第3話 怪物
確かに、ガキの手からは比較的に炎なモノが蠢いていた。
でも、なんか、こう、キモい。端的に言うと、キモい。
ウニョウニョしてるし、ヘドロみたいな色してるし。
「お前、手品で出すにしても、さ? もうちょっと、ね?」
「手品じゃない、たかしもできる」
「マジ?」
「まじ」
マジらしいので少し説明を聞くことにした。
こいつの説明は相変わらず下手だったが、とりあえずやり方は分かった。
目を瞑り、集中しながら手からエネルギーが抜けていく事をイメージする。
掌を上に向け……ぬんっ!
【るぇゑ、ぇるぇ、ゑぇる】
ガキの時とは少し違った音が俺の手から鳴りだす。
マジで出た。
なんか色々な色の絵の具を混ぜて作った黒みたいな色だけど、口とか触手とかついてるけど、手のひらを上にして、ぬんってしたら……出ちゃった。
「ね、本当だったでしょ?」
「おう、疑っててごめんな」
「怪物さがし手伝ってくれたら、ゆるす」
手伝うことになった。
アイスは溶けた。
俺は泣いた。
+++++
ガキの怪物探しを手伝うにあたって、俺は手近な人間を頼ることにした。
俺の周囲にオカルトに詳しい人間は二人いる。
一人目は俺の保護者であり恩人でもある叔父さん、二人目は隣の席の上梨だ。
上梨には明日の学校で聞くとして、今日はとりあえず叔父さんに話を聞くとしよう。
叔父さんの書斎に入る。
死者蘇生だとか、生贄とか、そういう文字がズラリと並ぶこの書斎を俺はどうにも好きになれない。
暗くて狭いこの空間が、数ある不快な記憶を刺激するのだ。
……まあ、そんなことはどうでもいい。今は怪物探しだ。
「叔父さん、オカルト詳しかったっすよね?」
俺がそう声をかけると、叔父さんは読んでいた本を閉じ、くるりと椅子を回転させて振り返る。
いや、本のタイトル……傀儡の歴史とか悪趣味が過ぎるぞ。
「貴志君がオカルトに興味を持つなんて珍しいですね? 何か聞きたいことでもあるのですか?」
叔父さんはそう言いながら、優しそうに微笑む。
「まあ、なんというか、千雄町の人喰いの怪物について教えて欲しいんすけど」
「ああ、せんゆう様の落とし子のことですか?」
「あー、多分それのことかな? そいつって何処にいるんすか?」
「いやー、私もずっと追っているのですが……なかなか見つからないんです。見つけたら貴志君も呼ばせてもらいますよ。手伝ってもらいたいこともありますし」
「あ、そうすか、じゃあ、そう言う感じでお願いします」
叔父さんが探しているのなら、俺はそこまで頑張って怪物探しを手伝わなくて良さそうだ。
素人の努力より玄人の片手間って、昔の偉い人も言ってたと思うし。
……たぶん。知らんけど。
俺が書斎を出ようとすると、叔父さんが引き出しから何かアクセサリを取り出した。
「貴志君には、これを渡しておきましょう」
肌身離さず着けておくように、そう言いながら叔父さんは妙な形のネックレスを俺に手渡してくる。
趣味が悪いネックレスだ。
まあ、こういうセンスの差っていうのは世代によって変わるものだ。
叔父さんをセンスが悪いと責めるのは、お門違いというものだろう。
俺はニコニコと曖昧な笑みを浮かべながら書斎を後にした。
ネックレスは、机の引き出しに適当に放り込んだ。
+++++
教室の窓から清々しい太陽が差し込む。
俺はこの朝という時間が嫌いだが、こと教室に限ってはそうでも無い。
何故なら、机を猿山だと勘違いしている群れの奴らが、仲間がいないこの時間だけ静かになるからだ。
一人で引き出しに教科書を詰める彼らの様子には、哀愁さえ感じられる。
と言っても、俺の周囲は朝でなくとも静かなのだが。
その理由は単純で、俺と隣の席の上梨に近寄る人間がいないからだ。
有り体に言うと、俺と上梨には友達がいなかった。
上梨は胡散臭いオカルト本をいつも読んでいる変わり者だが、顔は良い。
何故そんな美人に友達がいないのか?
この理由もやっぱり単純で、性格が悪いからだ。
話しかけてきた奴には冷めた対応を返す上に、少しでも踏み込んできた人間は刺々しい言葉でめった刺しにする。
そんなことを繰り返して約半年、気づけば奴の周りには誰もいなかった。
俺に友達がいない理由?
……いや、高校生って怖くね? なんか上手く話せないし。
隅で団子みたいに固まってる連中とは話せるけど、あいつらとは友達になりたくない。
まあ要するに、会話をしないから俺には友達ができないのだ。
あれ、そんな俺が上梨と話せるのか?
……まあ、たぶん話せるだろ。
ただのオカルトオタク相手に何を恐れるというのか。
うん、大丈夫だ。話せるはずだ。でも、話しかけるのは放課後にしよう。
別にビビった訳ではない。
ほら、朝って時間の進み速いし。
上梨とはゆっくり話したいから、ね?
俺はゆるりと椅子に腰かけ、ホームルームに挑んだ……そして、そのまま体感時間は急速に進み、あっさりと放課後になる。
……おかしい、さっきまで朝の挨拶を聞いていたのに。
何故嫌な事が待ち受けていると、こうも時間の進みが速いのか?
とはいえ上梨が帰ってしまう可能性を考えると、余りウダウダしてもいられない。
チラリと上梨を横目に見る。
『図で分かる! 土地の呪い』奴が凝視する本のタイトルだ。
ポップな字体で禍々しいタイトルを誤魔化そうという姿勢には好感を持てるが、タイトルを変えるという選択肢は無かったのだろうか?
……俺、あんな本読んでる奴と話すの? 帰りたい。
でも、ガキに手伝うって約束したしな。
最低限、自分の当たれる人脈を当たるべきだろう……はあ。
チラリと上梨を横目で見る。
相も変わらず、熱心に呪いについて学んでいらっしゃる。
ご苦労なことだ……あ。
近くで騒いでいた乳のでかい馬鹿と、茶色い髪の馬鹿が上梨の机に尻をぶつける。
むに、と馬鹿の尻が歪む。それと同時に、上梨の顔が強張った。
「あは~ごめんね、上梨さん!」
あわてたように乳のでかい馬鹿がへらへらと謝る。
「…………」
流石、上梨。無視を決め込むとはな。
その様子を見た馬鹿二人はトコトコとその場を後にした。
俺としては、愚かな人間同士の醜い争いを期待していたのだが、腐っても高校生ということか。俺は悲しいよ。
チラリと上梨を横目で見る。
奴は意外にも、馬鹿二人の背を羨ましそうに見つめていた。
恨めしそうにではない、羨ましそうに、である。
女としてあの乳を羨んでいるのだろうか? ちょっと笑える。
少し気が楽になったが、すぐにテンションは降下する。
馬鹿共が無視されたという事は、俺も無視される可能性が高いという事だ。
はあ、怪物について聞くの止めようかな。
俺は憂鬱な心持ちで、もう一度チラリと上梨を横目で見た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます