに!」


 顔を真っ赤にしたガキは、それだけ言うと泣き出した。

 良く分からんキレ方だな、根が深そうだ。

 さて、泣いている子供にどう対応するのか? 上梨の様子を伺う。


 ……いや、何でお前も目が死んでるんだよ。

 あの良く分からんキレ方が刺さったのか?


「……どうして。死んじゃったら、もう会えないのよ……」


 そう呟いた上梨は、茫然自失といった様子でへたりこむ。

 こいつら、コミュニケーション下手だなあ。


 開始三分も経たずに、他人は知り得ない互いの過去で殴りあって共倒れしやがった。

 初対面でここまで感情を露わにできるのは、素直に凄いと言わざるを得ない。

 でもまあ、お互いの事を全く何も知らない状況で出来る話では無かった、というのが今回の結論だろう。


 うーん、泣いている女子小学生と、へたり込む女子高校生か、実に居辛い空間だ。


 俺は、いそいそと二人を置いて帰宅した。


+++++


 さて、どうしようか?

 俺は、ベッドの上で意味もなく魔法を手から出し入れしていた。


 やっぱり、奴らを会わせたのが間違いだったのか?

 ガキに拒絶された時の、上梨の死んだような表情が頭に浮かぶ。


 できれば、二人の仲を取り持ちたい。


 実の所、俺はガキと上梨を少しだけ気に入っていた。

 いや、別に俺がちょろいとか女好きだとか、そういう理由で出会ったばかりの奴らを好ましく思っている訳では無い。

 俺は、しっかりとした思想を持っている人間が好きなだけだ。

 そう、自分に言い聞かせる。


 ガキ、泣いてたよな……。


【るぅゑ えゑぇぇぇ】


 手から出し入れしていた魔法ウニョウニョが、気の抜けた音と共にヘタる。

 一人で考えてても、埒が明かないか。


 俺はベッドから身を起こし、おもむろに部屋を出た。

 叔父さんを頼る事にしたのだ。


 最近の叔父さんは、基本的に書斎に籠りっきりだ。

 仕事が波に乗っているのだろうか?

 尤も、叔父さんの仕事が何なのかを俺は知らないが。


「叔父さん、少し相談したいことが有るんすけど」


「どうしたんです? 私にできる事なら、できる限り努力しますよ」


 叔父さんはいつも通りに優しく微笑む。


「他人の仲って、どう介入すれば上手いこと取り持てるんすかね?」


「なるほど、お友達が喧嘩してしまったのですか?」


「いや、友達じゃないっすね。他人っす」

 ……他人だよな? 自分で言って、少しひっかかりを覚える。


 いや、昨日の今日に関わり始めた相手だし、普通に他人か。

 俺は違和感を飲み込み、叔父さんに向き直る。


「他人ですか、貴志君は人間関係に手厳しいですね」


「人の関係なんて、そうそう変わらないっすよ」


「はは、そうですね。さて、人の仲を取り持つ方法でしたか?」


「まあ、はい」


「そうですねえ……妻と娘が亡くなる前には、よく三人でセンユウマートの屋上にある遊園地に行きました。なかなか楽しいものですよ? 妻と知り合った場所でもありますし、皆さんで行ってみたらどうです?」


「あ、ああ。なるほど」


 センユウマートの屋上にある遊園地って、あのしょぼい場所のことか?

 叔父さんのセンスって、やっぱり悪いな。擁護のしようがない。

 糞の役にも立たんアドバイスだ。


 そのまま、俺は延々と娘の思い出話を聞かされ続けた。

 俺の中で人に頼るという行動の有用性が揺らぐ。

 やはり、何事も自分で選ぶのが一番だ。


「ああ、話し過ぎてしまいましたね。ともあれ、貴志君の後悔が無いようにして下さい。人は思っていたよりも、すぐに遠くへ行ってしまいますから。そこから連れ戻すのは、なかなか難しい」


 ……重い、それに噛み合わない。

 人と話す時に、度々覚える感覚だ。


「まあ、俺なりに頑張ります」


「それでいいんです」


 俺の曖昧な言葉に、叔父さんは満足そうに笑った。


「ところで、君の母に会うつもりはまだ無いですか?」


 叔父さんの表情が、すっと真剣なものに変わる。


「はっ、それこそ会ったら後悔しますよ」


「そうですか……」

 叔父さんは何とも言えない表情で笑った。


 何か、母の事を思い出して頭が冷えたな。

 何が仲を取り持つだ、調子に乗るなよ。

 大体、あいつらの問題に俺が介入するのはお門違いというものだ。

 介入される事をあいつらが望んだか?


 俺はモヤモヤとした不快感を抱えたまま、ただただ小学生の頃の記憶を反芻してその日を終えた。

 別に珍しくも無い、最悪な一日だ。

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